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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.1-V ■ 危険因子




 大浴場から武彦が戻っている最中、丁度逆側の通路から主人が歩いてきた。
「おはようございます、草間様。昨日はよく眠られましたか?」作り笑いを浮かべて丁寧に対応をする。
「えぇ、おかげ様で。ただ、連れの男の子が昨夜は部屋に戻らなかった様ですが、何処かで見掛けたりしていませんか?」
「いえ…、私は見ておりませんが…」主人が顔を横に捻り、少し考え込んで口を開いた。「もしや草間様、山の中のトンネルを通られたのですか?」
「トンネル…?」武彦は思い出す。「…通りましたよ(まぁ正確には土砂崩れで通れず、片付いた後にテレポートで飛び越えたんだが…)」
「やっぱり…。あそこは昔から天狗の住処と言われてましてね…。神隠しが起こると有名なんですよ…」
「タクシーの運転手もそんな事言ってましたが、どうやらそんな謂れがある様ですね」
「そうなんですよ…!」主人が力説する。「あそこを通って来た連れの子が狙われたかもしれません…」
「な、なんだって…!?」
「村の人間にも探す様に伝えておきます!」
「はい、お願いします…!」
 武彦はそう言って主人に軽く頭を下げて歩き出した。口元に手を当てて震えながら歩く武彦の姿を見た主人は、口元を吊り上げ、そのまま歩いて行った。
「…ぶはっ」主人と話をした廊下の角を曲がり、誰もいない事を確認してから武彦は思わず息を噴き出した。「やれやれ。信じると思ってるのかね…、あの狸ジジイ…」
 武彦はさっさと従業員室とロッカールームに仕掛けた盗聴器を回収しに向かった。幸いにも朝食の準備やらでバタバタしている為か、回収作業は難なく終わり、武彦は自室に戻って会話を再生させていた。
「…成程、勇太はやっぱり拉致されたか」
 録音されていた内容を一通り聞いた武彦はそう呟いて考え込んだ。武彦は録音されたテープを持ち、再び部屋を後にした。





――。




 勇太が目を開けると、そこは薄暗い洞窟の様な場所だった。身体は縄で固定され、ゴツゴツとした岩肌の感触を感じる。口もガムテープで塞がれ、どうやら自由に動けそうにない。
「―って言われてもなぁ…」
 奥から二人組の足音が聞こえてくる。勇太を襲った連中の内の二人だと、勇太はテレパシーを通じて思念から探り出した。
「仕方ないだろうが、わざわざ殺すのも可哀想だろ…。どうにか逃がしてやりたい所だな…」男がそう言って姿を現した。それに続いてもう一人の男が歩いて来る。「お、坊主起きてたのか」
 勇太はムスっとした表情で男達を睨み付ける。男達は何だかやりきれない表情を浮かべ、お互いに目を向き合わせる。そんな中、勇太はサイコキネシスでガムテープを剥がした。
「オジサン達さぁ、ここ何処? 今何時?」
「あれ? ガムテープで口止めてた筈なんだが…」一人の男が不思議そうに勇太を見つめる。「まぁ良いか…。ここはこの地に眠る氏神様の祠だ」
「氏神様? 昨日俺を襲った時もそんな事言ったでしょ」
「ん、あぁ」もう一人の男が口を開いた。「突然凄い力で引き剥がされて壁に叩きつけられたからな。あれは人の仕業じゃねぇ…」
 どうやら昨日勇太に吹き飛ばされた男達の様だ。縛られた縄もサイコキネシスを使えば簡単に外せるだろうが、男達からは敵意や殺意を感じる事もない。勇太はとりあえずこのまま情報を集める事にした。
「…どうでも良いんだけど、腹減ったよ。今何時なのさ?」
「おぉ、朝飯持って来てやったんだ」男がパンを二つと牛乳パックを一つ、勇太の前に持って来ると、勇太が食べられる様に手の縄を解いた。「すまねぇな。小さい子供を巻き込んで、こんな事するのは反対だったんだがなぁ…」
「…何で俺、こんな所に連れて来られたの?」勇太が手の自由を確認し、パンの袋をあけた。「それに、祠って言う割には汚くない?」





