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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−起− +



 ドッペルゲンガーが出た。
 今、自分の目の前に。


 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 だけど。


 ―― 殺していいかい?


「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見てはいけない!!」


 くきっと首を折る様に横に倒した自分と同時に声が聞こえた。
 それは『誰』のものだ。


 振り返った先には空中から姿を現す黒髪短髪の少年。そしてその少年に横抱きにされているとても髪の長い少女。
 声を掛けてくれたのは少年の方だという事は声色から分かる。対して少女は少年の胸元の服を握るようにしっかりと掴まりながら『僕と同じ姿をしたそれ』を見ていた。
 だがはっと表情を真摯なものへと変えると、彼女は僕の方へと手を伸ばした。


「そこの迷い子――避けなさい!!」


 少女が叫ぶ。
 次いでさぁっと自分の周りを取り巻く空気が変わる。
 その感覚には覚えがあった。まさかとは思う。同じ顔をしたホムンクルスがいても不思議ではないけれど、僕の知る限りではそういう話は聞いたことがない。
 ホムンクルスにしてもそうでないにしても『それ』が敵意を持っている事は明らかで、しかも『それ』は明らかに僕と同様の能力を保持している事が判った。
 何故なら今己を取り巻く空気は――。


「強酸霧雨(アシッドレイン)!」


 『それ』が叫びながら強酸性の雨を降らせ、僕へと攻撃を開始する。それは非常に強いもので、長時間浴びると全てを溶かしてしまう。殺意を向けられる事は慣れている――ならば、僕もそれ相応の対応をさせて貰おう。
 僕の能力の一つである「霧無消散」で雨を遮断し、身を護りながら同じように攻撃を開始する。
 だがそれはまるで鏡合わせの戦闘。


「駄目だよ。君と『それ』は全く同じ能力を保持している。君が攻撃し、それに対応した守護を行なえば相手も全く同様の行動をするんだ」


 いつの間にか少年が少女を抱きかかえたまま僕の傍へと寄ってきていた。
 地に足を付け、少年は今僕と『それ』との戦闘をまるでその瞳に記録するかのように真剣な面立ちで眺め見ていた。強酸性の雨が彼らにも散りかかるが、まるで彼らの周りに膜が張られているかのように雨を弾いていた。


「貴方は『誰』?」


 僕は少年少女の事は置いておき、目の前にいる『それ』へと首を傾げながら問いかける。
 僕達二人は互いに均等の能力を所持しているというのならば、現状を変えるためには声を掛けるしかない。殺意を向けられた相手に対してはもしかしたら無意味かもしれないけど……。


「――殺して、いいですか?」


 そして、その予想は当たってしまう。
 『それ』は僕と全く同じ姿をしていながら、僕と同じ思考はしていないようだ。ただ『それ』が抱いているのは僕への純粋な殺意。
 口調が最初と違うのはきっと僕と同種であることを知らしめるためだろう。


「フィギュア、少しだけ降ろしても構わないかい?」
「戦うの?」
「せめて追い払う事くらいはしないとね」


 少年は腕から少女離れる事に対して名残惜しそうな表情を浮かべるが、それでも彼女を今僕たちがいる道の上へと静かに下ろした。アスファルトの上に女性を座らせる行為は好ましくないだろう。だけど少女はその場所から動かない。
 彼女が纏う白いゴシックドレス、その上に散らばる灰色掛かった黒は手入れが行き届いているのか綺麗な色をしていた。


「此処でお前を散らしても構わないんだけど、それは少々困るからね。最善の方法を取らせて貰うよ。まずは――歪手(ゆがみて)」


 その言葉と共に彼は僕の隣へと立つ。
 そしてまず左手を僕を含む三人を包むかのように大きく広げ、空間を切り裂いた。歪んだ景色が僕らの目の前に現れる。陽炎のようにゆらゆらとした景色は『それ』の姿を見難くする。しかしそれは相手も同じだったようで、くひっと喉を鳴らすような奇妙な音を鳴らしながら哂った。


「貫手(つらぬきて)!」


 静かに滑らされる右手。
 しかし其処から放たれるのは衝撃波。左から右へと滑らした手先から放たれたそれはまっすぐ『それ』に向かっていく。しかし『それ』も馬鹿ではない。むしろ僕と同じレベルの知能を持っているのならば回避しようとする思考は当然だろう。
 ホムンクルスとしての身体能力なのか、それとも『それ』自身の身体能力なのかは分からないが放たれた攻撃をかわし、にぃっと持ち上がる口端はまるでチェシャ猫のよう。


