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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


総力戦【丁沖】相克

 巨大な影が、広大な大地を覆い尽くした。
 アフリカ、北西部。モーリタニア上空、50キロの位置にある、巨大な構造物が大地へと注ぐ日差しを遮ったのだ。
 構造物――否、それは恐ろしく巨大なワーム。虚無の境界に属する女司祭の手によって腫瘍状のワームと化した、かつては米国・ロングアイランドであったモノのなれの果て。
 そのワームの上で、眼下に広がる大地を眺め渡し、女司祭は目を細めた。
 そこに広がっていたのは、アフリカの目とも呼ばれるリシャット構造。こうして地上から50キロもの高見から見下ろせば、アフリカ大陸はさながら、吠え猛る狼の横顔のようにも見えた。
 それを、女司祭はただ見下ろす。見下ろし、低く笑い声を響かせる。

「あれが目覚める前に地球の"本心"を抉り出すのよ! ブッチャー・ギル」
――グオォォォォ‥‥ン!

 女司祭の言葉に、付き従っていた巨大な金属の丸鋸が高速で刃を回転させ、吠えた。それにまた目を細めて、女司祭はアフリカの大地を見下ろす。
 彼女は未だ、地球の深部に在る『地獄』を抉り出す事を、諦めてはいなかった。どころか、ブッチャー・ギルに抉り出させた地獄を丸ごと昇天させ、星座を塗り換えてやろうと企んでいたのだ。
 古来、ギリシア神話などでは不憫な者や、追われる者を神々が天に上げ、星座に変えるという逸話がよく見られる。いわゆる、神々による緊急避難策とでも言えば良いだろうか。
 陰謀により、恋人の手に掛かって死んだオリオンもその1人。説によってはオリオンの傲慢さを疎んだ女神が彼を殺し、恋人の懇願によって大神の手により空に上げられたとも言われているが――
 女司祭はその神話を、悪用しようと考えていた。神々のみが星座を形作れるのなら、逆を言えば、星座を新たに形作った者は神となる。そう定義づけた上で、昇天させた地獄に満ちる悪意の力もて、現在の夜空を彩る星座を塗り変えれば――女司祭こそが、その神だ。
 くつくつと、堪えきれない笑いがのどの奥からこみ上げ、眼下に広がるアフリカの大地へと吸い込まれていった。女司祭の笑い声に満ちる悪意に、広大な大地がわずかに震える。

(幾ら玲奈とて、姑獲鳥に金翅鳥の大軍が護るブッチャー・ギルを攻略できまい)

 幾度も彼女の前に立ちはだかり、邪魔をしようとする三島・玲奈(みしま・れいな)の顔を思い浮かべた。それでも最初はこちらが圧倒的に勝っていたというのに、しつこく小賢しい知恵を働かせる玲奈は、ついにはこちらを劣勢にまで追い込もうとしている。
 そんな事はさせるものかと、女司祭は暗い笑みを浮かべた。今度こそ、地の底の地獄を引きずり出し、彼女が新たな神と成る。

(但し『アフリカ』が目覚める前に決行しなくちゃね‥‥)

 唇の端を笑みの形に吊り上げ、だが険しい眼差しで、女司祭はただアフリカの大地を睨み下ろす。





 煌く街は、まるで地上に夜空が生まれたかのような錯覚を覚えた。星を撒き散らしたかのようなネオンを、辿れば星座の1つや2つは簡単に作れてしまいそうで。
 そんな摩天楼の中でも、最上階に位置する高級レストランの中に、その父娘の姿があった。否――傍から見ればその組み合わせを、父娘と思う者はまずいなかっただろう。
 それもそのはず、『父』リサ・アローペクスは少なくとも外見だけは、スレンダーで妖艶な、この上ない美女である。たとえ男装をしていた所で、リサを男性と見間違えるのは難しい。
 だが、それでも玲奈にとって、リサは間違いなく『父』だった。そして、リサにとってもまた――

「楽しんでるかい、玲奈」
「うん」

 普通に暮らしていたらまず、テレビですらお目にかからないであろう豪奢な食卓。歴代の帝王もかくやと思わせる世界各国のありとあらゆる食材を駆使し、この摩天楼の景色を独り占めするに相応しい高級レストランの厨房を差配するシェフが、腕によりをかけて作り上げた、いっそ芸術作品と称した方が相応しい料理の数々を前に、こっくり頷いた『愛娘』にリサは、目を細めた。
 リサにとって間違いなく、玲奈は愛する『娘』だ。『父』としてリサは、玲奈のことを愛していたし、案じても居て。
 リサさん、と大きな食卓の片隅から声がかかり、彼女は視線をそちらへと巡らせた。この食卓を囲んでいるのは、リサたち父娘だけではない。彼女達の取材に訪れた、マスメディアの記者達も幾人も顔を揃え、同じ食卓を囲んでいる。

