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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.5 ■ 真意と真実




「ったく、捜したぞ」冥月が息を整えながら武彦に声をかける。
「…冥月。珍しいな、そんなに息を切らせて」武彦が声をかける。
「うっ、うるさい。激しい戦いの後だったからな。私だって息ぐらい切れる…」
 勿論、それだけではない。冥月は正直、焦っていた。武彦を敵の手中に取られ、敵の狙いが明確ではない状態。そんな状況で武彦とはぐれた事は冥月の心にある不安を抱かせるには充分な要素だった。
「で、武彦。何を話していたんだ?」
「目的を聞かせてもらおうと思ってな。ちょっとばかり質問していたんだが…」武彦が溜息を吐き出す。「聞いてたんじゃないのか?」
「盗み聞きするのは好きではないからな。私と武彦を狙っている者同士が手を組んでいるという事だけは聞けたが…」
「そうよ…」少女が口を開いた。「お姉様、どうかその男との関係を断って下さい…。その男は、私やお姉様とは全く逆の世界にいる人間…。私やお姉様を捕まえる側の組織の人間です!」
 少女の言葉に一瞬で沈黙が生まれる。
「…どういう…事だ…?」
「草間 武彦。彼は能力犯罪者を取り締まる機関の中枢とも言える所に関係がある人間。お姉様は監視・利用されているのです!」
 畳み掛ける様に少女が言い放った。冥月の心が強く揺さぶられる。確かに冥月も武彦の過去を調べようと試みた事もあるが、武彦の素性は一切見つかる事はなかった。勿論不信を抱かなかった訳ではない。
「…本当、なのか…?」冥月の肩が小さく震える。「黙ってないで答えてくれ、武彦!」
「…そいつが言っている、能力犯罪者を取り締まる機関。そこと関係があったのは事実だ…」武彦が静かに口を開いた。
「…っ!」冥月の身体がピタっと止まる。「…なら、私はお前とは一緒にいられないじゃないか―」
「―それは違う」冥月の消え入りそうな小さな声を遮る様に、武彦は続けた。「確かに昔のお前は危険分子として見做される事をしてきた。だが、それは俺とお前が出会う前の話だ」
「それでも!」冥月の瞳に薄らと涙が溜まっている。「それでも…、私は…―」
「―お前は誰よりも過去を悔やんでいた! それを繰り返すまいと必死に戦っているだろうが!」武彦が声を荒げる。
「…っ!」
「今のお前と、今の俺が一緒にいられない理由なんてないだろうが…」
「…武彦…」冥月の瞳の涙が溢れそうになる。冥月は今までに見せた事のない、泣き出してしまいそうな表情を必死に堪えていた。
「…い…」少女が口を開いた。「温い…温すぎます…!」ギリギリと歯を食い縛り、今にも襲い掛かる獣の様な表情を浮かべ、少女は苦々しげに声を絞り出した。
「…あぁ、そうかもしれない…」冥月が真っ直ぐ少女を睨む。「だが、私もお前のその一方的な感情が不快だ。小細工をして武彦を巻き込み、そうまでして私に何を望む? お前は私を知っている様だが、お前は何者で、何処で私と会ったと言うつもりだ?」
 冥月の問いかけに、少女は顔を俯けた。
「…もう、十年も前の事です…。私がお姉様―、最強の暗殺者となるアナタに出会ったのは…」
「十年前…。組織にいた頃、か…」冥月が呟く。
「憶えてますよね…? “監督制”」
「監督制?」武彦が口を開く。
「あぁ。十歳になった人間が十歳以下の訓練生の面倒を見るという制度だ。当時から実戦に出ていた私は六人受け持っていたが…まさか…」
「憶えていませんか? 私です…」少女が顔をあげる。
「…百合、か…?」
「フフ、やっと思い出してくれましたね…」百合が再び俯く。「アナタに面倒を見てもらう生徒の中、最も弱く、特殊な能力も持っていなかった私なんかに、興味を持たなかった事を責めるつもりはありません…」
「…百合…」
「組織をアナタが壊滅に追い込んだあの日、私達のアナタに対する憧れは更に強くなった…。最強と言われ、そんなアナタが組織を壊滅させる。それは、私達訓練生として生きてきた人間には、どうしようもなく思い描いた理想の姿…」百合が再び顔をあげ、武彦を睨み付ける。「だと言うのに、アナタは変わっていた! その男が変えた!」
「なっ…?」武彦が思わず怯む。
「お姉様は完璧だった! 完全なる存在だった! 憧れを抱き、居場所を失くした私はお姉様を捜しに日本を訪れ、やっとお姉様を見つけた…! そこで見たお姉様は、あまりに私の理想からかけ離れ、草間 武彦と共に幸せそうに笑う姿だった!」
「百合、それは―!」
「―お姉様、どうか元の完全なる暗殺者に戻って下さい…。冷徹冷酷な、完全なる暗殺者に…。愛情なんて不要なハズです…」
「あ、愛っ!?」思わず冥月が素っ頓狂な声をあげる。「べ、別に武彦とはっ! まだ何もっ! まだっていうか、何も! それに私に愛を教えてくれたのは“あの人”で…っ!」
「“あの人”?」武彦が尋ねる。
「〜〜〜…っ!」
 顔を真っ赤にしながら、しまったと言わんばかりの表情をして冥月が黙り込む。
「なんだ、冥月。そんな相手いたのか?」
「…うるさい」ボソっと冥月が呟く。
「なんだよ、隠す必要ないだろうが。いたんだろ?」
「うっ、うるさい!」冥月が武彦の腹部へ正拳突きを一直線に打ち込む。
「…ぐ…はぁ…」その場に武彦が倒れ込む。そんなやり取りを少しばかり呆気に取られた表情で百合は見ていた。
「とにかく! 何にしても、だ!」冥月の表情が一瞬で険しくなり、百合を睨み付けた。「武彦に傷一つでも付けてみろ。その瞬間、お前が望む通りに…殺してやる…」
 空気が一変した。冥月の言葉はただの脅し文句というレベルではない。殺意に満ちた空気が周囲を凍てつかせた。
「…その男の為に、こんなにも心地良い殺気を放つのですね…」百合はそう静かに呟くと姿を消していった。「最深部の大広間でお待ちしてます…」
 虚空に百合の声が響き渡った。どうやら百合はその場での決着を持ち越したらしい。静寂に包まれた室内で冥月が殺気を和らげ、小さく溜息を吐いた。
「…これでようやく正体が掴めた訳だな」冥月が武彦へとそう言って顔を見る。「…? 何だ?」
「いや、さっきの女…百合ってヤツが言っていただろ。お前を変えた存在がいるって、お前が答えたからな。ちょっと気になって、な」
「ばっ…!」みるみる冥月の顔が紅く染まる。「お、お前には関係ないだろ!」
「ははは、そんなに否定せんでも…」ポリポリと頭を掻きながら武彦が背を向けた。「まぁ、お前が今のお前になれたなら、そいつに感謝しないとな。昔のままじゃ、会う事もなかった訳だし」
「―え…」
 武彦はそう言って再び新しく煙草に火を点けた。背を向けたまま紫煙を吐く姿と、言う言葉。その素振りや雰囲気は冥月の中で相変わらず“あの人”を思い出させる。そう実感する度に、複雑な想いが冥月の心の中に生まれていた。
「…ズルいよ、武彦…」
 俯きながら、絞り出される本心。冥月の顔は相変わらず紅く染まっていたが、それを見せるつもりも悟られる事もない。冥月自身がそれを知られる事を厭わないからこそ、無頓着な武彦の態度と言葉があまりにも切ない。冥月はその感情を抱きながら、武彦に背を向けた。
「ん? 何か言ったか?」
「…独り言だ」ムスっと膨れっ面を一瞬浮かべるも、気を取り直して冥月は顔をあげた。「さぁ、いくぞ」





