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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


・凍結する心・


 自閉による沈黙か、妖魔による仕業かがハッキリしない。武彦はそんな鬱憤を吐き出す様に紫煙と共に溜息を吐いた。先程電話した相手、アリアが来る迄はさほど時間もかからないだろう。武彦はそんな事を思いながら気長に天井を見つめて待つという選択を選んだ。
「……アイス、いる?」
「どわぁ!」
 思わず武彦はソファから転げ落ちそうになる。気配もなく立っている少女。青い髪に黒い瞳。小柄な身長。特徴的な顔立ちをしたアリアは小首を傾げて武彦を見つめていた。
「…武彦ちゃん?」
「お前なぁ…。ノックしたり声かけたり、そういう所からコミュニケーションは始まるんだぞ?」頭をポリポリと掻きながら武彦は座り直してアリアを見つめる。「悪かったな、急に呼び出して」
「…ううん、気にしなくて良いです…」相変わらずのゆっくりとした喋り方をしてアリアはじっと武彦を見つめた。「…アイス――」
「―いや、遠慮させてくれ。冬にアイスを食う趣味は俺にはないぞ」武彦の言葉にアリアはおっとりとしたテンポで俯いた。「今回の用件は言った筈だが、どうだ?」
「…? …どうって何ですか?」
「いや、自閉による起因があるモノなのか、妖魔による仕業かがハッキリしない。見極める事は出来そうか?」
「…やってみます」アリアはキョロキョロと辺りを見回した。「…何処ですか?」
「…いや、ここにはいないんだがな…」
 おっとりとしたテンポをした独特の雰囲気を持つアリアの言動は、武彦でさえそのペースを狂わされる事がある。武彦はまた頭をポリポリと掻きながら立ち上がった。
「さ、行くぞ」





――。





 アリアを連れて歩く武彦はアリアの不思議な言動をあまり気に留めずに歩き続けていた。何か興味が引かれる事がなければ、彼女自身からはきはきと喋ったり行動を示す事はほぼない。


 ぼーっとしていておっとりとした性格の少女だが、しっかりとした常識はある。だが、ちょっとした危険な要素もある。氷の女王と呼ばれる伝説上の妖魔の子孫である彼女は、思い通りに氷雪を操る。そして、気に入り愛でる対象を得ると、たちまち凍らせて冷凍保存したがる傾向がある。武彦も一度、氷雪に包まれてしまいそうになった。


 それが、武彦の中のアリアという少女の印象だった。気に入られたという点では悪い気はしないのだが、一般的な学校等の教養を受けずに育ってきたアリアはどうにも善悪の区別や認識の甘さが見受けられる。
「そういえば、アリア。アイス屋はどうなんだ?」武彦が沈黙に耐えかねて声をかけた。
「…冬ですから…」
「…あぁ、聞いた俺が悪かった…」
 アイス屋を営むアリアの家は冬でも営業はしている。家の手伝いはしているそうだが、春から夏にかけては昭和の香りが漂う風貌で台車を引いてアイスを売ろうとしている。商売人としての見た目や心意気は立派だが、十三歳の少女が台車を引いている姿は…。武彦は思わずそれを想像して笑ってしまっていた。
「…着いた」アリアがピタっと足を止める。
「え、あぁ…。確かにこの家で合ってるみたいだな…。どうして解った?」
 武彦が書き出したメモを見て家の住所を確認する。どうやら住所は合っている様だが、アリアに場所や住所を教えたりはしていなかった。
「妖魔の…匂い…。これ、結構強い匂いしてます…」アリアが鼻をスンスンと鳴らしながら呟く。
「…クソ、どうやら妖魔の仕業ってのが妥当な線みたいだな」武彦が苦い表情を浮かべて溜息を吐く。「しかし、お前そんなに鼻がきくのか?」
「…ここまで醜悪な匂いは別です。もう、手遅れかもしれません…」
「…よし、急ぐぞ」






