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<東京怪談・PCゲームノベル>


ショート・トラック

 深沢美香(ふかざわ・みか)の生活は、夜型である。
 もちろんそれは単なる不摂生ではなく、彼女の職業上仕方のないことであるとも言えるし、生活リズムを頻繁に変えることが難しいということを考えれば、特段の事情がない限りは休日もそうなってしまう、というのもさして不自然なことではないだろう。
 ともあれそんな調子なので、例えばちょっとした用事で外出するのでも、出かける時にはもう正午付近であり、さほど時間をかけたわけでもないのに帰ってくるのは夕方か夜、となってしまう。
 そしてそういった時間帯は、いろいろと「予期せぬ出来事」が起こりやすい時間帯でもあった。

 もうすっかり人通りも少なくなった夜の公園。
 美香がその脇を通りかかったとき、公園の方から何やら男の怒声が聞こえた。
 反射的にそちらに目をやると、数人のあまり柄のよくない男が、一人の人物に難癖をつけているようだった。
 絡まれているのは、おそらく三十代半ばくらいと思われる長身の男性。
 紳士然とした仕立てのよさそうな服と右手のステッキ、そして月明かりを反射して光る片眼鏡がどこか時代錯誤、もしくは「普通ではない」印象を抱かせる風貌だ。

 厄介事にむやみに首を突っ込むべきではない。
 かといって、気づいた以上このまま見捨てていくわけにもいかない。
 警察に通報でもすれば、すぐに来てくれるだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと、絡まれていた男が美香の方を見た。
 危機的な状況にあるにも関わらず、その表情はほぼ平静を保っており、あたかも何の危険も感じていないかのようにさえ思われた。

「君たちと話していても埒が空かないようだ。悪いが失礼させてもらう」
 そう言い捨てて、こちらに向かって歩き出そうとする紳士の行く手を、男たちの一人が塞ぐ。
「行かせねぇっつってんだろ」
「私は弱いものいじめなどという非紳士的な行為は好まんのだが」
 困ったように言う紳士に、男たちは顔を見合わせて笑った。
「そうかい。アンタが嫌いでも、俺らは弱いものいじめが大好きでね」

 と。
 次の瞬間、紳士の正面にいた男が、腹を押さえてその場にうずくまった。
 その影から見えたのは、真っ直ぐにステッキを突き出した紳士の姿。
「では仕方ない。これが君たちの流儀であるのなら、郷に入っては郷に従おう」
 淡々とそう宣言する紳士に、激高した男たちが殴りかかる。
 けれども、その全てを紳士は雑作もない様子でかわしつつ、逆に手にしたステッキと、その長い足での一撃を見舞っていった。

 美香は合気道を習っていた関係上、武術に関する知識も一通りはある。
 その彼女の目から見ても、紳士の所作はそのことごとくが理に適っていた。
 決して身体能力が高いとは思えなかったが、あれだけの技術の持ち主を素人が傷つけることは難しいだろう。

 ほどなく、散々に打ちのめされた男たちは這々の体で逃げ去り。
 紳士はと言うと、一つため息をついた後に、美香の方へと歩み寄ってきた。

「こんばんは、お嬢さん。ご心配をおかけしてしまったかな」
 穏やかに笑うその様子には、つい先ほどまで戦っていたことを思わせるものは何一つない。
「いえ。それより、お怪我はありませんか?」
「お気遣い感謝するよ。だが、あの手の輩に手傷を負わされるほど弱くはないさ」
 そう言ってから、一つ小さくため息をつく。
「しかし、せっかく『時が来るまで』星でも眺めて思索に耽ろうと思っていたのだが」

 その言葉に、美香は明らかな違和感を感じた。
「『時が来るまで』?」
 おうむ返しに聞き返す美香に、紳士はこともなげにこう言った。
「そう。私に残された時間は、長くともあと一時間ほどなのでね」

 その言葉を聞いて、美香はある存在に思い当たった。
「旅人」と呼ばれる彼らは、朝にこの世界に現れ、そして夜になると消えてしまう。
 そして、彼らは「ここに来るまでの記憶」を持たず、また「この世界での記憶」も次の世界には持ち越さないのだという。

「もしかして……あなたは、『旅人』なのですか?」
 美香がそう尋ねてみると、紳士は少し驚いたように笑った。
「ご明察。いかにも、私は『旅人』だよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「寒くありませんか?」
「この程度なら特に気にならんさ」

 あんなことがあった公園に留まっているつもりにもなれず、かといって自室に招くというわけにもいかず。
 夜の道を散歩しながら、二人はとりとめもない話をした。
 話の中身は、主に「旅人」が今日一日に体験したこと。
 最初からこの服装だった彼は、やはりどこにいてもいささか目立つ存在であったらしく、いろいろなことに巻き込まれてきていたらしかった。

 ――だが、それも全てはもうすぐ「なかったこと」になる。

 例えどんなことがあったとしても、明日にはその全てがリセットされる。
 そんな「旅人」の人生に、美香は興味を惹かれていた。
 それは、自分自身の「今」が、いろいろな過去――その多くが、世間的に見れば「失敗」と烙印を押されるであろうことの積み重ねによってできているからであったかもしれない。

