|
過去の現実・空虚な幕引き
―草間興信所に戻った零は過去の事件簿に目を通していた。
「ありました…、玲奈さん」
「え?」零が突然声をかけてきたので玲奈は歩み寄る。「この事件、私の…」
「そうです。御母さんの遺言と虚無の境界傘下の教団に関与した事実を知った玲奈さんが、教団施設を壊滅させた時の事です」零はファイルを捲り、情報を搾取していく。
「笑えないよ…。遺言を馬鹿正直に信じて、その実態は人体実験の片棒を担がされただけ…。私って、何でこんな…」
「今はそんな事に悲しまなくても、良いと思います」零は玲奈の顔を見つめて言葉を続けた。「それに、今私達がやらなくてはいけない事は、今回の事件の実態を知る事ですから…」
「…ありがとう」零の言葉は玲奈の心を優しく包む様だった。「でも、何で今頃になって地球脱出教団なんてものが動くのかな?」
「…解りません。この事件にも、地球脱出教団が関わっていたと思ったんですが…」零は再びファイルに目を凝らす。
「そうか、そうだったんだ…」突如玲奈が何かに閃いた様に呟く。
「どうしたんですか?」
「解ったの、何故“今”なのか…」
「え?」
「彼らは虚無の傘下…。つまり、人類の滅亡による虚無への帰化。2012年という、今がその機だったのよ…」
「…! そうですね、それなら全てが繋がります…」
「行こう、零さん! 止めなくちゃ! 地球脱出教団は、自分達の手で滅亡を迎えるつもりよ!」
「そんな…!」
――。
群馬県某所。
重機で何やら地面を掘り返している跡が点在している様だが、二人はそんな事はお構いなしと言わんばかりに歩みを進めた。
「恐らく、お兄さんはもう中へ入っている筈です」零が口を開いた。「お兄さんの話だと、坑道の奥に人工火山も地震誘発兵器もあるそうです」
ここへ向かっている最中に零が電話で聞いた内容だ。零の兄は一足先に中へ乗り込んだそうだ。
「進むしかないね…」
坑道の中は随分と綺麗に舗装されている。どうやら人の出入りがあるのは間違いない様だ。
「…!」玲奈が唐突に立ち止まる。
「ど、どうしたんです―」
「―シッ!」玲奈が霊の口を塞ぎ、指を立てた。「お兄さん捕まっちゃったみたいね…」
「…!」
零が見た先には、中央で縛られ、眠らされている兄の顔だった。そんな零の兄を囲う様に祈りを捧げている信徒達。
「行く?」玲奈が小声で尋ねる。
「待って下さい…。違和感を感じるんです…」
「違和感?」玲奈が尋ねる。
「はい…。生体実験を当たり前の様に行う教団が、生身の人間を何かの生贄の様に扱うとは思えないんです。それに、信徒の方々の身体を見て下さい。あの人達、恐らく子供を宿しています…」零の言葉に玲奈は凝視する。
「まさか…」
「はい、もしかしたら玲奈さんと同じ様な形で…」
「…許せない…!」
玲奈が前へ歩み出ようとした所で、零が玲奈の腕を掴んだ。
「ダメです…! 冷静さを欠いて、あの人数を相手にするのは危険です…!」
「…っ!」零の言葉に、玲奈は苛立ちを噛み殺し、深く深呼吸をした。「そうね。生体実験としての立ち位置からすれば、零さんも狙われる可能性があるもんね…」
「はい。霊鬼兵である私を特別視する可能性は否めません…」零が静かに言葉を続けた。「それにあの人数、私達だけでどうにかなるとは思えません…」
「…なら、味方を増やすだけの事…」玲奈は携帯電話を取り出して誰かに電話かけた。「レイナ66を正史から消そうと破壊工作をしたのは、恐らく地球脱出団に対する攻撃…。なら、アレを消そうとした連中なら…―」
「正体を掴んだんですか?」