「どうすればいいか教えて下さい」


 僕は目の前で行なわれている少年と『それ』の戦闘をほの暗く光る青い眼で見つめる。少年は攻撃を繰り返し、『それ』もまた強酸霧雨(アシッドレイン)や肉体的攻撃で応戦する。衝撃波によって散る構造物の壊れた欠片、酸性雨によって溶かされていく独特的な香りは顔を歪めるに充分な理由だろう。
 しかし『それ』が時折向けられる僕への視線は――狂気の色を湛えていた。
 だからなのか、残された僕は今は大人しく座り込んでいる少女へと問う。
 己がすべき事を。


 少女はすっと顔を持ち上げた。
 前髪は綺麗に切り揃えられ、その下から見えた瞳は、黒と灰のヘテロクロミア。その両方の瞳は何かを見透かすかのように僕を映し込む。小さな僕は今置かれている状況が分からず、無表情に近い面立ちを浮かべていた。


「あそこに行きなさい」
「と、言うと?」
「あたしが今から『あれ』の隙を見て貴方を送るわ。だから貴方は己の身の安全を優先し、私の片割れに危害がいかないよう追い払ってちょうだい」


 細やかな装飾が施されたドレス袖、その先から細く美しい左の指先が持ち上がる。
 彼らが一般の人間ではない事など最初から分かっていた。けれど何処か現実的ではない雰囲気が二人にはある。それはまるで現実の世界の理に囚われず、独自の世界に生きている、繊細な硝子細工のような……。
 少年が少女を降ろして以後、彼女が場を動かないその意味に僕はそろそろ気付き始めていた。だからこそ彼女の前に立ち、すっと構えを取る。


「攻撃、ですね」
「貴方の心のままに……――導手(みちびきて)!!」


 彼女がそう言い放つと同時に自分が強い力によって引っ張られるのを僕は感じ、そして次の瞬間『それ』の後ろに僕は立っていた。その向こうには少年の姿があり、転移させられたのだと瞬時に理解する。


「――!?」


 少女の言うとおり、それは『僅かな隙』を見せる。


「申し訳ありませんが、消えて下さい」


 僕は淡々とした口調でそう告げると少年との戦闘によって油断していた彼に渾身の力を――強酸霧雨(アシッドレイン)を撃ち込んだ。
 通常なら空間そのものを変化させる能力であるが、直接触れた分だけより対象が固定され殺傷能力を増すと考えたのだ。


―― ジュウゥゥウウウ!!
 煙を上げながら『それ』は己の身体を溶かしていく。
 どろどろに。
 肉を。
 骨を。
 着ている服もなにもかも、どろどろに。
 喉を焼かれたのか引き攣った悲鳴を零し、『それ』は喉を引っかきながら前屈みに崩れ落ちていく。
 それは実験で行なった時に死なせた動物と同じ光景だが、それが自分と同じ姿であるという事には少々眉間に皺を寄せるしかない。研究所が同じ顔を量産したのではないというのならば尚更である。


 少年が戦闘を止め、僕が放った攻撃によってダメージを受けた『それ』を冷血な瞳で見下した。改めて少年を見ると彼はゴシックドレスシャツに七分丈のパンツルックで、彼もまた両目の瞳の色が違う事が判った。
 彼は右目が黒、左目が緑であり、その目は氷のように冷たくまるで作り物のようにも思える。


 これで終わり。
 そう僕は考えたが――。


―― 殺してもいいですか?


 またあの声が聞こえる。
 今度は脳に直接語りかける音で。
 焼けたはずの喉、このまま消え去るはずの存在はゆらりとその半身を溶かしながら立ち上がり宙に浮く。そして両手――否、失った片手すらもゆるりと持ち上げるような錯覚に見舞われながらも彼は首をまたこきっと折った。
 そして。


「くひっ、ひひひひひっ、あははははははは!!!!」


 出るはずの無い失った声。
 腹の底から可笑しいというかのように屈めた身体は、起き上がった瞬間には全て元に戻っていた。溶けたはずの肌、筋肉、眼球、髪、衣服……まるで何もなかったかのように。
 たんっ、と『それ』はアスファルトを蹴って宙に浮き、傍の石垣に身体を移動させる。しゃがみ込み、指先で身体を支える格好のまま彼は下方にいる僕達に対して今はもう最初に現れた時と同じ姿で微笑む。
 それはとても優しい微笑みだと――皮肉にも僕は心の中で毒づきながら形容してみた。


「――また、来ますね」


 その言葉を合図に『それ』は逃走する。
 自分が目上の人間に対して使う敬語のまま、ご機嫌伺いのように軽い調子で。


 そして僕は『それ』を追いかけなかった。


「冷たかっただろう。ごめんね」
「大丈夫よ、これくらいなら少しの冷えで済むわ。それよりもあの迷い子の方が問題では?」
「僕にとっては君以外はどうでもいいんだけどね」


