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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェンリルナイト〜融和〜
 夜闇を駆ける、複数の影。
「はぁぁっ!」
「ほい!」
 一人は凄絶な気合と共に放たれた一撃を、もう一人は気楽な声と共に解き放った魔法を、それぞれ、モンスターに命中させる。
「これ、で、全部、ですね…」
「何じゃ、もう息があがっとるのか。最近の若いもんは情けないのー」
 息を乱しながら言うみなもに、幼い姿の魔女は、またも気軽い所作で魔法をかけ、回復してくれる。
 このクラスになってから、戦闘形態が、ただの魔術師、いや、賢者だった頃からは変わった分、慣れない部分はあるのだが。
――それにしても、この人、本当に魔力の底はないのでしょうか…。
 思わずそんなことを考えだが、やはり“全能の魔女”の言葉は伊達ではないということか。
――それにしても…。
 おもむろに、みなもはギルドの登録証を開いた。
 ゲームで言うならステータス画面のそれは、さすがに、この世界においては、魔術書の類のようで、開く度に、文字が生きているかのように書き変わっていく。
 思えば、護人(ヴァナディース)にクラスチェンジしてから、初めて登録証を開いたせいか、文字が一気に空に踊り、全てを書き変えていく。
 称号は、勿論、護人。そして、術技の画面に目を移せば、そこには、今まで使用していた雷、風、水、火、地の魔法に加え、光属性の回復魔法も含まれていた。そして、魔術師の状態では、あくまで近接戦闘を避けるためだけに存在していたはずの技は、先刻使った百華絢爛舞が追加されている。
――まだレベルを上げれば、使用できる術技も充実するんでしょうか。
 どうやら、みなもの息の上がり方には反比例するように、この辺りのモンスターはそれほど強くはないらしい。
 クラスチェンジしてから上がったレベルはわずかに2。元々習得していた魔術の効果が強化されたくらいだ。
「お前さん、何を考えておるのじゃ?」
 不意に問われ、みなもは大袈裟な程驚いていた。
 だが、魔女は不敵な笑みを浮かべ、言う。
「今更怖気づいたのか?」
「まさか!」
 思わず返した言葉だったが、それは本心だった。
 アルフヘイムに帰りたい。それは、主人公“みなも”としての意思。
 現実世界に帰りたい。それは、現代を生きているはずの“海原・みなも”の意思。
 帰りたいと願う場所は違う。だが、その気持ち自体に、嘘偽りはない。
「…まぁ、今日はもう遅い。おぬし、戦いずくじゃろう? たまには、休息するのも、戦士としての務めじゃ」
 そう言って、全能の魔女が指し示した先には、うっすらと街明かりが浮かんでいた。
 ここから、目的地のビフレストまでどれほどかはわからないが、今、みなもの体は生身であるのと同じだ。全能の魔女に会ってから戦い通しで、確かに、少し休みたい。
「そうですね、行きましょうか」
 魔女の言葉に頷いて、みなもは、先を歩き始めたその後に従った。


 街の中に入ってみれば、まだ、それほど遅い時間ではないらしく、開いている店もいくつかある。
 そのうちの一つに、不意に全能の魔女が目を止めた。
「……?」
 何も言わずに手招きをする彼女のあとをついて入れば、そこは、様々な武器や防具の並ぶ店だった。
「ふむ、すまぬが、店主よ。このものにふさわしい武器を見繕ってくれんか?」
「え…?」
 声を上げたのは、みなもの方だった。店主は、まるで応対に慣れているかのようにまじまじとみなもを見ると、店の奥から一本の槍を持ってきた。
「ほう、なかなか良い目をしておるな。申し分ない」
 言うが早いか、魔女はその槍を手に、みなもの前に突き出した。
「これはな、恐らく、おぬしにしか扱えぬ代物じゃ。防具はそれが最高素材なのでな。持ってみよ」
 いきなり差し出された槍に、みなもは、多少緊張しながらもそれを手に取る。
「こ、これは…!」
 持った瞬間に、まるで自分の手足のようにしっくり馴染むのがわかった。軽く一振りするだけでも、モンスターを倒せそうだ。
「では、これを貰っていくぞ、店主」
「はい、ありがとうございます! あぁ、お金は結構です。護人さまのお役に立てるなら!」
 魔女の言葉に、店主は笑顔で頷く。
 いくら、見た目が幼いままでも全能の魔女と呼ばれる人物だからと言って、こうも易々と渡して良いものなのだろうか。
 それを聞こうと口を開きかけた瞬間、
「さて、次にいくぞ、みなも」
「え、ちょっと…!」
 疑問を口にする暇もなく、手を引かれる。
 そのまま、外に飛び出すと、
「護人さま!」
「ヴァナディースさま!」
「え…?」
 不意に、先程まではなかった人だかりに囲まれ、みなもは混乱する。
――この人達、あたしの、護人というものを知ってるの…?
 胸中で呟くが、そうであることは、皆の態度から明白だった。
 おそらく、この街の人達なのだろう。老若男女関係なく、集まっていた。
「お前さんは、自分の世界に帰りたいだけなのかもしれん…」
「え…?」
 この喧噪のなか、囁くような全能の魔女の言葉は、確かに、みなもに届いていた。
 そして、まるで自分を盗み見るように向けられた視線、それは、彼女の強大な魔力を以て放たれた魔術のように、みなもの動きを制限させた。
――それに、今の言いようは…。
 まるで、始めから全てを知っていたような。そんなことを思わせる口ぶりに、一瞬戸惑ったみなもだったが、
「護人さま! どうかお願いします!」
「ビフレストに近い我が街、プレジエは、世界戦争の影響を強く受けてしまいます」
「このままでは、街がっ、私達の大切な人が…ッ!」
 懇願する人々を前に、みなもは、ただ立ち尽くすしか出来なかった。
 始めは、ただ、ゲームのシナリオを追っていただけだった。
 どうすれば、現実世界に帰れるのかもわからない。そのためには、自分にできることをして、方法を模索するしかない、そう思って、全能の魔女の試練を受けた。
 その中で、シンクロしていく主人公“みなも”と現実世界の“海原・みなも”
 もはや、これがゲームの世界なのか何なのかわからず、混乱していたが、
――この気持ちは、ホンモノだ…。
 ハーフエルフとして、阻害されていた記憶。そして、それに、どこか似たような感覚を覚えたことも確かで。もしかしたら、現実世界で同じような体験をしていたのかもしれない。
 それでも、ここにいる人達は、そんなものなど関係なしに、助けを求めている。
「どうじゃ?」
「え…?」
「わしに初めて会った時と同じ台詞、今のおぬしに言えるかの?」
「ッ……!」
 まるで、全てを見透かしたような魔女の台詞に、みなもは思わず息を飲む。だが、返答に詰まることは、もうなかった。
「あたしは、あたしの意思を貫きたいです!」
 きっぱりと、そう言い放ったみなもに、魔女は、まるで母親が子供を見るような、穏やかな笑顔を見せたような気がした。