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<東京怪談ノベル(シングル)>


過去に繋がる物語
 海原・みなも(うなばら・みなも)のうちには、とある白竜の力が宿っている。
 先日諸事あって白竜の力を譲り受ける事となったのだが、その力はあまりに強大だった。
 ただ宿しておくだけでも恐らく、何らかの影響が出るだろうと彼女は考えた。ならば――。
(「彼女のためにも、なんとか『白竜』を使いこなさないと」)
 覚悟を決め、みなもは拳を握る。
 そして――。

「うん、それは確かに必要かも知れないね」
 みなもの提案に古書肆淡雪店主、仁科・雪久も小さく頷いて見せた。その表情は彼にしてはかなり真面目なモノであった。
 彼が何故この話に絡んでくるのかというと、みなもが白竜の力を得る過程に協力した人物の1人だからだ。
「……さて、どう対処したものか」
 腕を組み考えはじめる雪久にみなもがおずおずと手を挙げる。
「ブラックドッグの時と同じように、慣らしていけばいいかなと思うんですが……」
 仁科さんにはまたお手数かけてしまうかもしれませんが、と控えめに告げる彼女。
「……うん。それで済めばいいんだけれど……」
「何か問題がありそうなんですか?」
 腕を組み難しい顔で遠くを見る雪久。それを小首を傾げつつみなもが見上げる。
 不安そうな視線に気づいたのか雪久は表情を和らげた。
「……いや、ただの思い違いかもしれないしね。気にしなくていいよ」
 なんとなく引っかかるものはあったが、雪久はこれまでもみなもを助けてくれた。そんな彼がみなもに不利益な事を黙っているわけがない。だから、引っかかるモノは覚えても、みなもは雪久を信じるのだ。
 そしてみなもは部屋の隅にある姿見の前へと立つ。
 姿見に映るのは見慣れた姿。
 青の長い髪。そして白い肌。見慣れたセーラー服に身を包んだ、細身な少女のもの。
 真正面から見つめる青の瞳。
 ゆっくりを目を閉じ、みなもは己のうちへと意識を向ける。
 自身の中へと取り込んだ『彼女』の力へと。
『彼女』の力は強大。そのまま使おうとすれば暴走の可能性がある。さらに言うならば、形のないただひたすらに『巨きなモノ』であって捉える事が難しい。
 それは以前知らされた通り。みなも自身も理解している。
 だからこそ、自分に解りやすいように分解し、自分の中で再構築しなければならない。
『巨きなモノ』を、彼女自身が受け入れやすいように。
 どこからどう分解したものか?
 尤も簡単に思われるのは――形から入る方法。
『彼女』の力の一旦である白竜への変化。それをとっかかりとしてひもといていけば良い。
 その為みなもは今、白竜へと変化しようとしているのだ。
 鏡についた手が太く、そしてかぎ爪を持ったモノへと変わっていく。
 長い尾も生え、そして背には翼が。青の髪はそのままに、ふんわりとした印象の白竜へと。
『彼女』は真っ白なドラゴンといった印象だったが、白竜となったみなもはどちらかというならふんわりとしたぬいぐるみを思わせる。大きさも人間大程度と『彼女』と比べると小さい。なにせ『彼女』はみなもを掌に乗せられるくらいの大きさだったのだから。
『彼女』と比べてしまうとこれが白竜として正しい姿なのかと疑問を持ってしまう部分もあるかもしれない。
 特に、今までのみなもだったなら、自身を『彼女』そっくりの白竜に変えようとやっきになった事だろう。
 しかし、みなもは今まで様々な事象に遭遇した。
 強制的に変移された事もあるし、自身の意志で変化した事もあった。
(「これが……あたしの姿。白竜としての、あたし」)
 みなもは目を開き、姿見に映った自身の姿をしっかりと見据える。
 様々な生き物に個体差があるように、心にもそれぞれ差違が存在する。
 そんな「みなもらしい部分」が今の姿には影響を与えている。
 だから、決して否定はしない。
