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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 温泉へ行こう!1 −

1.
「それじゃ、行ってくるから」
 草間武彦(くさま・たけひこ)は草間零(くさま・れい)の頭をポンと叩いた。
 手には小さなボストンバックを持っている。
「はい! 出張頑張ってくださいね」
 零はにこやかに微笑んだが、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は内心気が気ではなかった。
「いい? 夜はちゃんと鍵を閉めて寝ること。知らない人が来ても絶対入れちゃダメだぞ? あと、電気のつけっぱなしとガスの元を…」
「お前はどこのオカンだ…行くぞ」
 駅へと向かい歩き出した草間は冥月の手を引っ張り、強引に歩き出した。
「いってらっしゃーい!」
 笑顔の零は、車が見えなくなるまで手を振っていた。

 朝の空気は冷たいが、スッキリとする。冥月はふぅっと一息つくとごそごそと草間の書いた予定表を取り出して眺めた。

『1日目。体験の里、オルゴール館
 2日目。苺狩り、修善寺梅林梅祭、河津桜祭
 3日目。堂ヶ島洞窟巡り遊覧船、恋人岬』

「旅館は半島の丁度中心なのね。着いたら……どうする?」
「どうするって…とりあえず観光だな、観光。そこに書いといたけど…嫌か?」
 草間のその問いに冥月は首を横に振った。
「嫌ってわけじゃないの…ただ、仕事で世界中行ったけど、ずっとホテルにいたから……遊びとか休暇で旅行ってした事なくて」
 冥月は俯いて寂しげに微笑んだ。
 普通の女だったらきっと…もっと可愛い反応が返せるんだろうな…。
「…ちょっといいか?」
「え?」
 草間が突然立ち止まった。
 気に障ったのだろうか? もしかしたら、この旅行をやめようなんて言い出すんだろうか?
 冥月は不安になって、草間の顔を覗き込んだ。
「バーカ」
 その一言と伸ばされた腕に絡めとられて、冥月は草間の胸に抱きしめられた。
「ま、旅館でいちゃつくのも悪く無いけどな。…でも、折角の伊豆だ。俺がどこにでも連れて行ってやるから…安心して任せろ」
「…そうね、部屋でずっと一緒に過ごすだけでも嬉しいけれど、思い出作りもいいわよね」
 抱きしめた冥月の頭を優しく撫でると、草間は「んじゃ、行くか!」と再び歩き出したと、思ったら「あ、その前に…」と脇道にそれた。
「え? どこ行くの!?」
 草間はどんどん駅ではないほうへと歩いていった。


2.
「折角の旅行だからな。俺としても…こう、新鮮な気持ちが欲しいわけだ」
「…それとこことどういう関係があるの?」
 連れてこられたのは冥月の隠しアジトのひとつだった。
 こざっぱりしたマンションに入っていくと、草間は慣れた足取りでマンションの中を進んでいく。
「ほれ、鍵出して」
「て、なんでここ知ってるの?!」
「探偵に隠し事は出来ないってことだ」
 全然理由になっていない理由を言われて冥月は苦笑した。
 鍵を開けて中に入ると「さて」と草間は冥月へと向き直った。
「脱いでもらおうか」

「えっ!?」

 冥月は思わず赤面して胸を押さえた。
「い、いきなり何言って…! い、伊豆に行ってからでも遅くない…ていうか、そもそも何でここで!?」
 ワタワタする冥月に、草間は「ん?」と首を傾げた。
「何言ってんだ? 着替えだよ、着替え。さすがに零の前で仕事着以外の物を着ていくとバレるからな」
 草間はそう言うと「あるんだろ? 他の服」と聞いた。
「そ、それはあるけど…いいじゃない、別にいつものこれでも。慣れてるし動きやすいのよ?」
「ダメ! さっき言っただろ? 『新鮮な気持ちで』旅行に行きたいの、俺は」
 駄々っ子のようにへの字口を作り、草間はえらそうにそう言った。
「…どうしても?」
「どうしても。どうしても違う冥月が見たい」
 駄々っ子草間は自分の意見を曲げない。
 もう、しょうがないんだから…。
 冥月はちょっとため息をついて、クローゼット代わりの影を大きく開いた。


