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<東京怪談ノベル(シングル)>


連鎖反応

 例えば、最初は1つのボタンのかけ違えだった。
 しかし1つボタンをかけ違えてしまったら、正しい位置にボタンがかかる訳がない。正しい位置にボタンをかけるためには、全てボタンを外して、一からボタンをかけ直すしか方法がないのだ。
 でもそれが服だったらいい。
 人の歴史と言うものは、ボタンのかけ違えがあったからと言っても、全て一からやり直す事はできない。例え服がずれて気持ちが悪かろうとも、それを全て直す事はできない。
 では見なければいいのか?
 見なかった事にすればいいのか?
 それもまた違う。

「気付いちゃったんだから、しょうがないよなあ……」

 必要なのは、かけ違えたボタンを正す事でも、見なかった事にする事でもない。
 間違った事と向き合い、ずれた服だと自覚した上で、堂々とする事だ。
 少なくとも、工藤勇太の場合はそうだった。
 時には自分の超能力で人を驚かせてしまい、それが原因で転校しなければいけなくなっても、それで超能力がなくなればいいと思った事はない。

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 新聞部室のある旧校舎に戻ろうとした時、勇太は思わず足を止めてしまった。

「あ……」
「……? どうかしたか?」

 さっき中庭で聴いた声の主――海棠秋也――の姿があった。
 手には鞄と楽譜があり、さっきまで音楽科塔で練習していた事が伺える。

「やあ、久しぶり」
「まあそうだが」
「…………」

 正直、今の勇太には浮かない表情を取り繕う術がない。
 さっきまで見えた光景が、頭の中をくるくると回る。
 白い少女が死んだ光景。
 それを悲痛の目で見ている海棠と、あともう1人。

「……大丈夫、か?」
「え……?」
「顔色が悪いが」
「ああ……」

 海棠は口数が少ないだけで、別に冷たい人間ではない。
 人に無関心と言うよりも関わるのが苦手なだけの人間だと言う事は、勇太にも何となく分かっていた。

「……とりあえず、どこかに座った方がいいんじゃないか? 部に戻らないといけないなら止めないが」
「あー、うー、うん。そうだね。そうしよう」

 とりあえず、場所を変えない事には話はできないよなあ。
 そう思いながら、いつか2人で会ったオデット像跡の噴水へと赴いた。

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 あちこちから声が聴こえる。
 今は聖祭の準備で大忙しなのだから、喧騒があっても仕方がない。
 そしてこの場に時間を潰しに来る人間も、またいる訳はない。――今ここに来ている2人を除いては。

「大丈夫か?」
「うん……ちょっと使い過ぎただけだから」
「使い過ぎ……た?」
「んー……」

 言っても大丈夫なんだろうか?
 勇太は海棠の顔を見る。
 相変わらず無愛想で無表情な顔をしているが、別に無愛想でも無感情でもない事は知っている。でなければ、4年も前の出来事で傷付く訳はないのだから。
 でもなあ……。
 普通自分の考えている事読めちゃう事がある、なんて言っても困るだろうし。
 でも海棠君。悪い人じゃないんだよね。……大丈夫、かな?
 前に打ち明けてくれた事を思うと、信じてもいいような気がした。
 勇太はまだ頭がぐわんぐわんとするのに、こめかみを抑えて耐え、ゆっくりと口を開いた。

「ん……ちょっと力を使い過ぎたんだ。……テレパシーって言うのかな? 時々人の感情や考えている時が読めちゃう事があるんだ。もっとも、俺もそんなに上手い事使える訳じゃなくって、上手く言えないけど……。んー……」
「…………」

 勇太が要領を得ない説明をする間、海棠は黙って話を聞いている。
 黒曜石のような目に浮かぶのはただ真剣な色だけで、戸惑うように揺れる色も、不気味なものを見るような畏怖の色も、浮かんではいなかった。

「……ごめん」
「何が?」
「いやさ、気持ち悪くない? そう言うの。だって人の気持ちが読めちゃったりするのって」
「別に」
「えっ?」

 あまりにもきっぱりと言った海棠に、思わず勇太は目を瞬かせた。

「別に。うちもそう言う家系だから」
「え……?」
「多分工藤のとは違うと思うけど。魔法使いの家系らしいから。うちの母さんの一族が」
「…………」

 意外な話に、思わず勇太は海棠を2度見た。

「魔法とか、使えるの?」
「弟と違って、俺は何となくそれっぽいものが分かるだけ。叔母上みたいによく分からない魔法を使う事も、弟みたいに学園を追い出される事もない」
「ん……? 弟……?」
「…………」

 海棠はコクリと頷いた。
 もしかして、あの時見えたもう1人の海棠君って……。

「もしかして、双子の?」
「叔母上が情報操作しているから、多分4年前から在籍している人間以外知らないけど」
「ああ……でも追い出されたって……」
「……あの子を」
「ん……?」
「…………」

 海棠の無愛想な表情が、一瞬引き締まった。
 勇太は分からず首を傾げるが、何かが聴こえた。

『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』

 甲高い声は、どこかで聴いた事がある。
 ……あれ、この声って、さっき聴いたはずの声。

「ちょっと待って。何で、のばらさんの声が聴こえるの?」
「……弟がやったんだ」
「えっ?」
「死んだ弟が、あの子を生き返らせようとしたんだ」
「……!!」

 勇太は、言葉が出なくなった。

<了>