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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 3月14日 −

1.
『14日空いてるか?』
 戻ってきた冬を感じながら夕暮れの街を歩いていた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)の携帯が鳴った。
 草間武彦(くさま・たけひこ)からだった。
「あ、空いてる」
 口ではそう言ったが、実際はきっと草間が誘ってくれると信じていたから予定は空にしておいた。
『そっか。ならデートでもするか…お洒落して来いよ?』
「わかったわ」
 今、武彦が目の前にいなくて良かったと思う。
 自然と顔がにやけてしまう。私、今笑ってる。喜びを隠せないほどに。
『じゃ、14日に』
 ぷつっと切れた携帯をポケットに入れると、冥月は今歩いていこうと下方向とは別方向へ歩き出した。
 14日…14日…水曜日…。
 何を着ていこう? あぁ、下着も買わないと!
 冷静な顔で宵闇の街を慌てふためく冥月であった。


2.
「よう、待ったか?」
 約束の日、約束の場所に現れた草間は…いつもの格好だった。
「私にはお洒落してこいって言ったのに…」
 冥月がぷいっとそっぽを向くと草間は悪びれた様子もなく言った。
「俺がお洒落してどうすんだよ。女はな、綺麗にすればするほど見てもらえるからいいんだよ。ヤローが綺麗にして誰に得がある」
 よくわからない屁理屈をこねた草間に、冥月は苦笑した。
「それよりも…なんかいつもと雰囲気が違うな」
「そ、そうかな? たまには、スカートもいいかと思ったんだけど…」
 冥月は白いツイードのスーツを着ていた。どこか上品で大人の色香が漂う。
 草間は満足げに頷いた。
「やっぱり綺麗だな」
 その言葉に、冥月は頬を赤くした。
「ぼちぼち行くか」
 草間は歩き出した。それを追いかけて、冥月は草間の腕に自らの腕を絡ませた。
「今日はどこへ行くの?」
「そうだなぁ…たまには普通のデートでもしてみるか」
 草間は最寄の駅へと冥月をいざなった。
 駅から電車に乗り、品川駅で降りる。そこから目の前に大きな建物がいくつか見えた。
「ここは?」
「水族館。ここのウリは海中トンネルだ。…ま、俺も入ったことはないんだけどな」
 入場券を2枚買い、2人は水族館へと足を踏み入れた。
 入ると目に飛び込んできたのはサンゴ礁の海だった。
「うわぁ…」
 小さな小魚が群れ、青くゆれる波間を行ったりきたりしている。
「綺麗ね、宝石みたい」
 ライトに反射する光が魚の鱗に当たり、キラキラと光る。
 泳ぐ宝石のようで冥月は目を細めて、静かにただ眺めていた。
「隣いってみないか?」
 草間がそう言い出すまで、冥月は見入ってしまっていた。
 サンゴ礁の水槽の隣には、ここの名物の海中トンネルがあった。
「あれ、エイ!? わっ、上通った!!」
「うっわー…こりゃすげぇな…」
 平日に昼間、貸切の館内で2人はまるで海底に取り残されたようだった。

 でも、武彦とだったら怖くない…。


3.
 水族館の中のレストランで2人は少し遅めの昼食をとり、水族館を後にした。
「すっごく綺麗だった、ありがとう」
「まだまだ、これから」
 草間はニヤリとすると再び駅から電車に乗った。
 電車の中で冥月は、少しだけ引っかかっていたことを草間に聞いた。
「もしかして、今日のためにデートコース調べてきたの?」
「………」
 草間の答えはなかったが、泳ぐ目線がその答えだと冥月は思った。
「ふふっ」
 思わず口に出てしまった笑い声に、草間は耳まで赤くなった。
 今度は浜松町駅で降りる。
「少し歩こう」
 草間は冥月の手を握るとゆっくりと並んで歩き出した。
 3月にしては少し寒い日だった。でも、2人で歩くのには丁度いい。
「あ…」
 ふと、冥月の白いドレスが目に留まった。
「ん?」
 冥月の足が止まったので、草間も足を止めて冥月の視線を追う。
 その方向には小さなチャペルがあり、今まさに純白のドレスを纏った花嫁が幸せな笑顔を振りまきながら花婿と共に出てきたところだった。
 祝福され、これから幸せな家庭を築こうとしている2人の笑顔は眩しすぎるほどだ。
 いつか、あの真っ白なドレスを私は着られる日がくるだろうか?
 私は…幸せになる資格があるのだろうか?
 ふとよぎる影に、冥月は思わず目を瞑った。
 違う。私は幸せだ。私はここに居る。武彦の隣に。
 だからこれ以上は望まない。望んではいけないの。

