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<東京怪談ノベル(シングル)>


失われし都 星界を舞う船


金属の鱗に覆われた無数の龍が唸りを上げながら、淡い紅に輝く障壁に激しく身体をぶつけて打ち破らんとする。
遥か先の未来世界。
地球は機械の身をもつ龍族がその大半を手中に収めた。
そして最後の抵抗を続けている国家・妖精王国を滅ぼさんと侵攻を開始する。


この暴挙に対し、妖精王国の女王・玲奈はぬるい平和につかり、戦うことを忘れていた国民を守るべく立ち上がり―この侵攻を阻止せんとあらゆる策を巡らせ、綱渡りに等しき攻防を繰り返してきた。
玲奈が戦うのは国民を守らんとする誇りと女王としての意地だけではない。
眼前で非命に倒れた先王たる父のためにも決して引くことはできなかった。


思うようにいかぬ―たかが小国一国へ侵攻に業を煮やした龍族はすでに恭順した隣国・ナタリアに増援を強要。
ついで女王に逆らう一派をも取り込むと、猛攻を開始する。
結果、長きにわたる攻防に疲弊しきった妖精王国は次々と主要な要塞を奪われ、ついに王国の守り手は王城に聳えし『愚者の塔』より放たれし結界のみと化していた。
「陛下っ、このままでは結界が破られるのは時間の問題と思われます。どうか御退去を!」
悲痛な表情で訴える近臣を一顧だにせず、玲奈は玉座の間から眼下に広がる光景を前に悔しげに唇を噛んだ。
痛みを感じぬ機械の身をもって先陣に立ち、大軍を率いて攻め入らんとする龍族の軍勢。
その圧倒的な力を見せつけられてもなお玲奈は自らの誇りをもって一歩も引こうとしなかった。
勝つ見込みの少ない無謀な戦いと近隣諸国の首脳陣からは冷やかに見られようと、今からでも遅くはないと忌むべき敵に対して媚びへつらう家臣まで現れた。
だが、玲奈にはわかっていた。
今ここで最後の抵抗を続けている玲奈の王国・妖精王国が力のみを求める強大な龍族に屈したら、世界は終わりなのだと。
力なき弱きものは虐げられ、力ある者のみが繁栄を極める―不条理で間違った世界など、玲奈は絶対に認められなかった。
何よりも弱きものの盾であり続けた亡き父に対して顔向けができない。
「退去はしない。私たちが逃げれば民はどうなる?全軍を集結させなさい」
一片の迷いも感じさせず、玲奈は凛とした表情で控える近臣たちに命を下す。
そう―まだ『愚者の塔』の結界は落ちていないのだ。
散在している軍を集結させ、結界内より総力を以て攻め入れば地上にて展開しているナタリア軍を中心とした反乱軍を押し返すことは可能であり、勝機がつかめると玲奈は考えていた。

けれども、それは甘い考えであったことを思い知ると同時に底知れぬ敵の恐ろしさを見せつけられた。

鈍い衝撃音が王城を襲い、敵の軍勢を防いでいた結界の障壁に数え切れぬほどのヒビが走る。
思わず床に膝をついた玲奈はどうにか態勢を整え、窓の外へと顔をあげ―飛び込んできた光景に息を飲む。
結界の要にして王都防衛の盾たる『愚者の塔』に悲鳴を上げる禍々しい青白きオーラをまるで雪玉のように投げつけ、破壊せんとする金の髪をなびかせた小柄な少女がそこにいた。
いつの間に現れたのか、と驚愕すると即座に玲奈は近臣たちに激を飛ばす。
「精鋭を『愚者の塔』防衛に回せ!これ以上の狼藉は許すな」
鬼気迫る玲奈の怒号に近臣の一人がこけつまどろびながら、玉座の間を飛び出した瞬間。
大きな破壊音を立て、薄汚れた白亜の塔が砂のように崩れ落ちていく。
玉座の間に控えていた女官たちの間から悲痛と恐怖の入り混じった叫びが沸き起こる。
この瞬間、王都を包み込んでいた淡き光の障壁はあまりに軽い音を残してはじけ飛んだ。
途端に反乱軍の兵たちは獣めいた雄叫びをあげながら、麗しき王都へと怒涛のごとき勢いで蹂躙を開始した。
たちまち上がる炎と逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫。
盾たる結界を失った城下は一瞬にして永遠の楽園ではなく阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
赤く染め上る空を目にしながら玲奈はきつく噛みしめた唇をさらに噛み、血が出んばかりに拳を握りしめ、自らを必死に鼓舞した。
「おのれ、周辺治安の均衡を崩す闖入者め!」
低く呪詛めいた声をこぼしながら、玲奈は怯え始める近臣と女官たちに退去と残っている兵を王立庭園へ集結させるように命を下す。

