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二人は錻力ヤダぁ〜玲奈
1.
「玲奈ちゃん! 儲かるよ。一口どう??」
瀬名・雫(せな・しずく)がコソコソッと三島・玲奈(みしま・れいな)の可愛い耳に囁いた。
突然息を吹きかけられた玲奈は、ガタッと立ち上がった。
「な、な、突然なに!?」
雫はそんな玲奈を無理やり座らせてシーっと人差し指を口の前に立てた。
「そんな大声出したら、折角のいい話がみんなに知られちゃう!」
「…なに? いい話って」
玲奈がパチパチと目を瞬かせながら雫に聞くと、雫はふっふっふっとばかりに得意気な顔になった。
「今、お内裏様がオークションで急騰中なんだって。だから、お内裏様ゲットして売りに出せば…わかるよね?」
「…いや、全然わからないんですけど…」
そう言った玲奈に雫はハァッとため息をついた。
「しょうがないなぁ。玲奈ちゃんのためにあたしが特別に解説してあ・げ・る☆」
雫は玲奈のために丁寧に説明を始めた。
いい? これはあくまでもネットの噂なんだけどね。
ほら、前に玲奈ちゃんがアルバイトしてた人形問屋街。覚えてるでしょ?
あそこでね、お内裏様が突然売り切れ続出し始めたらしいの。
うん。どこの店でもお内裏様だけなんだって。
でね、お雛様っていうのはお内裏様とお雛様の2人で一対じゃない。
お客さんもお内裏様がないと買うに買えないし、売る側も売るに売れない。
で、それの余波がネットオークションに来ちゃってるってわけ。
お内裏様がないと桃の節句も来る前に終了だからね。
ってことで、ウッハウハになれる大チャンス!
「何でお内裏様だけ?」
「あたしにそれを聞かれても…」
2人の少女はうーんと小首を傾げた。
2.
「いけません!!」
鋭い声が1軒の家から聞こえる。
「僕の嫁〜3次元だもんね〜。もう2次元になんか逃げないよ」
カーテンの隙間から家の中を見ると、美少女鎧武者人形を大事そうに抱えてくるくると回る20歳は過ぎたであろう青年の姿とその母親らしき女性が言い争っている。
「捨てなさい! きもい!!」
「あー! 僕のララタンがー!!」
一方、違う家からはこれまた違う言い争いの声。
再びカーテンの隙間から家庭を覗き見る。
「な、なんだこれは!?」
親王が飾られているはずの場所にお雛様が2体。揃いも揃ってアニメっぽいアーマーを着こんで鎮座している。
「可愛い〜! そぉれ! ガンガーン!!」
「お雛様は戦いの道具じゃない!」
父親がお雛様で戦いをしようとした娘を叱り飛ばす。
娘はムーっとふくれっ面をして、すぐに次の遊びを考え付く。
「そぉれ、よいではないか、よいではないか! あーれー…」
「女同士! それ女同士だから!! どうしてこうなったーーーー!!!!」
父の鋭いつっこみを受けながら、娘はさらにふくれっ面をした。
覗き見た光景に満足を覚えながらも、彼は呟いた。
「まだだ…まだ終わらんよ…」
「お願いよ、玲奈ちゃん。私たちからの」
どこをどうしてこうなった?
玲奈の前には今、雫の親が土下座して懇願している。
「空前絶後の百合お雛様&男の娘五月人形ブーム。これはこれで…よくない…」
くっと雫の父は涙を飲んだ。雫の母は涙を拭いた。
完全な泣き落としだ。
「わかりました。雫ちゃんのご両親の頼みだもん。受けないわけにいかないよね」
玲奈はそうしてお内裏消滅という難事件に立ち向かうことになったのだった。
3.