 どちらかと言えば広く大きな家だろう。門を潜れば立派な庭が広がり、しっかりと手が行き届いている。整備された芝は鮮やかな緑色を放ち、洋風の造りがベースとなった家屋とその庭が見事にバランスを保っている。武彦はそんな家の様子を見つめながら呼び鈴を鳴らした。
 出迎えた少女の母は心労を窺わせる様に表情はやつれていた。武彦の顔を見て今にも泣き出しそうになっていた。
「…来て下さったんですね…!」
「えぇ。この子は少し特殊な特技を持っています。一緒に連れて入っても構いませんか?」武彦はそう言ってアリアの背をそっと押した。
「えぇ、お願いします…。どうぞ、中へ上がって下さい」
 到底十三歳の少女をそう紹介されても、本来であれば疑ってかかるだろう。それでも少女の母は何も疑いもせず、藁にもすがる様にアリアを見つめた。アリアはそんな母の様子はお構いなしと言った感じでスンスンと鼻を鳴らす。
「妖魔の仕業です…。醜悪な匂いがどんどん強くなってます…」武彦の服の裾を引っ張ってアリアは小声でそう伝えた。
「…御母さん、案内はここまでで結構です」
「はい…。娘は突き当たりの一番奥の部屋です。どうか…―」
「―心配はいりません…」アリアがおっとりとした口調で少女の母へと告げた。
「そうです。後は俺達が何とかしますので、少々ゆっくりと休んで下さい」武彦はアリアを見つめた。アリアがコクリと小さく頷く。
「えぇ…お願いします…!」少女の母は口元を押さえながら武彦達に深く頭を下げて歩いて行った。
「…アリア、ここだな?」武彦の問いかけに、再びアリアが頷く。
 扉を静かに開ける。真っ白な服を着たアリアと同い年ぐらいの女の子が椅子に座っていた。どうやら意識は完全に閉ざされている様だ。眼を開いてはいるものの、そこに輝きは一切感じられない。広めの部屋に大きなベッド。そして、木製の仰々しさすら感じさせる大きめの椅子に腰かける少女の姿は、ちょっとした絵画の様な光景だ。
「…初めまして。と言っても、声も聞こえていないみたいだな…」武彦が近付いてみるが、少女は一切動こうとすらしない。
「…! 離れて!」
「へ?」武彦が突如声をあげたアリアの言葉に反応し、振り返った瞬間。少女の手が武彦の首を掴む。「ぐっ…っ!」
 もがいて外そうと試みるが、少女の力は尋常なモノではなかった。みるみる武彦の首に指が食い込む。
「…邪魔ヲ…スルナ…!」少女の口から野太い声が響き渡る。
「ぐっ…あ…ぁ…!」武彦が手を離させようとひたすらもがく。
「その手を放しなさい、妖魔…」アリアがそっと近付き、少女の手に触れる。漂う冷気が武彦の頬を撫でたかと思えば、首を絞めていた少女の力がみるみる弱くなる。
「ナ…ナニヲシタ!」
「ぐっ、はぁ…はぁ…」手を離された武彦はその場に蹲り、息を整えていた。
「…冷気で筋肉の動きを鈍らせた…。ヘタな事をすれば、その身体は壊れる…」アリアはそう言って少女をじっと見つめた。「宿主を壊してしまえば、活動出来ないでしょう?」
 悪寒。武彦は息を整えながらも背筋を走った悪寒に思わずアリアを見つめる。
「だ、ダメだ! 犠牲にする訳には…!」
「フフフハハ! ソウダ! コノ人間ガドウナッテモ…―」
「―構わないよ…。だって、私も妖魔の血縁…。人間の一人や二人、減ってしまっても構わない…」アリアの身体を冷気が包む。「醜悪で下劣…。妖魔の中でも、嫌いなタイプ…」
 アリアの手が再び少女に伸びた途端、少女の身体から何かが抜け出る。少女はその場で瞳を閉じ、うなだれる。
『棲家を壊される訳にはいかん…。同じ妖魔と言ったな、小娘…』黒く濁った空気の中から眼が現われ、アリアを睨み付ける。
「魑魅魍魎…。やっぱり嫌い…」室内の温度が急速に下がり始める。
「ちょ…、それは幾らなんでも…!」武彦が危険を察知し、少女を抱き締めてベッドへと潜り込む。
『貴様、氷の始祖の血脈か…!?』黒い魍魎がわさわさと動き出す。
「蒼い髪は継承。能力もまた然り。お前如き小物が私を貴様と称する等、不快の極み…」アリアは手を口元に添え、フッと息を吐き出しながら静かに呟いた。
『フハハハ! 氷の始祖の血脈は弱まったと聞く!』高笑いをしながら魍魎が騒ぎ出す。『人間の身体で蓄えた妖気に勝てまい!』
 黒い触手の様な先端の尖ったモノが次々とアリアへ向かって伸びる。アリアは微動だにせずにその触手を睨み付けた。瞬間、触手が凍り、みるみる魍魎の身体へと侵蝕を開始した。
「始祖の血脈は弱まらない。貴様風情がどれだけ妖気を蓄えたとて、私の身体に触れる事も叶わない」アリアの口調は冷酷なまでに淡々としている。
『う…がぁ…! 待て! 同胞よ!』侵蝕されていく身体に歯止めをする事も出来ず、魍魎が叫ぶ。
「同胞…? 穢らわしい…」アリアがそう言い切った瞬間、バリバリと音を立てながら魍魎の身体は氷に覆われた。「欲望のままに進化を辞めたモノらに、同胞等と呼ばれる縁はない…」
 アリアの言葉と共に、魍魎の身体が氷と共に砕け散った。バラバラと砕け散る氷は水分すら残す事なく白い煙をあげて気化していく。部屋の温度が徐々に本来の気温に戻り始める。
「お、お前なぁ…」布団から顔を出し、様子を覗っていた武彦が溜息混じりに呟く。「この子も俺もいるんだぞ? 容赦なく全て凍らせようとするな!」
「…?」アリアが小首を傾げる。「武彦ちゃん、機敏…。大丈夫でした…?」
「…危ねぇ…。なんていうか、お前が一番危ねぇな…」
「…怒ってる…。アイスいる?」そう言うとアリアは手を差し出し、何処からかアイスを取り出して武彦に突き出した。
「いらねぇよ…」武彦はどっぷり疲れたと言わんばかりに肩を落とした。





――。




「結局、魑魅魍魎による憑依だったのか?」帰路に着きながら武彦はアリアに問い掛けた。
「うん…。もう、大丈夫です…」
「…そうか…」武彦は煙草に火を点けて紫煙を吐いた。「まぁ、今回はお前がいてくれて助かった。サンキュ」
「…じゃあ、アイスいっぱいウチで買ってって下さい…」
「…そればっかりだな…」
「……」
 夕暮れが紅く街を染めている中、アリアはそれから何も喋ろうともせずに帰っていた。微妙にむくれている姿は小さな少女そのものの姿だった…――。



                                 Fin


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整理番号:8537
アリア・ジェラーティ


■□■□■□■□■□■□■□■□ライターより■□■□■□■□■□■□■□


この度はご依頼頂き、有難う御座いました。白神 怜司です。

なかなか面白そうなキャラクター性があり、
依頼内容がお任せだったのでこういった形で
書かせて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

また今後、機会がありましたら、
その時は改めてご希望等も沿えて下さい。

それでは、失礼致します。

白神 怜司