守りの要を失った今、もはや落城は避けられない。
ならば女王としてなすべき事はただ一つ。
一人でも多くの国民を救い上げ、次代へ命をつなぐこと。
そのために闘わねば、と玲奈はともすれば崩れ落ちそうな心を奮い立たせ、前のみを見つめた。

混迷を極める王立庭園では生まれたばかりの赤子と命を生み出す赤き花を守らんと十数名の助産婦たちが必死の形相で駆け回る。
その周りを重武装で身を固めた女歩兵たちが決死の表情で攻めいってくるナタリア軍を押し返していた。
命を慈しみ、はぐくむこの庭園を失うことは妖精王国の未来が失われることに値する。
それを知っているだけに重武装兵の誰もが己の命を顧みず守り通さんと戦い続けていた。
「まさに国を守る兵のあるべき姿だな」
間合いの長い槍の長所を生かし、反乱軍を寄せ付けぬ歩兵の姿に少女・エヴァは小さく感嘆の声をこぼした。
金の髪をなびかせ、血のごとき赤い瞳をした彼女こそ、つい先ほど王都防衛の要たる『愚者の塔』を破壊した張本人であり、龍族の誇る最新型霊鬼兵だ。
その力を持って、王都を攻め滅ぼせと命じられたままに『愚者の塔』を破壊したのだが、すでにやる気は大きく減退していた。
己が最強に等しき力を持つと理解しているだけに、無用な戦いをエヴァは好まなかった。
しかし、命令は命令である。
このまま放置しておけば、いずれは新たな禍となることをエヴァは感じ取っていた。
「気の重い」
ぼそりとつぶやきながら、エヴァは妖精王国の重武装兵に襲い掛かる。
間合いがあるとはいえ、所詮は地上戦での話。
長い間、『愚者の塔』による結界のお蔭で空からの攻撃に徹底的に弱くなっていた妖精帝国の兵など恐れるに足らなかった。
軽々とした身のこなしで空から彼女たちの間合いに踏み込むが早いか、ひるむことなく突き出された槍を掴み、兵もろとも振り回す。
燃え立つような赤き瞳を輝かせ、エヴァは掴んだ槍で大きく弧を描きながら重武装した兵士たちをなぎ倒していく。
その姿に勢いづいたナタリア軍は空を駆ける飛龍の機動力を生かし、火矢による重爆を開始する。
たちまち炎に包まれていく庭園に駆け付けた玲奈は縦横無尽に暴れ続けるエヴァに舌を撃つと、後退を始めた兵たちをきつく睨む
「何をしている!お前たちも妖精でしょうっ!翼を開き、応戦しなさい。このままではすべてが失われるわっ」
自らもレーザー砲を駆使して、迫りくる火矢と敵兵を迎撃しながら玲奈が叫ぶも、大半の兵はその背の翼を開こうとしない。
救援に駆け付けた者たちも同じである。
長きに渡る平穏が隠させた翼を人目にさらすことを恥じるべき行為だという意識を植えつけ、ついには空の舞うことさえ忘れた者まで現れていた。


この火急の事態にそれを思い知った玲奈はそれでも女王として国民を守る義務を忘れなかった。
「助産婦たちを逃がしながら後退させなさい。飛龍たちは私がひきうけるわ」
「陛下っ!!」
言うやいなや、玲奈は近臣たちの制止を振り切り、武器を手に群れなす飛龍たちに躍り掛かる。
大きく首を伸ばし、玲奈を飲み込まんと咢を開いて迫りくる飛龍の鼻先を思い切り殴り飛ばし、軽々とその背に飛び乗った。
国の要ともいうべき存在にして、最大の手柄となりうる女王・玲奈を捕えようと、玲奈を背に乗せて痛みにもがく飛龍に殺到する。
刃のように鋭い牙を立てて、仲間もろとも玲奈にかみつく飛龍たち。
だが、玲奈はそれらをすべて避けると手にしたレーザー砲の照準を正確に合わせ、一気に飛龍たちを一握りの黒炭とさせた。
その威力のすさまじさに飛龍たちは怯えの色を見せつつも、それでも手柄を逃さんと玲奈との距離と測りながらブレス攻撃で威嚇しだす。
「ああああ、もうっ!面倒なっ……来なさい!玲奈号」
多勢に無勢を見せつけるように襲い掛かってくる飛龍の大軍に玲奈が苛立ちを隠そうとせず、レーザー砲を撃ちながら―長い間呼ぶことを忘れていた伴侶・玲奈号を呼んだ。


