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<東京怪談・PCゲームノベル>


某月某日、明日は晴れるといい

突撃! 隣の幽霊さん!!

 その日、草間興信所には一人の男性がいた。
 依頼人ではない。いや、もう少し詳しく言うなら興信所に仕事を依頼しに来た依頼人ではない。
「頼む、草間さん、仕事をくれ」
 仕事をくれ、と頼みに来た男であった。
 名を、向坂嵐と言った。
「……まずは経緯を聞こうか」
 呆れ顔で所長の机についている武彦はタバコをふかす。
 そのタバコを羨ましそうに見る嵐を見れば、武彦にも大体の事はわかったのだが、一応事情を聞くのは通過儀礼だ。
 黙ってタバコを一本差し出し、火をつけてやる。
「ぷっはー……」
「美味そうに吸うなぁ、お前」
「何を隠そう、これが数時間ぶりのタバコだぜ? そりゃ美味いさ」
「ああ、そりゃあなぁ」
 ヘビィスモーカー同士の会話。タバコがなければ生きていけない人間同士の共感覚である。
 そんな大人二人を、小太郎は端っこの机から眺めていた。
「おい、二人とも。いいから換気しろ」
「なんだ小僧。俺ら愛煙者の会話に挟まってきてんじゃねぇ」
「……誰だ、草間さん? 新しい小間使い?」
「ちょっと前からここに住み込みで働いてる、小太郎って言うんだ。適当に覚えておいてやれ」
「おぅ」
 嵐は小太郎に近付き、手を上げる。
「俺は嵐。よろしくな」
「……小太郎です、よろしく」
 何とか覚えた敬語を使い、小太郎も挨拶した。……のだが、顔はしかめっ面だった。
 前々から嫌煙の気があった小太郎。というのも、タバコの煙が成長に影響するのが彼にとってとても重要な案件だからだ。
 小太郎の身長は低い。
 でも彼はまだ成長の余地があると信じているのだ。故に、タバコの煙は彼にとって天敵であるといえよう。
「ごめん、嵐さん、ちょっと距離を取らせてもらってもいいか」
「草間さんトコで働いてて嫌煙とはねぇ。難儀な境遇だな」
「理解してくれたんなら離れてくれ」
「……ちょっとタバコ吸ってみねぇ?」
「タバコは二十歳になってから!!」
 仮に二十歳になっていたとしても、小太郎は頑としてタバコを吸わないだろうが。

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「まぁ、話を戻すが、お前が仕事を貰いに来た理由を聞こう」
「それがよぉ、聞いてくれよ」
 そう言って嵐は財布を開く。
 札入れにはレシートばかりが入っており、小銭入れの中には百円玉が二枚、五十円玉が一枚、十円玉が十一枚、一円玉が一枚。
 合計、三百六十一円しか入っていなかった。
 喫煙者に厳しいこのご時世、まともなタバコすら買えない。
 もう一つ言うなら酒も買えないし、食事だってままならないだろう。
「給料日まではあと五日もあるんだ。これは……死活問題だろ」
「良い機会だから、禁煙と禁酒でもしてみれば?」
「鬼か、アンタはッ! 自分で出来ない事を人に勧めるなッ!」
「バカヤロウ、俺だってその気になればなぁ!」
「ではその気になってもらえませんか、兄さん」
 武彦の横で零が家計簿を開いている。
「タバコに使うお金をなくせば、もう少し楽になるんですが?」
「あー……うーん……」
 武彦はそれを断固として見ず、冷や汗を垂らして話を続ける。
「で、向坂くん、仕事だったね!」
「アンタ、未だに妹に頭が上がらんのか」
「うるせぇ! ……まぁ、紹介してやらんでもないぞ、仕事」
「マジか!?」
 武彦はファイルの中から一つ、書類を取り出す。
 そこに書かれていたのは依頼内容と、依頼主の個人情報。
「ホントは守秘義務やらなにやらで、むやみやたらと見せちゃいかんモンなんだがな、そういう理由なら仕方ない」
「助かるぜ、ホント。今なら俺は、ある程度どんな仕事でもやってみせる」
「ある程度とか逃げ道作ってんじゃねぇよ……。まぁこれぐらいなら誰でも出来るレベルなんじゃないか」
 言われて嵐は書類を拾い上げ、内容を読む。
 そこに書いてあったのは『幽霊の恋愛相談』と言う文字。
「……ああ、草間さん。よくわからないんだが」
「質問は依頼主にしてくれ。話はこっちから通しておく」
「いや、すこぶる嫌な予感がするんだが」
「気のせいだ。行って来い」
「アンタ、自分でやるのが面倒くさそうな案件を俺に押し付けてるだろ!?」
「はっはっは、そんなわけないだろ。俺はお前のお財布事情を思ってだなぁ……あ、因みにマージンとして報酬の一割頂くから」
「鬼かッ!!」
「バカヤロウ、そうしないと零が怖いんだよ!!」
「……もう、何も言う気になれねぇ」

