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+ こんな逆転もたまには良いかも? +
「こんにちは、今日も面白いものはあるかな?」
「こんにちはです!」
某月某日。
シリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラの二人はある一軒の御菓子屋さんに出向いていた。そこはシリューナの知り合いの女性が開いているお店で、美味しい御菓子の品揃えが良い場所。魔力が篭った変り種の魔法菓子などがこっそり置かれており、それを時折見かけるが故に同じように呪術で遊ぶ事が好きなシリューナがそれなりに贔屓にしている店であった。
「あら、いらっしゃい。丁度良いところに来てくれたね。ね、ね、ちょっと簡単なゲームをしていかない?」
「ゲーム?」
「一体なんなんでしょうね、師匠」
「なぁにとても簡単なものだよ。ちなみに勝てば新作のお菓子を試食出来る権利をあげるよ」
「師匠、やりましょう!」
現れた女店主が二人に声を掛ける。
それは挨拶と共に小さな戯れへと誘い。「新作のお菓子の試食」という言葉を聞いた瞬間、ティレイラは胸元で両手をぐっと握り締め己の師匠であるシリューナへときらきらと宝石のように輝かせた瞳を向けた。ゲームの内容を何一つ聞いてなどいないのに、仕方の無い子だとシリューナは内心呆れるが、彼女とて興味がないわけではない。その為、女店主へ話の先を促す事にした。
「ゲームの内容は簡単さ。魔法のチョコの旗が立てられた山積みの小さいチョコを取り除いて旗を倒したら負け――まあ、負けたら当然ちょっとした罰ゲームがあるのは当然だけど、それくらいのリスクがあった方が面白いだろう?」
「確かにそれは簡単なゲームね。……罰ゲームという言葉が気に掛かるところではあるのだけれど」
「師匠、師匠ー! 美味しいお菓子が食べられるチャンスですよ! 折角だし遊びましょうよ!」
「そうだな。このままじゃティレも落ち着かないようだし、別に今は急いでいるわけでもないから……乗ってみようか」
「やったー!!」
ティレイラは両手をあげて大喜び。
そんな彼女の愛らしい姿を見て、ゲームに乗ってみて良かったかもしれないとシリューナは思う。改めてもう一度女店主は二人ともゲームに参加するという意思を確認すると、二人を店の奥へと手招く。店番は他の女性店員に任せ、その店員はいってらっしゃいとにこやかな笑みを浮かべていた。だが、その笑みに何か含みがあったような気がしたのはシリューナの気のせいだろうか。
やがて通された部屋は客室。既に長方形型のチョコレートが山積みにされた状態でそれはその場にあった。ゲームの準備が万全である事に対し訝ったのはシリューナ。逆にその光景に興奮を覚えてしまったのはティレイラの方だった。
案内されるがままに二人は対面している数人掛け用ソファに腰を下ろす。
師匠と弟子、二人が対面したのを確認してから女店主は彼女達の丁度中間地点に立ち、それからもう一度ゲームの説明を行なった。
「内容は変わらない。積み木崩しと同じ要領さ。旗を倒した方が負け」
「今日はぜぇったいに師匠には負けないんだからっ!」
「お菓子が関わると本当にティレイラはやる気を起こす事。……その気力を出来れば魔法の修行の方にも回して欲しいのだけど」
「さ、さぁー! 張り切って参りましょうー! ね、ね!」
シリューナの声を遮るように片手を高く振り上げてティレイラはゲーム開始を急かし始める。そんな少女を見て女店主とシリューナはほんの少しの間顔を見合わせ、そして肩を竦めた。
先攻はティレイラ。
シリューナが「私は後攻で構わない」と言った言葉に甘えた結果である。一番最初のポイントは難なく抜き取り、チョコレート自体も別段揺れる事無くまだその場にある。
そして後攻のシリューナ。
彼女もまたあっさりとチョコを抜き取り、ティレイラへと次を譲った。最初の方のやり取りなどこんなものである。バランスが崩れ始めるのはもっと後の話。本数が少なくなってきてからに決まっているのだ。
「よっと。抜けました! さあ、次ですよ、次!」
「お前は割りと絶妙な所を抜いていくな」
「えへへへへー」
「実は何も考えてないだろう」
