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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.12.5 ■ 好敵手なるべく



「よう。お前も通院命令か?」武彦が声をかける。
「…フン。貴様に関係ないだろう、ディテクター」鬼鮫がそう言うと、武彦の手に持っていた桐の箱に目を移した。「見舞いか?」
「あぁ、そんなトコだ」
「…見舞いとして、良い品を選ぶセンスはある様だな」鬼鮫がそう言って武彦の横を通り過ぎていく。
「…? なんだ、鬼鮫のヤツ。このメロン知ってやがったのか?」



――。



 武彦が帰った後の病室で、勇太は一人静かに外を見つめていた。IO2や虚無の境界。武彦の問いかけに、勇太はただ自分の意志を伝える事しか出来ずにいた。それが正しい事なのか、間違っている事なのかは勇太には未だ解らなかった。
「…失礼してるぞ」
「どわぁ!」
 突如ベッド横から野太い声。IO2のジーンキャリアである鬼鮫がそこには立っていた。予期せぬ来訪者に、勇太は思わず口を開けて声なき声を出し続けていた。
「…どうやらメロンは気に入った様だな」部屋に置いてあった筈のメロンがなくなっている事に気付いて鬼鮫が声をかける。
「えっ!? あれアンタが持って来てたの!?」
「あぁ。何度か来ていたのだが、なかなか時間が合わなかった様だからな。部屋に置いて帰る事が多くてな」
「…(やっべぇ…、草間さんにあげちゃったよ…)」
「どうした? 顔が随分引き攣っているが?」
「あ…アハ…ハハハ…! メロン! メロンね! 美味しく頂きました! あの鮮やかな緑色は良い! 美味い! アハハハ!」
「…俺が持って来ていたのは夕張メロンだが…?」
「…あっ…?」しまった、と勇太は顔を強張らせた。
「…さっきまで誰か来ていた様だが、ディテクターか?」
「え? う、うん…」話題が逸れた事に安堵していた勇太は何も考えようともせずにそう答えた。「ど、どうして知ってるのさ?」
「さっき擦れ違ってな…」鬼鮫は静かに鞘に収まった愛剣を握り締めた。「桐の箱に入った、偶然にも俺が貴様にやったメロンを抱えて歩いていたのでな…」
「ぶっ! ちょ、ちょっとタンマ!」明らかに殺気を放つ鬼鮫から逃げる様にベッドから身を引く勇太は手を出して叫んだ。
「貴様、俺のメロンをディテクターにやったな…? 俺のメロンが喰えねぇって言うつもりか…?」
「だぁー! メロン嫌いなんだよ!」
 鋭い音を立てて剣が引き抜かれる。鬼鮫の眼光はトレードマークとも言えるサングラス越しからも伝わる程の鬼気迫る殺気を放って勇太を見据えていた。
「良い度胸だ…。やはり相容れぬ様だな、小僧…」剣を構えて勇太へと切っ先を向けた鬼鮫は静かにそう呟いた。「やるか、小僧…」
「…お、鬼鮫さん〜? 顔がマジ…本気と書いてマジですよ〜…?」
「いつかの戦いも、お互い決着が着いていないからな…。それとも、臆病風に吹かれたか?」
「…なんだって?」勇太は鬼鮫のちょっとした挑発に容易く乗っていた。「良いよ、望む所だ…!」
「おもしれぇ…。今日こそ貴様の泣きっ面を拝ませてもらおうか…」
「へっ、返り討ちにしてやるよ!」勇太がテレポートをして一瞬で鬼鮫の背後へ回りこむ。「喰らえ、新能力のグラビティー…―」



 ―ガッ! バチコーン!


「いってぇ!」
「ぐっ…!」
 不意を突かれて勇太と鬼鮫が一撃を喰らう。
「…な・に・し・て・る・の?」ニコニコとした笑顔の看護婦がそこには立っていた。とは言え、相当な青筋が表情を走っている事から、危険な域にいる事は一目で推測出来る。
「ちょ、いや! それにしたって、バインダーで平手打ちなら解るけどさ! 何で俺だけ角!? 刺さるよ!? 刺さったよ!?」
「…水を差すな」
「アンタ達ねぇ…」一瞬にして強大な殺気が部屋を支配する。勇太も鬼鮫も一瞬にして戦意喪失する程の圧倒的な恐怖が背筋を走る。「バインダーが刺さる? 水を差す? 危ないクスリでも注射してあげましょうかぁ?」
「…いや、おねえさーん…? だれうま〜…?」
「…え、遠慮させてもらう…」
「こちとらIO2の病人看て食ってんだ! あんまりナメた真似してっと○○○に××××して注射器で○○○○するわよ!?」
「ヒィィ〜…!」






