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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−転− +



 目を覚ました瞬間から此処が『現実』ではない事は分かっていた。
 何故なら僕が眠りに付いた部屋は研究所の自室であり、決して今いる場所――暗闇ではなかったからだ。それが照明が無く単純に暗いのであれば問題など無かっただろう。しかし見渡す限り存在しているのはただの『暗闇』。
 物も無く、人の気配もなく、自分の身体だけが認識出来る世界と言った方が近い。ただ、浮遊しているのではなく立っている事にほんの僅か驚いた。眠っていたならば、この場所でも横たわっているものだという「思い込み」があったのかもしれない。
 しかし僕はその場所に立っていた。
 目が覚めた……いや、目を開いた瞬間からその空間に僕は確かに存在していた。


 夢、だと思った。
 きっとこれは夢なのだろうと、『何も無い世界』の夢。
 意味のない夢で、朝になれば消えるもの。


 しかし異変は確実に僕を襲う。
 僕だけだった世界に訪問者が闇の中から空気を揺らすように出現する。それはまるで冷えた二酸化炭素がやがてドライアイスという『固形』へと変化するような過程を見ているようだった。
 彼我の距離は五メートルほどだろうか。
 そして現れた少年――『僕と同じ顔をした何者か』は以前出逢った時と同じように首をこきっと折るように首を傾げて問いかけてきた。


―― 殺していいですか?


 けたけたけたけたけたけた。
 それは笑う。嗤う。哂う。
 目を見開いた自分ではない自分が。


 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 頭に直接聞こえる声。
 自殺衝動にも似た激情は胸を焦がし、痛みを齎す。


 違うと叫びたい、否定したい胸の内。
 けれど僕は現実世界で生き延びるために耐えてきた。モルモット――役立たずにはなりたくない。処理されていく出来損ないにはなりたくない。僕には僕の大事な人や場所が少なからずあって、そこで生きていたい。


―― ……この現象にここまで悩まされるとは。


 『僕と同じ姿をした何者』かは今も空間を響かせる勢いでわらっている。
 そして先日現実世界で彼は僕の立場を危うくさせる言動を行なった。そのせいで周囲の人間が混乱を起こし、僕も正直迷惑を被った事を思い出す。
 苦い。
 そんな感情が湧き上がる。
 己の身の内でちりちりと点された炎は未だ持続している。それは目の前の『誰か』によって起こされた名の付けられない感情ではあるが、相手のような殺意ではない事だけは明らかだった。


 それだけ僕達の距離が近くなっているという事か。
 僕は考える。そして今なら捕まえて目の前に引きずり出すことができるかもしれないと結論付けた。
 だって此処は現実ではない。


「……僕が苦しめば、おまえも苦しむことになる。違うかな?」


 感情の共有が、出来るかもしれない。
 彼が僕と同じ姿形を持ち、能力すら持っているのであれば、その内側はどうだ。確かに僕と『彼』は違う存在で、『彼』は僕に純粋なる殺意を抱いている。だがそれは僕には無い感情だ。だって僕は『彼』が『何』なのか知らない。僕と同じホムンクルスではない事だけが確か。――「青霧カナエ」という人物ではない、それだけは真実。


「迷い子(まよいご)、どうか良い選択を」
「貴方が選択を間違えば『彼』は混乱してしまうでしょう」


 後方より掛けられる声。
 『相手』に注意を払いながら後ろをそっと見やる。そこにはいつの間にか存在している漆黒の長い髪の少女を横抱きにした一人の少年――ミラーさんとフィギュアさんの姿が在った。少年もといミラーさんの声を補佐するように、フィギュアさんが言葉を続ける。
 ミラーさんがフィギュアさんの額にくっ付けていた額をそっと外す。フィギュアさんは記憶が出来ない『欠陥品』だと先日教えてくれた。だからミラーさんが記憶を渡すのだと。つまり額をあわせる行為はそれを意味しているのだろうと、僕は結論付けた。
 僕は『アレ』から二人を護る為、じりっと身体を下げる。
 『アレ』の目的は僕のみ。しかし初めて出逢った時、『アレ』はミラーさんと戦闘し、それなりにダメージを負わされていた。ならばミラーさんにも何かしら敵意を抱いていても可笑しくない――そう、判断した上での行為だった。


