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<東京怪談・PCゲームノベル>


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「お前、あの時の態度は一体なんなんだよっ!!」


 いきなりチームメイトにそう声を荒げられたのが今回の始まり。
 肩を掴まれ、強制的に振り返らされた僕は声を掛けてきた相手へと不思議そうな視線を送るしか出来ない。


「何の話でしょうか」
「とぼけんじゃねえ! お前あの時作戦無視をしただろ! 俺が左、お前が右から攻め込むっていう話だったはずなのにお前は状況も見ずに俺の方から現れて一方的に施設を破壊したじゃねーかっ!!」
「それは違います」
「ああん?」
「僕はその作戦の時、確かに貴方の指示通り右の通路から侵入を行ないました。それに関しては間違い有りません。貴方が『僕』を何と見間違えたのかは知りませんが、僕はそう断言します」
「だがアレは間違いなくお前だった! 作戦に関して指摘した俺に対して強酸霧雨(アシッドレイン)を使用して逆切れまでしてきたんだぞ! それとも何か。あの能力を持っているお前と同じ顔をした何者かが居るとでも!?」


 襟首を掴まれ、今にも殴ってきそうな勢いの相手へ僕は淡々と事を告げる。僕を捕らえる腕には少し焦げた痕が有り、それが強酸霧雨(アシッドレイン)によるものだとすぐさま判断が付く。だが「僕ではない」と何度説明を繰り返しても僕達の主張は当然噛みあわない。――それは何故か、僕は相手の顔を見ながら考える。


――『アイツ』か?


「ちっ、この事は上層部に報告しておくからな。悪いが俺はお前の事を見損なったぜ。性格こそ問題は多少あれど、任務に関してはきちんとこなす奴だと思っていた分だけ幻滅した」
「そう、ですか。通じ合えなくて残念です。僕の行動に関しては通信機で位置確認が取れるはずですから、僕の方もそちらの申請を行なっておきます」
「いや、それは俺がしておく。お前が申請すっとどこでデータ改ざんされっか分からねーからな」


 けっと男は不機嫌な態度を露わにその場を立ち去っていく。
 やっと解放された僕は乱れてしまった服装を正し、何気なく地面へと視線を伏せる。申請までも任せて貰えないとはいかに自分があの男に信用や信頼と言ったものを得ていないか痛感してしまった。チームメイト以上でも以下でもないのだから仕方がないと言えばそこで終わってしまう話なのだが――しかし、こちらとしても面には出ないとしても、不愉快には違いない。
 僕の方からもあの作戦における『青霧 カナエ(あおぎり かなえ)』の行動データの解析を別の方面から確認して貰えるよう頼んでおく事にしよう。そう心に決めた。


 僕は確かに感情表現には乏しいが、無ではない。
 それに先日不思議な一件に出逢ったのだから今回の件がそれと無関係とは到底思えない。
 『僕と同じ姿をした僕と全く同じ能力を保持する誰か』。
 心当たりがあるという点で僕は少々眉根を寄せつつ、己に割り当てられた部屋へと足を運んだ。
 そしてその部屋で僕は再び、『出逢う』。


「こんにちは。迷い子(まよいご)、また逢ったね」


 寝台の上に灰掛かった長い黒髪を持つ少女をその腕に抱きながら、僕を見つめる一人の少年。
 少年の名はミラーさん。
 少女の名はフィギュアさんだと、僕は覚えていた。二人が無事であった事に内心ほっと安堵の息を付く。……無意識、だったけれど。
 長い黒髪が寝台へとさらりと流れ、それは綺麗な筋を描いているのが見える。簡素すぎる己の部屋なのに神秘的な雰囲気が其処には在った。
 両目の色が違う二人の瞳。ミラーさんは左目が緑で、フィギュアさんは灰。それが彼女達の能力に関わっているものだと言う事は先日の一件で知っていた。
 そんな彼らが僕の部屋に居るという事はやはり。


