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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


落ちてるものは拾ってしまう

 いつもの草間興信所。
 所用から戻ってきた武彦は、雑居ビルの階段を上がり、自分の事務所のドアに手をかけようとしたのだが……。
「ん、なんだこりゃ」
 ドアの前に落ちていたのはボロボロの本。
 誰かの落し物かと思って手に取ってみたが、どこにも持ち主の名前や手がかりはなさそうだった。
 中身を見てみようと本を開いてみると、ミミズを走らせたようにしか見えない、文字とも付かない落書きが書かれているだけだった。
「なんだ、こりゃ」
 首を傾げ、とりあえずその本を片手に事務所の中に入ろうと、ドアに手をかける。
 こんな事務所の目の前での落し物だ。
 きっと零あたりなら何か知ってるのではないか、と思ったのだが。
「……あ、兄さん!」
 先にドアを開けられた。
 出てきたのは零。何故だか口周りを抑えている。
「よぅ、零。ただいま」
「おかえりな……臭ッ!!」
 笑顔で兄を迎えようとした零だったが、速攻で失敗した。
 どうやら異臭によって顔をゆがめたようだったが、武彦にはそんな異臭など感じられない。
「臭い? 変なにおい、するか?」
「兄さん、一体どこへ行ってきたんですか!? この臭い、尋常じゃありませんよ!?」
 そこまで言われるとなると、相当な臭いなのだろう。
 だが、武彦にはいつも通りの雑居ビルの臭いに感じられる。
 どういうことだろうか?
「あ、その本から、すごい魔力が感じられます!」
「この本? そうだ、この本の持ち主に心当たりはないか? 事務所の目の前に落ちてたんだが……」
「興信所はいつも通り閑古鳥が鳴いてましたし、そこを通りかかった人も数人しかいません。兄さんが持ってきたんじゃないんですか?」
「俺がこんなボロい本なんか持って帰ってくるかよ。……でも、じゃあ誰が?」
「とにかく、その臭いの原因はきっとその本です! 軽い呪いの様な物がかかってるっぽいので、早くお払いでもしてきてください!」
「どうやって?」
「それは兄さんが考えて下さい! その本、どうにかするまで興信所には入れませんから!」
 そう言われ、ドアは音を立てて閉められる。
 武彦はポリポリと頭を掻き、本を見る。
 呪い、といわれればそうなのだろう。どうやら手からはなれないようになっている。
 どれだけ勢い良く腕を振っても、本が離れる事はなかった。
 その内、異臭に気付いたご近所さんが顔を出し始め、このままではまずい、と武彦はこの場を撤退する事にした。
 何をするにしても、この本をどうにかしなければ。

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「あっはははは! 完全に呪いの装備じゃん、それ!」
 学校帰りに興信所へ寄った勇太が馬鹿笑いをしていた。
 武彦にとってはちょっとした不運だっただろう。
 そんな不運を指をさされて笑われれば、誰だってカチンとくる。
「勇太、お前、良い度胸だな! こうなったらお前にもこの臭いとやらを移してやる!」
「うわっ! マジで臭い! やめて、ごめんって!!」
 武彦には感じないらしい本から放たれる臭い。
 笑っていた勇太を一瞬で涙目にするほどの効果らしく、勇太は武彦から逃げ回る。
「っち、勇太と遊んでても仕方ない。とりあえず、この本をどうにかしないとな」
「何か手はあんの?」
 鼻をつまみながら、勇太が尋ねるのに、武彦は首を傾げる。
「どいつもコイツも忙しそうな奴らばっかりだけどなぁ……適当に捉まりそうなヤツを呼ぶか」
 そう言って、右手が本で塞がっているので、左手で携帯電話を操作し、連絡先からとある人物をピックアップする。

