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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェンリルナイト〜渇望〜
 いきなり街に連れて来られ、全能の魔女の計らいで武器をもらい、護人(ヴァナディース)としての自分の在り方を、ここに来て、ようやく認識させられた。
「はぁ……」
「何じゃ、宿に着くなりため息などつきおって」
 思わず声を出してしまったのも悪かったらしい。少し呆れたような顔つきで言う魔女に、みなもは、何も返す気力が出てこなかった。
『あたしは、あたしの意思を貫きたいです!』
 そう、魔女に宣言した言葉に、嘘はない。実際、あの場でできないと逃げだせば、それはRPGの主人公にあるまじき行為だろう。
――平凡な日常を過ごしていたはずの主人公が、突如、自分の目の前に現れた人物の騒動に巻き込まれ、否応なく旅に出ることになる。それでも、旅を通じて、次第に自分の出来ることに気付き、何かをしたい、世界を救いたいと願うようになる。
 それは、よくあるRPGの主人公の設定だ。
――けど……。
 それは、あくまで、プレイヤーとしてその主人公の成長を見て、プレイし、楽しんでいる場合の話であって、今のみなもとは立場が違う。
 今の状態なら、RPGをプレイしている、というよりは、まるでストーリーのないオンラインゲームでもやっているかのような気分だ。
――これが、ストーリー通りなのか、それとも、あたしが“みなも”として存在していることで、別なストーリーを生みだしているのか、それさえもわからない…。
「お前さん、さっきから何を一人で考えておるのじゃ?」
 不意に、全能の魔女が聞いてくるので、みなもは思わず驚いて声を上げそうになる。
 だが、魔女は全く意に介した様子もなく、みなもが座るベッドの前に腰を下ろした。
「ふむ。戦い続きで疲れたか? それとも…」
 そこで一度言葉を切り、魔女は、すっと、杖をみなもの方に伸ばした。
「この世界のことが、わからんか?」
「ッ…!」
 的を射た言葉に、みなもは思わず絶句する。
 全能の魔女が、どういう意味でそれを言ったのかはわからない。単純に、記憶を失っているはずの“みなも”が無理にクラスチェンジをしたせいでまだ記憶が曖昧なままだと捉えているのか、それとも、本当は、始めから“海原・みなも”という本当の自分の存在に気付いているのか。
――けど、どちらにしても…。
 ここで、聞ける情報を聞いておいて、損はない。正直、このまま訳がわからないままに進んでいくには、限界だった。
「あれほど人々に頼られる、護人とは一体何なのですか?」
 妙な駆け引きはしない。そう決めて問うたみなもの言葉に、魔女は、少し考えるような仕草を見せてから、口を開いた。
「もう、随分昔の話になるか。今は、もう伝承や神話の領域でされておる話じゃ」
 前向上を一つ入れ、魔女は、杖を支えに立ちあがると、不意に、その杖で天井を指示した。
「護人とは、文字通り“世界の護り人”じゃ。人間の住む世界ミズガルズ、獣人の住む世界ニダヴェリール、エルフの住む世界アルフヘイム、そして、そのどれにも属さない世界、ここ、アースガルズのな」
「そして、この、虹で示されているのが、それぞれの世界を繋ぐ、ビフレスト、ですか?」
「そうじゃ」
 きっぱりと言い放ち、魔女は、軽く杖を振る。すると、今まで4つの大陸とビフレストが描かれた地図を映し出していたものに、一つ、独立した大きな大陸が加わる。
「これは…?」
「神世界、ヴァナヘイム」
 そう端的に言うと、まるでそれが立体映像のように動き、世界の相関を示しだした。
「これは…!」
「そうじゃ。アースガルズから行ける3つの世界、そして、それからしか行けぬヴァナヘイム。この世界は、縦に、ビフレストという糸のような橋で、ヴァナヘイムによってつられておるような状態なのじゃ」
 淡々と告げる魔女の言葉に、みなもは思わず息を飲む。
 北欧神話がモチーフになっている、用語も神話から来ている、というのは、友人の話で知ってはいたのだが。
――これは、一度、固定概念を捨ててみる必要があるのかもしれません。
 とは言っても、みなも自身、北欧神話について詳しく知っている訳ではないのだが、まずは、魔女の出方をうかがってみよう、そう思い、彼女の言葉を待つ。
「その大昔にも、ある出来事が起きてな。それを救ったのが、人間の戦士、フォルセティ、エルフの戦士、ヴァナディース、獣人の戦士、マグニだったのじゃ」
「では、ヴァナディースとは、人の名前だったのですか?」
「そうじゃ。この世界を救った、英雄のな。それが、今では、称号となっておるが」
「世界を、救った?」
 魔女の言葉に、みなもはつい聞き返してしまう。すると、幼い姿の魔女は、一呼吸置いてから、言葉を続けた。
「今、この世界は、伝承と同じことが起きようとしておるのじゃ。すなわち、ビフレストの消滅」
「な…っ!?」
 予想外の言葉に、みなもは、思わず声を上げる。その声が、まるできっかけだったように、魔女が描き出していた世界の相関図が崩れ落ちた。
「その消滅を避けるためには、一度アルフヘイムへ渡り、ヴァナヘイムへ昇る必要がある。それができるのは、かつて世界を救った英雄の名を称号に持つ者だけじゃ」
「……」
 ようやく知った、物語の真相。そして、主人公“みなも”として成すべきこと。
 だが、その事実は、実際には13歳である“海原・みなも”には、重すぎる使命だった。
――できない、なんて、言える状況じゃないけれど…。
 それでも、頭の整理が追いつかない。
 第一、例え称号を持っていたとしても、いまのみなもに、世界を救うなんてことができるかもわからないのに。
そんなことを思っていると、
「てぃっ!」
「痛…っ!」
頭に激痛が走り、顔を上げてみれば、全能の魔女がみなもの頭めがけて振り下ろした杖を持ち直しているところだった。
「小難しく考えるでない。また記憶が飛ぶぞ」
「既に記憶が飛びそうなほど叩かれていますし、疲労困憊なのですが」
――精神的に。
そう胸中で付け足してみるが、魔女は、そんなことはどうでも良いと言いたげに笑った。
「外を見てみよ、みなも」
「え…?」
言われて、つられるように窓の外に目を向ければ、広場で子供たちが駆けまわって遊んでいる。別の場所では、近所の住人なのか、何人か集まって談笑していた。
「あのような者達が生きる平和な世界、救ってやってくれんか? お前さんが、みなの希望なのじゃ」
「え…?」
 不意に魔女から聞こえたのは、いつになく弱気な発言で。
 だが、それに聞き返す間もなく、
「さぁ、腹が減っては何とやら。飯にするぞー!」
 まるで、その容姿そのもののような勢いで飛び出していく、全能の魔女と呼ばれる少女。
 その背を見送って、みなもは、再び、窓の外に目を向けた。
 走り回っていた子供が転んで、母親がその子を慰めながら、手を引いて家に帰っていく。
 また別の場所では、若い男女が幸せそうに語らっていた。
「何気ない日常、か…」
 思わず呟いたみなもの言葉に、答えてくれる者は誰もいなかった。