「どうして此処に? ……と、問うのは愚問でしたか」
「僕達は貴方に逢いに来た。僕達は元々この世界の住人ではない、ゆえにどれだけ頑固なセキュリティシステムでも無意味だよ。誰も意識せずとも空気のように僕達は在る存在だから」
「あたし達は貴方に忠告に来たの。――あたしには記憶出来なかった『既に過去の記録』をミラーから貰ったわ。そして、その上であたしは判断した」
「僕は関わる事を良しとしなかったけれどね」


 少女を愛でるように少年は口にする。
 前回もそうだったけれど、ミラーさんの第一優先はフィギュアさんなのだ。愛しい彼女を抱きながらもミラーさんは僕をそっと見上げる。彼が寝台に座っており、僕が立っているのだからその状態は可笑しくない。見上げられた僕は唇をそっと開いた。


「自己紹介を、僕はしていませんでしたね。僕は――」
「青霧 カナエ(あおぎり かなえ)、十六歳、男性型ホムンクルス。能力は場に特殊な霧をつくりだし、霧に囚われたモノのあらゆる感覚を奪うことが出来る。そう例えば強酸霧雨(アシッドレイン)とかね」
「……能力は先日目の前で発動させましたからともかく、その他の情報は誰かからの漏洩ですか?」
「いや、僕達の能力だよ。僕達は「迷い子」(まよいご)に対して導きや取引を行なう「案内人兼情報屋」だ。迷っている人間に対して必要な情報を与え、迷っている者の先を導くのが僕達の役割。だからこそ貴方が誰であるかなど探る必要などない。貴方が存在している……ただそれだけで僕は貴方の全てを知ることが出来る」
「あたしも同じ。貴方が貴方であるだけで、あたしは貴方の過去未来現在能力など全てを知ることが出来るの。……でもあたしは欠陥品。だからこそ記憶が保持出来ない。その時目の前に居る迷い子を導いてあげる事は出来るけどその相手を長時間記憶する事が出来ないのよ。だから今のあたしにとって貴方は初対面の相手。改めまして、『こんにちは、初めまして。ご機嫌いかが』?」


 少女が甘い声で挨拶を口にする。
 見知らぬ、ではないが既に出逢っている相手に対しての文章ではないそれにはほんの僅か僕の視線は彼女の唇へと落ちた。今は戦闘中ではないが故に僕の服装は黒のジャケットにベスト、白開襟シャツ、黒のズボンに黒革のショートブーツ。それをまるで制服のようにかっちりと着こなしているのが常。
 二人もまた同じなのか、先日と全く同じゴシック系の服装で僕の目の前に居る。


「ミラーさんは『アレ』に対抗する事が可能ですか?」
「可能と言えるし、不可能だとも言える」
「状況に応じて、という意味で解釈をしても」
「その通り。『アレ』は僕の能力をただ無意味に使用するのであればフィギュアと力を合わせ、追い詰め、消滅させる事は簡単かもしれない」
「ですが、そうなさらないという事は『それが出来ない理由』があるんですね?」
「あたしが今回貴方に忠告に来たのもそのためよ」


 フィギュアさんがミラーさんに寄りかかりながら静かに言葉を紡ぐ。
 まるで反射的な音色を持つミラーさんとは違い、彼女の声は部屋に染み渡るような音だ。性質というのはどこにでも現れるもの、僕は二人の声を確かに記憶しようと伏せかけていた瞼をゆっくり開いた。


「『アレ』は貴方に殺意を持つもの。貴方に害を及ぼすためなら己が手を下さなくても構わないと考えているものよ」
「だから貴方の周囲を惑わし始めた。そして『アレ』にとって有利な点として貴方は特別な立場に居る。普通の民間人ではなく、戦闘の中に身を置く『いつ命を失っても可笑しくない存在』だ。例え人の手によって生まれた存在であっても、命を有しており、感情もある。だからこそ――貴方の混乱を愉しみ始めた」
「『アレ』はまだ貴方の知らない場所で貴方を貶めようと企み、そして今後も己の欲がままに動くでしょう。貴方がただ存在している、それだけが赦せなくて」