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 何やかや言いつつ、背に腹は変えられないので、嵐は依頼主の家へと向かう。
 愛車のバイクに跨り颯爽と町の中を駆ける。
「おい、振り落とされてねぇか?」
「なにぃ!? 聞こえないぃ!」
 嵐の後ろには小さい影、小太郎の姿があった。
 小太郎は興信所にて、件の依頼主と顔を合わせている事もあり、先方と会う時にちゃんと『興信所から紹介されてきました』という事を証明する、というのがつれてきた理由その一。
 その二はたんなる八つ当たりである。
「おい、小太郎。ちょっと口の利き方がなってないぞ。草間さんに言われてたろ」
「……そうだった! いや、そうでした!!」
 今のところ、小太郎は敬語の練習中。
 興信所で働いている彼は、依頼人が来てもまともな敬語を使えない事が多かったので、それを矯正しているのだ。
 これは本人の希望でもあり、武彦がそれにGOサインを出した事もあって、つい先日から練習が行われているのである。
 今回の練習相手は嵐。
 この依頼の間、小太郎がちゃんと敬語を使えるか、嵐には監視の役目も言い渡されているのであった。
「面倒くさい依頼の上に、もう一個面倒な仕事を押し付けられて……貧乏は辛ぇな」
「何か言ったか……言いましたか、嵐さん?」
「なんでもねぇよ」
 ぶっきらぼうに言って、アクセルを開けた。

 着いた家は普通の一軒家。
 あんまり幽霊屋敷という感じはしない。中では住人の生活が感じられるし、陰鬱な雰囲気もしない。
「ここが幽霊の出るって家かよ?」
「そうらしいな……です」
「……もういっそ、あんま無理して敬語使う必要もないんじゃね?」
「そうはいくか! これから世知辛い世間を生き抜く為に、きっと必要なスキルになる!」
「まぁ、お前がいいんだったら別にいいけどさ」
 何だかよくわからん意欲を燃やす小太郎を放っておき、嵐は依頼人の家のチャイムを鳴らした。

 家の中に入ると、家主はすぐに二人を通してくれた。
 武彦が話を通してくれていたのもあろうが、それ以上に幽霊被害に困っていたのだろう。
 二人はとある部屋に連れて来られた。
「ここが幽霊の出る部屋です」
「出るって言っても、幽霊が出るなら普通は夜だろ」
「それが最近は昼夜問わず現れるようになりまして」
 家主の憔悴具合を見るに、どれだけ迷惑な幽霊か推察出来た。
「嵐さんは霊感があるんだよな……ですよね?」
「あるっつっても、相手の言葉を聞くぐらいだけどな。除霊とかはこれっぽちも」
「じゃあどうやって解決するんですだよ?」
「口調、おかしくなってるぞ。……まぁなるようになるだろ。そうしなきゃ、今晩の飯どころか酒もタバコもさえ危ういんだ。やるしかねぇさ」
「優先順位は酒とタバコかよ……」
 いっそ悲壮感まで漂う嵐を見て、小太郎は貧乏って辛いんだなと痛感した。
 さて、二人が部屋に入ると、その中心に女の子が一人、座っていた。
 身体が半透明なところを見ると、彼女が問題の幽霊らしい。
「小太郎にも見えるか?」
「ああ、割かししっかりと」
 特に霊感らしきものを持ち合わせていない人間でも見える程度に強い思念体ということだろう。
 それほど強い未練を持って亡くなったのだろうか。
「ほら、嵐さん、出番だぜ」
「あー、ええと」
 嵐は少女に近寄りつつ言葉を選ぶ。
 まともな人間ではない幽霊とのコミュニケーションは一言一言が大事だ。
 なにせこっちの都合なんかお構いなしなのだ。そうでなければはた迷惑な幽霊なんかにはならなかっただろう。
 嵐は慎重に声をかける。
「ちょっといいか?」
 口下手な嵐には最大限の挨拶だった。
 それに反応して、すすり泣いていた幽霊が顔を上げる。
『あなたはだぁれ?』
「俺はええと、お前の話を聞きに来たんだ」
 確か依頼内容は『幽霊の恋愛相談』とかだったはずだ。
 ならば会話をしなけりゃ意味がない。そしてどの道嵐にはそれしか出来ない。
『私のお話、聞いてくれるの?』
「ああ、 だから気が済んだら成仏しろよ?」
『嬉しい! じゃあ早速聞いて!』
 この後、嵐は知ることになる。
 面倒くさい女性の面倒くさい恋愛相談ほど面倒臭いものはそうそうないと。

