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+ xeno−起− +
ドッペルゲンガーが出た。
今、自分の目の前に。
同じ姿。
同じ声。
鏡合わせの様な自分と相手。
だけど。
―― 殺していいかい?
「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見てはいけない!!」
くきっと首を折る様に横に倒した自分と同時に声が聞こえた。
それは『誰』のものだ。
限界まで見開かれた目で『それ』は私を見る。
そして次の瞬間、私に向かって背筋が凍るほどの殺意を向けながら襲い掛かってきた。両手が伸ばされ、肩を異常なほどの力で掴まれそのまま押し倒されてしまう。ぶつけた背中が痛い。馬乗りになり、見下げてくる『私』。
「殺しても良いかしら?」
私の口調に変化した言葉――ああ、寒気が全身を走った。
「まずい!」
「分かってる!」
聞き覚えのある声が二つ。
その声が誰のものか認識する前に『私』は小柄な誰かによって身体を蹴り飛ばされた。押さえ付けられていた身体が自由になれば、少年が一人私へと歩み寄りそれから手を差し出してくれた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。貴方達は前に出会った――」
「ええ、お久しぶりですね。貴方が元気になってくれて僕は嬉しく思います」
夢の中の住人。
黒と蒼のヘテロクロミアの瞳を持つ十二、三歳程度の少年達に私は過去出逢っている。なら此処は『夢』なのだろう。
「ええ、夢ですよ」
「相変わらず言葉にしなくても通じてしまうのね」
「貴方の夢ですから。そして僕らは無数の夢の中に住む点のような存在ですからね」
「おい、ちゃんとそいつを守れ!」
「もちろんだよ。そっちこそちゃんと終わらせてよね」
身体を起こされた私は目の前で繰り広げられている光景に呆然とする。
『私の姿をした私』が少年と殴り合いの喧嘩をしているのだから。
私は元々お嬢様と呼ばれる身分だった。だからか、幼い頃から様々な習い事をしていたので、大抵の事はそつなくこなせる。なかでも合気道はかなりの腕前で、実戦で使える域まで昇華している。実際痴漢対策には役立っているし、それなりの腕前だと自分でも思っているのだ。
だけどそれはあくまで自衛の為だけに使用するもの。
なのにこの光景は……何?
「邪魔しないでっ!」
「お前はいるべき存在じゃないだろ!!」
『私』は拳を振るい、少年はそれをかわし時に腕で受け止める。受け止めきれない力は対格差ゆえか、じりっと踏ん張った足先が後ろに下がるのを私は奥歯を噛み締めながら眺め見続けた。
だってこれは喧嘩ではない。――戦闘、だ。
「大丈夫です。これも『夢』ですから」
「本当? あの子まだ子供なのに、わ、私行かなきゃ」
「――駄目。それこそ僕達の邪魔になります」
「っ!」
「貴方は此処で待っているだけで充分です。見ていたくないなら目を隠してあげます。――大丈夫、何も怖がる事は有りません。全て僕達で片をつけますから」
良いながら少年の手がゆっくりと持ち上げられる。
指先が見える。手の平が見える。やがてそれは肌色から黒色へと変化し、私の視界を塞いでしまった。そうなれば聴覚が鋭敏になり、『私』と思われる声と少年のやり取りが聞こえる。それは私には理解出来ない世界のやり取りで、身体中の力がすっと抜けた。
がくっと膝の力が抜ける。
私の視界を塞ぐ少年の手が一瞬外れ、その刹那目にしたのは『私』が少年に対して力いっぱい殴りかかっている姿だった。
「あれは貴方では在りません」
声が今度は後ろから聞こえた。
そしてふわりと小さな手が改めて目隠しをしてくれる。その温かな体温はまったく人と同じで、でもこれは彼の言う通り『夢』なのだろう。昔見た彼らとの出会いで救われた夢の延長戦――きっとそうに違いない。
だって私は今「迷い」など持っていない。
仕事にだって誇りをもって挑めるようになった。
私の両親に対して感じていたものも消化出来て、前に進めるようになったのだ。そんな私がこの世界に迷いこんだのはきっと、偶然。
