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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−結− +



   ―― 殺 し に き た ん だ ――


 ひた。
 ひたひた。
 ひたひたひた。


 静かに忍び寄る影。


 正気と狂気。
 本体と虚像。


「くひっ、ふ……あ、は、は! なあ、もう、終わりにしようぜ?」


 聞こえる。
 これは『俺』の心の声。そして悲しみ。
 スガタとカガミに視界を塞がれていた俺はそっと二人の手を掴み、全てを終焉に向かわせるために心を定めた。俺はもう迷わない。
 ――迷い子(まよいご)――なんかじゃない。


「あぁ、終わりにしよう」


 俺は傷の開いた胸に手を当て、血の滴るそこに触れる度に走る痛みに苦痛の表情を浮かべる。だがこれは現実じゃない。今の俺はきっとベッドに横たわり、いつも通り惰眠を貪っているに違いない。まあ多少は魘されているかもしれないけど、そんな事一人暮らしの人間の生活環境上、誰にも迷惑なんかかけないから問題ないだろう。
 俺は完全に立ち上がる為、手を地面に付く。スガタとカガミがさり気なく傍に寄り沿い、それから俺が倒れないように気を使ってくれているのが少し嬉しかった。


「はは、は、……殺して、いいよな? 『俺』、もうお前に殺され、たくない――何度も、何度も、何度も殺されたんだ!!」
「俺はお前を否定しない」
「お前が辛い時、悲しい時、精神状態が可笑しくなりそうになった時、皆、皆、皆、頑張ってきたんだ。『俺達』はその度に圧し殺されて来た、んだっ!」


 抑圧された人格達。
 生まれる筈だった感情はより強大な力で押さえつけられ息を止めてきた。欠片だったものは夢を見る。生まれたいと。あの光の下――幸せそうに微笑み、全ての人格の上に成り立って君臨する存在を退けて味わってみたかった。


「来いよ、『俺』」


 痛いほどに通じ合う俺達。
 <工藤 勇太>という人物を形作るために必要だったとはいえ、欠片達を殺し続けてきた事実は否定出来ない。誰しもある程度は『自分』を押さえ込まなければ人格異常者と認識され、日常に交じれない。
 だけど『彼ら』は――、一瞬だけとはいえ生じた感情達はそれでも外に出てみたかった。傷を負いながら夢を漂い続け、やがて一人として君臨する程の力を得るほどに。


 あああああああああ。
 早く――殺さなければ。


 『俺』が抱く狂気。
 それは俺が抱く正気の犠牲者。俺は一歩、また一歩『俺』へと歩を進めて近付く。子供のように隠しもせず泣き続けるその存在を俺は――。


「幼い時に受けた数々の傷。それからもう目を背けない」
「――っ」
「だから、共に生きよう」


 俺は両手を『俺』へと回し、精一杯抱きしめた。
 傷付けるつもりなどないと心の底から願いながら、どうかこの願いが通じるように祈り続ける。この『夢』が俺のものであるならば、伝われ。俺はもう拒絶しないのだと。
 研究所での日々、迫害を受けていた日々。
 それを含めて今の俺が在る。その為に礎となった可哀想な『俺』。か弱い欠片――人格が寄り添いあっていた理由は分かる。しかし具現し、生まれたきっかけは分からない。でもそれは問わない。だって此処には俺よりも確実に知っている人物たちが居るから。


「スガタ、カガミ。頼みごとがある」
「一つに?」
「融合を?」
「それが願いなら」
「それが決断なら」
「――ったく、お前らはいつだって俺の先を読むんだから。此処はちゃんと最後までカッコ良く俺に言わせろよ」


 びしっと指を突きつけて指摘すると、スガタとカガミが顔を見合わせ呆れた表情を浮かべた。スガタは僅かに困ったように、カガミは肩を竦めてやれやれと小さな声を漏らしたのを俺は聞く。
 この世界は彼らに全てが通じてしまうフィールド。腕の中、泣きじゃくる『俺』は怯えた気配を消す事無く、まるで幼い日の自分を思い出させた。
 怖くて。
 恐ろしくて。
 研究員達の喜ぶ顔が見れたと同時に奇異的な視線を向けられていた――あのおぼろな日々はやはり俺の精神障害―トラウマ―なのだ。
 だけど乗り越えられたのはその時、存在していたものが有ったからだと今ならはっきりと理解出来る。