「なんだね?」

 尋ねたリサの視界に、窓辺に座る記者の背後に広がる夜空が見えた。摩天楼のネオンが形作る星空ではない、自然の夜空が生み出す冬の星座の数々が映る。
 リサの眼差しに、気付いた記者も自らの背後を振り返り、さやかに輝く星々を見つめた。見つめ、それからまるで戯れるように、リサと玲奈を振り返った。

「素晴らしい星空です。こうして夜空を見上げれば、古の人々が描いた神話を想う事が出来ると言うのは、ロマンチックではありませんか」
「そうだな――人間は神話を空に映した。そして星もまた人心を動かした」
「占星術ですね」

 別の記者が、テーブルの反対から声を上げる。それに、褒めるような眼差しを向け、リサは鷹揚に頷いた。

「左様。では諸君。何者かが己の神話で星座を書き換えたとしたら、どうする?」
「何者かが‥‥?」
「人々はそれを、受け容れるでしょうか?」

 ざわり、リサの言葉に記者達がざわめいた。料理を口に運ぶ手を止めて、互いに顔を見合わせる。
 それにリサは、目を細めた。そうしてひょいと肩を竦める。

「宗教は征服者の兵器だ」

 逆を言えば、宗教を制するものが、世界を制するのだ――
 胸の中で呟きながら、リサはまた玲奈を見る。そうして玲奈の、今も豪奢な料理を前に目を輝かせながらも、翳りのある表情で食の進まない様子に、ちくり、胸を痛めた。
 玲奈の顔を曇らせている理由を、リサは知っている。それは『父』としてではない、彼女の正体であるころり族としての知識だ。
 玲奈の養母であり、リサの妻でもある女性――彼女は今、地球を根底から書き換えようとしている虚無の境界、そして姑獲鳥や金翅鳥らの側につき、玲奈の敵として地球転覆をもくろんでいる。そうしてころりであるリサは、その妻の次なる目的がまさに今彼女が告げた所にあるのだと、知っていた。
 星座の書き換え。宗教に基づく新たなる神話の創造。そうして――新たなる神話の、新たなる神と成り代わること。
 妻は愛おしいけれども、ころりたるリサはもはや悪へと堕ちた妻の所業を看過することは出来ない。否――愛する妻であればこそ、これ以上の悪行を重ねる前に討たねばならぬと、思う。
 けれどもリサと同じように、玲奈が考えられるわけではない。それでもリサは『父』ではなくころりとして、玲奈に妻の、玲奈の母の企みを教え聞かせ、母を討てと言うより他はない。

「お母さん‥‥」

 不意にぽつり、玲奈が呟いた。じわりと目に涙が滲み、見る見るうちに盛り上がって、眦から零れ落ちる。
 それにまた、胸が痛んだ。リサの痛みが、玲奈に劣っているとは思わない。同じ女性を挟んで、父として、娘として、自分達は対等であると思っている。
 けれども、同時にころり族である覚悟のあるリサとは違い、玲奈は恐らく、そこまでの覚悟は決まっていないのだ。それでも討たねばならぬ事を、心では理解しているからこそ、玲奈はこうして悲しみ、葛藤している。
 解っていた。だからリサに出来るのはただ、胸を痛めながらも立ち直ってくれることを願い、愛娘を見守ることだけだ。





 ――ザザァァァ‥‥ッ!!
 沖合いに突如、巨大な白波が柱のように立ち上がった。それは見る見るうちに速度を上げ、ヌアクショットの沖合いから港へと迫ってくる。
 白波の、中心に居るのはブッチャー・ギル。上空に虚無の女司祭を乗せた腫瘍が浮かび、巨大な波濤を蹴立てて港へと走るブッチャー・ギルを見下ろしていて。

「なんだ、あれは‥‥ッ!」
「解りません! こちらへ向かってくる‥‥ッ!」
「ぶつかるぞッ! 総員退避しろ‥‥ッ!」
「間に合いません!!」

 港に停泊していた、幾つもの船が沖合いからぐんぐんと迫ってくる波濤を見つけ、騒然となった。だが、あっという間に見上げるほどの高さにまで迫ってくるような、通常では考えられない速度で移動するブッチャー・ギルを、どうする事も出来ない。
 騒ぎは、一瞬だった。

 ――ドー‥‥ンッ!!