――。






「―とまぁ、盗聴させて頂いた内容のテープがここにある訳だ」
 自室に呼び出した宿屋の主人に向かって武彦がテープを再生させてから言い放った。主人は暫く俯き、静かに溜息を吐いた。
「…いつから、私が怪しいとお気付きに…?」
「今回の依頼を俺みたいな駆け出しの私立探偵に依頼してきた時から、おかしいと思ってたさ。旅館の大事に、原因が怪奇現象なら探偵の出る幕ではないだろう」武彦が咥えていた煙草の先から舞い上がる紫煙を見つめてそう言うと、再び主人を見た。「テープの中に入っていた会話の内容と、他の客間の掃除の行き届いてない扱い。最初からこの旅館を売るつもりで、探偵もお手上げだというお墨付き欲しさに俺を呼んだな?」
「…さすがは、プロの探偵ですな…」
「どうしてこんな事を…?」武彦が探偵ドラマを見ていて言ってみたかったセリフをここぞとばかりに口にした。「こんなに良い旅館なら、宣伝や営業でもっと…」
「…ここの村は元々、氏神様を祀っている氏子…。つまり、この土地で生まれ育ち、この土地で結婚していく様な暮らしを続けていた。だが、時代は移り変わる。村からは若者がいなくなり、外から訪れる観光客も年々減りつつある…。村の事を考え、活性化させる為には、資金が必要だった」
「それなら、普通に旅館を売れば良いのでは?」
「それでは先祖や親戚に申し訳が立たない…。私はここを売って、この土地を活性化させる為に、ショッピングモールを建てる。その事に先代である両親や親戚は反対していた…。だからこそ、正当化する理由が欲しかったんだ…」
「そうだとしても、勇太…つまりは俺の連れを殺せと命じた。その時点で、もう取り返しがつかない罪を犯している」武彦が突き刺す様にそう告げた。「勇太は何処に…―」
 武彦がそう言おうとした瞬間、突如大きな地震が起こる。食器が揺れて音を立て、電気がグラグラと揺れる。ミシミシと鳴る建物の音。
「まずい! 連日続いた天気のせいで山が地滑りを起こす可能性がある!」主人が声をあげた。「あ、アンタらが通って来たトンネルの中に、氏神様の祠があるんだ。そこに、連れを監禁してる!」
「…チッ!」





――。





 
「岩盤が崩れて落ちて来るぞ!」
 地震の震動でガラガラと崩れ始めた祠内で上から岩が降って来る。勇太は手を翳して岩を空中で止めてみせた。足に縛り付いた縄を外し、立ち上がる。
「な…、岩が止まった…?」男が落ちて来ない岩を見上げて口を開いた。
「…ったく。ねぇ、オジサン達。俺がこうして止めてる間に早く出てくんない?」
「お、お前がやってるのか?」
「そう。だから、早く出てよ。オジサン達にいられても、邪魔なんだけど」
「あ、あぁ…!」
 男達が祠を後にする。すると、同時に更に岩盤が崩れ、出入口は封じられ、更に大量の岩が勇太へと襲い掛かる。
「フン!」勇太が気合いを入れる様に岩を次々に止め、ゆっくりと壁際に降ろそうと試みる。「…クソ、ダメかぁ…」
 大きな岩盤から順に落ちて来ている為、どうにか無事にやり過ごす為に岩を降ろそうにも、あまりに量が多すぎる。とは言え、テレポートをしようとサイコキネシスの気を緩めたりすれば、その瞬間に岩盤の下敷きになるかもしれない。
「…こ、これって結構ヤバい…」勇太が呟く。
 確かにテレポートで移動さえすれば、なんとか助かるだろう。だが祠の長さも距離も解らない。その上、男達がちゃんと避難出来たかも解らない状況だ。勇太に与えられた選択肢は、ただもう少し時間を稼ぐ事しかなかった。
「…げっ!」
 更に上から土砂が流れ込む。勇太へとその重みが更に増す。万事休すかと思ったその瞬間、光が溢れだした。光が収束すると、昨日の少女が勇太の目の前に姿を現した。
『不思議なチカラを持った少年。私が岩を止めてあげましょう』少女がすっと上へ手を翳すと、勇太の身体にかかっていた土砂の重みによる負担が軽減され、消え去った。
「キミは、昨日の…?」
『はい。二度、お会いしましたね』少女がニッコリと笑う。『そして、二度。私は助けられました』
「ど、どういう事?」勇太はぜぇぜぇと息を切らしながら少女を見つめた。
『一度目は先日の入り口の土砂を取り除いてくれた事。あのおかげで、祠の中に霊気が流れ込み、神気が充満して私は助かりました。そのお礼に昨日行ったのですが、人が多く、なかなか言えませんでした』
「え…、って事はキミがあの温泉の…?」
『はい。お風呂で裸を見られました』
「ちょ! あれはその!」
『冗談です。あそこに入り込んだのは私ですし、山の神気が混ざり易い天然温泉は私にとっても回復に適していたので』少女はまたニッコリと笑う。
「じょ、冗談にならないよ…」勇太が顔を紅くして呟く。
『…そして、二度目は今。アナタは私の子らを身を挺して逃がし、私の家を守ってくれました』少女はそう言って祠にある神棚を見つめた。
「へ…?」
『私はこの地に住まい、祀られし土地神。氏神、と呼ばれている存在です』
「え…えぇ!?」勇太が口を開く。
『不思議な少年、ありがとう。アナタのおかげで、私も、子らが罪を犯す事もなく、事は収束しています』
「へ? いや、そんなお礼言われても…」
 勇太はポリポリと頬を掻いて照れ隠しに視線を泳がせた。そんな勇太を見て、再び氏神はニッコリと笑っていた。
『では、どうやら迎えが来ている様です。戻りなさい、少年…』
「え…、迎え…? うわ!」
 光が勇太を包み込み、勇太は思わず目を閉じた。







 ―勇太が眼を開けると、そこはトンネルから出た先の道路脇だった。武彦が勇太に向かって歩み寄った。
「ったく、鬼鮫とも渡り合う様なヤツが、あっさり捕まるんじゃねぇ」
「うっ…。言い訳も出来ない…」勇太がそう言ってトンネルを見つめた。「ねぇ、草間さん。神様って、いるのかな?」
「さぁな。神に会ったとでも言うつもりか?」




                    ――「多分、ね」


                                  Case1. Fin