「ぅ、ううう……殺した、ぁ」
「ああ、死は身近にあるよな。俺もそこはちゃんと覚えてるよ。それにさ、結構人間なんて死ぬ時はあっさり死ぬ。だったらよ、神様がもういいよって言うまで生きようぜ?」
「『俺』を、殺し――」
「意外にさ。俺はもう――『お前』をちゃんと受け入れられる強い人間になったと思うんだぜ。いや、絶対ぇそうなってやるから」
「……殺して、や……」
「ごめんな俺。……俺、案外自分の事嫌いじゃないぜ?」


 沢山殺したんだな。
 沢山耐え苦しんできたんだな。
 沢山辛い経験をしてきたんだよな。


 ごめんな。
 その言葉だけで赦されるだなんて軽い考えを持ってなんかいないけど、今の俺が存在出来るのは過去を犠牲にしてきたから、何度でも言うよ。だけどその過去をもうきちんと受け止める決意はしている。今この瞬間、俺の腕の中に居るのは――小さな幼子(おさなご)なんだから。
 泣いて喚いて感情を暴れさせて全てから逃げ切ってしまいたかった過去の俺が此処に居る。
 何故だろう。小さくなってしまった『俺』を抱いていると俺の目からも自然と涙が溢れてきた。


「人は皆幸せになるために生まれてくるんだ――だから今後はずっと一緒にいようぜ、な。『俺』」


 次第に薄まっていく小さな子供の姿。
 スガタとカガミは互いに向かい合わせの格好で両手を繋ぎ合わせ、この空間で彼らの能力を駆使し、俺の願い事を叶えようとしてくれているのだろう。より密接に互いの感覚がくっついていくのが如実に判った。


「だけど、どこの世界にも絶対は有り得ないんです」
「心の底からお前に拒絶されれば俺達の力は作用しない」
「だから抱きしめて」
「だから受け止めて」

「「 ――今度こそ殺さず、生きられますように―― 」」


 ああ、力の限り願うよ。
 この子が、俺が『俺』を受け止めてくれるように。ありのままの自分と共に生きる事を選択してくれるように。
 親が子を愛す気持ちってこんな感じなのかな。
 『自愛』という言葉があるけれど、その意味を今やっと思い知った気がする。喪った自分を慈しんで、大事にして、そして絶対的に愛してやれる存在は。


「これからはもう俺がお前を手放さない」


 子供の瞳が俺を見つめる。
 高校生になった俺と研究所に居た頃の『俺』が見つめあう。一番キツい過去の姿をした『俺』を具現され、心が痛む。だけど念じて招く。
 おいで、おいで。
 沢山空を見よう。あの怖い部屋の中から飛び出して。
 沢山皆と笑いあおう。あの怖い人達の手を振り払って。
 子供の背が反るくらい俺は『俺』を抱きしめて念じ続けた。愛してる。俺は自分を愛せる。現実世界で迫害された過去を憎んで尚、今の俺が居るというのならばきちんと受け止められるから。


 そして「それ」はふっとわらった。


 薄れ消えていく『俺』は嬉しそうに幼い両手を俺に向けて伸ばし抱きついて――――俺はそれを抱きしめるために回していた腕が、やがて己を抱きしめる格好になる事を知った。


 ああ、涙が止まらない。
 ぽたりぽたり。
 暗闇の空間に水滴の点を描く。
 一つになったと知った時酷く胸は痛んだけれど、でも自分の望むものがこの先にあると信じて。


「この世界は『夢』ですから、様々な欠片が名も付けられずに散っていて、時を待っているんです」
「この世界は『夢』だから、喪ってきた全てのものが存在しているけれど、けれど普通は存在を認知されずに消え去っていく」
「今回起きてしまった事件は貴方の能力の力と相まって生まれた『欠片の集合体』」
「今回の異常は『無意識の人格達』が微々たる力を合わせ、夢から抜け出そうと足掻き作り上げたもの」
「ただ彼らは外に出たかった」
「だだ彼らは夢から出たかった」
「生まれたかった」
「生きてみたかった」

「「<工藤 勇太>の幸福に触れたい――それが力の暴走と言う名の快へと走った無自覚なる願い」」


 分かるよ。
 目を伏せればまだ同化しきっていないのか、沢山の小さな俺が心の中で両手を伸ばしている光景が見えた。研究所に居た頃、迫害を受けていた頃、今の自分に近い姿をした俺だって存在している。全部を受け止めきるのは大変だ。
 だけど、もう手放さないと決めた。


