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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意揺らぐ街の陰。

 狙撃ポイントに、どれほど素早く駆けつけようとも水嶋・琴美(みずしま・ことみ)が辿り着く頃には影も形もないことは明白だった。それでも琴美がその、狙撃手がちらりと姿を見せたビルへと向かったのは、ターゲットが利用するであろう逃走ルートはそのビルの向こうにあったからだ。

(悪くない腕の狙撃手でしたわね)

 その瞬間を思い返し、琴美は知らず、微笑んだ。微笑み、ロングブーツのヒールを鳴らして歩く琴美の姿にまた、街頭の男達の視線が釘付けになったが、振り返りはしない。
 琴美ですらとっさには気づかないほど、鮮やかに狙撃して見せた腕は掛け値なしに称賛に値するといえた。たとえサイレンサーを使っての事とは言え、わずかに生じる不自然な風圧、空気の乱れとも言うべきそれを、琴美に感じさせないほどの手練であると言える。
 琴美は知らず、胸を高鳴らせた。先ほど琴美と対峙し、叶わず逃げようとしたところを狙撃された青年と言い、さすがは余所の組織から直々に琴美を指名してくるだけの実力は兼ね備えている。
 だがあくまでそれは、琴美の敵として立ちはだかり得る実力を持っている、という意味ではなかった。恐らくはあの狙撃手も、琴美の敵ではない。手応えは、あるだろうけれども。

(得意なのは狙撃のみ、と言うわけでもありませんでしょう?)

 胸の中で問いかけ、クスリ、笑った。かの組織の本質からすれば、一芸に秀でている程度で構成員たる事は出来まい。
 カツ、カツ、カツ、カツ‥‥
 迷わず、琴美は足を進める。この街の見取り図は、最初から頭の中に入っている。
 ――そうして。

「――お会いしたかったですわ。お店への行き方が解らず、困ってましたことよ」

 賑やかな通りからふいと逸れた、人目に付かない細道。街角に幾つも存在する、不可視のスポット。
 そこを曲がったとたん目の前に現れた、楽器ケースのようなものを肩に下げた男に向かって、琴美は艶やかに微笑みながら先ほどの青年が配っていたカモフラージュ用のチラシを閃かせてみせた。もちろんそれが本気ではないことくらい、相手も解っている。
 それでも、何を言われているのか解らない風で男は、見せて下さい、とチラシに手を伸ばした。伸ばし、受け取ろうとした瞬間に鋭いナイフの一撃が繰り出されたのを、もちろん琴美も気付いている。
 カッ、とロングの編み上げブーツの踵を鳴らして距離を取り、同時に鋭い蹴りを叩き込んだ。それを危うげなく紙一重で、最小限の動きでかわして見せた男が、ためらわず肩の荷物を捨ててもう1本のアーミーナイフを取り出したのに、微笑み琴美もダウンコートを脱ぎ捨て、巻きスカートをはぎ取る。
 ゴクリ、のどを鳴らすのは同じ。しょせんは下らぬ男かと笑い、ブラウスも脱ぎ捨てて着物の裾をはためかせ、琴美はアーミーナイフなど見えぬが如き無謀さで男へと駆け出した。
 手刀を叩き込む流れで、男が放り出した楽器ケースを蹴り飛ばすと、らしからぬ鈍く重い音がした。予想通り、楽器ケースとはただの見せかけの、スナイパーライフルケースだったらしい。

「カモフラージュとしては3流ですわね」
「ありきたりだからこそ目を引かない」

 揶揄した琴美に、男は戦いの最中だというのにひょいと肩をすくめて見せた。そうしながら2本のアーミーナイフを自在に操り、琴美に肉薄しようとする。
 だがその動きは、先の青年同様、琴美には遅く感じられた。繰り出されたアーミーナイフを握る腕を膝蹴りで叩き折り、それの勢いに乗ってトンボを切りながら男の顎に逆の膝頭を叩き込む。
 ガッ、歯のへし折れる鈍い音が膝越しに伝わった。躊躇わず踵を急所に蹴り込み、首に腕を回して力を込める。
 グキリ、鈍い音とともに、腕の中の男はあっさり肉塊になった。これで2人目。まだ、繁華街に陽動の騒ぎは起こっていない。
 ふぅ、と大きく肩で息をして、琴美は眼差しを路地の奥へと向けた。狙撃手の男がここに居たのは、決して偶然ではない。この奥には、テロ組織の拠点があるのだ。
 一見すればごく静かな、繁華街から少し外れた下町の光景。彼らは恐らく、琴美という暗殺者の動きを知り、陽動が阻止された事を知って、計画を変更するだろう。
 けれども。