――。






 敵の先手とも呼べる連中はどうやら退いた様だ。冥月は周囲あった筈の人の気配や殺気が消え失せている事に気付いていた。だからこそ、警戒していた。
「武彦、どう思う?」冥月が口を開く。「気付いているんだろう?」
「…やれやれ。足手まとい、と思われている方が気楽なんだがな…」武彦が諦めた様に呟いた。
「百合の言葉から察するに、お前が素人ではない事は確証出来た訳だしな。ちょっとしたテストみたいなモノだ。何かあれば守るが、お前の能力を理解出来る範疇で理解はしておきたい」
「…はぁ」重たい溜息を吐いて武彦が続けた。「見張りや罠の気配がまるでない。どうやら敵さんも正面からぶつかるつもりみたいだが…―」
「…?」途中、言葉を中途半端に切られた冥月が尋ねた。「どうした?」
「いや、百合って女と共謀しているらしい連中は“常識”ってのがなかなか通用しなくて、な。気を抜ける相手じゃないんだわ、これが」
「共謀? 単独ではないのか?」
「あぁ。百合自身も言っていたんだが、大きな組織がバックにいるのは間違いない」武彦はそう言うと足を止めた。「冥月。もしもその組織が俺に何かしても、お前は関わるな」
「…話が見えないな」ショックを受けながらも平静を保ちながら冥月が足を止め、武彦へと振り返った。「一体何と戦おうとしている? 組織とは何の事だ?」
「…ま、お前の性格考えりゃそう聞いてくるわな…」
「だから、もったいぶってないで答えろ」




                  「―“虚無の境界”って連中だ」



                                   Episode.5 Fin