「へぇ、王族最後の誇りというところかしら?」
背後からかかった侮蔑の色をにじませた―感嘆の声に玲奈が振り返ると、崩れ落ちた柱に腰かけたエヴァが手をたたきながら憐れむように微笑んでいた。
「何者よっ!」
「この革命軍の指揮を任されたエヴァ・ペルマネントよ。王女……いえ、亡国の女王玲奈」
きっと睨む玲奈にエヴァは怪しく唇をゆがめると、柱から飛び降りると同時にその細腕にした剣で切りかかる。
反射的に玲奈はレーザー砲を捨て、剣を抜くとエヴァの切っ先を受け止めた。
だがその強烈な衝撃に玲奈の体は大きく吹き飛ばされ、隣接する王立アカデミーの敷地内まで吹き飛ばされた。

「ハンデをやるよ。攻戦一途で面白くない」
楽しげにのどを震わせて剣を振うエヴァに瞬時に跳ね起きた玲奈は迫りくる剣を負けじと切り返す。
わずかに背後へ下がり、切っ先をかわすと同時に突いてくるエヴァの剣を横に避け、玲奈は脇腹に狙いを定めて刃を振りぬく。
だが瞬時に見抜いたエヴァは繰り出した剣の柄で受け止め、軌道を変えて弾き飛ばす。
息つかせぬ攻防に誰もが皆、息を飲む。その間にも妖精王国の兵士たちが次々と倒れていく。
「くっ……玲奈号はまだなの?」
長きに渡る眠りでいまだに来ない自らの半身に苛立ちを隠せず、玲奈はエヴァの剣戟をどうにかこらえるも限界は近かった。

「陛下っ、こちらへお逃げください。これ以上は危険です」
砲撃を受けてすでに半壊したアカデミーの建物から年老いた賢者が必死の形相で玲奈に呼びかけた。
小さく笑みを浮かべ、のどを鳴らすエヴァに玲奈は悔しげに唇をかむと思い切りよく地を蹴ってエヴァから離れると賢者のもとへと駆けだす。
「往生際の悪い……いい加減に敗北を認めればいいもの」
敵を前に逃亡したエヴァは無造作に剣を振るい、立ちふさがる敗残兵を怨念の放つ念で弾き飛ばし、悠然とした足取りでアカデミー内へと踏み込み―その端正な顔を大きく歪ませた。

そこに広がるのはナタリア軍との攻防によって築かれた屍の山にどす黒い赤の海。
王立アカデミーの地下で戦っているなど、と一笑に伏そうしたエヴァはあることを思い出し、表情を引き締めると奥へと逃れた玲奈を追いかけた。
一つの噂―いや、伝説を聞いた。
妖精王国が危機にさらされる時、地下に眠りし『地底の太陽』が現れ、王国を救うだろうという―どこにでもありがちな、だが無視することのできない伝説があると。
女王たる玲奈が戦いを放棄し、こんなところへ逃げ込むなど、その誇りが許すはずがない。
ならば考えられることはただ一つ。その伝説にかけたのだ。
「くだらぬことを!玲奈」
最大級の蔑みを込めてエヴァが叫びながら、最奥の広間へ踏み込むと王国の命たる象徴・生命の樹を背に覚悟を決めた表情をした玲奈が数人の近臣と賢者たちを従え、彼女を睨み返した。

すでに勝敗は喫した。
妖精王国は龍族率いるナタリア軍と反乱軍に敗北したのだと玲奈はとうとう認めるしかなかった。
静かに一つ息をつくと、玲奈は近臣たちに向かって最後の命令を下す。
「もはやこれまでよ……火を放てっ!!」
女王最後の命に応え、近臣たちは生命の樹に向かって火矢を放つ。
「正気の沙汰じゃない」
一気に燃え広がる炎の海を目にし、エヴァはその無謀なる行為に呆れ果てた。

敗北が分かっていたとはいえ、こんな暴挙に出るなどまさに暴挙とエヴァは思いながら王国を支えた生命の樹が崩れ落ちたのを目にした瞬間、大地より全てを射抜くまばゆき光芒が貫く。
そして女王をとらえようと殺到していたナタリア軍を飲み込みながら、光芒は天をめざし上昇してゆく。

とっさに身を隠したエヴァの目に映ったのはまばゆく輝く太陽と相反するように地上を清めるべく降り注ぐ雨粒。
徐々に光を弱めていく太陽の影に天を駆け抜けてゆく一隻の箱舟の姿。
「天空船?!」
驚愕するエヴァから覆い隠さんと、勢いを増す雨によって、それはやがて闇色に染まる雲の彼方へとかき消されていくのだった。

FIN