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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.2 ■ 灰色の翼-T




 草間興信所。依頼がある度に色々な能力者と出会っているという武彦の元には次々と依頼が舞い込んでいた。ある者は危険な、ある者はくだらない内容。そんな中でも群を抜いて依頼が多い怪奇現象の類に武彦は頭を抱えて悩んでいた。そんな折に飛び込んできた不可解な依頼。
「…むぅー…」紫煙を吹き上げる煙草を咥えながら、武彦は調査依頼表を並べて唸っていた。「どういうこった…?」
「こんちわー」勇太がドアを開けて中へと入って来る。「どうしたんです?」
「ん、来たな…」武彦は勇太を見る事もなくそう言って再び唸る。「んー…」
「…?」勇太が向かい合っている椅子に座り、顔を覗かせる。「別々の依頼なのに、内容が一緒…?」
「そうなんだよ」武彦が漸く顔をあげる。「あ? なんか随分いつもと雰囲気違うな」
「へっへー、これ」勇太が自分の服を引っ張る。「中学卒業するから、今度から高校生になるんだ。だから制服が新しいんだー」
「あ、そう」
「ちょっと! もうちょっと感極まったりとか…―」
「そういうのは叔父さんに頼め。俺はそれどころじゃない」
 むっすーと顔を膨れさせる勇太を気にせず、武彦は再び依頼表を見つめる。
「ったくさぁ、せっかく見せに来てあげたのにさぁー…」ブツブツと文句を言いながら勇太も調査依頼表を見つめる。「…天使?」
 勇太の目を引いた一文は非常に引っかかる言葉だった。調査の依頼内容はそれぞれに怪物退治だの調査依頼だのと内容が違う三枚の依頼用紙。
「…『灰色の翼をした天使の調査依頼』と『灰色の翼をした悪魔を撃退して欲しい』…。どういう事?」
「これを見ろ。三枚目の依頼には『村人が見る幻覚の調査』だ。同じ場所、同じ村から依頼が回ってきてな。どういう事かと頭を抱えてるって訳なんだが…」
「意味解らないね…」勇太が首を傾げて呟く。
「少なくとも、何が起きているのか調査に向かうしかないって訳だが…」武彦は勇太を見つめる。「…いやぁ勇太、新しい制服似合ってるよなぁ」
「…な、何で棒読みなんですか…?」
「うんうん、お前も大きくなったなぁー。こんなモンだったのに」人差し指と親指を武彦は差し出す。
「人じゃないですけど、それ…。っていうか何を…」
「さぁ、大人になった勇太君。行こうじゃないか、春休みの卒業旅行に連れてってやろう」
「…は?」勇太は依頼表の紙を見つめる。「…まさか…」
「そう、素晴らしい離れ島、“凰翼島”へ」
「…やっぱり…」





――。






 半ば強引に武彦に連れられ、勇太は船に揺られている。既に船は東京から遠く離れた太平洋を渡っていた。
「…“凰翼島”なんて島あるの…?」船酔いになりつつある勇太はぐったりとした様子で武彦へと声をかけた。「草間さん〜…?」
「地図上には表記されていないんだがなぁ。どうやら元々は個人所有の島みたいだ」
「ふーん…」勇太は相変わらず顔を蒼ざめさせたまま聞き流す。「…うっ…!」
「…『船上から魚に餌をあげないで下さい』、って書いてあるぞ」


 勇太にとっては何時間もの苦痛との戦いに感じる様な船旅が漸く終わりを迎えた。すっかりとやつれた勇太は武彦の後ろをゆっくりとついて歩く。
「さて、まずは旅館で荷物を置いて情報収集といくか」
「…あい…」
 旅館はそれぞれの依頼から同じ場所が指定されていた為、迷う事はない。武彦は早速旅館への道のりを調べ始める。
「…っ!」勇太が違和感を感じて顔を上げる。「…何だ…?」
「どうした?」
「…声がする。何を言っているのかは解らないけど、悲しそうな声…」勇太が周囲を見渡す。「歌声…みたいな…」
「…どうやら、お前を連れて来たのは正解だったみたいだな…」武彦が呟く。「どっちにしても依頼主から話を聞かなきゃ解らないからな。旅館で話を聞くぞ」
「…うん」
 武彦の後を再びついて歩く様に勇太は歩き出した。勇太の感じる違和感は確かに徐々に強くなっている。何処か泣き出してしまいそうな高音の歌声。勇太は何だかとても寂しい気持ちを胸に抱いてその音を聞いていた。
「草間さんには聞こえないの?」
「あぁ。恐らくお前の特殊な能力に干渉している音なんだろうが、普通の人間である俺にはどうやら聞こえないみたいだな…」武彦が立ち止まって耳を澄ました。「歌声みたいだと言っていたが、どんな声なんだ?」
「…何て言えば良いんだろう。どうしようもなく切なく寂しいんだ。聴いている俺が泣きたくなる様な…」勇太が胸を押さえる。「…何とかしてあげなくちゃ…」
「…そうか。もし気になるなら旅館に着いたら別行動するか? 俺は依頼主と会って情報を集めるつもりだが」
「うん…」