「迷い子。教えてあげる」
「迷い子。教えてやるよ」
「実はね、僕らも彼らと同じような存在なんです」
「この夢と言う暗闇に漂い続けて、いつだって消滅しても可笑しくない存在なんだ」
「だからこれは僕からの言葉」
「だからこれは……俺からの、感謝」


 スガタがとても嬉しそうに微笑む。
 カガミがどことなく照れくさそうに頬を指先でかく。
 だけど、その先の言葉が紡ぐ唇はやっぱりいつも通り同時で。


「「例え『認識』しているのが夢の中だけだとしても構わない。――自分達と出会い、そして生まれてきてくれて有難う」」


 生まれてきてくれて。
 そうだ。
 そうやって認識しあって俺達は存在していく、生きていく。どこの世界かなんて微々たる問題で、問題なのは『そこに居ると知っている事』なのだから。
 誰からも声を掛けて貰えない存在ほど悲しいものはない。


「ちくっしょ――! 泣かせんな、よ、なぁあっ!」


 俺は泣いた。
 脱力した身体が崩れるように膝を地面に付かせ、そして子供のように上を向き、零れる涙を拭う事無く心のままに声をあげて泣いた。これくらい赦してよ。許せよ。現実じゃこんな恥ずかしい姿を見せにくいんだからさ。
 喉が枯れるまで泣き喚いて、いつの間にか胸に付けられていた傷も修復されてしまった頃、ぐしっと俺は目尻を手の甲で拭いそれから胸元に手の平を押し付けて深呼吸を繰り返す。


 目を伏せてももう、彼らはいない。
 だけど確かに俺の中に存在している『俺』達。
 いつか表面に出てくるかもしれない人格達を抱きながら俺はこれからを生きよう。


「あー……喉いてぇ」


 呟いた言葉と共に俺は両手を高く伸ばす。
 そこに在るのは満天の星空――ではなく、ただの暗闇だった。俺は自分の身なりを正してみようと願ってみる。服が元に戻ればいいな、という感じで。
 それはあっさりと叶い、復元された寝間着姿を確認すると両手を拳にし、うしっと一回軽く気合を入れてからスガタとカガミへと身体を向ける。


「ふふ、元気になったようで何よりです」
「あれじゃね? 自分からのキスが力の源になったとか」
「カガミ! まだそのネタ引き摺るの!?」
「だってナルシストってそんな感じじゃん! 自愛とか思っちゃったりしてる辺りちょっとなー」
「そういう意味で思ってたんじゃないって知ってるくせに、どうして迷い子を変な風に弄るのさ!」


 スガタがカガミに注意をし、カガミは楽しそうに耳を指で塞ぎながら軽くかわす。そんな子供達の戯れる姿を見つつ、弄られた当人である俺はびしっとカガミに人差し指を突きつけた。


「うるせー。キスはもう良いんだよ。あれはアイツがしたくてしてきた事なんだから色んな意味でノーカウントなの! っていうかこの間のかくれんぼの報酬の糖度十五のみかん、忘れてないからなー!」
「お、また挑戦しにくんのか? 楽しみぃ〜」
「今度こそ捕まえてくれる事を楽しみにしましょうか」
「くぁー! ホント、あとちょっとだったのにな! お前らが騙すからいけない!」
「だって」
「そう言うのも」

「「作戦の内なのだから」」


 俺を含む三人で交わす以前この異界で起こった事件を元にした楽しい会話。
 俺を<工藤 勇太>と認識してくれる二人。
 二人を<カガミ>と<スガタ>と認識する俺。
 そうだよな、こうやって生きていくんだ。今までも――これからも。


―― 殺してもいいよな?


 いつかまたあの声が俺の内側から呼びかけられるかもしれない。
 だけど今はもう道標が存在しているから大丈夫。
 また同じような事が起こっても俺は歩き続けよう。そっと俺は『俺』に語りかける。


「生まれてきてくれて有難うな」


 これは『俺』に悩まされた『迷い子達』の物語。













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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno−結−」に参加有難うございました。
 そしてとうとう最終話でございます。

 一つになると決断し、それを『彼』が拒まないよう説得しながらの終焉。
 たった四つ。
 だけどその四つの物語で工藤様が得たものはきっと今後『彼ら』に幸せも苦痛も与えるでしょう。

 それでもいつだって前向きに歩いてくださると信じて、今回はこれにて締めさせて頂きます。