 二人が説明を口にする度に僕は胸の奥に何か小さな炎が点る。
 それがどういうものかは今は分からない。ただ、小さな炎。怒りにも満たず、苛立ちにも満たず……かといって、不愉快という種類でもない。
 垂れ下げた左腕の二の腕を右手が無意識に掴む。そして一度己のほの暗い青い瞳を閉ざした後、緩慢な動きで持ち上げた。


「忠告を有難うございます」


 最初に感謝の言葉を。
 そして次に。


「このまま『アレ』の問題行動が続けば、僕自身が処分される可能性もあります。ただ待っているだけでは僕の身が追い詰められていく事は良く分かりました。ならば僕が望む事はただ一つ、『アレ』との対峙です」


 行方を見守り、助けてくれた二人を危険な目にあわせてはいけないと、己の決心を告げた。相手がどんな手で僕を追い込んでいくかは分からない。先程のように作戦無視によって周囲に迷惑をかけた挙句処分、という結末を狙っているのかもしれないし、他に彼にも何か望みがあるのかもしれない。
 両手を組み合わせ、それを身体の前で垂れ下げる格好をしつつ、僕は今この場に居ない『僕に似た彼』を思う。


―― 殺してもいいですか?


 あの戦闘時、直接脳に語りかけてきた確かな殺意在る声を思い出す。
 溶けた顔に張り付いていたのは恐怖でも畏怖でもなく、狂気。脳に語りかけてきた能力は僕には無い唯一の『アレ』との違い。そこから推測するに、『アレ』はテレパシー的な能力を持った物体、もしくは今目の前に居る二人と同種なのではないかと考えられる。
 だって二人は僕が何も口を開かずとも情報を暴いていく。それは不愉快ではなかったけれど、もし『アレ』が同じように情報を有していた場合――それはきっと絶大な攻撃力に転じるだろう。


「時間、か」
「――ミラー、行きましょう」
「悪いね、迷い子。僕らは現実世界への干渉はなるべく避けている。『アレ』は貴方の立場を揺らがせる存在。だから貴方もどうか――良い選択を」


 ミラーさんがふっと顔を持ち上げ、僕の方を見る。
 いや、その後ろの扉を見ていた。彼はフィギュアさんをしっかりと抱きしめて立ち上がると最後の忠告を僕へと送り、そしてその姿を部屋に溶け込ませるように――消えた。


 代わりに聞こえてきた誰かの足音。
 それはまっすぐこの部屋を目指し、そして扉は開かれた。


「青霧 カナエ。先程先日の任務に関して申請されたデータに関して矛盾点が多々生じている。これより詳しい取り調べを行い、真偽を定めたいとの事だ。今すぐに出れるか」


 ―― ああ、日常が侵されていく。


「――問題ありません」


 僕はひとり。
 『アレ』もひとり。
 僕と『アレ』は別々の物体として存在しているのだと彼らは言っていた。だから大丈夫。僕は真実を述べるのみ。


 呼び出しを喰らった僕は、男に素直に付いていく。ブーツが廊下を叩く音を聞きながら僕は『アレ』の事を静かに想う。
 『アレ』の望みは誰かに成り代わってこの世界に存在し続けることなのだろうか。それともただ僕を殺し、それで満足するのだろうか。
 分からない。
 その心理が、今の僕には。


「――失礼致します。青霧 カナエをお連れしました」


 男が敬礼と共に上司へとそう声を掛け、僕は取調室へと足を踏み入れる。その瞬間、僕を囲む複数の男達の視線は――疑惑に満ちていて。


 あああああああああ。


 迷い続ける僕の内側。
 点された小さな炎。
 この世界で僕は今もまだ彼らにとって「迷い子」なのだと、身の内で知った。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男 / 16歳 / 無職】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。
 この度は連作の2つ目である「xeno−承−」に参加有難う御座いました。
 今回は日常を侵食していく『何者か』による被害を重点に書かせて頂きました。結果として原因である『彼』は出てくる事はありませんでしたが、その存在は今も貴方を狙っております。――殺意を持って。

 今回をもって少しでも『彼』に関して何か感じて頂けましたら幸いです。