 幾つもの破砕音と、爆発音が響き渡り、停泊していた船が残らず玩具のように宙へと舞い上がる。のみならず、海岸線にまで迫った砂漠に突っ込み、当たり一面をもうもうとした砂塵が覆った。
 サハラ砂漠。拡大の一途を続ける砂の世界に、ブッチャー・ギルと、ブッチャー・ギルによって跳ね上げられた船舶の成れの果てが、一種の冒涜を持って侵食する。

「あははははッ! 良いよ、もっとおやり!」

 砂塵の中に、今やすっかり増長し、滲み出る傲慢さを隠しもしない虚無の女司祭の、悪意に満ちた高笑いが響き渡った。女司祭を乗せた腫瘍が、ブッチャー・ギルと共に空を駆ける姑獲鳥の上を、同じ速度で飛び続ける。
 アフリカ北部に広がる砂漠への、これが虚無と姑獲鳥の進撃であった。





 サハラ砂漠には、まさに地獄絵図としか言いようのない光景が広がっていた。
 見渡す限り砂が広がる光景の中、ザッ! ザッ! と砂を蹴散らして行進するのは、無数の赤鬼達だ。そうして進軍し、砂漠の只中に出来た道を、腐れた死体や骸骨、亡者の群れがやはり、群れを成して突き進む。
 それは言うなれば、地獄の底から地上を侵略すべく這い上がってきた、亡者の軍隊だった。否――それは比喩などではない、ただの事実。

「う、わ‥‥ッ!?」
「ひ‥‥ッ、来るな‥‥ッ!
「敵が多すぎて砂漠が赤黒い! 早く援‥‥ぐはあッ!?」

 亡者達を迎え撃つ、IO2サハラ軍の地上部隊は、あっという間にそれらの群れに飲み込まれた。そも、銃弾を叩き込んでも、切り裂いても、亡者達の足は止まる事がない。要所要所に配置された戦車の砲撃は、ただ虚しく砂を撒き散らし、死なない兵達を宙に舞い上げるだけだ。
 無力感が、虚しさが、兵士達を支配する。その隙に忽ち亡者たちが戦車に群がり、砲台を無力化した。棒立ちになった歩兵があっという間に食い殺され、血肉を啜られ、跡形もなくなり――或いは新たな亡者として、たった今まで味方だった者へ襲い掛かる。
 サハラ砂漠のあちこちで、断末魔の悲鳴と、赤黒い血が砂へと吸い込まれていった。無線が、悲鳴にかき消される。何かが零れ落ちた、ビチャリ、という音。
 ぎり、唇を噛み締め、玲奈は玲奈号の背に飛び出した。

「お母さんやめて!」
「まぁた来たね、馬鹿娘」

 叫びに女司祭が、すっかり変わり果てた母がにたりと笑う。笑い、見下ろしてきた母の周りに、守るように集まっていた姑獲鳥目掛けて、玲奈号が誘導弾を放つ。
 砂漠の空に、姑獲鳥達の悲鳴が響き渡った。バタバタと砂の上へ落下してくる姑獲鳥らを顧みず、玲奈は素早く結界を展開して残る姑獲鳥の反撃を防ぎ。
 両目から、放たれた眼光がまっすぐに姑獲鳥へと吸い込まれていく。その軌道に乗せるように、同じく玲奈号の背へと姿を現したリサが念を放つと、ころりの疫病が空を駆け、さらに姑獲鳥達が加速度的に地へと落ち始める。
 そうして、女司祭もまた。

「ぐぬぬ‥‥ッ」

 ころりの疫病に罹患した女司祭が、乗っていた腫瘍の上でぐらりと体勢を崩し、地へと落下した。だが幸い、玲奈号の艦上に落下し、そのまま頽れて動かなくなる。
 ばっと、玲奈が思わず走り寄った。

