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<東京怪談ノベル(シングル)>


●断罪の白(1)

 罪には罰を。
 アダムとイヴの犯した禁忌に、楽園からの追放があったように。
 断罪を行うのは、基本的に神ではあるが――神からの祝福を受けたシスターが、その力を振るう事もある。

 白鳥・瑞科(8402)は『教会』と呼ばれる、世界組織に属する『武装審問官』だ。
『教会』は古くから存在し――御子の贖罪が行われる前から――世界の秩序を裏側から支えてきた組織。
 教義に反する、様々な悪霊や、魑魅魍魎を駆逐し、敵対人物の暗殺を行ってきた。
 ――今回、瑞科に下された指令とは、敵組織の拠点を壊滅させる事。
 誰からリークされた情報か、それは上官は語る事は無かったが、瑞科には見当が付いている。
「(恐らく、内部からもたらされた情報ですわね。あまりに出来過ぎていますわ)」
 聡明にして、姿形も美麗なシスターは、紅茶色の髪を靡かせながら、海の色をした瞳を倒した相手へと向けた。
 人の皮を被っていた、その悪霊はシュウシュウと音を立てながら瘴気を空気中に放出している。
 ともすれば、死地と言える屍の散乱する地で瑞科は、グローブを嵌め直しながらため息を吐いた。
 革製で、装飾のある手首までの手袋には、エノク文字――天使が使用したと言われる文字だ――で祝福の言葉が綴られている。
 その下に、二の腕までの白い布製の手袋を嵌めているのは、ただ単に彼女の趣味であろう。
 ピッタリと身体に張り付く、腰元までスリットの入った戦闘用のシスター服は、彼女の美脚を引き立ててくれる。
 胸を強調するコルセットに、純白のケープとヴェール。
 嵌め殺しになった窓に、瑞科の姿が映る――それはまるで、天から遣わされた天使のような様相であった。

 コツン、コツン――
 太腿に食い込む、ニーハイソックスと、膝までの編みあげブーツ。
 紅茶色の長い髪と、白く瑞々しい肌、そして、青い瞳。
「敵だ――」
「女ッ!女ッ!」
 壁に擬態していた、悪霊が瑞科へと弾丸のように襲いかかる。
 組織員は既に、悪霊に浸食され、人の形を保つことすらままならない。
「……とんだ、エスコートですわね」
 品のない、と侮蔑すら浮かべた瑞科は、弾丸のように襲いかかる悪霊どもを軽く床を蹴り、宙へ舞う事で回避すると、すれ違い様に強烈な蹴りを叩きこんだ。
 ヒラリ、白い太腿がスリットから表れ、煽情的な様を見せる。
 無様に吹き飛んだ悪霊は、もう片方の悪霊と絡まり、崩れ落ちると壁へと激突した。
 カツン、と軽い音を立てて、地面に着地した瑞科は首元を彩るロザリオに触れ、宙へと白魚のような手を差し伸べた。
「わたくしの前に現れたことを、後悔する事ですわ」
 その場に雷が走り、裁きとばかりに悪霊を穿った。
 黒く変色し、動きを止めた悪霊に、重力弾を放つ――天を仰ぎ、呻いては憎悪を宿らせる悪霊達であったが、瑞科の裁きは容赦ない。
 戦闘で血色の良くなった唇が、弧を描く。
「ごめんなさいね。わたくし、無粋な方は嫌いですの」
 コツコツとブーツの音を立て、無粋な悪霊を殲滅したシスターは、呆れすら浮かべ、余裕の表情で去って行った。

 屍が山のように積み重なる場所……直接的な死の臭いをもたらすその場所に、瑞科は辿りついた。
 抗った証拠なのか、それとも、悪霊の傘下に入る前に自身の名誉の為、死を選んだのだろうか。
 潰れた人の手と思われる物からは、黒光りする拳銃が握り締められていた。
 動きだす様子は無い――ただ、その山に、瑞科は祈りを捧げる。
 ……安らかな、眠りであることを。