3.
「おーいいねいいね〜! うん、これとかいいんじゃないか!」
 綺麗なスパンコールのロングドレスを取り出して、草間は冥月に押し当てた。
「さすがにそれは着ていけないわね…夜の銀座ならまだしも」
「ちっ。やっぱダメか」
 袖を通したことの無い衣装がゴロゴロと出てくる。
 変装用に流行にあわせたものをそろえていくのだが、着る機会は一向に無い。
 色とりどりの服はとても自分のような裏の世界に住む人間には似合いそうもない…とも思っていた。
 しかし…
「お。これとか似合いそうだな。ちょっと着てみてくれよ」
「こ、これ?」
 草間は遠慮なく綺麗な色の服を冥月に押し付ける。思わず受け取ってしまったが、まじまじとその服を見て冥月は二の足を踏む。
「似合わないんじゃないかな…」
 だが、背中を押され冥月はそれを着る羽目になった。

「…ど、どうかな…」
 カーテンの裏から、冥月が草間を呼ぶ。草間は顔を上げた。
 ふわりとしたシフォンのスカートが膝を隠し、花柄のプリントがあしらわれたカーキブラウンのワンピース。
 いわゆる『森ガール』と呼ばれる服だ。
「うんうん、いいねぇ。これでメガネとみつあみと帽子で赤毛のアンのようだな」
「え? 赤毛??」
「…いや、なんでもない。次いくぞ次!!」
 少し顔を赤くした草間はまた別の服を冥月に押し付ける。
 すっかり気分は草間専用の着せ替え人形だ。
「なんだか武彦のほうが楽しそう」
 着替えながらカーテン越しに冥月がそう言うと、草間は「その通り」と笑った。
「旅行ってのは非日常だ。楽しいし、楽しまなきゃ損だ。それに…」
「それに…?」
 草間が言葉を切ったので、冥月は次の言葉を待った。
「…お前と一緒なんだから、楽しくないわけないだろ…」
 冥月がそっと草間を覗き見ると、草間は俯いていたが耳まで真っ赤になっていた。
 その姿を見て冥月はふふっと微笑んだ。

 すくなくとも、武彦は私を楽しませるためだけに旅行に行くわけではない。
 武彦が私と一緒に旅行することを楽しみにしているのだ。

 そう思ったら、急に嬉しくてそわそわしてきた。


4.
「じゃあ1日目は最初の服でいいのね?」
「あぁ。で、2日目はこっち。3日目はそれな」
 今着ている服を指差して、草間は頷いた。冥月は少し目立つなと思った。
 胸元が大きくクロスした真っ白なミニワンピース。
 どう見てもギャル系だ。
「こういうのが好みなの…?」
「…いや、お前に似合うと思って」
「その微妙な間は何? もう、この手の服は着慣れなくて恥ずかしいんだからね」
「まぁ、俺のセンスを信じろ。お前に似合わないものを選んだつもりはない」
 草間は恥ずかしそうにする冥月の耳元に口を寄せた。
「よく似合ってるよ」
 瞬間、冥月は真っ赤になってカーテンの奥に隠れてしまった。
 私、まだ旅行先にも着いてないのにこんな状態で大丈夫なんだろうか?
 3日間も一緒にいたら、もしかして心臓破裂して死んじゃうんじゃないだろうか?
 そんなよくわからないことまで考えながら、冥月は服を着替えた。

「持って歩くのは大変だし、影の中に入れておきましょう」
 服とそれから小物を選び出し、冥月はそれらを並べて影の中にしまった。
「んじゃ、今度こそ行くか」
「えぇ」
 2人は、マンションを出ると今度こそ駅へと向かった。
 朝の日はすっかり昇り、サラリーマンの群れに混じって冥月たちは歩くことになった。
「はぐれるなよ」
 草間はしっかりと冥月の手を握った。
 温かな冥月の手に少しだけ冷たい草間の手が絡む。
「手、冷たいね」
 そう呟くと草間は笑った。
「お前は意外と手が小さい」
「意外って…失礼ね」
 少しだけむくれると、冥月も笑った。
「楽しみね、旅行」
 すると、草間はニヤリと振り向いた。

「あぁ、楽しみだ。…今夜は特にお楽しみだ」

 その言葉に、冥月は赤くなって俯いた。
 あ、あんなこととかそんなこととかが頭の中をよぎる。
 だが、実のところ冥月の思っていることとは全く違うことが待ち受けている。
 
 そう冥月は知らないのだ、その旅館が混浴である事を…!

 楽しい旅はまだこれから。
 駅のホームから、ゆっくりと2人を乗せた新幹線が発車した。



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
 旅の始まりは身だしなみから…素敵なお洋服で素敵な旅を!
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。