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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのご。



 かちん、かちん、と何かがはまっていく音がする。
 機械音は等間隔で鳴っていて、それを聞いている者たちは身動きすらしない。
 それはそうだろう。
 鎖に繋がれた者たちは、すべてこのゲームという舞台に用意された「餌」なのだから。
 広間の中央では白と黒の衣服をまとった、人物が立っている。
 薄暗くて顔はよく見えないが、笑った様子だけはわかった。
「絆の変動はない」
 けれども妙な気分だ。
「ウテナはもっともプレイヤーの心情を反映させるカードだというのに、プレイヤーがああでは……」
 くすくす。くすくす。
 笑い声だけが静かに響く。
「名前は確か、エミリア、だったか」
 かちん、かちん。
 瞬時にその人物の目の前に、立体映像としてエミリア・ジェンドリンの姿が出現する。本人は現実世界にいるはずなので、ここに居るのはゲームの中に残った残滓のようなものだ。いわば、「データ」である。
 エミリアを眺めてその人物は首をかしげた。
「確かに能力値が異常に高い。これではウテナの力が発揮されないはずだ」
 そろそろ性別転換がされていてもおかしくないというのに、ウテナの性別に変化がない。
 それほど絆が低いという証なのだが、珍しいプレイヤーもいたものだ。
 その人物は周囲を見回す。
 使い勝手のいいこの世界。そして、手駒となった能力カードたち。
「前回のあの少年はなかなかによかった」
 感想と共に、能力カードであるミナモにスポットライトが当たる。
 瞼をかたく閉じている彼女は、なにごともなかったかのように身動きすらしない。
「絆も高かったが、まさか他者を助けるとは」
 エミリアの隣に、彼女を一ヶ月前に助けてマグマの海に落ちた少年の姿が現れる。
 けれども少年の姿はすぐに消えうせた。



 巨大な樹木の枝の上を歩いているエミリアは、背後をついてくるウテナに肩越しに目配せする。
 ウテナはまったく反応しない。ただエミリアについて来ているだけだ。まるで影法師である。
「ウテナ」
「はい」
 淡々とした声にエミリアは思わず目を細めてしまう。
 ウテナはしょせん、この世界に用意されたカード。情なんて、存在などしない。
 感情なんてあることがイレギュラーだと割り切ってはいるけれど、思わず……期待してしまうのはなぜだろう?
 ウテナが見せた笑顔を思い浮かべ、あれが作り物だと納得したくない自分がいることにエミリアは嘆息しかける。
(現実世界に生きてるあたしに出来ることがあれば、奇跡でもなんでも、起こしてやりたいものね)
 けれども、奇跡などというものは滅多に起こすことができないから「奇跡」と呼ばれるのだが……。
(まあそれだけ)
 前を向きながら、エミリアは少し笑みを浮かべる。
(ウテナに対して情が芽生えたってことよね)
 この一ヶ月、あれこれと考えたのだが答えなど出るはずもなかった。
 手に入れた2つの鍵のことといい、影といい、見えざる敵といい……。
(ぜーんぶ、このゲームの中にあるものね、おそらくは)
 現実世界ではない、このヴァーチャルの世界に。
(謎が多すぎるのよねぇ……)
 うーんと唸ってはいるが、背後のウテナが興味を示した気配はない。
(絆があがったら、もっと感情が出てくるのかしら……?)
「ウテナ、聞きたいことがあるんだけど」
「…………」
「前回鍵を2つ手に入れたけど、1つはここで使ったとして、もう1つはどこにいったのかしら?
 アイテム表示とかできないの?」
「所持アイテムを表示」
 ウテナの言葉に、エミリアの真横にいきなり光る文字がずらりと出現する。
 驚きつつも、それを眺めた。
「あれ? なにもない?」
「エリアゲートの鍵は、一度しか使えません。前回手に入れたのは、この世界に通じる鍵を2つでしたので」
「……つまり、他のエリアに行くにはまた別の鍵が必要ってこと?」
「そうです」
 無表情にそう言うウテナに、エミリアはやれやれと肩をすくめた。
(見えない敵がうようよしていそうなのに、どうしろってのよ……)
 ふいに、ウテナの視線が違う場所に動いた。
「どうしたの?」
「あちらに別のプレイヤーがいます」
「え? どこ?」
 不便で仕方がないのだが、どうすればいいのだろうか?
「ウテナのカードを使用しますか?」
「ちょ! またそれ!? つ、使ったらどうなるのよ?」
「おそらく、見えるようになると思いますが」
「はあ?」
 おそろしい誘惑だ!
(み、見えるようになるってこと? でもそれって今回限りとも思えるし、使ったらまたカード使用回数が減っちゃうし……!)
 いやいや、力は温存しておくに限る。ただでさえウテナには制約が色々とあるのだ。
「ど、どんな感じ? あっちにはこっちが見えてるのかしら?」
「連れているのはウテナのカードです。見えているようですね」
「えっ」
 ぎょっとしたのと同時に、ウテナが素早く言う。
「エミリアは攻撃を受けています」
「は」
 あ? と続けたかったのだがそれもできなかった。エミリアは突如としてつるりと足を滑らせたのだ。
 嫌な滑り方なのは直感でわかった。落ちる!
 咄嗟に落下した身体を、手で支えるように枝にしがみついた。
 この世界には底がないように見える。眼下には、密集した巨大な枝ばかり。落ちていけば地面に辿り着くかもしれないが、そんなことができるはずもない。
 エミリアは大きく息を吐いて、自身の身体を持ち上げてなんとか体勢を直した。
「エミリアのターンです」
「パス!」
 即答したエミリアは、突如として離れた枝の上にいる者たちが見えるようになった。ウテナのカードは使っていない。
 では?
「なにあれ! プッ! アハハ!」
 けらけらと笑うのは高校生くらいの少女だ。その隣には、確かにウテナがいる。いや、だがどう見てもあれは男性だ。
「同じウテナのカードだけど、性別転換もしてないじゃないの! うっそぉ! ありえない!」
 可笑しそうに腹部をおさえる彼女は、横の青年ウテナによりかかった。
「これじゃ、敵にもならない。カード回数が一回減ったけど、こっちが見えててすごい驚いてるし!」
「そうだね」
「ウケる! よっぽどカードと相性悪いか、下手くそなのね」
 またも愉快そうに笑う少女に、エミリアは興味がわいた。どうやら彼女はこのゲームに詳しいようだ。
「ねえ!」
「ちょ、なに話しかけてきてんのよ」
「あなたもこのゲームのプレイヤーなの? このゲームは閉鎖してるでしょ?」
「そうらしいけど、こうやって遊べるんだからよく知らないっつーの」
「途中でリタイアしたりした人がどうなるか、知ってる?」
「なら自分でなってみれば?」
 え、と思った時には少女はウテナに命じていた。
「こちらのターン! ウテナのカードを使用! 逆転させるのは、バランス!」
 ぐらり、とエミリアの身体が揺れた。抗いがたい揺れにエミリアは足を踏ん張る。
「無駄だっつーの。ここはゲームの世界。レベルが高いほうが強いに決まってるじゃん」
 その声を最後に、エミリアは真っ逆さまに――――落ちた。