 歩を進め、周囲に視線を這わせる――原始の男女を誘惑したかのような、醜い蛇が襲いかかる。
 塵で腹を削られ続ける事を、神に定められた動物は、一直線に瑞科を狙うが近づく前に雷撃が襲う。
 首が逆方向に曲がり、更に動こうと四肢のない腹が躍動する。
 舌打ちが聞こえ、咄嗟に瑞科は嵌め殺しの窓に手を付いて、身体を宙にはね上げた。
 白い腕に力が加わり、薄い膚の下の血管が繊細な色合いを見せた……瑞科のいた場所を、無数の蛇が踊り、絡まり、襲いかかる。
 ブーツで、高い天井を蹴り、紅茶色の髪を靡かせ、彼女は天井を足場にする。
 狙い来るのは無数の蛇、そこに電撃を放つと、瑞科は躊躇う事無く天井を蹴った――壁を蹴り、足場にすると一撃で葬られた蛇たちは力なく落ちる。
「此れで宜しいかしら?とっくに、そこにいるのは分かっていますの」
 何も無い空間に、瑞科は呼びかけた……続いて、現れる蛇を纏った男。
 いや、蛇を纏っていた――と言うのが正しいだろうか、何も無い空間に見えたとしても、外の暗い窓は思いの他、鮮明に内部を映す。
 鏡像の位置と、気配を共に併せれば視えない場所であろうと、敵の居場所は計算出来る。
「トップは何処にいらっしゃいますの?貴方がたと、ダンスを踊る時間などないのですが」
「俺を倒したら、トップに会えるだろうよ」
「――そう、では、そう致しましょう」
 不敵に微笑み、床を蹴ったのは瑞科、白い足が躍動し、太腿が加えられた力によって引き締まる。
 そのまま、白い足は円を描いて男を弾き飛ばした、体勢を立て直し、ナイフを構える男。
 投げナイフは瑞科の横を裂いていったが、瑞科に当たる事は無い……丁度良い、と戦いに身を委ねた彼女の脳裏に閃いた、一つの手段。
 続いて飛んだナイフの、持ち手を手にし、そのまま男に向かって放つ。
 避けようとする男の表情には、驚愕と恐怖――そして、ナイフを追うように、瑞科は雷撃を放った。
 銀色のナイフに、電気が走り男の身体を鞘にすると、深く深く身体に刺さる。
 続いての雷撃に、身体を真っ黒に焦げさせた男は、その場に崩れ落ちた。
「あっけないものですわ」
 どれ程、工夫を凝らしてもこの退屈な敵との戦闘が楽しくなるわけではない。
 少しだけ乱れたシスター服を直し、彼女は紅茶色の髪を掻き上げた。
 シャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる……それに引き寄せられたかのように、悪霊が瑞科に襲いかかった。

 重力弾で迎撃し、雷撃で追撃すると、接近してきた悪霊を蹴り飛ばす。
 そのまま、剣を抜くと一太刀浴びせ、真っ二つに切り裂かれた悪霊を目端で捕えつつ、後背からの襲撃に捻りをつけ、剣で叩き切った。
 膠着状態から、蹴りを放ち、相手が後ろに飛びのいたのを追撃。
 銀色の刃が宙を切り裂き、罪を犯す悪霊へ、罰を与える。
「へっ、やすやすとやられると思う――」
 途中まで口にした、悪霊は瑞科の斬撃の前に敢え無く朽ちた。
 魔を払う、銀のロザリオに瑞科は口づけ、そして愚かしい敵達の為にも、祈る。
「どうか――貴方がたの罪が、赦されますように」

 罪には、罰を与えなければならない。
 だが、罰を受けた者が赦されずに留まっている事など、優しい瑞科には赦せないのだ。
 白く透き通る頬が、赤みを帯び、柔らかな笑みをその顔に浮かべた。
 ――慈悲、それを以って、彼女は裁く。
 だが、まだ赦されざる敵。
 この組織の長は、彼女の後背を狙う――サプレッサー付きの銃を持ち、そして、くぐもった発砲音と、音速を超える鉛弾が瑞科へ襲いかかった。


<断罪の白(1) 了>