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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ 学ぶべき事





 寒い冬の訪れは、アリアにとっては有難い。元々が氷の女王の血を引くアリアとその家族にとって、夏の暑さは体力の消耗も激しく、なかなかに辛い時期ではある。だが、家族で営むアイス屋においてはこれは真逆の効果をもたらす。
「…今日も、お客さん少ない…」
 店内のウィンドウ越しに町の風景を眺めるアリアはボソっと呟いた。
 大手のアイスクリーム屋とはまた違う、アリアの家で営むアイス屋には様々なバリエーションのアイスが並べられている。ソフトにカップ。キャンディーやジェラート。様々な種類を置いている店なだけに、大手とは違いリピーター的な感覚でお店を訪れるお客も少なくない。
 冬になればリピーターとして訪れるお客もやはり限られてくる。だが、所謂物好きなお客というものはいつもいるものだ。ある客は炬燵で温まりながらアイスを食べるのが好きだとか、寒いからと言って長風呂してアイスが食べたくなる人もいる。そういった感覚もなくアリアは年中アイスを食べている為、理由がなければ食べない人間の思考はまだ理解まで遠く及ばない。


「お、今日も頑張ってるねー」
 店のドアを開けて店内に入って来たのは二十歳ぐらいの女性だった。先の様な種類の思考とは違う、良い人。アリアの中での印象はその程度でしかない。
「いらっしゃい、ませ」アリアが頭を下げると、女は随分と嬉しそうな表情を浮かべてアリアを見つめていた。「…?」
「かーわいいー!」突然女がアリアを抱き締める。アリアは思わず困惑して理解に苦しみながら女を見た。「いや〜、やっぱりアリアちゃん可愛いわ〜…」
「…?」ぼけーっとしながら女を見つめるアリアを、やはり女は随分と幸せそうに見つめていた。
 アリアはいつもこのやり取りを不思議な感覚で受け止めていた。嫌な気分がする訳ではないし、自分自身がこの女性を嫌っている訳ではない。むしろ、女が自分に好意を持ってくれているという点も踏まえると、アリアにとっては“好き”の部類に入る。
「アリアちゃん、今日も偉いねー」そう言って女は自分で買ったアイスキャンディーを一本アリアに差し出した。「はい、ご褒美」
「ありがとう…ございます…」アリアが渡されたアイスキャンディーをパクっと咥える。
「あ、そうだ。今日はちょっと用事あるから早めに帰らなくちゃ…」女は腕につけた時計を見てそんな事を呟いた。
「そうなんですか…?」
「うっ…、そんな寂しそうな顔されると、離れるの嫌になっちゃうなぁ」あははと笑いながら女はアリアの頭を撫でた。「こういう幸せな時間がずっと続けば良いのになぁ〜…」
 女のその言葉に、アリアは少しだけ考え込む様に俯いた。
「アリアちゃん、明日もお店のお手伝い?」
 アリアが何も言わずにコクリと頷くと、女は「じゃあまた明日ね」とお店を出ようとした。アリアは良い事を思い付いたと、女の服を引っ張った。
「明日は、閉店の時間ぐらいに来て下さい…。いつものお礼をします」
「え? それはお姉ちゃんも嬉しいなぁ〜。じゃあそうするね」アリアの頭を再び撫でて女は店を後にした。






 ―翌日。
 営業時間中に何度も時計を見るアリアの姿は、まるで子供が友達と遊ぶ約束をして浮かれている姿そのものだった。営業中は仕事をしっかりとこなそうとせっせと働くが、どうにもアリアは感情の起伏が少ない。そんなアリアがそわそわとしている姿は、同じ店にいるアリアの母の目にもしっかりと映っていた。
「やっほー、アリアちゃん」
 閉店時間の十五分程前に、先日の女が上機嫌で現れた。「いらっしゃいませ」とアリアが声をかけると、いつも通り相変わらず抱き締められる。
「今日は楽しみだなぁー。お礼ってなぁに?」
「お店が終わったら、です」アリアはそう言って再び時計を見つめた。
「そっか。じゃあ待たせてもらうね〜」女はまたいつもみたいにアイスキャンディーを二本購入し、店内に置かれた椅子に座り込んだ。