 恐らくぬいぐるみっぽく見える外見なのは、他者を傷つける事を嫌うみなもの一面が現れたのだろう。
「みなもさん、どうかな?」
 今まで黙って様子を見ていた雪久に問われみなもは鏡越しに彼の姿を見やる。
 そして改めて自分のかぎ爪が映えた手へと視線を落とす。
 暴走も、崩壊も起こさない。現在の様子から考えるに、力は落ち着いてはいるようだ。
 しかし完全に使いこなせるかというと……。
 どうもしっくり来ないのだ。
 自分のモノに出来たという実感が湧かない。
「変身だけじゃ、駄目なんでしょうか……?」
 そんな心情をみなもが白竜の姿のまま語る。力の持つ概要はなんとなく解った気がする。だがどこか、何か足りない。そんな欠けたモノを感じつつ。
「……『彼女』の事はどれくらい解るのかな」
 ぽつ、と雪久が述べた言葉にみなもは記憶を探る。
 姫君と仲の良かった白竜。姫君を殺す役割を民衆により背負わされた、本当は心優しいドラゴン。全ては冤罪だったというのに。
 思い出すといくら心優しいみなもとて、穏やかでは居られない。
 寧ろ、優しいが為に心が痛むのかも知れない。
「あの『竜に囚われた姫』の事ですよね?」
 みなもはそんな自分を懸命に宥めて言葉を紡ぎ出す。それをきいた雪久は躊躇いつつもこう切り出した。
「……聞いた話なんだけれどね」
 あくまで噂に過ぎないよ、と妙に身長な前置きをして語りはじめる。
「君が力を譲り受けた本『竜に囚われた姫』には、それに連なる別の物語があるらしいんだよ」
 妙に回りくどい言葉にみなもは首を傾げた。
「本じゃないんですか?」
「ああ、本ではないんだ。習作……とでも言うのかな。作者が書いた原稿が存在するらしい。そこには『彼女』も存在するらしいんだ」
 つまり『彼女』の過去が知れるという事。
『彼女』の欠片という事にみなもも更に興味を示す。
「仁科さん、それってどこに?」
 身を乗り出すみなもに対し、雪久は少し困ったように告げた。
「いや、それが……同業者とのメールで教えて貰った程度でね。はっきりとした事は解らないんだ。内容もはっきりしないし、ただ白竜の出てくる物語だとしか……」
「そう……ですか……」
 しょんぼりとみなもは肩を落とす。
「だが、それが本当だとするならば原稿を手にできれば『彼女』の力を受け入れやすくする事に繋がるんじゃないか……と思ってね。しかし、確実性のない情報で君を混乱させるのも悪いと思って黙っていたんだけれど」
「あ、それでさっき……!」
 先ほど雪久が妙に歯切れの悪い言葉を零したのはそういった理由だったのだ。彼はみなもへと頷いて見せる。
「とはいえなんとかして原稿にたどり着く方法が必要そうだね。確実に白竜の力を操る為にも」
 雪久はプリントアウトされたメールをみなもへと差し出す。
「先方には『うちのバイトがお邪魔する事もあるかも』とは連絡しておいたから、興味があるなら直接聞いてみるといい」
 目を通すとそこには雪久の同業者と言われる人物の連絡先も書かれている。幸いにして都内。ほんの僅かではあるものの『彼女』を理解する為の希望は残った。
「ありがとうございます! って仁科さん、あたしいつからバイトになったんですか?」
 ぺこん、と頭を下げてからノリでツッコんでみるも。
「や、これは嘘も方便ってやつだよ。それとも本当にバイトしてみるかな? 時給安いし厳しいけどね」
 にこりと笑う雪久。しかしちょっと目がマジな感じがする。みなもはちょっと慌てつつ。
「えっと、とりあえず、この方の所に伺ってみます!」
「……その前にみなもさん、人に戻っていかないとまた特撮だと思われるよ?」
 あわてて少女の姿へと戻るみなも。もはや変化自体には躊躇いは無い。
 しかし『白竜』の力を使いこなすには――。
「彼女の過去、がんばって調べてきます!」
 ぐっと両手を握りガッツポーズをするとみなもは古書肆淡雪を後にする。
 過去へと繋がる物語をひもとくために。