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+ xeno−間− +
相変わらず良く散らかった部屋だと、肩より少し下までの長さの黒髪を後頭部でひとつに結んだ少年――青霧 カナエ(あおぎり かなえ)は思う。
部屋もとい研究室の持ち主の名は奈義 紘一郎(なぎ こういちろう)。「さえない四十男」と人はいうけれど長身でがっしりした体格をしており、眼鏡を外せば結構イイ男だという事を青霧は知っている。
そんな彼の研究室の中は足の踏み場が無いほど散らかっており、この様子を見た他の研究員からは「片付けたまえ」などと言われているが、本人曰く「規則性を持って散らかしている」らしい。機材やコンピューターの類はもちろんそう簡単に動かせないため定位置に存在しているが、それ以外の資料等は確かに本人さえ位置が分かっていれば問題は……ない、のかもしれない。多分。
さてそんな研究室。
机に向かっている奈義へと青霧は声を掛けた。
「最近、奈義さんに僕が何かしませんでしたか」
一応予備の椅子も室内に存在しているのだが、そこには青霧は座らず立ったままそう告げれば奈義は身体を彼の方へと向けた。椅子を回転させ座ったまま対面するような形になれば、一瞬意図が読めなかった奈義は目を瞬かせ軽く首を傾げた。
「……? おまえがこの間呼び出された件か?」
―― いや、ちょっと違うけど……。
青霧は心中で呟くと同時に首を左右に振った。
確かに例の一件に関わってはいるが、今回聞きたいのはそこではない。さり気なくカナエは己の右手を左の肘の方へと当てる。きゅっと手の平を握りこめば服に深い皺が刻み込まれた。
対して奈義はそんな青霧を見ると眼鏡を外し、少し曇った景色を鮮明にするため布で拭ってからまたそれを掛けると困ったように笑う。
「しょうもない子供のケンカだ。作戦遂行には問題が無かったんだし、あんな事をするならおまえが指示を出せば良かったんだ。まあ、不審がられるような動きは控えることだな」
「奈義さん、……もし、僕ではないそっくりな誰かが……勝手な行動をしていると言ったら、信じてくれますか」
「意味がわからん」
奈義は先日青霧が加わった作戦について当然知っており、かつその後起こった問題についても把握している。
だからこそ青霧の真剣な表情と共に吐き出された言葉に少し考える仕草を示した。カナエは感情表現にとぼしく普段は無気力そうな表情を浮かべているが、「感情が無い」わけではない。ゆえに奈義は問い返す。
「気になることでも?」
「……」
「ふむ……。おまえにそっくりな誰か、ねえ」
「心あたりありますか」
真剣に青霧は問う。
彼にとってこの問題はまだ奈義に正確には伝える事は出来ないが、重要な話である。何故なら青霧にとって奈義の存在は『特別』に当たるのだ。本人には、そう簡単には告げられないけれど。
暫し沈黙。
やがて奈義は何かを思いついたらしく、ニヤリと表情を緩ませた。
「あー、確かにおまえだったらしないだろうな。俺に抱きついて甘えるとか」
「それは、どういう……!」
「覚えてないのか」
「……そんなこと、しません」
「覚えていないのか」――この言葉に青霧の神経が張り詰める。
しかも抱きついて甘えるという行為は確かに普段の青霧では有りえない。しかし今目の前にいる奈義は意味ありげに笑っている。
まさか。
まさか――?
青霧は右手の力を更に強めながら奈義へと向ける視線をより厳しいものへと変える。冗談ですまされたくない。もし、「もしも」の話が存在するのならばそれは大問題なのだ。青霧を困らせる事が『アイツ』の目的だ。そして実際問題、奈義に対して何か自分の知らないことを『アイツ』がしているのなら――。
青霧は思わずぎりっと歯を噛み締めた。
「何があったのか教えて下さい」
「おまえじゃない他の誰かとのことだからな。教えてやる必要は無いね。プライバシーってやつだ」
意地悪い笑みを浮かべる奈義。
どうやら本気で教える気はないようだ。この様子では奈義に害はなかったのだろうとカナエは考える。しかし相手は奈義なのだ。自分をからかっている可能性も否定出来ない。いや、むしろ目の前の人物の表情から言えばその可能性の方が高いのだが。
そう考えながら青霧は眉間に皺を寄せる。
「奈義さん」
「…………」
「奈義さん」
「……………………」
呼びかけても奈義は意味深に笑うだけ。
沈黙こそ答えだと言うかのように。
やがて青霧は険しい表情を浮かべると、床の上に散らばっている物を遠慮なく踏みながら椅子に座っている奈義へと近付く。「お?」と奈義が青霧の行動に小さな声を漏らしたその瞬間――青霧は力加減など一切せず、彼に両手を回し抱きついた。
ぎり、ぎりぎりぎり。
ホムンクルスである青霧は細身ではあるが、一般人よりも力が強い。そんな彼に容赦なく抱擁されれば嬉しいより先に苦痛の方が襲ってくる。
「痛ッ! ……くっ、青霧!」
奈義は苦悶の表情を浮かべ、青霧の行動に目を大きく開く。
だが青霧の強き抱擁は一瞬。細腕から生み出されたとは思えない圧迫はすぐに消え、青霧はすっと身を引き、奈義が何かを言おうとするがそれすら待たずに場を後にしてしまった。そんな青霧に締め付けられ、――否、熱い抱擁を受けた奈義は最後に青霧の複雑そうな表情を垣間見た気がしたがそれが何を意味しているのか分からないまま、ただその背中を見送るしか出来ない。
「……ごほっ……冗談だったんだが……あいつ、記憶障害でもおこしてるのか」
奈義は椅子に全体重を預け、ぐったりと情けないながら楽な体勢へと崩す。
彼は青霧の身辺で起きている奇怪な出来事など知らない。どれだけ青霧の事を知っていても、二人が『同じ人間』ではない以上全てを把握する事など出来ないのだ。
だから彼が今何を抱えているのか、奈義は知らない。
一方、場を去った青霧は自分にしては珍しく感情を表現していると感じていた。
ちりちりと胸が痛む。
『アイツ』によって胸の奥に点された小さな炎。
―― ……ああ、嗚呼。火は消さないと。
青霧は目を伏せ、胸の内にて点った火を踏み潰して消すところを想像する。
だが今回の火は別の感情――嫉妬のようなものだという事を、感情に乏しい青霧は知らなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男 / 16歳 / 無職】
【8409 / 奈義・紘一郎 (なぎ・こういちろう) / 男 / 41歳 / 研究員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。
この度は連作の2つ目である「xeno−承−」にまつわるお話の発注を有難うございましたv
若干もやもやBL寄りと言うことでしたので、そんな表現が出来ていればいいなと。
むしろちょっとしたもやっと感とか好きなので楽しんで書かせて頂きました。
ではではまたお会い出来る日をお待ちしております。
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