 ―営業の時間が終了し、アリアは女を連れて店の裏にある巨大な冷凍庫へと訪れていた。中には 氷柱花や兎の彫像、氷漬けの雪だるまなどと言った可愛らしい物が全て氷で包まれて保管されていた。
「わぁ、綺麗だね〜…」アリアに連れて来られた女はそういった物を見つめながらアリアに手を引かれて歩いていた。「お父さんかお母さんが作ってくれたの?」
「ううん、私が作ったの」アリアが少し誇らしげな表情をしてそう言った。「全部私が好きな物」
「すごいね! アリアちゃんって器用なんだね〜…」口を開けて眺め続ける女が視線を移す。「あそこにある人の形をしてる氷もアリアちゃんが?」
「そう、私…」アリアが足を止めた。「氷はね、溶けなければずっとその形のままだから…。だから、私は好きなモノは全部氷で包んで保存するの…」
「え…?」女が振り返る。
「私のお礼…。お姉ちゃんが私を可愛がってくれたお礼に、今度は私がお姉ちゃん愛でてあげる…」
 一瞬の出来事だった。アリアが手を翳すと女の身体は凍らされ、そのまま動かなくなった。無邪気な喜びからアリアの口元が釣り上る。恍惚な表情を浮かべ、うっとりとした眼で氷の中に眠った女を見て、アリアは静かに呟いた。
「これで、ずっと“幸せな時間”は続くよ…」





――。





 一週間が過ぎた頃、アリアの母がアリアを冷凍庫の前に連れて来た。
「アリア。アナタを可愛がってくれていた女の人を、凍らせたの?」
「うん…。あの人は、私のお気に入り…」アリアは悪びれる様子もなくそう答えた。
 異様な感覚かもしれないが、アリアの“凍らせる”という行為には善悪の分別は存在していない。ただ単純に、アリア自身が気に入ったかどうか、という点のみがアリアにとっての凍らせる行為の理由だった。アリアの母は静かにしゃがみ、アリアの顔を見つめた。
「氷の女王の血縁として、アナタは間違っていない…」アリアの母がアリアの頭を撫でながら静かに諭した。「でもね、人間を凍らせるという事は、人間の社会ではいけない事なのよ。私達は人間の社会に生きている。郷に入っては郷に従え、という言葉がある。私達はそれを守らなくちゃいけないの」
「…解りました…」アリアが少ししょんぼりと肩を落とした。
「私が氷を溶かして元に戻してあげるから、安心しなさい…」アリアの母がアリアの頬に軽く口づけをして、再び頭を撫でた。「さぁ、アリア。アナタはお店に戻って仕事をお願い」
「うん…、解った…」
 トテトテと歩くアリアの後ろ姿を見送り、アリアの母は冷凍庫へと入って行った。





「やっほ、アリアちゃん」
 翌日、元気な姿で再び女はお店に訪れていた。いつも通り、アイスキャンディーを二本買い、一本をアリアへと差し出す。アリアはそれを受け取り、またパクっと咥えた。
「私さぁ、この一週間の記憶が何にも思い出せないんだよねぇ…」アイスキャンディーを舐めながら女が呟いた。「ねぇ、アリアちゃん。私ってお店にも来てなかった?」
「ううん、来てた…」
「え? 今みたいに?」女が尋ねる。
「今とは、ちょっと違うけど…」アリアはそう言って残念そうに顔を俯けた。
「んん〜…? 一体何だったんだろう…?」
 自分が凍らされていた時間の記憶はすっかり消えてなくなっている様だ。




           “お気に入り”が一つ、手に入らなくなってしまった事。


             アリアにとっては少し残念な気持ちが生まれていた。


             そんな、ちょっとだけ成長したある日の出来事…。




                                      Fin




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整理番号:8537
アリア・ジェラーティ



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*ライターより私信


今回はシチュノベへのご依頼、有難う御座いました。
白神 怜司です。


無邪気ゆえの行動ですが、
何ともまぁ不思議な事件でしたね(笑)

気に入って頂ければ幸いです。


異界へのご依頼の方も着手させて頂きますので、
今後とも、宜しくお願い致します。

白神 怜司