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<東京怪談ノベル(シングル)>


●断罪の白(2)

 昏い、死臭のする場所で、銀色のロザリオと剣が光り輝いた。
 掃き溜めに鶴、と言う言葉がある。
 此れは、数多の『つまらないもの』の集団に一つだけ『素晴らしいもの』が存在する事の例えだ。
 ――この状況を示すには、此れが一番だろう。

 ふわり、シスター服の白が華やかに舞った。
 白いブーツが、床を蹴り、常人では視認困難な弾丸を回避する。
 近接格闘を得意とする白鳥・瑞科(8402)の速度は、視認困難。
 太古より存在せし『教会』の中でも、その力量は抜きんでている――。
 だが、男は視認する事は出来ないまでも、予測したのだろうか?
 ひたすら、防御の視線を取り続け、瑞科の猛攻を防いでいた。
「……甘い事ですわね」
 それでも、力量の差は埋まる事がない――キーン!
 剣と銃器が擦れ合い、暗い拠点内に火花を散らす、一度退き、もう一度攻めに転じた瑞科は、剣を地面に突き立てると、軽々と男を超える。
 後背を取られた男、たたらを踏んで、瑞科の斬撃に銃で応戦する。
 脆い銃が、音を立てて折れ、男はナイフで応戦するしか無い、否……己の力の為に、己を差し出した哀しい男は、片手を刃に変じると襲いかかる。
 響き合う金属音、小さく音を立てて瑞科の持つ剣が、男の鱗に覆われた刃を噛む。
「愚か、ですわ」
 この惨劇を起こした全ての元凶、悪霊に我が身を差し出すのなら、その力に喰われると良い。
 白いブーツが、バックステップの要領でリズムを刻み、男から離れた。
「おいおい、この程度で、へばっちゃ困るぜ」
「お生憎様。それ程、貴方が強いとは思えませんけれど?」
 剣を持ち直し、確かな重みを感じ、如何に攻めるか――男の片腕は、中々の強度だ、首を刎ね飛ばすとしても防がれる可能性が高い。
 単純な力では、華奢な瑞科よりも男の方が上であろう……だが、やはり、そのシスターは、勝者の笑みで笑った。

 ――彼女は総て、知っているのだろう。

 白いブーツで、宙を駆け、男の刃を足台にし、側面から足で蹴りつける。
 白い太腿が暗い拠点内の、おぼろげな明かりの下で彫刻のような、質量感を持った。
 そのまま、空中で彼女は身体を捻り、男の人間の形を留めている片方へと剣を突き立てると、電撃を放つ。
「外は頑丈の様ですけれど、中身はどうかしら?」
 暗に『厚顔無恥』の意味合いを込めて、日本出身のシスターは嗤った。
 とことんニヒルでありながら、それでいて艶やかな魅力が紅い唇に浮かぶ――高嶺の花、だがその香りは甘美なものであろう。
 ブスブスと音を立てて、電撃を受けとめた男は、刃を遺したまま崩れ落ちる……だが、瑞科も予測しない事が起きる。

 ――キン!

 弾き飛ばしたのは、瑞科の剣、弾かれたのは、男だったモノ、の刃。
 肉体から解き放たれた刃は、自由意思を持って行動し始めた。
「やれやれ、面倒ですわね」
 とは言え、直線的に切り込んでくる刃など、見切るのは容易い。
 腰に付けた懐中時計を見、そして彼女は決めた。
「3分」
 退屈な戦闘ならば、自分で其れを破るしかない――3分で敵拠点を制圧する。
「暇つぶしくらいには、なるかしら?」
 刃を返した剣で払い、重力弾を放つ、叩き伏せられた刃へ、彼女は電撃を浴びせると一気に、剣で床へと叩き伏せた。
 シュウシュウと、音を立て瘴気が立ち上る……その臭いに眉を顰め、紅茶色の髪を掻き上げた。
 青い瞳は、何処までも冴えわたり――冷たい。
「救いさえない、地獄へ堕ちなさい」
 聖母のような優しい笑みを称え、そして、断罪のシスターは戦いを終わらせた。

 男の首から下がる小さな鍵、まるでそれは秘密の園……いや、園と言うにはあまりに醜悪な事実があった。
 血糊で書かれた魔法陣、一筆書きの六芒星の先には、種類の違う動物の頭蓋骨が置かれていた。
「呼びだした魔に、襲われたのでしょうね」
 此れは、報告事項であろうと判断し、他に然したる物がない事を確認した後、ブーツは高らかに鳴り響く。
 ――2分と1秒。
 瑞科が3分と宣誓してから、拠点攻略にかかった時間である。
「任務完了ですわね」
 強さを求め、そして道を誤ったこの組織に――瑞科が哀れみを抱く事は無い。
「さて、帰りましょうか――」




 戦闘用のシスター服から、白い太腿がチラリ、チラリと見える。
 女性ですら、うっとりしてしまうような白磁の肌に、ハッとしてその女性は頭を下げた。
 倣って、軽く会釈をした瑞科の豊満な胸が揺れる――胸元の開いたシスター服は、その肌の薄さ、白さを際立たせていた。
 やがて、司令室の前に立った瑞科は、赤いグミのような唇を開く。
「白鳥・瑞科ですわ」
「入りなさい」
 雄々しい髭をもったこの上官は、現役の頃武装審問官として、あまりに苛烈な戦い方をした――と言う評価を受けている。
 徹底的に、能力に重点を置く彼は瑞科を尤も、信頼していた。
「……と言っても、きみなら大丈夫だろうが」
「ええ、悪霊となっていた組織員は全て壊滅。奥に未完成の魔法陣もありましたが、原因はそれでは無いようですわ」
「うむ、それについては、此方も目星がついている。今回はお疲れ様、ゆっくり休んでほしい」
「ありがとうございます。と言っても、弱い敵でしたわ」
 くす、と笑みを漏らした瑞科に、上官は頷きながら満足そうに――まるで娘を見るかのような優しい目で言った。
「きみは、私を超えているだろう」
「ご謙遜を……では、失礼いたします」
 白いブーツが、ぶ厚い絨毯の上を滑るように歩き、そして、部屋を出る。
 休んでもいい、と言われたが……それ程身体は苦痛を訴えてはいない、どちらかと言えば、友人といたいのが本音だが。
「とりあえず、部屋に戻ってから考えましょうか――」
 ――そう言って、踵を返した彼女を、嵐が襲った。


<断罪の白(2) 了>