「そ、そんな事ありませんよぅ〜! ただ、この辺なら師匠の番で危なくなるんじゃないかなーって勘を頼りに抜いてるだけです!」
「――運も味方の内、か」
ふむっとシリューナはティレイラの行動に関心を抱く。
実際問題彼女が抜いている場所によって後方であるシリューナは抜き場所を考えざるをえない状況下に追い詰められ始めているのだ。対して危機感を抱いていないティレイラはシリューナがどう動くのか落ち着きの無い視線で見つめる。その視線を受け、シリューナは「ここら辺なら大丈夫だろう」と見定めた場所に手を寄せた。
だが。
「あ」
「え」
「おや」
シリューナの定めた場所のチョコを抜き取る際、不意にカツンっと爪先が違う場所をうっかり弾いてしまう。その瞬間、ぐらりとチョコは大きく揺れ動き、やがて立てられていたチョコの旗が机の上へと倒れてしまった。
これに驚いたのはシリューナ本人だけではない。
「いや、まさかあんたの方が失敗するとは思ってなかったわねぇ」
「やったぁ! 師匠に勝ったー!」
まさかのミスに女店主は予想外の珍しいものを見た、と口にする。
勝者であるティレイラは両手を高く持ち上げ、ぶんぶん振り回して大喜び。負けは負け。シリューナは己の胸元で腕を組み、困ったように眉尻を下げながら片手を立て頬杖を付く。それから女店主へと視線を向けた。
「それで、罰ゲームってなにかしら」
「そうそう、それなんだよ。実はこの勝負に負けた者は暫くチョコの像となってお店の看板になって貰おうと思ってねぇ」
「な――!?」
「ほら、発動し始めた」
罰ゲームについて解説している最中、倒れた魔法チョコの旗の先から滑らかな魔法チョコの液体が噴出してシリューナの身体へと向かう。
『軽い罰ゲーム』を想像していたシリューナにとってこの展開はまさに予想外の出来事。「もっと良く話を聞くべきだった」と後悔してももう遅い。魔力を展開させ、魔法のチョコレートを退けようとシリューナは必死に抗う。しかしそのチョコは店主特製のもの。抗えば抗うほど魔力を吸収し、より対象と密着しようとシリューナに襲い掛かり、やがてその身体を覆いつくしてしまう。
そして程なくしてチョコ化して固まってしまった。
「し、師匠……?」
「シリューナも美人さんだからねぇ。こりゃ良い看板になるよ!」
「うわ、うわぁああ! 師匠がすっごぉーく美味しそうなお菓子になっちゃいましたぁ!」
内心ティレイラは自分が負けて同じような状態にならなくて済んだ事に対して安堵の息を吐き出す。しかしそれと同時に今目の前で信愛しているお姉さまであり師匠であるシリューナのチョコ像に対して興味津々で近付く。
いつもならば自分が師匠に愛でられる立場であるが、今は全く逆。自分がこの美しい光沢を放つ美女のチョコを愛でて良いのだと思うと興奮してしまう。それはもう勝者として貰える筈の新作お菓子の試食権利すら忘れてしまうほどの感情の高ぶり。ティレイラはうっとりと頬を染め、溶かさぬよう気をつけながらその表面をそっと指先で撫でた。
そんなティレイラを見ながら女店主も腕を組み満足げに頷きを何度か繰り返す。
「さあさあ、一級品のお菓子看板の出来上がりだ! ティレイラ、これを飾るのを手伝っておくれ」
「はいっ! あ、でもちゃんと後で戻してくれるんですよね」
「はは、そりゃあもちろんさ」
「なら安心です。このままだったら師匠怒っちゃいますもんねっ!」
女店主と共に協力し合いながらティレイラはシリューナ像を部屋から運び出す。そうして店に飾られた美しいチョコ像。
その効果を解かれる日までシリューナは「麗しい美女のチョコレート像」として店先に飾られ、見事人々の目を集め続けた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3785 / シリューナ・リュクテイア / 女 / 212歳 / 魔法薬屋】
【3733 / ティレイラ・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、お久しぶりです!
今回はチョコレートが題材という事でこんな形に。
まさかのシリューナ様の敗北にびっくりしました(笑)
ではでは少しでも楽しんで頂けることを楽しみにしつつ、失礼致します。
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