「共通点…なにかあるのかな?」
玲奈の問いに、雫はうーんと唸って目の前のディスプレイの検索窓にキーワードを入れた。
「…お雛様…男の娘…百合…お内裏様消失…」
パッと切り替わった画面に、驚くほどたくさんの画像が出てきた。
「う〜ん…なんとなく顔が似てるような気もするけど…」
雫と玲奈は画面に顔を寄せて、何とか共通点を見つけ出そうとした。
「…あれ? これブリキっぽくない? ね、ほらココとか」
画面を指差した雫に、玲奈はハッとした。
「わかったわ! これはその手のフェチの仕業よ!」
「その手のフェチって?」
「いや、そこはあんま突っ込んで欲しくないかな」
ゴホンとひとつ咳払いをして、玲奈はどこか遠くを指差した。
「…ともかく! こんな精緻な人形向けブリキ鎧を造れる業者なんて、そう多くないわ。雫ちゃん、検索よ!」
「yesブリキ屋〜♪」
雫が嬉々として検索をかけると、いかにもそれっぽい業者が出てきた。
カーン…カーン…
鉄を打つ音が遠くまで響き渡る、とあるガードレール下の小さな街の鍛冶屋。
そこは筋肉隆々の兄とガリヤセの弟が何故かブリキのアーマーを自ら着込んだ不思議な店だった。
弟が五月人形にメイクを器用に施すと男の娘に変身、そしてその人形に兄が人形用ブリキのアーマーを巧いこと着せていく。
まさに下町の職人技! 日本の技術は下町が担っている!!
「そこまでよ!!」
「誰だ!?」
突如バーンと開け放たれた扉に、兄弟は慌てた。
そこには美少女2人の姿があった。
4.
「大いなる望みの力! 三島玲奈参上!」
ドドンとポーズを決めた後、何秒たっても次の声が聞こえない。
玲奈が振り返ると困った顔の雫がこちらを見ていた。
「言わなきゃ…ダメ?」
「もちろん」
「うぅ。やっぱり」
雫は観念したかのように、嫌そうにポーズをとった。
「はじける柑橘の香り…瀬名雫…」
「雫ちゃん、もっと自信を持って! 大丈夫! ちゃんと出来てるから!」
「そういう問題じゃ…」
そんなグダグダな会話をしていた2人に、痺れを切らした鍛冶屋兄弟が襲い掛かる!
「二人は錻力屋〜!!」
玲奈は準備してきたある粉を2人に振りかけた。
「ゴホッ! こ、これは!?」
「錻力の天敵、漂白剤よ。雫、水! って…うわ、あたしに掛けんな〜」
白い粉が水と混じると強烈な匂いを放つ。
そしてたちまち鋼からメッキが剥がれていく。
「う、うわっ、溶けr……!?」
哀れ、丸裸になった兄弟…と坊主頭の宇宙人になってしまった玲奈。
「また嫁に行けなくなったでござる」
「てへ☆」
「お、俺たちはいったい何を…」
丸裸になった鍛冶屋兄弟は、どうやら正気に戻ったようだ。
局部を一生懸命隠そうとする鍛冶屋兄弟。大変恥ずかしがり屋さんぽい。
そんな兄弟に、宇宙人玲奈は言った。
「わかってる。真犯人は…」
5.
そこは小さな神社だった。
お焚きあげされる寸前の人形が供養を嫌がって泣いているようにみえた。
いや、実際に泣いていた。
玲奈には見えた。既に燃やされてしまった人形の怨念も上空に渦を巻いている。
「これが…真相」
鍛冶屋兄弟はこの人形の怨念により操られていただけだったのだ。
愛されていたはずの人形たちは何故燃やされねばならぬのか、理解していないのだ。
彼らを救うことができれば、あるいはこの事件は円満解決するだろう。
だがお雛様の供養は免れな…
「あっ、そっか! 嫁に行けない玲奈ちゃんに押し付ければいいじゃん。ナイスアイデア、あたし!」
唐突に雫がパチンと指を鳴らして、燃やされようとしていたお雛様を手にもてるだけ持ってきた。
「え? それどうしろと?」
「もちろん持って帰って玲奈ちゃんの嫁にしてあげて」
「や〜だ〜!!」
受け取り拒否しようとしたが、雫の思わぬ馬鹿力で押し付けられてしまった。
手元に来たおひな様は心なしかとても健やかで安らかな顔になっている気がした。
元の場所には戻せそうになかった。
手にいっぱいのお雛様を持った宇宙人は泣きながら宇宙船に戻っていったという…。
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