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<東京怪談ノベル(シングル)>


恋愛ステップダウン

「いらっしゃいませー!」
 にこやかな店員に迎えられ、玲奈は店内へと入っていった。
 どこにでもある、ネットカフェ。その一角で、一人の少女が、肩肘をつきながらマウスを自在に動かしていた。
「ったくー、どいつもこいつも、彼氏と約束があるからって…」
 独り言を言いながら、彼女が閲覧しているのはオカルト関連のサイト。
 そんな彼女と、近くに立っていた玲奈の横を、はしゃぎながらカップルが通り過ぎると、
「はー」
 盛大なため息が聞こえてくる。もちろん、発信源は、
「雫さん」
「玲奈ちゃん!?」
「さっきの2人組のことですか」
「……」
 問いかけ、というよりは断定的な台詞に、雫は思わず口ごもる。
「独り身って幸せなんですよ。彼氏に振り回されないなんてラッキーじゃないですか!」
「そりゃ、そうかもだけど」
 玲奈の正体を知っているだけに、雫の態度はどこか投げやりだ。
 そんな彼女の手を掴み、玲奈はそのままぐいぐいと引っ張る。
「独り身には独り身ならではの良さがあるんです! 彼氏ナシ女子限定七大特典! 案内します!」
「え、ちょ、玲奈ちゃん!」
 驚いたように声を上げる雫を無視して、玲奈は半ば強引に、彼女をネットカフェから連れだした。


 玲奈がまず案内したのは、飛行機のファーストクラスのような空間だった。
 そこには、いかにもセレブと言う感じの、高価そうな衣装に身を包んだ男性が座っていたり、
「おかえりなさいませ、お嬢様」
 なぜか、ジュースを持って来てくれた人物が、執事口調だったりする。それには、雫も驚きを隠せないようだった。
「玲奈ちゃん、何ここ?」
「七大特典、その1ですよー」
 だが、肝心の雫は、いまいち現状を掴めていないようだ。ならば、ここで自分がこの特典の良さを見せないと!
「せっかくですから、皆さんでいろいろお話しましょう!」
「え…?」
 雫が戸惑いの声を上げている間に、玲奈の言うみなさんが現れ、2人を取り囲む。
「へぇ、玲奈ちゃんのお友達?」
「そうなの、ここの楽しさを知ってもらいたくて」
「こんな可愛い子、男が放っておかないでしょ」
「本当に」
 玲奈はいたって普通に話していると、雫はやはり戸惑いがちな瞳を向けてくる。
「玲奈ちゃん、さっきまでとやってること違うような…」
「いいえ、だって、彼氏がいたら、こんなことできないよ、雫さん!」
 そう、玲奈が力説すると、ようやく、雫も、じゃあ、と男性達と会話を始め、第1弾は成功ですね、と胸中で喜ぶ玲奈であった。


 玲奈のプロデュースする7大特典その2は、スパだった。
 中はもちろん貸し切り状態。おまけに、ゆったり座れる足湯に、ドクターフィッシュのサービス付き。
「どうです? ムダ毛の処理不要! 彼氏に水着姿みせなくていいという、この好条件!」
「あ、これは確かに楽しいかも! 彼氏の前では〜、とか思わなくていいし!」
「でしょう! 今は、思いっきり楽しみましょう! ほら、一緒に水浴びでもして!」
「うん!」
 笑顔の雫の手を引いて、玲奈はスパ中を案内して回った。


「さて、次は…」
「ブティック?」
 店の前に書かれた文字を読んで茫然としていた雫を、玲奈は半ば強引に店内へ押し入れる。
 中には、派手でファンキーな服装の女の子でいっぱいになっていた。
「うわ、どの子も、あたしには派手すぎるくらいな服装の子ばかりかも」
「ほらほら、彼氏がいると、俺こういう服着てる子がいいな〜、とかなっちゃうでしょう?」
「まぁ、確かに、こんな格好してたら、あんまり良い気がしない人もいるかも」
 実際の男性の価値観などはっきりとはわからない玲奈だが、少なくとも、ここにはそのような子は一人もいないように思う。
「せっかくですし、雫さんもいろいろ挑戦しましょー!」
「う、うん!」
 玲奈のノリの良さに引っ張られ、雫も買い物を楽しんだ。