「次に動き出すのを待って差し上げるほど、優しくはありませんわよ?」

 くすり、微笑んで琴美はまっすぐ、拠点に向かって走り出した。目指すは、まったくの廃ビルではないけれども、ほとんどテナントの入っていない古びたビルだ。
 永遠に動かずにいれば、そうして琴美に指令が下されさえしなければ、彼らももう少しばかり生きながらえることが出来ただろう。けれども彼らは1度、動くことを選択してしまった。そうして指令は、下ってしまった。
 ならば琴美のなすべきはただ、彼らを還付なきまでに叩き潰すのみ。
 編み上げブーツの踵を鳴らし、豊かな胸元を悩ましく揺らして飛び込んできた美女に、管理人が目を丸くして、それから琴美の目配せ一つで沈黙を守った。誉めるように微笑み、そのまま拳をエレベーターのボタンに叩き込んで、使用不能にする。

「ごめんなさいませね。あとでうちのものが弁償に参りますわ」

 微笑み一つを置き土産にして、こくこく頷く管理人を背に3段飛ばしで階段を駆けあがった。呼吸を一瞬で整えて、その部屋のドアを蹴り破り、それから目にも留まらぬ速さで身を翻す。
 ドアのあった場所に、部屋の中から弾丸の雨が降り注いだ。予想通りの、子供でも解るような展開だ。けれども実際にこれをたった1人で凌ぐことの出来る実力者は、世界ひろしと言えどそうは居ない。
 連中もまた、琴美を確実にしとめた事を確信したようだった。それでもさらに銃火器を手に、警戒のスタイルだけは怠らずに出てきたのは、誉めてしかるべきだろう。
 だが、隙があり過ぎる。そして琴美ほどの実力があれば、そのたった一瞬の隙で十分だ。

「悪戯が過ぎましたわね、皆様。そろそろ、退場して頂く時間ですわ」

 それを耳にした者が居れば、酷く優しげに聞こえただろう声色で、歌うように琴美は言った。ぎょっと、慌てて引き金を引こうとする男の視界に映ったのは、優しげで扇情的な微笑を浮かべ、己に拳を叩き込もうとするこの上ない美女の姿。
 だがその微笑とは裏腹に、容赦のない一撃で男を昏倒させると、琴美は舞うように次から次へ、居並ぶテロリスト達を蹴り飛ばし、殴り倒し、踏み潰す。それはさながら、次から次へと華を渡る、蝶の様子を思わせた。
 可憐に、鮮やかに、美しく――鮮烈に。
 琴美という名の麗しき蝶が、そこにあったテロ組織を跡形もなく壊滅させるまでには、それからものの1時間もかからなかった。





 密かに組織に戻ったのは、まだ夕暮れと言っても良い頃合いだった。司令は勿論、一般の職員すらまだ勤務中の時間帯だ。
 そんな中を、琴美は人目には付かぬようにそっと移動し、司令室へと向かう。いかに組織と言えど、そこに所属している人々の大半は何も知らない一般人だ。気付かれないように動くことなど、琴美には造作もないことだった。
 夕日差し込む廊下を行く、琴美は仮初めの巻きスカートにブラウスという出で立ちだ。司令に報告に行く以上、制服に着替えることも考えたが、一応は体調不良で退勤を申し出た身である。
 だから琴美はその姿のまま、ダウンコートだけを胸の下で抱え、司令室のドアをノックした。入室を許可する声が返ってきたのを確かめて、ドアを開ける。

「失礼しますわ」

 司令はマホガニーの重厚な机の前で、難しい顔をしてパソコンのモニターとにらめっこをしているところだった。だが琴美が近づいていくと、慣れた仕草でロックをかけ、まなざしを向けてくる。
 その、マホガニーの机の前で誇らしく琴美は胸を張り、ピンと背筋を伸ばして告げた。

「任務、完了しましたわ。あの方達の下らない正義の牙は、二度と生えませんことよ」
「そうか。水嶋、連中はどうだった」
「久しぶりに手応えのある相手では、ありましたわ。私の敵ではありませんでしたけれども――司令、あちらの組織にはあまり、人手がいませんの?」