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『それでね、彼ったら私が髪を短くしたのに気付かないの! 二ミリも短くしたのに!』
「二ミリ……」
『そうよ! 普通、気付かないとかありえないでしょ!? 前から鈍感な所があったんだけど……あ、そう言えば、あんな事もあったわ! ねぇ聞いてよ!』
 かれこれ二時間ほどだろうか。
 ずっと愚痴を聞かされている二人。
 精神的にはかなり参っていた。
 どうでもいい愚痴を長時間聞かされているのである。
 さらには、少女は当時の自分の感情を優先して喋るので、断片的な状況しか理解出来ず、まともな返事がしにくい。
 故に曖昧な相槌しか打てず、ほとんど会話が成り立っていなかった。
 これでは言葉のキャッチボールなどではなく、単にデッドボールをサンドバッグのごとく喰らい続けているだけだ。
「なぁ嵐さん。これいつまで続くんだ?」
「俺に聞くな」
『二人とも! 無駄口を叩かない!』
 どうやら休憩時間も与えてくれないらしい。
 家主はこれが耐えられなくて、武彦に解決を依頼したのだろう。
『そう、あれは夏の事だったわ。あの人ったら浴衣を着た私に対して感想を言うでもなく、ずっとお祭りを歩いて――』
「嵐さん、俺、ちょっと心が折れそうだわ」
「言うな。言うと余計辛くなるぞ」
 こういう時は心を無にしている方が楽である。
 変に相手の言葉を理解しようとするからいけないのだ。無心でただ頷きつつ適当に相槌を打つのが正解なのだ。
 そのまま二人はいつ終わるとも知れない愚痴を、延々と聞かされることになった。

 更に二時間ほど経過した後、幽霊の少女はパッと晴れやかな顔になる。
『うん、久々にこんなにお話したわ。貴方たち、良い人ね』
「そりゃどうも」
 げんなりした嵐は対応もそこそこに、ため息をつく。
 愚痴を聞かされるだけの時間が四時間も続いたのだ。そりゃ精神力も削られる。
『なんだか心が軽いの。これで天国へいけそうだわ。ありがとう、二人とも……』
 パッとピンスポットが当たったかと思うと、幽霊の少女はそのまま霧のように消えていった。
 どうやら成仏できたようである。
「やったじゃん、嵐さん! これで依頼終了だ!」
「……お前、途中で居眠りしてたろ」
「そんな事はない……ですよ?」
 目をそらして吹けもしない口笛を吹く小太郎。
 どうやら疲れきったのは嵐だけのようだった。

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 翌日、報酬を受け取りに興信所を訪れた嵐。
「よぅ、来たか。ほら、昨日の依頼の報酬」
「案外と早く報酬がもらえるもんだな」
「それだけ困ってた案件が解決できて、先方も嬉しかったんだろうよ」
 武彦から茶封筒を受け取り、中身を確認する。
 しっかり一割分差し引かれてるところを見ると、やはり零が怖かったのだろうか。
「それ、差し引きは昨日のタバコの分な」
「高ぇ一本だな、おい」
 軽口を叩く武彦に悪態をつきつつ、嵐は茶封筒を懐にしまった。
 これで給料日までの生活には困るまい。
 受け取るものも受け取ったので、長居してもお邪魔だろうと事務所を出ようとした時、ふと小太郎が眼に入る。
「……なんだ……ですか、嵐さん?」
「なぁ、小太郎よぅ」
 小さい彼の頭に手を置き、嵐は自分の過去を振り返って言う。
「敬語なんて使わなくっても、結構どうにかなるもんだぞ」
「マジで!?」
 ぶっきらぼうな口調の嵐がここまで生きてこれたのだ。
 これからも何とかなるだろう。
 大切なのは敬語で話す事よりも、幽霊とでも話せる度胸と通じるハートだ。
「おいこら、嵐。小僧に変なことを吹き込むなよ」
「草間さん! 敬語使わなくてもいいって!」
「バカヤロウ、お前は使え。嵐はそうしなくても良い状況かもしれんが、お前は違うだろ」
「どこが!? どの辺が!?」
 口論を始める二人を尻目に、嵐は事務所を後にした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2380 / 向坂・嵐 (さきさか・あらし) / 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】



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■         ライター通信          ■
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 向坂嵐様、ご依頼ありがとうございます! 『敬語は使うよ!』ピコかめです。
 たまにボロ出して、タメ口になるよ!

 酒もタバコもバイクもやらない俺には、嵐さんの苦境が良くわからなかったので、自分に置き換えてみたのですよ。
 コーラもゲームもない生活……それは地獄すらも生温いのではないか! と。
 そうなったら幽霊の愚痴の三時間や四時間くらい……楽勝……でも、ないか。
 ではでは、気が向きましたらまたよろしくどうぞ!