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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.1 ■ 新人探偵



 IO2から武彦が離れて探偵事務所を開業させてから一か月程過ぎた頃。勇太は武彦に連れられて新幹線に乗り込んでいた。
「おわぁ…、俺新幹線乗るの初めてだ…。あっ、お弁当売ってくれる人とか来るのかな!?」
「うるせぇぞ、勇太」
「だ、だって! 新幹線って言えばお弁当売りに台車押してくるお姉さんでしょ! 名物でしょ!」
「あんなモンを名物と言うのか…。まぁ定番と言えば定番だがな」
「うおー、はえーなー! あ、草間さん! 向こう着いたら卓球勝負しよ!」
「聞いてねぇな…」
 勇太のテンションの高さや舞い上がる素振りは十二歳相応の姿だと、武彦は勇太の素振りを見ながら溜息混じりに何処か嬉しそうな表情を浮かべた。


 ―今回の探偵業は正直不可解な依頼内容だった。
 『経営している旅館での怪奇現象を調査・解決して欲しい』という類。霊媒師でもない、一介の。しかも新人探偵である武彦に舞い込んで来る様な依頼内容ではない筈だった。明らかに不思議な事件だが、武彦にとっても初めての探偵業でありながら、旅館に泊まる料金がタダだと言うのであれば願ってもいない仕事だった。

「―怪奇現象、ねぇ…」
「ん? 何か言いました?」
「いいや、別に…」
 若干の不安を胸に抱きながら、武彦は外を見つめていた。勇太はそんな杞憂を抱いた武彦の心情など露知らず、煙草が吸えなくて不機嫌になっているのかと勝手に推測していた。



――。



 ―神奈川県箱根町。
 関東の温泉街として由緒ある町並びに、独特の温泉文化が根付いている。勇太は初めて訪れたこの町をキョロキョロと見回し、第一声を放った。
「ここが箱根かぁー…!」キラキラと目を輝かせながら勇太が呟く。「すっげぇ田舎だなぁ、ハハハ」
 空気を読まずに堂々とそんな事を口走る勇太にあちこちから冷たい視線が送られる。武彦は勇太の頭を軽くひっぱたき、メモ帳を取り出してさっさとバス乗り場へ向かった。
「…勇太、テレポートで俺を連れていけ」武彦がバスの時刻表を見るなり勇太に声をかけた。
「へ? 知らない場所だし、せっかくこんな所まで来たんだからバスで行きましょうよ…。それも楽しいかもですよ」
「ほう…。この寒空で雪が降り出すと予報されている季節に、一時間以上バスを待つ覚悟がお前にはある、と言う事か…」
「はぁ!?」勇太が時刻表に駆け寄った。「…ホントだ…」
「しょうがない、タクシーにでも乗るか…」武彦が近くのタクシー乗り場へと進み、声をかけた。
「置いて行かないでよね!」勇太が慌てて武彦を追って走り出した。

 走り出して間もない頃、勇太と言えば、窓の外を流れる景色を見て口を開けて「おわー」とか「あ、湯気!」とか一人で盛り上がった様子を見せていた。
 タクシーはどんどんと駅前の栄えている雰囲気の場所から離れ、山へと走っていった。段々くねくねと曲がった山道を走りながら、途中途中にある旅館やホテルの雰囲気が、勇太の中にある目的地への期待を更に募らせる。
「しっかし、久しぶりに乗せたよ、その旅館に行くっていうお客さん」ふとタクシーの運転手が口を開いた。
「珍しいんですか?」武彦が尋ねる。
「んー、十年ぐらい前の先代の女将と館長だった頃はそれなりに客も来ていたみたいだけどねぇ。夫婦揃って事故で亡くなってからはめっきり客足も遠のいちまったなぁ」
「まぁ駅からも離れてますしね…」
「いやいや、箱根って町は駅の近くとか有名な旅館よりも、老舗の町旅館の方が由緒ある町なんだよ。立地条件なんて商売理由にはならねぇのさ」
「あとどれぐらいで着くんですか!?」突然勇太が話に割り込む。
「んー、そうだなぁ。この山超えてトンネル抜けりゃ早いんだが、あのトンネルもちっとばかし有名でな」タクシーの運転手がニヤっと笑う。「“神隠しトンネル”って謂れがあんのさ」
「神隠し?」
「…何それ?」
「中に入って抜けた先が冥府だとかあの世だとか、何しろ違う世界に連れてかれるって謂れがあってなぁ」
「成程、よくある作り話ですね…」武彦が溜息混じりに切って捨ててみせる。「…? おい、どうした?」
「へっ!?」明らかに挙動のおかしい勇太に武彦が声をかけると、素っ頓狂な声を上げて勇太がビクっとしながら返事をした。「なっ、何!?」
「ほら、そろそろ見えて来るぞ」
 タクシーの運転手がそんな事を言う。気が付けば大通りと言われる様な道路から離れ、随分と狭めな道を走っている様だ。
「く、くくく草間さん…?」
「DJみたいな喋り方だな。なんだ?」
「か、かかっ、神隠しって…?」
「まぁ人間が突然消えたり何だったり、そういった怪奇現象だな。昔っからそういう類の話はよく耳にするが…」
「あっちゃー、トンネルがなくなっちまってるなぁ」
「トッ、トンネルごと神隠し!?」勇太が運転手に喰ってかかる。
「ん? いやいや、この先がトンネルなんだがね。先日の大雨で地滑り起こしてあのザマじゃ、通れないねぇ…」頭を掻きながら運転手が呟いた。「まいったなぁ、このトンネル抜けないと、あの旅館に行く道ないんだよねぇ…」
 あまりに勇太の発言が武彦のツボにハマったらしく、武彦は腹を抱えて笑いを堪えていた。バツが悪くなった勇太は停車したタクシーから降りて土砂や岩を見に行った。武彦もまた降りてきて煙草に火を点けた。
「やれやれ、こいつは撤去されるまで待つしかなさそうだな…」
「おーい、このトンネル抜けりゃすぐなんだけど、戻るしかないだろうよ〜」
「だとさ。勇太、行く―」
「―嫌だ」
「…あ?」
「せっかくの旅行だし、タダだし! こんな土砂、俺がどかすよ」勇太の目が真っ直ぐ土砂に向けられている。
「…やれやれ、まぁそれが出来るのが一番有難いけどな」武彦が紫煙を吐きながら呟く。「運転手さん、トンネル抜けてどれぐらいで着けるんです?」
「んー、歩けば十分ぐらいだなー」
「解りました。ここで良いんで、戻っちゃって下さい。お金はここで払いますんで」武彦がそう言って運転手にお金を渡す。
 運転手は山の中に放っていく事を心配していたが、武彦がさっさと帰れと言わんばかりに言葉で捻じ伏せる様に運転手を引き返させた。
「さて、勇太。人の気配もないし、やるのか?」
「うん、頑張れば温泉はもっと気持ち良い筈だから!」勇太が手を翳す。「温泉パワー!」
「何だ、そりゃ」




