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<東京怪談・PCゲームノベル>


+xeno−承−+



「ちょっと、和正! 昨日のお金ちゃんと支払ってよねっ!!」


 メールにて呼び出された大学の元同級生である深沢 美香(ふかざわ みか)にそう声を荒げられたのが今回の始まり。声を掛けられた当人、國井 和正(くにい かずまさ)は身に覚えの無い言葉に首を傾げた。


「ああん? 金ってなんの事だよ」
「とぼけないで! あなたが昨日店に来た時にサービス料の踏み倒しをした事を私はちゃんと覚えてるんだから」
「はぁ?」
「これだけ言ってもまだしらを切る気なの。呆れたっ。そんな男じゃないと思っていたのに!」
「俺の方こそ、一体お前が何を言ってるのか分からねーんだけど」
「だから、昨日! 和正が店に来た時の話をしているの!」
「――ちょっと待て。俺は昨日店には行っていないぞ」
「嘘よっ! だってあれは間違いなく和正だったわ!」


 二人の会話が噛み合わない。
 彼女は「店に来た」と言い、彼は「店には行っていない」と言う。街中で言い争いをする二人を若干訝しげに通行人が見ていくが、二人はそれに気付かない。


「しゃーねーなぁ。じゃあ昨日お前の店に俺が行ったと仮定して、一体金って何の話なんだよ」


 和正は不愉快を露わにした面立ちのまま彼女の話を聞いてみた。
 平行線を辿っていても仕方が無い。がしがしと和正は己の髪の毛を苛立ちのまま掻くとガードレールに腰を下ろし美香へと話を促した。同様に美香もまた和正の隣に腰を下ろすと自分が抱えている問題について語りだす。


 昨日、和正はいつもの通りソープランドにやってきて美香を指名した。
 それは常の事なので問題はない。学生時代から美香は彼を嫌ってはいたものの、金払いだけは良かったのでそこは仕事と割り切って彼に接客をしていたのである。
 しかし、問題なのはそこから先の事。


『はっ、こんな商売に就いてるお前に払う金なんてないね』


 まさにそれは彼の唯一の長所である金払いの良さが崩れた瞬間であった。
 可笑しいと美香もその時思い、食いかかったがその時の和正の様子は異常だったと言う。普段ならば職業についてむしろ「都合のいい女」扱いし、友好的に言い切っていた男が商売に関して嫌悪のような態度を見せる。金に困る事など彼の環境上在り得ないのに、まるで美香を痛めつけるためだけに吐き捨てて出て行ったその横暴な態度。


 彼が起こした事はサービス料金三万円を踏み倒すという行為。
 店ではなるべく事を荒げたくなかった美香はその場では一旦身を引いたが、その相手は間違いなく和正だったと断言する。


「本当に覚えがないの?」
「昨日は一夜限りの女を抱いてたな。そいつは俺の顔をした誰かなんじゃねーか」
「あのね、今回は和正にとっては大した金じゃないとはいえ金銭が関わっているの。冗談は止めて頂戴」
「冗談にしかなんねーだろ。だって俺は実際問題店には行っていない」


 やれやれと呆れた態度で彼は両手を持ち上げた。
 事実、和正は昨夜店には行かず、適当に持ち帰った女と夜を共にしていたのだ。美香の話が真実であるというのならば――。


「もしも俺と同じようなヤツがいるとするなら、そりゃ俺のドッペルゲンガーに違いないね」


 美香の話を吹き飛ばすかのように彼は快活に笑った。
 男にとってはたかが三万円。しかし世間的にはその三万円は大きい。だから美香は怒っているのだ。和正は店の常連客で、携帯番号も控えている。店にはなるべく迷惑をかけたくなくて彼女は二人きりで事を終えようと考えているのだが、このままでは終わりが見えない。
 しかし、男もまた嘘を付いているようには見えないのだ。


「『ドッペルゲンガー』を見たら死ぬっていう話だけど、アンタそれでもいいのか?」


 ふと、二人に掛かる声。
 それは大人ではなく、子供の声でいつの間にか二人の前に立つ一人の少年の姿を見つけた。美香は「あっ」と小さな声をあげる。その反応に和正は顔を顰める。


「アンタは確かに昨夜そちらの人の店には行っていない。そして彼女のいう事も間違っていない」
「貴方は、夢の子じゃ、なかったの?」
「貴方がそう思っていたんだろ。俺は――いや、俺と片割れは自分の世界以外でも存在する事が出来る。それが俺たちの役割だから」
「美香ぁ、このガキはなんなんだよ」