「これだけいろいろなことがあっても、きっと明日には全て忘れてしまうのですね」
「ああ。明日には全て忘れて、またここではない世界にいるのだろうな」
 こともなげに言う「旅人」に、美香はこう尋ねてみた。
「寂しくはないのですか?
 それとも逆に、背負うものがないから気楽なのでしょうか?」

「どちらでもないな」
 美香の問いに、「旅人」は少し考えてからそう答えた。
 そして、ふと思いついたようにこう続ける。
「君は、生まれ変わりを信じるかね?」
「何とも言えませんね。
 あると言い切れるだけの根拠もなく、かといって完全に否定するのも難しい」
 美香がそう答えると、「旅人」は満足そうに頷いた。
「その通り。それは『悪魔の証明』になってしまう」

 これまでの仕事柄、美香はこれまでに多くの人、特に男性を目にしてきており、そのおかげで「相手がどういう人物であるか」を、大まかにではあるが判断できるようになってきていた。
 その経験から察するに、この「旅人」は、こういったやや面倒な会話をすることを好むようだ。
 現に今も、まだ会話が結論に至っていないにも関わらず、まるでチェスで相手の手を待っているときのような様子でこちらを見つめている。

「あなたは、生まれ変わりを信じているのですか?」
 美香のその言葉は、どうやら相手の意図した通りのものであったようだ。
「それは、『旅人』の『生』と『死』をどう定義するかによる」
 楽しげな様子で、「旅人」は語り始めた。
「私の知る限り、自分の『始まり』を覚えている『旅人』はいない。
 一日ごとに完全に記憶がリセットされるのだから、当たり前の話ではあるが」
 彼らはもともと持っていた知識や技能はそのまま持ち越すが、それ以外の、前の世界での「経験」は一切次の世界に持ち越さないという。
 だとすれば、彼らが「前の世界」でどんな経験をして来たのかどころか、そもそも「前の世界」なるものが実在したのかどうかさえも知らなかったとしても不思議はない。
「故に、私はこれを『死』と『生』であると呼びたい。
 我々は……少なくとも私は、一日ごとに『死に』、また新たな世界に『生を受ける』」
「つまり、あなたは『日々生まれ変わっている』?」
「そういう見方をすることもできる。だが、裏返して言えば――」

 そこまで言って、「旅人」は言葉を切る。

 ――私の言わんとすることがわかるかね?

 言外にそう問いかける「旅人」に、美香はこう答えた。

「――あなたは、『一生』を『リセットなしで』生きている」

「素晴らしい。その通りだよ」
 我が意を得たり、とばかりに彼はこう続けた。
「我々の『一生』は、他の多くの知的生物と比べて、驚くほどに短い。
 だが、どんなに短くても、その『一生』の続く間は、リセットは起きない」

 そういうことか、と思う。
 これまでの人生で、美香は何度も怪奇現象の類に遭遇し、数多くの「人ならざるもの」と出会ってきた。
 そして、そういった者たちの中には、人の数倍、数十倍、あるいはもっと気の遠くなるような長い時間を生きている者もいた。
 その彼らが、もし「たかだか百年程度の寿命しか持たない人間」である美香に、最初に美香が「旅人」にしたような質問をぶつけてきたら、どう答えただろうか。
 きっと、彼らから見ればとても短く、また物足りなく思える時間だったとしても、自分たちにはこれくらいがちょうどいいのだ、と答えただろう。
 つまり、そういうことなのだ。

「おかしな質問をしてしまってすみませんでした」
 美香が軽く頭を下げると、「旅人」は楽しげに笑った。
「何、気にすることはない。
 君のように聡明なお嬢さんと話ができて楽しかったよ」
 差し出された右手は、きっとお別れの挨拶。
 その手を握り返すと、少なくとも今はここに存在すると主張するかのように、確かな体温が伝わってきた。
「さて、それではそろそろ行くとしよう。
 どうにも『消える』ところを見られるのは苦手でね」
 手を離して、軽く苦笑する「旅人」。
「願わくばまた君と会いたいものだ。
 もちろん、私は今日のことを覚えてはいないだろうが」
「それなら、私が覚えています」
「ありがたい。では――『またいつか』、かな」
「はい。『またいつか』」
 そう挨拶を終えると、「旅人」は美香に背を向けて歩き出した。
 その背中が、次第にうっすらと透けていく。
 けれども、「消える瞬間を見られることを好まない」彼は、完全に消えてしまう前に最初の曲がり角を曲がり、塀の向こうへ姿を消した。

 それを見届けてから、美香も家路についた。

 一日でも、百年でも、一万年でも。
 与えられた時間を生きるのは、みんな一緒なんだと思いながら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、美香さんの描写ですが、こんな感じでよろしかったでしょうか。
 旅人の年齢性別のご指定がなく、「興味を持った理由」だけがありましたので、今回の話は「まず結論ありき」で書かせていただきました。
 その結果、いささかクセの強い「旅人」になってしまいましたが……サファーデ使いとか、一体どこから思いついたのかは自分でも謎だったりします。

 それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。