――。




 土砂を片付けるのに時間は大してかからず、勇太はぜぇぜぇと息を切らせながら前を見つめた。サイコキネシスを利用して次々と土砂をどかし、近くにあった倒木で土砂を塞き止め、トンネルが姿を現した。一段落したと武彦が思った瞬間、勇太は武彦を掴み、トンネルを超えた先へとテレポートをした。
「…いやぁ、片付いたね?」
「…そうだが、トンネルをテレポートでわざわざ越えなくても、二十メートルもないぐらいしか―」
「―さて! 温泉何処かなぁー!」
「…神隠しが怖いのか…」
 さっさと歩いていく勇太の背を見つめながら武彦は呟いた。
 見渡す限りの田舎道。畑や川が広がり、点々とした民家しかないその光景はまさに田舎の小さな集落の様だ。そんな中、随分と物々しい雰囲気で大きく建つ旅館は意外とすぐに見つかった。歩いて十分と言っていたが、目と鼻の先にある。


「いらっしゃいませ、当旅館へようこそ。草間興信所の方でいらっしゃいますね?」
「えぇ、そうですけど…」
 旅館に着いてすぐに深々と頭を下げて出迎えたのは中年の男だった。
「お待ちしておりました。私が依頼主、当旅館の主人です。さぁ、どうぞ。まずは荷物を部屋まで運びながらご案内させて頂きます」
「あぁ、そうでしたか。私、草間興信所の探偵、草間―」
「―草間さん、早く行こうよー!」
「…あぁ」
 社交辞令の挨拶は勇太の一言であっさりと終わりを告げた。

 部屋へ案内された二人は予想以上の広さと綺麗な部屋に思わず唖然とした。和室ならではの雰囲気と、独特な匂いが漂う室内。勇太は大喜びで部屋の中を見て回った。
「こちら、“月の間”が草間様に使って頂くお部屋となります」
「こんな良い部屋を御用意して頂けるとは。有難う御座います」武彦がそう言って椅子に座ると、主人は部屋の説明を一通り始めた。
「…それで、着いて早々に申し訳ないのですが…」
「あぁ、依頼された件についての内容ですね」
「はい…」武彦に向かい合う様に主人が座った。「この旅館は、ご連絡させて頂いた様に怪奇現象が起きていまして…」
「それの調査・解決でしたね。具体的にはどんな事が起きるのですか?」
「怪奇現象…!!?」部屋探索を終えて戻ってきていた勇太が、さながらドラマのワンシーンの様に荷物を落としながら尋ねた。「く、草間さん…? そんなの聞いてない…よ?」
「そうだったか?」
「そうだよ! 『箱根の老舗旅館のお泊り付きの依頼だぞ』って言っただけで…―」
「―そのまんまだろ?」
「ぐっ、依頼内容ぐらいしっかり聞いておけば良かった…っ」勇太がうなだれる。
「それで、具体的には?」武彦はそんな勇太を放ってそう言って話を戻した。神隠しの一件を見ていれば、勇太がそう言った類が苦手なのはすぐに解る。
「えぇ…。誰もいない部屋から子供の笑い声や走る音が聞こえたり、物が落ちたりと不可思議な事象が多くて…。そのせいでお客様の足も遠のき、今ではこうしてひっそりとした静かな旅館に…」
「…そうですか…。解りました、調べてみましょう」
「あ、有難う御座います」主人が再び深く頭を下げた。「もしも解決出来なくても、最悪書面で証明さえして頂ければ…」
「…えぇ、構いませんよ」




「草間さんの嘘吐き…詐欺師…鬼、悪魔ぁ…」
 主人が退室した後、勇太は呪文を唱える様にブツブツと文句を言い続けた。
「はぁ…。とりあえず風呂行くぞ、勇太」
「…行く!」

                          Case.1 to be continued...