 その後、武彦の呼び出しに応じたのは冥月だった。
「よぅ、良く来てくれたな!」
「事情は大体聞かせてもらったが……誰が暇そうだ、この」
 ローキック一発。しかも結構強烈なヤツ。
「痛った!!」
「下らん用事で呼び出すな。私だって暇じゃないんだからな」
「実際、ここに来てるじゃねぇか」
「お前がどの程度の悪臭を放っているかと、多少気になったのでな」
「どういう理由だよ……」
 その悪臭具合は、武彦からかなり距離を取っても青い顔をしている勇太が表現してくれている。
 今のところ、近くにあった公園に来ているのだが、武彦から振りまかれる悪臭がハンパないのだ。
 この時間、あまり遊んでいる人もおらず、周りには誰もいないものの、近隣の住民から苦情が飛びだすのも時間の問題かと思われる。
「かなり酷い臭い、かつ効果範囲が広いな。人間公害というヤツか」
「人を公害呼ばわりとは、言ってくれるじゃねぇか」
「実際そうだろ」
 ゴミ屋敷レベルの悪臭を放つ武彦は、今や動く悪臭発生器。
 これを公害と言わずして、なんと言おう。
「ってか、冥月さんは平気なわけ?」
 かなり遠巻きから勇太が首を傾げて尋ねてくる。
「うん? まぁ、この程度なら許容範囲というヤツだ。これを凌ぐ悪臭などそこらに転がっている」
「マジかよ……その世界、俺は知りたくないなぁ」
「知らない方が幸せだろうな」
 含みのある冥月の笑いに、勇太は乾いた笑いを返した。

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「さて、とりあえず、コイツをどうにかしようと思うわけだが」
 場所を変えて、別の公園。
 流石に同じ所に長時間いると、本当に通報されかねなかったのだ。
 かといってこの時代、あまり開けた場所と言うものもないモノで、こういう公園に頼るしかない。
 武彦はベンチに座り、咳払いをする。
「零が言うには、コイツから妙な魔力が発されており、それが悪臭となっているらしい」
「勇太は魔法や術式に関して、造詣があるのか?」
「いいや? 冥月さんはどうなのさ?」
「私もそちらにはあまり詳しくないな……」
「……くそっ、人選を間違えたか」
 勇太も冥月も魔術関連に関しては解決方法を持たない。
 とすれば、楽に解呪する方法は今のところなさそうだ。
「ってかさ、草間さんは犯人に心当たりとかないの? 犯人を見つけ出せば、解呪の方法もわかるんじゃない?」
「あぁ? 探偵なんて恨み買うような商売してりゃ、嫌がらせは日常茶飯事だが?」
「……言うほど働いてないじゃん」
「なんか言ったか、クソガキ」
 武彦に睨まれた上に、手で扇がれる。
 風に乗って悪臭が勇太の鼻先に飛んできて、危うく失神しかけるところだった。
「ヤベェよ、この臭い! 完全にレベルアップしてるよ!」
「ほぅ、そうなのか。こりゃ罰ゲームに良いな」
「草間さん、マジだからね!? これ、マジで言ってるからね!? ホント、そのままでいたら公害じゃなくて兵器になるからね!?」
 どうやら時間経過によって悪臭の強さが増していく仕様らしい。
「これは早めに決着をつけたほうが良さそうだな」
 勇太が泣くような悪臭でも、平然としている冥月が冷静な判断を口にする。
「にしたって、どうするんだよ? 今から神社にでも行ってお払いを頼むのか?」
「それより手っ取り早い方法がある」
 冥月はどこからともなくナイフを取り出し、武彦の右手に当てる。
「これで手を切り落とせばなんとかなるかも――」
「恐ろしい事抜かすな!!」
 驚いた武彦は右手を庇うように仰け反る。
「冗談だよ。まぁ応急策ではあるが、これでどうだ」
 そう言って冥月は武彦の右手を影の中に取り込んだ。
 影を操る事が出来る冥月は、影の中に異空間を作り出すことが出来る。今回はそれを応用して右腕だけその空間に放り込んだのだ。
 すると、悪臭が大分収まった。
「ふむ、やはり効果ありの様だな」
「うわぁ、すっげぇ! 空気が美味しい!」
「どういうことだ、こりゃ」
「本から魔力が発されており、それが悪臭に変わるというなら、本を閉じ込めてしまえば臭いの発生を抑制できるのではないかと思ってな」
 本の魔力が匂いに変わっているという零の見立てはどうやら大当たりだったらしい。
 それを信用して対策を打った冥月の考えもまた的を射ていた。
 今、漂っている悪臭は、既に振りまいてしまった残り香というヤツだろう。
「落ち着いて話せるようになったところで、どちらから先に片付けたものかな」
「どちらからって言うと?」
「本の始末と犯人探しだ」
 どちらにもメリットデメリットが存在する。
 もし、本の始末を優先する場合、呪いのかかっているこの本を力尽くで引き剥がした時、呪いの対象である武彦に何があるかわからない。
 もしかしたら呪いが変容して武彦に降りかかる可能性だってあるのだ。
 そして犯人探しを優先した場合、犯人に仕返し出来たところで、本の呪いは解けていない可能性は残る。
 冥月が影を解除した時、その臭いのレベルはいかほどになっているのか、想像もつくまい。
「どちらにしろ、早急に行動を起こした方が良いだろうな。どうする、武彦?」
「うーん、勇太はどっちがいいと思う?」
「何で俺に振る!? 俺としては本をどうにかした方が良いんじゃないかと。最終的に、マジで兵器レベルの臭いが散布されたらと思うと、ゾッとするぜ」
 確かに、犯人探しに手間取れば、それだけ悪臭のレベルアップ幅が増えるというわけだ。
 もし武彦に呪いが移ったとしても、それはそれで誰かに解呪してもらう事も出来る。
 だったら先に本をどうにかすべきではなかろうか。
「よし、じゃあ勇太と武彦で本の始末を頼む。私は犯人探しをしてこよう」
「……そうだな。二手に分かれるって手があった」
 という訳で、二手に分かれて事件を解決する事にした。

