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【D・A・N 〜Fifth〜】
「……不安定になるって、どういうことなの?」
ひとしきり泣いたことで少しだけ落ち着いた黒蝙蝠スザクは、ぽつりと静月に問うた。
泣き続けるスザクに気遣う視線を向けながらも何の行動も起こさなかった――あえてそうしたのだろう静月は、スザクのその問いに僅かに目を伏せて答える。
「言葉通りだ。私と珂月……この『存在』が不安定になる。もともと、無理のある状態だ。昼と夜と、確固たる存在の区切りがついているのは、私達の属する――属していた、と言うべきか――一族の性質による。そうであることで存在のバランスを保っていると言ってもいい。だが、それが崩れることになる。今はまだ、制御の真似事のようなことも可能だが、それも長くは続かない。このままなら、そう遠くないうちに――存在が、出来なくなるのだろう。……恐らく、だが」
「存在、できなくなるって――死ぬって、こと?」
悲しい終わりは嫌だと、お別れなんてしたくないと、それがスザクの正直な気持ちだ。
けれど、静月の答えはスザクに『別れ』しか示さない。ここに、今のように在ることすらできなくなるのだとすれば――それはつまり死ぬのと同義ではないかとスザクは思う。
静月は、そんなスザクを安心させるかのように微笑んだ。それはどこか、諦めてしまったような笑みだった。
「死とは少し違う。実際、どうなってしまうのか――正確なところは私達にもわかっていない。ただ、どうしようもなく取り返しがつかなくなるのだろうと、漠然とわかっているだけだ。……諸共に消え去ることは、私も珂月も望んでいない。だから、――」
そこまで言って、僅かに躊躇うように唇の動きが止まる。けれど、そのほんの僅かな間を振り切るように――無かったことにするかのように、静月は続けた。
「どちらにしろ、もう『ここ』には居られない。……さよならだ。スザクさん」
反射的に、嫌だ、と思う自分を自覚する。
けれど。
(――スザクには、ここに留まるのが良いか悪いか、わからない……判断、できない)
先程面と向かっておいていかないでと言ってしまったように、子供のようにだだをこねれば、もしかしたら少しは迷ってくれるかもしれない。別れを先送りにしてくれるかもしれない。けれどそうやって静月を困らせて、望まない結果を招くのは最悪だ。スザクの本意ではない。
(……決めるのは、せーちゃんとかっちゃんだものね)
それを寂しく思うのはしょうがない。スザクにとって二人が、別れたくないと思う――それほどに心を占める存在になったのは、改めて己に確認するまでもないことだ。
だからこそ、今ここでスザクが選ぶべきは。
「……さっきの、撤回するわ。おいていかないでって言ったこと」
「――……?」
真っ直ぐに静月を見据えて口を開いたスザクに、静月はわずかに怪訝そうな――戸惑ったような表情を見せる。
「その代わり、二人が望む結果になるよう、スザクは祈ってる。……縁は切らないから。もし二人がこの世界を離れたとしても、目的を達成したらまた戻ってきて。そのための道標はスザクの心に残しておくから」
『縁』が静月達にとって『世界』と繋がる糸だというなら、『縁』を辿れば一度去った『世界』へと――スザクのいる『世界』へと戻ることも出来るのではないか。スザクは『縁』を静月達と同じように感じ取れるわけではないが、多分その推測は間違ってないだろうと思えた。
「せーちゃんのことも、かっちゃんのことも忘れない。……絶対忘れないから。二人と一緒に過ごした日々は宝物だよ。――この世界を離れちゃっても、たまに、スザクのことを思い出してくれると嬉しいな」
離れてしまったからといって、綺麗さっぱり忘れられる、ということはないだろう。珂月も静月も、そういうタイプではなさそうだ。けれどほんのちょっとの自己主張を付け加えておく。
「…………」
スザクの言葉が予想外だったのか、それとも別の理由か――静月は何かを言おうとして、けれどそれが言葉にならないような、そんな無言を返す。
そんな静月に近づいて、スザクはその両腕を掴んだ。そして戸惑いも露わな瞳を挑むように覗き込む。
「……だけどね、ひとつだけ、聞かせて。せーちゃんはどうしたいの。目的とか何も関係なく――せーちゃんの心はどうなの」
「――私が、どうしたいか……?」
「そう。誰にも遠慮せず、本心を言って。過去じゃない、今、ここで望んでいることよ」
「それは、――」
言いさして、静月は不意に目を逸らす。それでもスザクがじっと見つめ続けると、やがて微かに息を吐いた。
「……私の手で、歪めてしまった珂月の生を、返したい。償いを、したい。それは、ずっと昔から変わらない。私の望みは、『こう』なってしまった時から変わりない。……だが、そうだな」
ほんの少し、目元を緩ませて、口端を上げて。諦めと懐かしみと、どこか名残を惜しむような、そんな瞳をスザクに向けて。
「――花火を。……以前、貴女が言ったように、三人で見ることが出来たらと――せめてそれだけの時間が残っていれば、と」
これだと、望みというよりは後悔か、と。困ったように笑う静月は、その思考が示す感情を、きっと自覚しているのだろう。『叶わない』仮定として口にするのも、きっと敢えてそうしている。
夏祭りの花火を見ながらスザクが口にした『来年』を、迎えられると思っていなかったから、あの時の静月は無言だった。そして今は、このままこの世界に留まることができないと分かっているから、戻ってこられるかも分からないから、――『三人』が叶うかもわからないから。
それでもそれを望む気持ちがあったことを口にしてくれたのは進歩だとわかったから、スザクはそれを思ったよりも穏やかに聞くことができた。
奇跡でも、なんでも、そのささやかな望みが叶えばいいと――『本物の花火』を、珂月と静月とスザクと、三人並んで眺める――そんなありきたりな風景が叶えばいいと、ただ思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7919/黒蝙蝠・スザク(くろこうもり・すざく)/女性/16歳/無職】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、黒蝙蝠様。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜Fifth〜」にご参加くださりありがとうございました。大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした…。
劇的な何かもなく、積み重なった変化が静かに現れた感じでしたが、如何だったでしょうか。
後ろ向きのままのように見えるかもしれないですが、静月としてはかなり思考というか、心持ちに変化があったことになります。
『望み』とは微妙に違った静月の返答ですが、それを答えとできたのは、諸々の心境の変化に拠るものなので。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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