――。





 広がる青い空。白い雲。穏やかな陽気…。勇太はそんな空気を肌で感じながら空を見つめて呟いた。
「あぁ…、生きてるって素晴らしい…」傷だらけの顔で。
 結局、鬼鮫と勇太は散々説教(+お仕置き)された上に、病室を片付けるからと言われ追い出され、行くアテもなく屋上へとフラフラとやってきた。
「…フン、貴様が余計な事をするからだ…」傷だらけパート2が呟く。
 すっかり戦意を削がれた二人はただボーッと空を流れる雲を見つめていた。何とも滑稽かつむさ苦しい光景だが、二人はそんな事を気にしたりはしなかった。
「…小僧」傷だらけパート2、もとい鬼鮫が口を開いた。「あれだけの事があった後だ。傷や後遺症は残っていないのか?」
「工藤 勇太」
「…?」
「俺の名前は工藤 勇太! 小僧じゃない」
「…フン、俺からすれば小僧だ」鬼鮫が少しだけ笑っている様に勇太には見えた。
「あれだけの事って、看護婦さん? 訴えるつもり?」
「…解っていて言っているんだろう…」
「…バレたか」苦笑いする勇太は自分の掌を見つめた。「後遺症かは解らないけど、俺の能力が強くなってる気がする…かな…?」
「ほう、それは良い事だ…」鬼鮫が呟く。「貴様があの程度なら、面白くない所だがな…。強くなれるには越した事はない…」
「…アンタはどうなのさ? 俺が暴走してた時、アンタも死に掛けてたじゃないか」
「フン、甘く見るな。あの程度、どうって事はない。ジーンキャリアである俺にはすぐに治るただの軽い傷だ」
「…便利な身体だねぇ…」
 二人の間を穏やかでゆっくりとした時間が流れていた。
「…貴様はどうする?」
「え?」
「戦いの中に身を投じた者は、その魅力の虜となる。生きる歓び、強者と渡り合う昂揚。超越した能力に、その媚薬はあまりにも甘美だ。貴様はそれを感じなかったか?」
「…俺は…――」
 勇太は少し言葉を濁した。自分の能力の暴走によってもたらされた、あの戦闘。そこに鬼鮫の言う様な感覚はなかった。自分の意志に反した戦いを強いられ、その中で殺して欲しい、と武彦へ願った。しかし、それだけではない。百合との戦いで自らの能力を自らの意志で使う。そして、勝った事。それは勇太に少なからず感動を与えた。人の為に本気で戦う事に、いつもとは違う感覚を感じていた。それは勇太も否定出来ずにいた。
「…少なからず、皆無ではなかった様だな…」鬼鮫が呟く。
「まぁ、ね…。でも、俺は暴力を振るうのは嫌だ。だから、守る為になら戦う。俺にとってのフツーの生活や、大事な人を守る為なら、俺は戦うって決めた…」
「…良い答えだ」再び鬼鮫が笑った様に見えた。
 意外な反応だった。鬼鮫は最初会った頃より丸くなった様な気が勇太はしていた。それは唐突な変化ではなかった。拳を混じりあったからこそ通じる様な、そういう変化かもしれない。勇太にそんな青春思考はなかったが、それでも勇太にとっての鬼鮫という人間のイメージは多少変わりつつあった。
「あ、あのさ…。メロン、俺は嫌いだけど…ありがと…」頬をポリポリと掻きながら勇太がお礼を言う。
「フン、嫌いなら嫌いと言え」
「いや、アンタがくれてるとか知らなかったし!」
「…何処が嫌いなんだ? メロンが嫌いなヤツなんぞ、そうそういないモノと思っていたが?」
「んー、ホラ。あれってさ、汁多いよね?」
「あぁ」
「汁ついたりしたら、かゆかゆー!ってなるじゃん?」
「……」
「味は嫌いじゃないけど、あのかゆーいのがダメでさ〜…」
「…やっぱガキだな」
「な、なんだよ!」
「フン…」鬼鮫はくるっと踵を返し、コートを翻らせた。
「帰るのか?」
「あぁ…」振り向きもせず、鬼鮫はそう言って歩き出すが、不意に足を止め、振り返った。
「……?」
「いつか、ちゃんとした決着を着ける。それまで野垂れ死んだりするんじゃねぇぞ」
「…な、なんだよ。改まってさ…」





「俺の好敵手が、また一人増えたという事だ…」




「へ?」
 鬼鮫はそう小さく呟くと、それ以上何も言おうとはせずにその場を立ち去って行った…―。





                               Episode.12.5 Fin