「えぇ…。通称、裏NASA。彼らとは仲良くはないけど、利害関係では味方になるハズ。幸い、本拠地はこの群馬県だし、ね…」
情報の提供により、援軍という形で裏NASAを味方につけた。それでも援軍を悠長に待っているだけでは、何も進展はしない。零にそう告げた玲奈は二人で先へ進む事にした。
――。
物陰にしゃがみ込みながら顔を覗かせると、人工火山クロノスがそびえ立っていた。溶鉱炉からは熱と光が発せられている。
「あれが人工火山クロノス…。祭壇として使われている霊力増幅装置…」
「―来ると思っていたよ、玲奈」
突然二人に聞こえる大きさで女性の声が響き渡る。
「…あちゃ〜、バレてたか…」玲奈が舌を出して立ち上がる。
「お前が来る事は想定していたからな」溶鉱炉を背にしたシルエット。女は少しずつ歩み寄った。「援軍を呼び出し、優位に立ったつもりか?」女の顔が徐々に見えてくる。
「…っ!」玲奈の顔が歪んだ。
「フフフ…、どうした? 私が生きている事がそんなに意外か?」
「…何で…、どうして生きているの…?」玲奈の声が震える。
「玲奈さん…?」立ち上がった零が震える玲奈の肩と声に気付き、声をかけた。
「霊鬼兵…。やはりあの男の物であるお前も来たか」
「物なんて、言わないで…!」玲奈が女を睨む。「アナタは…! 私の事もそう扱ってきたんでしょ…、お母さん…!」
玲奈の言葉に零は耳を疑った。女は確かに何処となく玲奈に面影が似ている。溶鉱炉の光が逆光となっていたが、これで明らかになった。女の正体は玲奈の母だった。
「困惑しているのか…? 兵器としては致命的だな…」女は言葉を続けた。「くだらない感情に揺さぶられては、ただの出来損ないの欠陥品だな…」
「そんな言い方、しないで下さい!」零が口を開く。「望んでもいない生まれ方をさせて、あなたはそれを何とも思わないんですか!?」
「同情…或いは、共感か?」女は嘲笑う様に零を見つめた。「霊能者の屍を拾い上げて造られた人造兵器。それは自分が望まなかったとでも?」
「当たり前じゃないですか! 私はこんな自分で生まれたくなかった! お兄さんに会わなければ、私は―!」零が視線を落とし、再び女を睨む。
「―ならば兄に代わり、霊鬼兵。お前が来い。生体兵器として、玲奈とは違ったタイプのお前には興味がある。自己犠牲の名の下に、兄を救えるんだぞ? 美談だとは思わないか?」
「フザけないで…!」玲奈が口を開き、女を睨む。「彼を解放しなければ、私があなたを撃つわ…!」
「左目で母を撃つか? ハッ、お前には出来ない。お前に母が撃てるか?」
嘲笑し、蔑み、挑発する様に女はそう言って両腕を広げた。
「私は…!」
「撃て! 撃ってみせろ!」
―母の良心である遺言に、一途にも従った。
―それが、人体実験の片棒を担がされていた事すら、気付かなかった。
―呪った。兵器として生まれた自分を、生んだ母を…。
―もう、終わろうよ…。お母さん…
一瞬の出来事だった。女の胸元には空洞が生まれ、口からも血が零れた。
「…さすがは兵器だ…」胸元に空いた穴を触れ、狂気に歪んだ笑みで玲奈を見つめた。「お前は、これで…、私を殺した事で、完成を迎え…た…」
「…あ…ぁ…、わ…たし…」震える手に、瞳孔の開いた瞳で玲奈は呟いた。
「玲奈さん、しっかりして下さい!」零が声をかけ、玲奈を抱き締める。
周囲から次々に信徒達がクロノスへと入っていく。クロノスは空へと向かって飛び立っていく。
「…あ…ぁぁぁ!」
零は兄を連れ戻し、玲奈の元へと戻った。残されたのは、女の死体と只泣きじゃくる玲奈の姿だけだった。虚しく響く玲奈の声を聴いていた零は、何だか自分まで泣きだしてしまいそうな気分だった…―。
Fin
|
|
|