「巻き込んでしまった事を心からお詫びいたします」
「夢、よね」
「はい、間違いなくこれは夢です」
「朝目が覚めたら私はいつも通りの日常の中にいるのよね」
「そう、貴方はいつも通り目覚め、そしていつも通り日々を過ごす。それに間違いありません」
「だったら何も怖くないわ」
「大丈夫、貴方の『夢』は僕達が守ります」
空気を切る音。
肉がぶつかり合う音。
私の声が少年を罵倒するけれど、あれは『私』ではない。
私は――ひとりだけだ。
そっと手を持ち上げ、私は視界を塞いでいる少年の手に指先を引っ掛ける。
そしてゆっくりとその手を外し、しっかりと『夢の世界』を見ることにした。少年は私の行為に抗わなかった。それは私がこの世界において全てを形作っている存在だからか、それとも他の何かが要因しているのかは分からない。だけど私は見届けるべきだと思った。
どうして『私の姿をした何者か』がいるのかなど問題ではない。
結果を知りたい。
だって私は今まで彼らに救われ続けた。
今回だって見届ける事で私は変わる事が出来るはず、そう信じているからこそ。
「――また、逢いにくるわね」
『私』が冷えた瞳で笑っていた。
微笑んで、片手を振って、その姿を闇へと溶け込ませていく。すぅっと消えていく。少年にダメージを受けている事は破けた衣服によって明白だけれど、あの表情は清々しささえ感じさせるほど綺麗なものだった。
逃がすまいと少年が手を伸ばす。
だがその前に『私』は消えきり、彼の手は何も掴めないまま空を掻くだけ。ふぅっと長い溜息を吐き出した少年は戦闘を終えた余韻からか、非常に疲れた表情を浮かべていた。よくよく観察してみれば頬や二の腕に裂傷を負っている事が確認できる。
だが彼は私の視線に気付くと負った傷に手の平をゆっくり重ね、そしてその傷を『消して』しまった。
「大丈夫だ、迷い子」
「大丈夫ですよ、迷い子」
「お前はもう一人で歩けるから」
「貴方はもう一人で歩けるのですから」
「「この『夢』はもう忘れて――さようなら」」
二人がそう言って私の両手に片手ずつ手を乗せる。
その瞬間、ぐらっと私の意識が揺すぶらされ――。
「本当にこれは……夢、なの?」
倒れる瞬間の声は、闇に溶けた。
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目覚ましの音が聞こえる。
ぼうっと未だ綺麗に覚醒していない意識の中、私は己の手を持ち上げ額へと当てる。
「なにか夢を見た気がするんだけど……なんだったかしら」
――大丈夫、貴方の『夢』は僕達が守ります――
「ちょっと重要な夢だった気がしたんだけど、思い出せないなぁ」
ふぁっと欠伸を漏らしながら私は上半身を起こし、腕を高く上げて伸びをする。それからはっと意識を覚醒させると自分の携帯を見た。
「ああ! 夢より重要な事があったんだったわ! そうよ、お金の取り立てに行かなきゃ。あのままサービス料を踏み倒されちゃ堪らないわ」
私はベッドから起き上がり、すぐさまメールを打つ。
それに対して面倒臭そうな返事が来たのを確認してから着替え始め、私は日常に戻る。
そうだ、これが私の毎日。
まっすぐ生きる事を決めた私に迷いなんてない。
だけど何故かしら。
――また、逢いにくるわね
頭の隅に引っかかる声――その正体を私は思い出せぬまま、玄関扉を開き外へと飛び出した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6855 / 深沢・美香 (ふかざわ・みか) / 女 / 20歳 / ソープ嬢】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、xeno―起―への参加有難うございました。
既に―承―への伏線を張らせて頂きましたのでそこもちょこっと楽しんで頂けましたらと思います。
今回は完全に夢の世界ということですが、本当にそうであったかどうかは……美香様のお心のままに。
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