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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ 大人の事情 



 燃え広がる炎が天井付近へと立ち昇る。
「クソッ…! 早く消さなくては…!」男が急いで火を消すべく、消火活動を始めた。「時間がない…。気付かれる前に…―」
「―ドラマチックな展開な所で悪いんだけど…」声と共に炎が一瞬にして球体の中へと包まれた。水が宙でプカプカと浮かび上がり、炎をあっさりと消火した。「何してんの?」
「…は、ははは…。なぁに、ちょっと料理をしようとしていたんだがな…」苦笑いを浮かべながら、中年の男性がバツ悪そうに勇太へと振り返った。
 春休み。久しぶりの休暇が取れた事で、叔父が勇太の家へと日帰りで遊びにやってきた。忙しくしている人なのでなかなか会えないが、勇太にとっての家族だった。家事はからっきしダメで、仕事一筋に生きている男。それが勇太にとっての叔父の印象の大部分を占めている。それでも、幼少期の事から、勇太は叔父に感謝してもしきれない程に感謝している。
「はぁ…。ま、ファミレスでも行く?」消火活動とは名ばかりのボヤ騒ぎをあっさりと片付けた勇太が叔父にそう言うと、叔父はタハハと苦笑いをしながらその意見にあっさりと賛同した。



 ―いつものファミレスに着く。店員に案内されるままに勇太は席へと移動し、座ってメニューを見る。水を持ってきた店員を叔父が呼び止める。
「勇太はエビフライセットで良いんだろ?」叔父が唐突にそんな事を言い始める。
「かしこまりました」
「ちょ、何でいつも外食するとそうなんのさ!」
「ん、違うのか?」叔父と店員の顔に?マークが浮かぶ。
「……」
「じゃあエビフライセットとこの日替わりランチで」叔父はそう言うと店員はかしこまりました、とメニューを持って席を後にした。
「ったく、子供扱いしてさぁ…」
「何を言ってるんだ。お前、他に何も頼もうとしなかっただろう」
「……むぅ…」
「ハッハッハ、そう膨れるな」叔父はそう言って勇太を優しく見つめた。「学校はどうだ? 友達ともうまくいってるのか?」
「うん、それなりに…」
「勉強はどうだ? こう見えても叔父さん勉強得意だったから、教えてやるぞ?」
「だぁ、もう! 俺の事は良いからさ! 叔父さんこそ結婚しないの?」
「バカ言うんじゃない。お前が立派に大学出て生活するまで、叔父さんは良いんだ」
「良くないよ。叔父さんだってもう良い歳だろ? 俺は俺でバイトもしてるんだし、大丈夫だって」
「だめだ。学生なんだから勉強が本分だろう。叔父さんは今はお前の事が心配だから、結婚なんて考えたりはしてないさ」
「そうやって俺を理由にしてさぁ…。本当は相手いないんでしょ」
「…よし、勇太。一度きっちり厳しく躾けた方が良さそうだな…」
「望む所だよ…」
「…ぶっ、アッハッハ!」叔父が先に我慢出来ずに噴き出してしまった。「いや、許してくれ。ついお前とこうして会って話せるのが楽しくてな。口うるさくなってしまった」
「…ったく、叔父さん変わらないなぁ…」
 二人のやり取りはまるで親子そのものだった。言い過ぎても笑って許し合える関係。そんな関係だからこそ、勇太は減らず口を叩いていられる。叔父もまた、勇太のそんな性格を解っていた。


 メニューが運ばれた後も、二人の会話はごく日常的な親子間の会話だった。学校や友達。バイトの事なども聞かれたが、勇太はそれをうまく避けながらバイトの内容の話まではしようとしなかった。それはそうだ。叔父は勇太が草間興信所で働いている事も、武彦の事も知らないままだったのだから。ちなみに勇太にとっての草間興信所は、“草間会計事務所”という名前で叔父に知らせていた。