 たおやかな中にもどこか色香を含んだ微笑みで、告げた琴美の疑問に司令は、軽く目を見張った。けれども琴美はつい、思わずには居られないのだ。
 わざわざ、琴美を指名して余所から回ってきた、今回の任務。それ自体は特に嫌だと言うことはないし、むしろ琴美の実力ゆえと思えば誇らしくもある。
 けれでも、琴美ほどの実力ある暗殺者が他に居ないことは明白だけれども、明らかに彼らは格下だ。あの程度の相手もできない人間しかいないのかと、回してきた組織に同情すら覚えてしまう。
 そう言った、琴美のどこか拗ねたようにも聞こえる言葉に、司令はただ低く笑った。

「あちらにもそう言っておこう」
「ええ、よろしくお伝え下さいませ」
「よろしく、な――今日もご苦労だった。次も頼むぞ」
「勿論ですわ、司令。それでは、失礼いたしますわ」

 琴美は艶やかに微笑んで、自然と胸元を強調するような仕草で司令に一礼し、満足そうな司令偽を向けた。そうして司令室から出て、さて、と考える。
 さっさと帰らなくては、退勤の同僚に鉢合わせしてしまうだろう。琴美は一応、表向きは体調不良で早退したと言うことになっているのだから、言い繕えはするけれど、不要な混乱は避けるに越したことはない。
 琴美が、ただそこに居るだけで酷く存在感を放ち、目立たずには居られないのは、仕方のないことだ。くの一の本義からは外れていても、生まれ持ってしまったこの、豊満で女性らしい扇情的な肢体ばかりはどうすることも出来ない。
 例え常は、質素なスーツで押し隠そうとしても。ぴったりと体に張り付いたそれが、結果として琴美の豊満なボディラインを強調し、色香しか生み出さないように――

(そうですわね‥‥)

 それは、言い出してもせんのないことだ。だから琴美はあまり気にせず、自然と胸元を寄せあげるような仕草でしばし、考えを巡らせた。
 それから再び、あの繁華街へ行ってみよう、と思い立つ。それに意味はなかった。強いて言えばただの、気まぐれだ。
 それでもたまには気まぐれに、繁華街のその後を見てみるのも良いかと、琴美は思ったのだった。





「あれ、水嶋さん? 帰られたんじゃなかったんですか?」

 雑踏の中で不意に声をかけられ、琴美はぴたりと足を止め、そちらの方を振り返った。そこに居たのは私服を身に纏った、帰路の途中なのだろう同僚だ。
 ぱたぱたと、駆け寄ってきた彼女は驚き顔で琴美を見上げる。そのまっすぐな瞳に琴美は微笑み、用意しておいた偽りを口にした。

「ええ。一度は帰ったんですけど、家で休んでたら気分が良くなりましたの。残していた仕事も気になったものですから」
「それでまた行ったんですか? もぅ、水嶋さん真面目だなぁ。そのままさぼっちゃえば良かったじゃないですか」

 琴美よりも後から組織に配属された、いわば後輩とも言うべき彼女はからりと笑ってそう言った。それに、曖昧に見えるだろう笑みを浮かべて肩を竦めると、そこが水嶋さんのいいとこですけどね、とまた笑う。
 そうして自然に肩を並べた後輩に、微笑み琴美は歩き出した。琴美が帰ってからの出来事を、例えば係長(もちろん、琴美が表の身分として普段所属している部署のだ)が操作をミスして不要な印刷物が何十枚も出てしまったとか、別の部署で旅行に行っていた人がおみやげを買ってきてくれたとか、そんな話を聞きながら、目的もなく街を、歩く。
 昼間、密やかに起こった事件のことなど、行き交う人々は知らぬ顔で目的地に急いだり、あるいは時折ショーウィンドウを覗いたりして、夕下がりを楽しんでいるようだった。琴美たちのように、数人で連れ立ってお喋りをしながら歩いている者も、多くいる。
 胸の中に沸き上がった、静かな満足感を噛みしめた。もちろん、琴美の任務に万に一つのしくじりなどあったはずもないから、彼らが昼間、この街で密やかに起ころうとしていた事件を何一つ関知していないのは、当たり前で。それを改めて確認し、今回も自分が完璧であった事を実感する。