 美香の交友関係についてそれなりに知っている和正は二人の会話に割って入る。
 彼女の職業柄、子供と接する機会などほぼないはずだ。短い黒髪、その前髪の隙間から覗く瞳――黒と蒼のヘテロクロミア。その目は二人を確かに映し込み、そしてまた少年は唇を開いた。


「やあ迷い子、また逢ったな」


 美香の事を迷い子(まよいご)と呼ぶ少年はまるで外見年齢とそぐわない雰囲気を身に纏う。見ただけならば十二、三歳のごく普通な子供。それなのに――。


「お前、一体何者だ?」
「お前の姿をした『お前』を追っている、それだけ」
「ほう、じゃあ何かぁ? ホントに俺と同じ姿をしたヤツがいるっつーのかよ。くくっ、面白ぇじゃないか。それなら美香の話も俺の話も通用すんだからよ」


 和正は喉で音を鳴らしながら笑う。
 しかし少年は男の回答に呆れた表情を浮かべた。しかし次の瞬間、素早く上半身を後方へと向ける。何故なら。


「スガタ! 避けてっ!!」


 また聞こえてきた誰かの声。
 そして次の瞬間、ガードレールに座っていた和正へと飛び掛る『誰か』。勢いを受け止めきれず和正はそのまま後ろへと倒れ、ダンッ! と鈍い音が聞こえた。肩から背中を強打し彼は呻く。美香は今しがた隣で起こったことがあまりにも突拍子無さ過ぎて目を瞬かせるばかり。
 しかし同じ姿をしたもう一人の少年が駆け寄ってくると、慌てて思考を戻し倒れた男を起こす為に振り返る。


「和正、だいじょ――っ、貴方!?」
「う、ぐ、ぅ……ぅあ」


 くぐもった悲鳴を漏らしているのは首を絞められている和正。
 しかしその彼の首を絞めているのもまた――『和正』だった。
 馬乗りになり、その両手に己の体重をしっかりと乗せ、ぐいぐいと首を締めていく様子はまさに異常。


 美香は目を見開き、驚く。
 そして瞬間的に察した。自分が接客した相手は、『彼』なのだと。なぜなら服装が店に訪れた時と全く同じ物。和正に双子の存在や似たような容姿の人間などいない。
 更に加えるなら、それが「人間」ではない事も彼女は知ってしまった。


「――よぉ、また逢ったな」


 首を締め上げながら『男』は美香へと笑う。
 まるで。
 まるで。
 それは幻影を見ているかのような光景。
 先日店に訪れた時に彼が身に纏っていたジャケットが、まるで下に組み伏している和正の姿を写し取るかのように姿を変えていく。それは決して普通の人間には出来ない芸当だ。やがて今の正臣と全く同じ姿へと変貌するとそれは高笑いを上げた。


「スガタ、行くよっ!」
「仕方ねえな、悪いけど説明してる時間ねーから」


 美香へとそう声が掛かり、二人の少年は駆け出した。
 少年達が男の後方から『それ』へと飛びかかる。しかし『それ』は素早く和正から離れ、地面を蹴ってガードレールの上へと飛び、その上に立った。


「――っ、げほっ、な、んなんだよ、アイツっ!」
「和正、大丈夫!?」
「マジで『俺』、かよ……なんなんだよっ、マジで!!」


 呼吸をきつく止められていた和正は咽ながら『それ』を睨みつける。その首にはまるで蝶のごとく締め付けられた男の手形がくっきりと浮いていた。
 そして『それ』はむしろ自分へと感心を向けられた事によって嬉しくなったのか、唇の端をにぃっと持ち上げ気味の悪い笑顔を浮かべる。
 その殺意を少しでも和正に伝えぬよう少年二人が彼の前に立ち塞がり、視界を遮る。


「ああ、今日は失敗した。仕方ねえな、また殺しに来てやるよ」


 その言葉はまるで綺麗な複製音。
 本人が此処にいるのに、本人ではない『誰か』が紡ぐ殺人予告。和正はぞっと背筋が寒気に襲われる気配に苛まれるが、今はぜぇぜぇと肩を上下させながら状態を整えるので精一杯。
 睨み付ける瞳の強さはどっちが強いのだろう。


「じゃあな」


 ひらりと『それ』はガードレールから飛び降りると、すぐに人混みの中へと姿を紛れ込ませた。
 一連の流れを何気なく見ていた通行人達はその奇妙な光景に動揺はするも、関わりを持ちたくないのか、近付いては来ない。美香は和正を起こすため、ガードレールを渡り、肩を貸す。幸いにも倒れた位置と車道との間が広かったため、事故には至らなかった。
 美香は彼を起こすとまたガードレールへと座らせる。しかし彼は飛び掛られた事に恐怖を感じたのか、ガードレールに背もたれその下へと無作法にも足を投げ出し整備された石畳の上に腰を下ろした。


