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<東京怪談ノベル(シングル)>


剛毛伝説の伝説
 ――ギックリ腰坂にその女あり! ……とまで、言われているかは定かではないのだが。
 ギックリ腰坂学園ヒゲ部・部長こと藤田あやこは今日も元気にヒゲもじゃの猛者達を従えている。
「……はぁ」
 けれど今日は、どこか様子がいつもと違う。まるで悩みでもあるようだ。
 元々あやこは細かいことにあまり頓着しないのだ。
 持ち前のプラス思考を発揮して、これまでだって、常人にできない事を平然とやってのけてきた。
 エキサイティングでエクストリームなあやこの立ち振る舞いあってこそ、ヒゲ部員達だってあやこにシビれたり憧れたり忙しいわけで。
 間違っても、ヒゲ部にはゲームに入れ込む時間などないはずなのだ。
 ないはず、だったのだ。
「……ねぇ。その『剛毛伝説』ってそんなに面白いの?」
 そう、あやこの溜息の理由はまさにそれだった。
 先日オープンβ版が公開されたオンラインゲーム『剛毛伝説』に、部員の多くがのめり込んでしまった。
 そのファンタジックな世界観に魅了された部員は野生の髭貴族と化し、日課の髭剃りすら忘れて部室に引きこもっているのだ。
「フヒヒ、やはりオンゲは交流あってこそですな」
「いやしかしミッション参加もオツなものですよ」
「ヒゲマジシャンガールちゃんテラカワユス!」
 彼ら曰く『可愛い』敵キャラの外見は、なんだその、お察しください。

(このまま放置したら、近い将来、きっとまた髭達磨が生成されてしまう……!)
 謎の危機感を覚えたあやこ。
 確かに、髭部の心得はフリーダム。故に毛ゲーだろうが髭ゲーだろうが活動の一環と言えなくもない。
 だが髭部の本懐はそこではないだろう。あやこは憤る。
 髭部員よ、忘れたか。学園の守護神と称された我が部の誇りを……!
(この際ヒゲダルマは見逃すとしても……、あたし1人で出来ることにも限界ってものがあるのよっ)
 見よ。学園は荒れ果てた。
 かつて花壇だった場所は相次ぐ事件で荒廃し、ペンペン草すら――生えなければ、逆に良かったのかもしれない。
 現実は真逆だ。今や花壇には毛氈苔や玉蜀黍を始めとする、モジャった植物のモジャった植物によるモジャった植物のための楽園である。
 ……ん? 玉蜀黍? 茹でて食おう。

 ともあれ恐るべし剛毛伝説の魔力、である。
「ひぎぃ、課金が止まらないよぉ!」
「このタイミングでアイテムクジだと……!」
 もちろん、熱が冷めた頃になって振り返り、あの時貯金していればと後悔することもあるだろう。
 けれど――もとより思い出に形などないのだ。
 プライスレスな思い出を買ったと思えば、財布が寒かろうが心はきっと暖かい。
 だったら宵越しの銭なんか持たなくたっていいじゃない。
 そんな思いがあったのか、それとも早いとこクリアして現場に復帰してくれればそれでいいだけか。
 とにかく、必死に重課金を続ける部員達をあやこは静かに見守っていた。
 ……だが。
 やがて部員達は口々に疑問を投じはじめた。
「どんだけ課金しても全然コンプできねぇ! 確立いじってんのか」
「ここんとこ敵ボスの能力インフレが止まらないお……」
 頭を抱える髭達。表情は疲れきっている。当然だ、寝食を忘れて没頭したゲームが行き詰っているのだから。
 彼らの背を見つめ、あやこはふむ、と考える。
「詳しい話を聞かせてもらおうかしら」
「あやこ様……!」
 手を差し伸べるあやこ。部員が顔をあげる。――だが、そのとき。
「大変でごわす、明日から配属になる新任教師が、ものすごいスパルタ教師らしいという情報が!」
「な、なんだってー!」
 突然現れる刺客の黒い影。何か嫌な予感がする。
 あやこは静かに席を立った。そしてそのまま、騒然とする部室を後にする。
 ゲームを没収されないかという部員の不安の声に、報いるために。