――。




 食事を終えた二人はファミレスを後にして駅へと向かっていた。叔父は仕事柄、大型の連休はなかなか取る事が出来ない。勇太はそんな叔父の仕事の詳しい内容までは知らない。叔父に引き取られてから、転々とした生活を送る事が多かったせいで忙しいという事以外にあまり気にかける事はなかったのだった。
「…ん?」不意に向こうから歩いてきた男が勇太を見て歩みを止めた。「よう、勇太」
「あ、草間さん…」勇太は声をかけてきた武彦を見て思わず表情を強張らせた。
「知り合いか?」叔父が勇太に声をかける。
「あっ、あ〜っと…。ほら、俺がバイトしてる先の所長さんだよ」乾いた笑いを必死に捻り出す勇太は武彦へとテレパシーを送った。
『適当に話合わせて下さい!』
「あぁ、草間会計事務所の所長さん、でしたか。甥がいつもお世話になっております」
「へ…? あぁ、とんでもない。こちらこそ、彼にはいつも色々な案件を手伝ってもらってますから」ジロっと勇太を軽く睨み、武彦はそう言って作り笑いを浮かべていた。
「どうでしょう? 甥と言うよりは、私にとっては息子同然。しっかりと働いていますか?」
「ちょ、叔父さん!」顔を赤くして勇太は言葉を遮らせようとするが、叔父はお構いなしに武彦へと詰め寄っていた。
「えぇ。若いのに随分と立派な青年だと、私は思っていますよ」
「く、草間さんまで…!」
「勇太、叔父さんは所長さんにお前の話を聞く義務があるんだ」叔父はそう言って武彦に顔を向けた。「ほんの少し、お時間よろしいですかな?」
「えぇ、構いませんよ」武彦はそう言って叔父について歩いた。
 三人はすぐ近くの公園へと入った。冬が終わり、風が暖かい。勇太にとって初めて武彦と会ったこの公園は、今でもたまに訪れる想い出の場所だった。
「勇太、コーヒーを買ってきてくれないか?」叔父はそう言って千円札を渡した。「草間さんもコーヒーで?」
「あぁ、頂きます」
「うん…」武彦と叔父を二人きりにする事を心配しながら勇太は近くの自販機へと小走りで向かった。
「…お久しぶりですね」叔父が声を潜める。「アナタに会うのは、あの子の救出をしたあの時以来になるのですか…」
「やはり憶えてましたか」武彦もまた声を潜めて会話を交わした。「勇太はアナタの仕事を知らないのですか?」
「…なるべく影の世界から引き離そうと思っていたのですがね…。五年前の大きな虚無の動向の時から、アナタのお世話になっている事は知っていました。尚更、私の仕事は改めて言う時が来るまで言わずにいるべきかと…」
「…そうですか…。お互いに、隠し事をあの子にするのは心苦しい所もありますね」武彦はそう言って煙草に火を点けた。
「ははは、まさかアナタと勇太の事で語り合う日が来るとは思いませんでしたよ」
「まったくですね」
 二人の間に穏やかな時間が流れる。勇太という存在を中心に、家族の様な繋がりすら感じる。武彦も叔父も、そんな事を感じていた。
「買って来たよ〜って、何の話してたのさ?」
「いや、別に?」武彦が軽く笑って紫煙を吐いた。
「大人の都合ってヤツだ」叔父もまた、軽く笑っていた。
「…? 意味わかんねぇ…」小首を傾げながら勇太は呟いていた。



 頭上に咲き誇る桜が、春の訪れを物語っている穏やかな暖かい日の物語り…―。



                                   Fin





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ライターより。

いつも有難う御座います、白神 怜司です。

何やらインフルエンザという事で、
体調の具合はいかがでしょうか?

インフルエンザは私も去年かかりまして、
何も出来ない歯痒さや体調の辛さは解ります…。

という事で、超速で書かせて頂きました、
異界とこちらを納品させて頂きました。

体調が落ち着きましたら読んで下さいね。

それでは、お大事になさって下さい。

白神 怜司