「『初めまして、迷い子』。三度目の言葉になるかしら」


 場に似つかわしくない少女の甘い挨拶。
 しかし僕は『アレ』から視線を外す事は出来ず、一度頷きを返す事で返事とした。少女はその態度をどう思っただろうか。顔を見る事が出来ないので分からないが、状況が状況ゆえに仕方がない。


「君が考えている通りだよ」


 不意に掛けられるミラーさんからの言葉。


「この場所は僕達の異界フィールド。一般的には『夢』と呼ばれる空間だ。そしてこの空間において僕らは君達二人に関しては現実世界より鮮明に情報を得る事が可能となる。そして、君と『彼』は繋がりあっている者同士」
「つまり、僕の感情がアレにも伝わる?」
「その通り。今回僕らが姿を見せたのは此処が僕らの管轄内だからだ。迷い込んできた二人の『迷い子』へ必要な情報を提供し、案内するのが僕らの今回の仕事」
「あたし達は貴方達二人を導く事を誓うわ。ただし勘違いしないで。あたし達に選択権はないの。迷い子達の発言、行動こそが絶対的な選択となる」
「だからどうか選んで欲しい」
「貴方にとっての最善と『彼』にとっての最善を」


 案内人と名乗る二人。
 それと共にこの場所の正体と特性が明かされる。選ぶ事こそがこの世界の絶対的な掟……のようなものなのか。僕は心中そう呟いた。
 『彼』によって現実世界でのミッションがめちゃくちゃにされたり、自分にとって不利益を生じさせられてしまった事を思えば、それなりの報復を仕返してやりたい。だがそれではなんの解決にもならない。今はただ笑っているだけの相手に対して僕は何をすればいい?
 考えろ。
 考えろ。
 僕にはその力がある。


 やがて僕はミラーさん達に近付いていた身体を相手の方へと向けた。
 それは構えではなく、ただ無防備に歩いていくだけの体勢。一歩。また一歩。僕は『彼』へと歩を進める。その行為に意外性を突かれた相手の動揺が僕に伝わってきた。ぴりっとした緊張感。それはどちらも同じもの。
 全く同じ張り詰めた神経、互いの間に存在するのは困惑と殺意と疑問。二人分の感情が入り混じって、ほんの僅か頭痛がしたがそれは大した問題ではない。
 僕は問いかける。


「本当に僕を殺すつもりなら、とっくに殺していてもおかしくない。違うか? 確かに最初の頃は僕だけを狙って攻撃していた。なのになぜいつも殺していいかと疑問系で問うのか。答えろ」


 例え同じ能力でも、僕と『彼』は違うもの。
 方法を変えれば幾らでも殺害する手段はあったはずだ。『彼』は知能の無い『出来損ない』ではない。いつも処分される不完全体のキメラ達のようなものではなく、それなりに意思を抱き僕の前に現れ、そして周囲を見事騙して僕の立場を追い込もうと策略を練っていた。
 だからこそ、僕は問い続けよう。


「おまえは意志決定できない、ただ『鏡写しの存在』なのか。こんな風に僕に自分が存在することを主張して……どうしてほしい? 本当に殺してほしいのは、おまえの方じゃないのか」


 問う事で相手を探る。
 相手の感情を、感覚を感じ取る。この場所だからこそ出来る共有感覚に僕は神経を集中させた。
 そしてわざと相手を煽る様に、『彼』の首に手をかけた。喋りたい事があるなら喋ればいい。いつでも僕はお前を殺せると行動と繋がっているであろう意識で相手に伝えた。僕は努めて冷静に聞き役になる。
 すると相手はくひっと以前浮かべた喉を鳴らすような微笑を浮かべながら、己の手を僕の首へと掛けた。
 互いに交差する、腕。
 対称的な僕達二人。ミラーさんとフィギュアさんの存在など僕らはもう見ていない。ただただ、『自分』だけをそのほの暗く光る青い眼に映し込んだ。