 そしてはるばる来たぜ、剛毛伝説社。
 社名にもなっているオンラインゲーム・剛毛伝説は名実ともにこの会社の看板商品。
 会社をここまで育て上げた切っ掛けとも言えるヒット作だ。
 クローズで行われたαテストの段階で、既に中毒者続出。
 初めて課金アイテムが実装された日には、驚くほどの金額が取引されて嬉しい悲鳴をあげたとか。
 それからおよそ1年。ネトゲバブルで一山当てた、いわば成金会社なのだ。
 当然受付などない。内線の電話機がぽつんと置かれているだけ。
 あやこは受話器を取り、迷わず社長番号を押した。
 ぷるるるるるるる。
「……出ない」
 直通で即座に出たら、それはそれで会社としてどうなのだと思わんでもないが。
 しかし会社のセキュリティ事情など、あやこには関係ない。
 部員の悲愴な表情を思い返し、苛立ちを募らせる。
 早く出やがれ、と念じているうち、念が通じたのだろうか受話器の向こうで社長らしきおっさんの声がした。
『どちら様でしょうか』
「ギックリ腰坂の風雲児、藤田あやこ参上!」
 ツー、ツー、ツー。
 あの、あやこさん、すみませんが内線切れてます。
「ちょっとぉぉぉ! 名乗りの途中で切るたぁ良い根性してるわね! 社長室どこよ社長室!」
 開き直って、あやこは正面突破を試みる。
 セキュリティ万全の自社ビル、というわけではないので、比較的容易に突破することができる。
 勢いのままあやこは社長室へとカチコ……、殴り込む。
「たのもー!」
 両開きの木扉をばーんと押し開け、突然の侵入者に社長が驚く。アフロ頭がぼいんと揺れた。
 流石剛毛伝説を作りし者、背負っている毛の重みが違うようだ。
「な、何だねチミはっ」
 跳ねるアフロ。明らかに怪しい。慌てて隠した書類が、しまいきれずに一枚はらりと地に落ちた。
 すかさず拾い上げるあやこ。プリントされた文章に目を走らせる――
「……こ、これは!」
 ほかでもない。ギックリ腰坂学園の内部資料だ。
 学園買収計画。見出しに踊る文字を見て、あやこはすべてを悟った。
「マッチポンプで少年のハートを踏み躙る金の亡者……許すまじ!」
 もはや拳と拳で語り合うより他ない。
「肉体言語で会話するしか――ないわ!」
 そんな言葉とともに、あやこキックが炸裂した。吹っ飛ぶアフロ。ちょっと待て、社長の毛が行方不明だぞ!
 剛毛を謳っておきながら、まさかの禿山登場にさすがのあやこもたじろいだ。
「毛が……ない……!」
「怪我するところだったわ、この暴力女! 心臓に生えた毛むしってやろうか!」
「なにをー! ひ、否定はしないけど、社長――あんたの心臓の毛よりはよっぽどつやつやサラサラの毛よ!」
 心臓の毛に綺麗とか汚いとかあるんでしょうか、よくわかりません。
 しかし白熱する口論。アフロを手にした剛毛社長とあやこ。
 やんややんやと言い合って――最終的に落ち着くところは、やっぱりどうして、そこなのね。
「あやこ君……! 君の部員を思う気持ちは素晴らしい! 感動した!」
 なぜか涙を流し猛省しはじめる社長。あやこは渾身のドヤ顔を窓の外へ向ける。
 窓の向こう側では――いつからそこにいたというのだろう、元気にあやこの活躍を見つめ、むせび泣く髭部員の姿が!
 彼らはネトゲ中毒と化していたはずでは?
 ……いや、そんな細かいことはどうでもいい。
「こまけぇこたぁいいんだよ! だってあやこ様最強なんだもん!」
 髭部の誰かが声高に叫んだ。ジークあやこ!

 後日、某ネトゲ世界に、心臓からにゅるにゅる毛の生えたレアキャラが2体追加されていたとか、なんとか。