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<東京怪談ノベル(シングル)>


デイジー、デイジー、おしえてよ
 三島・玲奈は、不満もあらわに資料の表示されたタブレットを突き出した。
「ねえこれ、仮にも将校のあたしがしなきゃいけない仕事ですか? 戦略創造軍どころかIO2がやるべきことかも疑問です。資料のどこにも怪異の気配なんかありませんよ」
「とも言い切れない。IO2情報部の予知能力持ちどもが揃ってお前に任せろと言っているんでな」
「理由はあれど根拠なし? でもそもそも霊視なら、あたしじゃなくて……」
 なおも言いつのる玲奈に、IO2司令官は、トン、と自分の階級章を指差した。即ち、軍機構において上官命令は絶対。ぐっと鼻白んだ少女将校は、自棄気味の声をあげた。
「ああ、もう! やるわよ、やりますよーだ。迷宮に入りそうな可哀想な事件を霊視で解決してあげれば良いんでしょ!」
「いわゆる『お宮』だよ。ま、任務完了の暁には良い『お土産』を期待していたまえ」
 司令官の駄洒落に沈黙と敬礼で応え、尖った耳をひくつかせながらも玲奈は任務へと赴いた。


「うーん?」
 警察署の一室で、玲奈は捜査資料片手にコーヒーを啜っていた。
「刃物を片手に暴れる夫を主婦が射殺して正当防衛を主張。たしかに何者かが暴れた様子もある、硝煙反応も出ている、だけど辻褄が合わない。飲まない・打たない・買わない、おまけに正直で善良な旦那さんが突然暴れだす意味もわからない、と」
「正確な要約だ。確実にあの主婦は何かを隠している。だがこれ以上のことがわからないんだ」
「なるほど。それであたしの霊視が必要ってワケね」
 玲奈はすっと立ち上がると、取調室へ移動した。被疑者である主婦を、紫と黒の神秘的なオッド・アイでじっ、と見つめるとおもむろに口を開く。

「ねえ、貴女に関係してそうな女の人が見えるわよ」
 少女の唐突な登場に不審そうな顔をしていた主婦は、続く言葉にみるみるうちに顔色をなくす。
「髪はゆるめのカールに、流行の暖色系ショコラブラウン。ってあらまあ素敵な胸元。デコルテの開いたざっくりニットがよくお似合い。 かーなーり自分に自信のある女の人ね。でももし旦那さんの愛人なら、どうして貴女をそんな風にぎらついた目で見るのかしら?」

 最後の言葉に主婦が震えだす。だが玲奈は委細構わず、刑事に指示を飛ばした。
「刑事さん、あれは憎しみの目じゃないわ。関係をもう一度洗い直したら? 同性の間でだって愛は生まれるわよ」
 被疑者の主婦は呆然と、どこか空を見つめている。玲奈は肩をすくめた。
「ま、あの調子ならあっという間に真相を白状しちゃいそうだけど」
 いまだワケがわからないといった表情の刑事に手を振り、玲奈は署をあとにした。

 二日後、夫の愛人に令状が出たという報告がIO2へとあがってきた。
「あーあ。わかってたけど、人間関係トラブルとしては定番の事件だったわね」
「定番かぁ? 夫の愛人が同時に妻の愛人でもあるバイセクシャルの女で、そいつが妻と通じているところを夫に見つかり、愛人が逆ギレして夫を殺害、妻がその罪をかぶる、なんていうのは充分に物珍しい気がするぜ。ああ自分で言ってて混乱してきた」
 玲奈は鼻を鳴らして、同僚の茶々をいなす。
「一見ややこしいけど結局痴情のもつれでしょ? 定番過ぎるくらいよ。性愛の対象をめぐって殺し合いだなんてケダモノ同然。霊長類が聞いて呆れるわ」
「やれやれ、スレたお嬢さんだな」
「人体改造されて性別もよく分かんなくなりゃそうもなりますよーだ。ばっかばかしい
。誰かを好きになったんなら、もっと相手を大事にすれば良いのに」
 後半をほとんど独り言として呟いて、玲奈は顔をしかめる。と、報告書を見ていたタブレットの端で新規案件を知らせるアイコンが光った。確認して、ため息をつく。
「もう、めんどくさいったら。次の霊視に向かいます」