 少年が少女の元へと戻り、此処に出現した時の様に横抱きにする。
 やはりというかなんというか。少女は歩けないのだと僕は認識した。彼女は抱きかかえられ、安心したように仄かに微笑む。アスファルトから吸い上げられるかのように広がっていた黒髪が上がっていく。その様子を見ながら僕は二人から視線を外さない。


「改めまして、僕の名はミラー。彼女はフィギュア」
「初めまして、迷い子。私は足が悪いのでこのような格好での挨拶となってしまうけど許してね」
「……いえ、それは構いませんけど、一体さっきのはなんだったんですか? 『あれ』は「またね」と声を掛けてきました。つまり、今後も継続して僕に何かが起こりうるのでしょうか」
「かもしれないし」
「そうならない可能性も有るわ。だって未来は未知数ですもの」


 少年、ミラーの言葉を続けるように少女が可愛らしい声で音を紡ぐ。
 僕は後頭部に手を持ち上げ、結んでいた髪の毛をやんわりと解く。戦闘中に解け始めていた己の髪の毛を簡単に結い直し、それから感情表現に乏しい自分は二人に改めて向かい合う。


「だとしたら関わらざるをえませんが……お二人はあの存在をご存知のようですね。厄介で危険な存在だからこそ、声をかけて下さったのだと理解しています」
「知っていると言えば知ってるけど、僕は関わる気はないよ」
「あたしも自分の管轄以外で関わる気はないの」
「管轄?」
「この世界ではない僕らの異界フィールドの事だよ」
「あたし達はそこから『アレ』を追いかけてこちらの世界にやってきた」


 フィギュアは己の身を安定させるため身体を少し動かす。
 ドレスが揺すられ、白のロングブーツを履いている足がぷらんっとまるで自立出来ない人形のような動きをした瞬間だけほんの少し目を細めた。


「そうですか。では自衛するよう心掛けます。なので次に彼がどのように動くか想定する事は可能でしょうか。できるかぎり注意しますが……」


 僕は困惑している。
 顔に出ているかどうかは分からない。二人分の視線を浴びながら自衛方法を考えるが、僕の顔をした『アレ』が一体なんなのか分からない限りは普段より警戒心を持つように努める事くらいしか思いつかなかった。
 暫しの沈黙。
 不意に少女が黙していた唇を開き、そして自分を抱く少年へと瞳を持ち上げた。


「ミラー」
「なんだい?」
「彼は誰かしら?」
「もう忘れてしまったのかい」


 僕は意外な言葉に目を僅かに開く。
 今しがたの件をさっぱり忘れてしまっただと彼女は続けた。一体何が起こったのか。どうして今自分がいるのか。僕が『誰』なのか。
 彼女は疑問符付きの言葉を少年に語りかけ続けた。
 だが最終的に己の腹部に両手を乗せ、ふぅっと息を長く吐き出した。


「そう、あたしってば、もう忘れてしまったの」
「後で記憶を渡してあげるよ。愛しい君の為に僕は記憶し続けるのだから」
「愛してるわ、ミラー。ずっとずっと、あたしと一緒に忘却と記憶の海に堕ちて……――」


 それは不思議な会話で、神秘的な雰囲気。
 場にいるだけで妖しさに惹き込まれてしまいそう。『繊細な硝子細工』のような印象と持ったのは間違いないのかもしれなかった。
 僕自身も細身で表情に乏しい事から儚い、もしくは冷たい印象を他者に与える事があるけれど、それとはまた違う……独特さが二人にはあった。


「また機会があれば逢う事もあるでしょう。とりあえず僕達は先に行きます」
「さようなら、あたしの知らない迷い子。思い出すことがあったらまたきちんと会話出来るように努めるわ」
「いえ……忘れて下さっても大丈夫です」


 僕への謝罪に首を左右に振る。
 今後なにもなければ二人との出会いも記憶の彼方に消えうせるだけ。
 少年少女が姿を薄くさせ、次第に消えていく。背景と同化するかのように、溶け込むようなその光景を見届けてから僕は元の道を歩き出す。
 衝撃波と強酸霧雨によって壊れた路地から早足で抜け出し、それから『日常』へ。


 空を見上げればそこには青空。


「僕はひとり、ですよね」


 その問いに答えてくれる人は今はいない。
 だけど思い出す、あの声。


――また、来ますね


 僕の姿をした『僕ではないもの』は今も笑っているような気がして、僕は眉間に寄った皺を指先でそっと撫でた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男 / 16歳 / 無職】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 この度は連作の1つ目である「xeno−起−」に参加有難う御座いました。
 今回は日常の中に現れた『自分と同じ姿をした誰か』との初対面となります。
 またNPCにミラー&フィギュアを選んで下さって有難う御座いました。

 どうかまたお会い出来る事を祈りつつ……今回はこの辺で失礼致します。