  …でも…できるのなら…。

 光の中で幸せそうに笑うカップルを冥月は羨ましく思った。
「行こう。そろそろ約束の時間なんだ」
 草間は冥月の手を引っ張って歩き出した。
 ただ何も言わずに歩く草間に、冥月も何も言えずにただ黙って着いていくしかなかった。


4.
「ここ…? 何?」
 豪奢ながらシンプルな建物のインターホンを鳴らすと、奥から人が出てきた。
 冥月は草間の後ろで成り行きを見守った。
「いらっしゃいませ、草間様。お待ちしておりました」
 奥から出てきた男はそう言ってドアの鍵をはずすと、2人を中へと招き入れた。
 中はショーウィンドウの中に光り輝く宝石が並べられていた。
 2人はそこにあったソファに座るように促されて、座った。
「宝石屋さん?」
 冥月のその言葉に草間は微笑んだ。
「そう。…期待してる?」
「え!? そんなことは…」
 もごもごと語尾をうやむやにして、冥月は赤くなった頬を押さえた。
 ちょっと期待してしまうのは女心って物だ。
「お待たせいたしました。ご依頼の品です」
 そう言って先ほどの男が草間の前に赤い布が張られたトレイの上に何かを載せて戻ってきた。
「あ」
 トレイの上のそれを見て、冥月は思わず声が出た。
「遅くなって悪い。鎖の形が特注品でな、時間が掛かった」

 それは以前、冥月自身が引き千切ったあのロケットペンダントだった。

「それではこちらはお持ち帰りに?」
「いや、着けていくよ」
 草間はそう言うとトレイからペンダントを取って冥月の首に回した。
「…む。上手く…いかない」
 カチッカチッと金具の音が冥月の耳元に聞こえる。
 泣きそうな冥月は涙をこらえて「ふふっ」と笑った。
 ようやく草間がネックレスを首につけた頃、冥月は聞いた。
「持ってて…いいの?」
 その言葉に草間は冥月をそっと抱きしめた。
「持ってろよ」
 草間の胸で泣き出した冥月に、宝石店の男は一礼してくるりと背を向けた。


5.
「お幸せに」
 宝石店の男にそう見送られ、2人は店を出た。
 外は夕暮れ時だった。
「今からなら丁度いいかな…」
 草間はそう言うと冥月を連れて足早にある場所へと向かった。
 段々と近づくその建物は、冥月も見知った場所だった。
 闇が街を覆いつくしていく。その闇から逃げるように、2人はその建物へと入っていった。
 胸に揺れるペンダントをぎゅっと握り締めて、エレベーターへと乗った。
 他の客はさほどいなかった。
 冥月と草間は上っていくエレベーターの階数表示を見ながら、押し黙っていた。
『大展望台2階でございます』
 ポーンと音がして扉が開く。
「こいよ」
 草間の差し出した手に、冥月は手を置いた。

 そして踏み出したのは、夜の帳がすっかりと落ち美しく輝く東京の街だった。

「生きてる明かりが街を照らす。そうやってずっと続いてきたんだ、人間ってのは」
 窓際へと近づくと、視界いっぱいに広がる東京の街。
 草間はそう言うと、冥月の髪を一房すくい上げた。
「俺たちだってその中で生きてる。だから…一緒に生きていけばいいさ。俺たちが幸せになれない道理はない」
 一瞬何のことを言っているのか、よくわからなかった。
 だけど、草間が続けた言葉で冥月はようやく理解した。

「いつか、白いドレス買ってやるよ」
  
 草間はあのチャペルを見ていた冥月の気持ちをわかっていたのだ。
 急に涙が溢れてきて冥月はまた泣き出した。
「あー…もう。泣き虫だな、冥月は」
 違う。これは…嬉し涙だから…。
 でも、言葉にならなかった。この気持ちを全部武彦に見せたいのに。
「…そうだ。ホワイトデーのお返しなんだが…予算ってのがだな…この夜景がプレゼントってことじゃ…ダメか?」
 バツが悪そうに言い訳する草間に、冥月は「いいの、これで充分だから」と呟いた。
「…ホテル、部屋取ってあるから。今日はずっと一緒にいるぞ」
 草間がそう言って冥月をぎゅっと抱きしめた。
 あなたになら、なんだって見せられる。
 私は武彦とずっと…。

「はい」

 2人は寄り添うと、東京の明かりの中へと消えていった。
 



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
 ホワイトデーということで、楽しく書かせていただきました。
 ラブラブ度がますますヒートアップな感じになりました。(アツアツッ
 あと、アイテムで『ロケットペンダント』をお付けいたしました。
 お持ちでなかったようなので、思い出にどうぞ。
 それでは、少しでもお楽しみいただければ幸いです。