 延々と落ちる。目の前を行き過ぎるのは樹木の太い枝ばかりだ。
 一度としてぶつからないのはなぜだろう。
 気分が悪くなってきた。終わりのない落下なのかもしれない。
「ウテナのカードを使いますか?」
「…………」
 一緒に落下しているウテナは、どうしてもカードを使わせたいらしい。
 使うべきか、どうするべきか。
「使うわ」
 静かにそう言う。おそらく、あの少女はまた邪魔をしてくる。敵、なのだ。
 ウテナは頷いた。
「カードを使用! 落下を逆転!」
 途端、上昇を始める。一気に今度は上り詰めていく。
 元の位置に戻ったエミリアに、少女は唖然としたように目を丸くした。
「へぇ〜。なるほど」
 油断のない顔つきになった少女は腕組みする。
「カードを使ったかぁ。ま、そうなるわよね。ただの馬鹿じゃないってこと?」
「このままあたしがリタイアしたほうが良かったかしら?」
「べーつーにー」
 面倒そうに言い放つ少女は、肩をすくめてみせた。
「でもさぁ、間違っても私に勝てるとか思わないことね。あんたとはカード使用回数も桁が違うんだから」
「……あなたは他のプレイヤーが元々見えていたの?」
「ん? なにそれ。なんでそんなこと言わなきゃ……。
 あぁ、あーあ、なるほど。あんた、運だけでここまできたってこと? このゲームのルールとか読んで……そっか、閉鎖してたらルールはわからないわけね。
 親切に教えてやる義理もないけど、ま、見えてなかったわね。バグかなんかでしょ」
「どうして見えるって、他にもプレイヤーがいることがわかったの?」
「はあ? あんたアタマ大丈夫なわけ? 自分だけが選ばれたとか、ンな世紀末的な思想とかマジありえないから」
 少女は、他にもプレイヤーがいることを承知でいたようだ。今の口調からそれがわかる。
「私に見えなくても、ウテナには見えてるから教えてもらっただけ。それにこのゲームは、最後のステージまで行き着けたヤツはいないって評判だったしね」
「つまり、見えないけど他のプレイヤーを攻撃してた?」
「当然でしょ。蹴落とすのが楽しいんじゃない。このゲームでは、他のプレイヤーはみんな敵なんだもの」
 知らなさすぎ、と少女が嘲笑う。
「他にも敵はいるけど、それってゲーム側が用意したやつでしょ?」
「…………」
「呆れた……。あぁ、まあ一般人ならゲームに関してあんまり推測とかできないってわけか。初心者ってこれだから……。
 まあいいや。あんたに構っていられるほど暇じゃないの。さっさとリタイヤして」
 宣言と同時に少女がカードを使う。
「ウテナのカードを使用!」
 なにに使ったのかはわからなかった。エミリアは呼吸困難に陥り、あっという間に意識がブラックアウトしたのだから。



 意識が消える間際に聞こえたのは、ウテナがカード使用を促す声だった。
 あと何回だった?
 そう思ったが、使わなければおそらくゲームをリタイヤだ。
 エミリアは使ったと思う。そして鍵は手に入っていない。
 だから、今のこの暗闇が包む世界がなんなのか、エミリアにはわかりはしない……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
 謎が少しずつ明かされているようないないような……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。