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ひとりぼっちは辛いから
うーん。
工藤勇太は伸びをしながら、温くなった缶コーヒーを口につける。買ったばかりの時は冷たくって手を冷やしたのに、今はポタポタ水滴が落ちる缶が気持ち悪いと思う程度で、甘ったるい味もすっきりはせずに喉に絡みついてすっきりしない。
新聞部は今は珍しく、勇太以外誰もいない。
できたばかりの原稿を印刷に行ってしまったがために、こうして勇太が留守番をしている。
のんびりと甘ったるい缶コーヒーを飲みつつも、勇太は考え事をしていた。
前に海棠君の見せてくれた新聞ののばらさんって、多分前に見えた白い女の子だよなあ。あんなたくさん人がいる前で自殺するなんて言うのは、まあ……。
小山連太の言葉ではないが、「女子が何考えてるのかはマジで分かりません」って言うのは、彼女にも見事当てはまる。
「そうは言っても、俺も男だしなあ」
そう思って缶を振る。
缶にはもうコーヒーは残っていない。仕方ない。面倒だけど捨ててこようかなあ……。そう思いながら席を立ちあがった時だった。
部室前の廊下の、緩い床板がギシギシと音がし出した。
あっ、誰か帰って来たのかな。そう呑気に思っていたら。
「失礼しまーす。あっ、この間はどうも」
ドアを軽く開けてこちらを伺っているのは、雪下椿であった。
「あっ、雪下さん。こんにちはー。小山君は今いないよ?」
「なっ……何であのハゲの名前が出てくるんですか!」
「あはははは……、ハゲは可哀想かなあ」
顔を真っ赤にしている椿に勇太は笑いかけ、「まあここで座ってたら帰って来るよ」と席を1つ勧めてあげた。
椿が大人しく座るのを見ながら、何か持っている事に気が付いた。紙袋のようだ。
「それ何?」
「あっ……寮の台所借りて作ってきたクッキーです」
「ふうん」
随分頑張っている子だなあ。
勇太はにこにこしつつ、ふと思いつく。
女子の考えている事は、女子なら分かるんじゃないのかな。
「あのさあ、ちょっと世間話してもいいかなあ?」
「? 何でしょう?」
椿はまだ緊張しているのか、顔を真っ赤にしたまま、キョトンとした顔で勇太を見返した。
勇太はさっきまで考えていた事を、口に出してみた。
「うん。例えばだけどさ」
「はい」
「人の面前で告白とかってしたいと思う?」
「なっ…………」
椿はまたも顔を真っ赤にした。
うーん。これは失敗したなあ。例え話、もっと別の話題にすればよかった。俯いてしまった椿に「ごめんごめん、今のなし」と言ったら、椿は小さな声で答えた。
「少なくとも私はそんな事しませんよ……自分でもバレバレだとは思いますけど、そんな恥ずかしい事はしません……」
「ふーん、そっかそっかぁ……。ごめん、こっちも考えなしだった」
「いえ……」
「じゃあさあ、もしそう言う事する子がいたとしたら、それは何でだと思う?」
「人の目の前で、告白する女子の心境ですか?」
「うん……」
「…………」
ようやく赤みの引いた顔をした椿は、人形のように見えた。
あれだけ恥ずかしがって暴言を吐いたり、怒って人を殴ったりする子とは、少なくとも見た目だけならフランス人形のような彼女からは思えない。
少し考えるように天井を見上げた後、すぐ勇太を見た。
「好きな人を取られたくなかったんじゃないですか?」
「? 取られたくないから、人前で告白するの?」
「人前で告白するなんて、よっぽどの事がないとしないと思いますよ。だって仮にフラれた時それをクラスの子に見られたら気まずいじゃないですか。もしそれをするんだったら、それは好きな人じゃなくって、周りの人にこの人の事好きなんだってアピールするためにするんだと思います」
「なるほどねえ……」
アピールねえ……。
のばらさんが人の目の前で死んだのは、自分が死ぬ事をアピールしたかったのかなあ……。でもそれって、海棠君は自分のものだってアピールするために自殺したの? それは何か違うような気がするな。
勇太は椿の言葉に首を傾げつつ、ふと思いついた。
「そうだ。今ちょっとここに飲み物ないからさ。買ってくるよ。雪下さんちょっと留守番しててくれない?」
「えっ? でも私部外者ですけど……」
「いいじゃない。小山君ももうすぐ帰って来るし。クッキーに合う飲み物探してくるよ」
「えっ? えっ?」
「ちょっと待っててねー」
椿が困って立ち上がったのを横目で見つつ、勇太はタタタと走って行った。
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とりあえず部員分と椿の分のペットボトルのお茶を買い、それを白い袋に入れて手にぶら提げながら、中庭へと辿り着いた。
今は中庭で大工作業をしている生徒が多く、あちこちに木材を運んでくる生徒や、それに金槌を振るっている生徒が見られた。
邪魔にならないように端に寄ろうとして、気付く。
ここ。この場所……。
そこはちょうど、芝生がこんもりと盛り上がり、そこだけ少し高くなっていたのだ。そこからは中庭をぐるりと見渡す事ができる。
確か、海棠君の記憶から見えた場所も、ここだったな。
ここだったらいけるかもしれない。
そう思い、勇太は意識を集中させた――。
『やめて、お願いだから』
『どうして――!!』
『私は貴方を好きじゃない!』
まだ中等部の生徒らしい男女が喧嘩をしている。
あっ、あれっ……?
4年前のこの場所の記憶を無理矢理掘り起こしているから、多少ノイズが入ったように、出てくる映像は鮮明ではない。
だけれど。
のばらと言い争っている男子生徒は、どう見ても海棠に見えるのだ。
あれ……? 海棠君は彼女を死なせてしまった事に後悔しているって聞いたのに、原因は、彼なの……?
場面は切り替わった。
『それでは、――の演目を披露――します』
見覚えのある光景が出てきた。
これは海棠の記憶ではなく、中庭の記憶のせいで、所々ノイズが走っている。
のばらが死ぬ直前の、最後の踊りが始まった。
何も知らない生徒達は、学園のエトワールが踊っているのを、何かのイベントかと思って面白そうに眺めている中、緊迫した悲鳴が入る。
『やめろ――――っっ!!』
そのつんざくような声だけは、ノイズが走る事もなく残っていた。
そして、勇太はまたもあれっ? と思う。
そこには、叫んで止めようとする海棠と、人波の中で彼女を立ち尽くして見ている海棠と、2人いたのだ。
そのまま、真っ赤なイメージが注ぎ込まれた――。
「…………?」
少しぼんやりとする頭を振りながら、勇太は釈然としないものを感じていた。
何で海棠君が2人いたんだろう?
……あ。
1つ思い出した。
いつか理事長の記憶を見てしまった時にも、2人海棠君がいたな。
あれも関係するのかな。
少しクラクラするけれど、そのまま勇太は元来た道を引き返していった。
留守番頼んじゃったしなあ……。そう思いながら。
<了>
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