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「おい、勇太、大丈夫か!?」
 遠巻きから武彦の声が聞こえ、勇太はゆっくりと目を覚ます。
 どうやら軽く気を失っていたようだ。
「うっ……気分が悪い……なんだこりゃ」
「目を覚ましたか! こりゃマジでヤバいな」
 勇太は頭を振って、記憶を探る。
 どうして自分が気を失うような状況になってしまったのか。
 理由は簡単だった。
 冥月が影を解除した瞬間、本からあふれ出した臭気が勇太に直撃したのだ。
 その悪臭の酷さたるや、最早人知を超えた域に達している。
「ヤバいよ、草間さん。それ、マジで兵器だ」
「だんだん笑えない状況になってきたな。どうにかできんのかこれ」
 武彦が本を睨みつけるも、どうしようもない。
 一応、冥月のやっていた事を真似て、武彦は自分の手をビニール袋で覆い、それによって何とか臭いは抑えられているようだが、それもいつまで持つかわからない。
 早急にどうにかしなくては、本当に笑えない状況になってしまう。
「どうにかって言っても……、例えば、いっそその本を燃やしちゃうとか?」
「臭いが煙になって散布されるとかは勘弁だぞ」
「いや、燃やすんじゃなくても、ビリビリに破いちゃえばどうにかなるんじゃない?」
 本がどうやって魔力を発しているかわからないので、とりあえずは本自体を破壊する事から始めてみようというわけだ。
「……これ以上、手をこまねいていても仕方ないか。とりあえず試すだけは試してみよう」
「わぁ、ちょっと待って、草間さん!」
 武彦がビニール袋に手をかけた時、勇太は全速力で彼から距離を取った。
「よし、これぐらい離れてれば大丈夫だろ」
「……俺は良くわからんが、そんなに酷いのか、この臭い」
「洒落にならないレベルだから。もう茶化すとか言ってられないから」
「お前のそんなマジな反応も久々に見るわ……。まぁ、とりあえず、覚悟しろよ」
 武彦がビニール袋を解くと、その瞬間、ありとあらゆる異臭を放つ物を寄せ集めても敵わないような、まるで異色の空気が混じったのが目に見えるような、そんな臭いが当たり一面に発散される。
 かなり距離を取っていた勇太の元にも、顔を背け、鼻をつまんでも耐え切れない臭いが漂ってくる。
「ぐっ、目が! 目にしみてきた!」
「催涙効果まで付与されたか。むしろ今までなかったのが不思議なぐらいだな」
 冷静に分析しつつ、武彦は本のページをぶっきらぼうに破る。
 すると、今まで白紙だったそのページに妙な模様が浮き上がる。
「ん? こりゃ……なんだ? 文字か?」
「草間さん、何かあったのか!?」
「ああ、本のページに何か書いてあるようなんだが……」
 まず、日本語ではない。英語でもない。
 見た事のないような文字列がつらつらと書き連ねられている。
 そして見たところ、手書きの様でもない。
 それらが本のページ全体に浮き上がり、今までまっさらだった本の中身がびっしりと書き込まれた。
「印刷されてるのか。これだけ古そうな装丁なのにな」
 ハードカバーはボロボロに見えるが、それもデザインという事なのだろうか。
 つまり、これは比較的新しい時代に作られた魔本なのだろう。
「……お? 草間さん! ちょっと臭いが収まったぞ!」
「マジか! だったらこの手法は間違いじゃないのかもしれないな。よし」
 手応えを感じた武彦は、もう一度ページを破いて捨てる。
 その度に悪臭は消え、だんだんと清い空気が戻ってきた。
「まさかこんな簡単な方法で解決できるとはな……」
「あ、見てよ、草間さん。これ」
 勇太が拾い上げたページには日本語が書かれてある。
 それは日本人向けの取り扱い注意、と書かれてあった。
「取り扱い注意?」
「なんか、無闇に本を起動させると、とんでもない事になるって書いてあるな」
「こんな注意があるなら最初に知らせろっつの……ってか、誰が書いたんだ、こんな注意」
 ページをよくよく見ると、隅っこの方に会社名が書かれてある。
 その会社はどうやら通販会社の様で、この本も恐らくその会社の取り扱っている商品なのだろう。
「……って事は、これを買った誰かが、草間さんの家にこれを置き逃げしたって事?」
「性質の悪い悪戯だな……。まぁでも、それほど被害がなくて良かった」
「俺は結構な被害を被ったけど!? 一回失神したんだぞ!?」
「貴重な経験をしたな、勇太。こうして人は大人になっていくんだ」
「ガキ扱いしてんじゃねぇよ。ってか、大体の大人は臭いで失神するような経験した事ないだろ!?」
 ギャーギャー喚く勇太を、武彦は笑って受け流した。