「『僕』を殺したでしょう?」

  ―― 完全体だと名付けた人の命令で。

「多くの『自分』を殺したでしょう?」

  ―― 不完全体だと名付けた人の命令で。

「だからね。僕は生きている『僕』が憎いんです」

  ―― 忘れるものか。

「『僕』達は一緒に育つはずだったもの――覚えていないでしょうね」

  ―― この胸に育った二つの感情を。


 そして問い続ける僕に突如襲い掛かる確かな声と脳内に響く声。
 まるで二重音楽でも鳴らされているかのように同時に話しかけられた音はそれでも何故かすんなり理解する事が出来た。
 

 けたけたけたけたけたけた。
 それは笑う。嗤う。哂う。
 目を見開いた自分ではない自分が。


「――くっ!? これ、は」


 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


「愛しているから、僕は『僕』が憎い」


 脳内に浮かんだ光景。
 それは同じ姿をした二人の少年の姿。しかし一人の少年はもう一人の少年が目覚める前に研究結果に「失敗作」とレッテルを貼られ、処分室へと運ばれていく。少年は暴れ、周囲に霧を作り逃げようとした。しかし『不完全』であった少年では他の完全体のホムンクルス達に敵わず、捕らわれてしまう。
 不完全ならば不完全なりに役立てと言わんばかりに少年は――僕と全く同じ姿をした彼は様々な研究材料にされた。最終的に残った少年を『完全体』にすべくデータを取りつくされ、処分される。
 その頃には人間の形ですらなかった。合成獣―キメラ―に近い状態だったと映像が伝えてくる。窓に薄らと映った己の姿を見て、かろうじて残っていた理性の中涙を零したその目すら……人間だったか怪しい。


 そしてそんな彼を現実世界から処分したのが――。


「殺してもいいですよね? 最愛なる『僕』であり『弟』でもある貴方を」


 その言葉と共に彼は力を解放する。
 今までに無い殺意と共に。


「歪んでしまったもう一人の『名も無きホムンクルス』。彼は同時に処分された不完全体を取り込み、僕らの世界にやってきた。そして力を溜め込んで『最愛の弟に逢う』機会を狙っていたよ。だが、それは取り込んだ他のホムンクルスの残留思念は赦さなかった」
「彼らの存在は『双子』と呼んでも良かったのかもしれないわね。だって共に生まれるはずだったの。同時に目を覚まして傍に居る――そういう未来だってあったんだもの。研究所の役に立たなければいけないという掟はあったかもしれないけど、それでも同時存在出来る平行世界は確かに存在していた」
「だけど未来は一方を<不完全>と定め」
「『青霧 カナエ』を<完全>と定めてしまったわ」
「最初に目覚めた『兄』は『弟』を憎んでなどいなかったけれど、不完全体を取り込み補ってしまった事で憎しみを覚えてしまった」
「ねえ、フィギュア。愛憎というのはどちらが勝つと思う?」
「――あたしにとってはミラーだけが全てよ」


 周囲の臭いが変化し、僕を攻撃する。
 そんな空間の中、頭の中を犯す二人の声は誰のものだ?










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男 / 16歳 / 無職】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。
 この度は連作の3つ目である「xeno−転−」に参加有難う御座いました。
 今回は夢の世界にて『自分と同じ姿をした何者』かの正体が明かされました。
 青霧様と同じように作られたホムンクルスです。イメージ的には一つの胚を分け合って生まれた双子。しかし失敗作ゆえにデータを取られた後は姿形を変えられ、最終的には青霧様及び他のホムンクルス達に……と考えて頂ければ。

 次がラストとなります。
 この展開が青霧様にとってどのような形で受け止められるか楽しみにしつつ失礼致します。