「あッ、水嶋さん! あっちのお店、行ったことあります? 結構可愛い系の服が揃ってて、水嶋さんに似合いそうなんですよね〜」
「行ったことありませんわ‥‥私、あまりそういった服は持ってませんの」
「ホントですか!? もったいないですよ! 水嶋さん、セクシー系も似合いそうですけれど、実は可愛い系も絶対似合うと思うんですよね!」

 こうなったらアタシが選んであげます! と拳をぐっと握った後輩は、猛然と琴美の手を引いて、件のお店へとグイグイ引っ張り始めた。苦笑して引きずられるがままに賑やかな人混みを通り抜け、普段の琴美はあまり立ち寄らないような、甘いデザインのお店へと連れ込まれる。
 とはいえ、グラマラスなスタイルの女性が増えてきたと言われる昨今にあっても、抜群に豊満な肢体を持つ琴美の身体に合う服は、そうそうあるものではなかった。何しろ、ウェストに合わせれば胸元が苦しすぎ、胸元に合わせればウェストが緩すぎて何だか締まりがない、といった具合。
 だが、なんとしても琴美に可愛い系の服を着せるんだ! と使命(?)に燃える後輩は、諦めはしなかった。

「こうなったら意地でも水嶋さんに合う服を見つけます! ってゆーかスタイル良すぎですよ! ちょっと分けてください!」
「まぁ‥‥」

 あけすけにそう言われ、心底羨ましそうに胸元をじーっと見られて、思わず琴美は苦笑した。任務でも、他の場面でもよく男性から注視されがちではあるが、そういった卑猥な眼差しとは違ってただ、くすぐったいと言うか、面白いと言うか。
 クスクス笑う琴美に、後輩は自らのささやかな膨らみを見下ろし、はぁ、と大きなため息を吐いた。そんな彼女も日本人女性としては平均的な部類だと琴美は思うのだが、そもそも比べる相手が悪い。
 これには琴美のみならす、接客をしてくれていたブティックの店員も笑いを禁じ得なかった。うぅッ、と傷ついた様子の後輩は、けれども気力で立ち直る。

「えぇい、アタシの事より今は水嶋さんです! スカートはその、フレアのミニで良いんですか?」
「ええ、これが気に入りましたわ」
「じゃあ後はそれに合うトップスですね!」

 そこが一番の難問なわけだが、がんばるぞー! と拳を天井に突き上げる後輩に、それを言っても無駄だろう。店員もちょっと真剣な眼差しになって、ゆるカワ系の方が、でもミニならエロカワ系でまとめた方が、と棚から幾つかトップスを引っ張りだして後輩と話し出している。
 まだまだ、試着は終わりそうにない。それに少しの疲労を感じながらも、それが深い満足感からくるものであることを、琴美は感じていた。
 琴美自身に、悪を討ち滅ぼしたいとか、ささやかな日常を守りたい、という使命感はない。けれども今のこの時間が彼女にとって、楽しいものであるのは事実だし――何より、こんな時間が持てたことこそ、琴美が任務に成功したこの上ない証左だ。
 その事実を、噛み締める。噛み締め、次も必ず成功して見せる、と強い決意を胸に抱く。一体、行く手に待ち受けているのがどんな任務かは、琴美にも解らないけれども――それでも必ず成功する事に、疑いはない。
 だから。

「――早く、次の任務が来れば良いのですけれども」
「え〜? 水嶋さん、何か言いました〜?」
「いいえ、何も。次は何を着ればよろしいですこと?」
「えへへ〜、次はこれです! これならもう、水嶋さんに絶対ぴったりですって!」

 ぽつり、呟いて琴美は華やかな笑顔を浮かべ、後輩が自信満々に渡してきたカットソーを受け取りフィッティングルームへと向かったのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢  /     職業     】
 8036   / 水嶋・琴美 / 女  /  19  / 自衛隊 特務統合機動課

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
また、至らぬせいでお手数をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません(ぺこり

いつも楽しみと仰っていただき、本当にありがとうございます><
前回からの続き、という事でこのような形になりましたが、如何でしたでしょうか。
凄腕のお嬢様も、たまにはこんな風に過ごすこともある――というような情景になっていれば幸いです。

ご発注者様のイメージ通りの、お嬢様のお強さや女性らしさの引き立つノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは失礼致します(深々と