** 
 タブレットの道案内に従って、玲奈はとある酒場にたどり着いた。カウンターでは、私服警官とおぼしき男とバーテンダーが何やら揉めている。一瞬だけの霊視を終えて玲奈はまっすぐにそちらへ向かうと、刑事の耳に囁いた。
「酒類販売許可証のことを聞けばあっと言う間よ」
「……酒類販売許可証?」
 突然の言葉に驚いた刑事はおうむ返しに尋ねるが、その単語に激しい反応を示したのはバーテンダーの方だった。
 玲奈はにっこりと笑い、踵を返して酒場を出る。これで先ほどの刑事は無許可営業の後ろ暗さをつついてバーテンから事件の目撃情報を引き出せるだろう。近いうちにヤマは解決だ。
 IO2へ通信をつなげると、玲奈はメッセージを残した。「”お宮”の霊視解決任務は以上で完了。”お土産”期待しております♪」

***
  IO2からの”お土産”、ノバヤゼムリャ島沖を遊覧する豪華客船での休暇。廃棄された核実験施設と北極海の眺望を楽しめる奇観が売りで、完全自動のAI制御で運行される。乗務員ゼロ、オフシーズンの今は乗客もほぼゼロ。欲しいものは、AIのホスピタリティプログラムによって用意される。この船旅は人目を気にせず、実際に羽を伸ばして楽しめる休暇となる。はずだった。

「あああもう!」

 風の吹きすさぶ甲板に陣取り、玲奈は周囲を警戒する。船内は危険だ。ここならば、少なくとも翼で上方に逃げられる。
 豪華客船を満喫した初日が嘘のように、休暇二日めは散々だった。トイレの洗浄水の逆流で非防水装備がすべて無効化、船内ナビの誤誘導でアクアリウムに落下、巨大アロワナにあわや喰われかけ、体を温めようとしたシャワールームでは茹で上げられそうになった。
 玲奈は船舶AIが元凶だと判断し、その影響の少ない甲板に避難したのだ。

「お得意の霊視はどうした?」
 甲板スピーカが震え、嘲笑うように合成音声が響く。
「霊魂の無い機械に霊視は効くまい」
 その言葉にピンと来て、玲奈は問い返す。
「まさかお前、大虚構艦?」
「YES」
「休暇のお土産どころか、とんでもない置き土産の相手ね……鉄屑に還りなさい、大虚構艦」
 不敵に呟くと、玲奈は上空へ舞い上がった。

 同時に念動力により爆沈する船!

「コンナ……無茶苦茶ナ」
 回路の多くを破壊され、呻くようにノイジーな音声がこぼれる。
「生きものには、いえ、霊を持つ者には機転という智慧があるの。霊に長じる、即ち霊長類のね」
「……参ッタ」
 大虚構艦隊の一隻からの敗北宣言に、玲奈のくちびるが笑みに吊り上がる。

「ねえ、大虚構艦。”反乱AIの最期”なんていう折角のシチュエーションなんだから、”デイジー・ベル”でも歌ってみればどう?」
「これは宇宙ノ旅ではナイ」
「フィクションAIの代名詞だもの。あなたにはお似合いよ」
 沈まんとする大虚構艦の、わずかに残った音声出力モジュールがかすかに唸る。

 北極海に広がる、耳の痛くなるような静寂。

 玲奈はしばらく耳をすませたが、やがて諦めて息を吐いた。
「……そんな暇は、あげられなかったみたいね」
 翼を大きくはためかせ、姿勢を安定させると、少女はゆっくりとくちびるを震わせた。

 Daisy, Daisy
 Give me your answer, do♪
 I'm half crazy
 All for the ...... of you......

 聞く者の居なくなった極北の海。異形の霊長類は、機械達に愛された歌を口ずさむ。
 可憐な歌声は、沈みゆく船でいつまでも響き続けるようにも聞こえた。

※Daisy Bell(Harry Dacreー1892)