 旅館に着いた武彦と勇太は仲居に案内されるままに部屋へと向かった。
「こうして旅館に泊まるのは、あの事件以来だな」武彦が荷物を置きながら懐かしそうに口を開いた。
「あぁ、俺が誘拐された時だね」勇太が笑いながら言う。「もう二年ぐらい前の事だよ?」
「まぁそうなんだけどな」
「なんか草間さんオヤジクサ…」
「この野郎…」
 二人がそんなやり取りをしていると部屋がノックされる。武彦が返事を返すと、一人の男が立っていた。
「わざわざ来て頂いて、有難う御座います」男は深々と頭を下げると武彦の手を取った。「退治依頼を出した八代と申します」
「あぁ、草間興信所の草間です、よろしくお願い致します」
「草間さん、俺はちょっと一人で動いてくるよ」
「あぁ、夜には戻って来い」
「はーい」




――。




 旅館を後にした勇太は目を閉じて耳を澄ました。
「…あの山の方からだ…」勇太が目を開け、正面にそびえ立つ山を見つめた。
「霊峰、凰翼山に行くのかい?」歩いている勇太に向かって一人の老婆が声をかける。
「おーよくさん?」
「あの山の名前だよ。この地の神が棲んでいる神聖な山でね。祠に繋がる洞窟の前の神社でしっかりとお清めしてもらわにゃならんよ」
「へぇー…。祠って、神様が祀ってあるって事ですか?」
「いや、あの山に棲まう天使様の祠じゃよ」
「天使…」勇太は調査依頼の“天使”という言葉を思い出していた。「天使って本当にいるんですか?」
「ホホホ、ワシらが若い頃は天使様を見たという者もおったが、時代が変わったのか、天使様を見る者はいなくなったのぅ…」
「…そうですか…」
「ただ、天使様は歌を歌っているというお話もあったのぅ」
「歌?」
「あぁ、そうじゃ。島の異変や繁栄は天使様の歌によって変わると言う話があったのじゃ」
「…天使に歌…。なんとなく繋がりは見えてきた、かな…」勇太はそう言って呟いた。「有難う御座いました。早速行ってみます」
「気を付けるんじゃよ。天使様の祠は人の“心の奥”を試すと云われておるからの」
「はーい」
 勇太は再び歌声に耳を傾けた。先程のお婆さんが言っていた言葉を思い出しながら、勇太は考えていた。
「悲しげな歌を歌っているって事は、やっぱり何かあるって事…なのかな…」




――。




「…それで、退治して欲しいという依頼でしたが…?」
「えぇ…。この島に天使がいるという伝説はご存じですか?」八代と名乗る男が口を開く。
「えぇ。この島の名前にも由来する“翼”を持った天使ですね」
「はい。昔はこの島にも天使がいるという話や、実際に見たという人々も数多くいたのですが、近年ではまったくそういった話を聞く事はありませんでした」
「風化しつつある伝承、といった所ですか?」
「私も以前はそうだと思っていたんですが、そうではないんです」
「…というと?」
「最近、灰色の翼をした天使様を見たという話が出始めているのです。その天使が現れた所では人がおかしくなってしまったり、神隠しにあってしまったり…」
「成程…。つまり、悪魔というのはあくまでもそう表現しているだけという事ですね…」武彦が煙草を咥える。「ちなみに、その“悪魔”とやらの情報は何かあるのですか?」
「えぇ。どうやらこの地に伝わる伝承にそれらしい事は書いてあるそうなのですが…」八代は溜息を吐いた。「何しろあまりに古い伝承の書物ですので、細かい事は解らず…」
「…破損、ですか?」
「えぇ」八代がまた深く溜息を吐く。「こうなってしまっては、あの悪魔を何とか退治するしかないと思いまして」
「…退治する事が必ずしも正解だとは思えませんが、とりあえずその書物を見せて頂けますか?」
「えぇ。天使様の祠に続く洞窟があるのですが、その目の前に神社があります。そこに行けば書物もある筈ですが、今日はもう日が遅い。夜道を歩くには危険です…」
「解りました。では、明日伺ってみます」
 八代が部屋を立ち去る。武彦は自分で吐いた紫煙を見つめ、静かに溜息を吐いた。
「天使か、悪魔か…。どっちにしても人為的な要素も気になるが、情報が少なすぎるな…」武彦が時計を見つめるが、時刻はまだ三時。「勇太が何を掴んで来るのかが鍵だな…」





                                   Case.2 to be continued...