「って、今度は何でうち!?」
 玲奈が案内したのは、彼女の家。さすがに雫も戸惑いを隠せないようだったが、
「誕生日、おめでとう、雫!」
 部屋に入るなり、響くクラッカーの音。出迎えてくれたのは、雫の家族と、女友達で。
「これも、玲奈ちゃんの言う特典?」
「はい。家族の時間も大切にしないと」
「それは、もちろんそうだよね!」
 こうして、家族と過ごす時間、友達とはしゃげる楽しさを知ってもらうにはこれがやはり効果的。
 楽しそうに笑う雫を見ながら、玲奈も思わず笑みをこぼした。


「あー、いっぱい遊んだー!」
 そう叫ぶなり、雫はベッドにダイブする。
 あれから、誕生日を堪能した雫を、玲奈はこの寝室へと連れて来ていた。
「フカフカベッドー。気持ちいい……」
「雫さん?」
 声をかけてみるが、雫はそのまま寝息を立て始めた。
「彼氏の存在を気にせず爆睡できる、という説明は、不要だったみたいだね」
 と、思わず独りごちた玲奈だったが、唐突に響いてきた鼾に、一瞬驚いてしまった。
「雫さん、思いっきり爆睡ですねー」
「うーん。ん…」
「あたしも眠たくなってきちゃった」
 思わずあくびがでてしまう。これも、雫が堪能してくれているのがわかるからこそなのか。
 そのまま、玲奈もつられるように、寝入ってしまっていた。


「さて、お次はこちらー!」
 たっぷり睡眠を取った後、玲奈が案内したのはクラブだった。
 困惑する雫の背中を押し、店内に入っていくと、そこには、お客さんは誰もいない。
 ただ、素敵な男性が、2人を出迎えてくれて。
「いらっしゃい、お姫様方。今宵は、あなた方の為に、曲を奏でましょう」
 そう囁くと、彼は秘めた思いを込めた曲を歌い上げる。
 その美しい歌声に、そして、時に甘く囁く声に、連れてきた張本人である玲奈までもうっとりと聞き惚れた。
「ほら、ね? 嬉しくないですか?」
「う…。確かに、すごく役得かも…」
 玲奈の言葉に答える雫の顔は、少し赤い。
 これも楽しんでくれている証拠だと、玲奈は一人頷いた。


 そして、玲奈が最後に案内したのは、神聖都学園女子部の廊下。
「こんなところに来て、一体何が…?」
 今までと雰囲気の違う場所に、雫が訝しげにしていると、
「おーい、雫ー!」
「みんな!」
 そこに待っていたのは、雫がネットカフェに行く原因を作った友達だった。
「ごめんねー、雫との約束を優先させないなんて、どうにかしてたよ」
「今度の休みは遊びに行こうよ! ほら、例えば…」
 そうして、次々と挙げられる、女の子がすきそうな場所。
 その様子に、玲奈も満足げに頷いた。
「女の子同士の友情って大事ですよね。ガールズトークも楽しいし…」
「確かに、彼氏がいるってだけで、みんな遠慮してたもんなぁ。また、一緒に遊べるようになって嬉しい!」
 素直な気持ちを口にする雫に、玲奈も雫の友達も笑顔になる。
「でしょう? ほーら、彼氏なんてやっぱり…」
「…けど、ここまでいろんな場所に連れていってもらったけど、玲奈ちゃん、いろんなこと知り過ぎてて怖いっていうか…。どう見ても、負け惜しみとしか…」
「ッ……!」
 先刻まで明らかに楽しんでいたはずの雫に言われて、玲奈は言葉を詰まらせる。あまりにぐっさりと心に刺さり過ぎて。
「う、うるさいです! どうせあたしは生涯独身ですよ!」
 だからこそ、雫を楽しませたくて奮闘したのだが、とどめの一言に、思わずそっぽを向いてしまう玲奈。
 そんな彼女の様子に、今度こそ、雫は心から楽しそうに笑うのだった。