「あー……――三万円だっけか」
「え?」
「ああ、払ってやるよ。俺はもうこんな目にあいたくねーしな」


 財布から金を取り出すと美香に強制的に彼は札を握らせる。
 その手が僅かに震えていたのを彼女は感じ取りながらも何も言わずにただそれを受け取った。


「でも貴方はもう関わってしまった」
「でもお前はもう関わってしまった」


 落ち着きを取り戻した和正が立ち上がり去ろうとした瞬間、少年達から声が掛かる。
 しかし彼はくっと唇を歪ませると二人と、それから美香に向けて自分の意見を述べる。


「俺はなぁ、怪奇現象とかとは金輪際関わりたくねーんだよ。自分の実力で敵わない人間や、権力の通じねー相手とはやりたいたくねーってね」
「和正、貴方本当にそれでいいの? アイツ、貴方へ殺意があったのよ」
「ああ確かに本気で首を絞めてきやがったからな。殺人予告も受けた事だし……だがこれとそれとは別だ。わざわざ首を突っ込んで無駄に犬死するよりかはマシだ」
「和正!」
「じゃーな。また気が向いたら店には行くわ。今度こそ俺とアイツを間違えんじゃねーぞ」


 ひらひらと片手を振りながら和正はまた日常へと紛れ込んでいく。
 美香はその後姿を何故か寂しく感じながらも見送り、そして完全に視界から消え去ってから少年達へと身体を向き合わせた。


「名前を、聞いてなかったわね」
「そうですね、迷い子」
「そうだな、迷い子」
「教えてもらえるかしら? こうしてまた出会えたのに呼ぶ名前が分からないのはちょっとやりにくいでしょう」
「僕はスガタ」
「俺はカガミ」
「スガタとカガミ、か。貴方達も人間じゃないのねと問うのは愚問でしょうね」
「「確かに」」


 美香は受け取った札を握ったままだった事を思い出し、慌てて財布の中へと仕舞いこむ。
 この世の中一体何がきっかけで事件に巻き込まれるか分からない。何気なく彼女は己の首へと手を這わせる。横から後ろ、項の方へとなぞるように動かした手先はあの『男』を思い出させる。


「私は和正とは違うわ。和正と同じ姿をしたものがなんなのか知りたいもの」
「だけど貴方には関係ないんですよ」
「だけどお前には関係ない事だ」
「和正はああ言ったけれど、私は私でアイツに被害を受けているの。それに……和正に対して『また殺しに来てやる』って言っていたでしょう。それがとても引っかかるの」


 美香は正直に言葉を紡ぐ。
 スガタとカガミは顔を見合わせ、そして同時に溜息を吐いた。
 鏡合わせのような二人。夢の中の住人だと思い込んでいたこの二人が今現実世界に居て、美香は非現実な日常へと引き込まれていく感覚を味わう。
 やがて二人は彼女を見上げ、そしてこう言った。


「「あの男の為に殺されてやる勇気があるのなら――、一緒に『夢』を止めよう」」


 ―― ああ、日常が侵されていく。


 黒と、蒼の、ヘテロクロミア。
 そこに映った美香がどんな顔をしていたのか、彼女は知らない。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6855 / 深沢・美香 (ふかざわ・みか) / 女 / 20歳 / ソープ嬢】
【7002 / 國井・和正 (くにい・かずまさ) / 男 / 23歳 / 大学生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、xeno―承―への参加有難うございました。
 二人同時発注と言う事でしたので『何者か』よりお二人に焦点を当てさせていただきました。
 そしてスガタとカガミのどちらかという事でしたが、やはり二人セットの方が書きやすかったので共演と言うことで(笑)

 時間軸的には
 『和正の姿をした何者か』がサービス料を踏み倒した
 →その夜に美香様が夢にて己のドッペルと対峙(xeno―起―)
 →翌日和正様への取り立て。その最中に和正のドッペルと対峙(xeno―承―)
 こういう感じにさせて頂きましたがどうでしょうか?

 よって現在美香様、和正様両方のドッペルが存在しております。
 どちらか一人で先を進めるもよし、二人のドッペルを出現させるもよし。
 選択肢を広げてみましたので宜しければ色々遊んでみて下さい。

 ではまた続きに興味を抱いて頂けましたら宜しくお願いいたします。