「お母さん!」
「玲奈、ダメだ‥‥ッ!」
「‥‥はッ! 油断、したね、馬鹿娘‥‥ッ!」

 動かぬ母の姿に動揺し、油断した玲奈の足元を、憎々しげな女司祭が疫病に罹患しているとは思えぬほどの俊敏さで蹴り飛ばす。鈍く鋭い痛みに、玲奈もまたぐらりと体勢を崩し、玲奈号の上に崩れ落ちた。
 が、止まらない。跳ね起き、殴りかかってくる女司祭の拳を避けて、腹に叩き込もうとした玲奈の蹴りは女司祭の脇腹を掠めていく。
 肉と肉がぶつかる、鈍い音が響いた。もはや神の力も、悪魔の力も、それ以外のどんな力もこの場には必要なかった。ただ殴り、蹴り、打ち、突く。拳を拳で受け止めて、血反吐を吐きながら倒れるものかと互いに睨み合い、掴み合い、殴り合う。
 徒手空拳で、玲奈号の上で母と娘はぶつかり合った。まるで拳と拳で語り合うかのような、娘と妻の姿をリサはただ、周囲の姑獲鳥たちに疫病の念を送りながら、見守るしか出来ない。
 カハッ、息が漏れた。血と共に吐き出した歯は、どちらのものだったか。
 睨み合い、交錯した眼差しが、拳に意味を与える。

「こ、の、馬鹿娘‥‥ッ! あんたは、ちっともじっとしてなくて‥‥ッ」
「おか、さんだって‥‥ッ! 何考えてるか、判んなかった‥‥ッ!」

 吐き出すように、叫んだのは同時。いつもいつもどこかへと行ってしまう、玲奈とゆっくり語らう機会など思い返せば殆どなくて。娘と、向き合う時間が欲しかった。ただ、語らう時間が欲しかった。
 そう叫ぶ、女司祭の言葉に玲奈は必死の形相で被りを振る。いつも明るくて、笑って居て、全力で、全身で玲奈を愛してくれた母。けれどもいつの頃からか、それが本当に母の考えている事なのか、本当はもっと違うことを考えているのじゃないか、そう思っていた。
 まさしく溺れるほどに注がれた愛は、それと気付いてしまったら玲奈の心を戒める枷になって居て。母に愛情を向けられるたび、笑顔を向けられるたび、抱き締められるたび、いつの頃からか喜びや幸いの影に息苦しさを感じていた。
 そう――叫ぶ、玲奈に女司祭は嗤う。それがどんな意味だったのか、聞く暇もなく女司祭は次の瞬間、ぐらりと倒れた。

「おかあさんッ!!」

 悲鳴を上げる玲奈に、苦しそうにリサが目を伏せる。ころりの病は、妻を着実に侵し続けていた。あれほど激しい戦いを繰り広げれば、病の進行は早まる一方だっただろう。
 駆け寄った玲奈に、けれども今度は女司祭はピクリとも動かない。紙のように白い顔には生気がまったく感じられず、砂漠の乾いた風に全身が弄られる。
 ヒクリ、喉が鳴った。

「い、や‥‥おかあさぁぁぁぁぁんッ!!!」
――ヲォォォォ‥‥ン!

 玲奈の号泣に、呼応する様に巨大な咆哮が辺り一体に響き渡る。上空から見れば、巨大な狼にも見えるアフリカ大陸――それが実体化したのだ。
 巨大な狼の咢と化したアフリカ大陸は、あっという間に真っ赤な口を開き、敵軍全てを喰らい尽くす。跡形もなく飲み込まれた亡者たちが、目覚めたアフリカ大陸になす術もなく蹂躙される。
 これこそが、リサ達ころり族の究極奥義、地球免疫だった。アフリカ大陸を狼に見立て、目覚めさせる事で悪しきモノを一飲みにする――その奥義が今まさに発動したのだ。
 玲奈号の上で、号泣する玲奈の肩を、リサが抱いた。そのリサもまた、目の前で斃れた妻を見つめて後から後から、止まることを知らない涙を流している。
 だが、玲奈とリサの涙をもまた、砂漠の風が余すことなく浚い、砂が果てしなく呑みつくしていった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢  /       職業        】
 7134   /   三島・玲奈   / 女  /  16  / メイドサーバント:戦闘純文学者
 8480   / リサ・アローペクス / 女  /  22  /   アルファブロガー見習い

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

なんだかものすごく、ドラマチックな展開なのですが‥‥ッΣ
というかあの、お養母さんが大丈夫なのでしょうか?(あせあせ
ぇー‥‥と、以前に書かせて頂いたお嬢様のお養父さんてもしや、とドキドキしております;

ご発注者様のイメージ通りの、悲哀と慟哭に満ちたノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と