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 その後、興信所にて。
「つまり、雫が悪いって事だな」
 冥月の話を聞いた武彦は、彼女に仕返しをする事に決めた。
「まぁ、大事にならなくて良かったな。これ以上草間があんまり酷い事件を起こしたとなれば、いろいろなところから睨まれるだろう」
「そうでなくても、草間さんは色んな敵作りやすいんだからな」
「……いや、逆にそんな俺だからこそ、今回の件も『またアイツか』くらいの話で収まったんじゃなかろうか」
「それは誇る様に言うところではない」
「日頃の行いって、大事だなぁ」
 そんなわけで、今回の異臭騒ぎも一応終わりを迎えたのだった。

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 後日、興信所の前に饅頭が落ちていた。
「……これは何のつもりだ、勇太?」
「え? バレた? 草間さんだったら何でも拾うのかなって」
「よぅし、拳骨一発で許してやろう」
「わぁ! 暴力反対!!」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、依頼に参加してくださりありがとうございます! 『理科の実験でアンモニアを取り扱う際、酷い目を見た』ピコかめです。
 臭いって怖いよ……。

 さて、今回はこれと言ってバトルなしののんびり回でしたが、いかがだったでしょうか?
 勇太さんには草間さんとワイワイとやってもらって大変和やかな感じに出来たかと思います。
 本人たちは色々と切羽詰っていたかもしれませんが、書いてるこっちは割りと楽しく書けましたよw
 にしても超能力を一切使わなかったけど……普通を守りたいのならば、これでも良いんですかね?w
 では、気が向きましたらまたよろしくどうぞ〜。