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<東京怪談・PCゲームノベル>


古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい
 学校の帰り道、いつものように海原・みなも(うなばら・みなも)は古書肆淡雪へと向かう。
 今日は雪久とどんな話をしようかな、等と思いつつ。店の前にたどり着き扉をあけようとした所でかさりと音を立て何かが彼女の足元に舞った。
 視線を落とすとそこにあったものは数枚の紙片。恐らく本から抜け落ちたモノだろう。
 拾い上げて見てみるとそこには玉虫色のインクと思しきモノで、見慣れない文字が書かれている。
「やっぱりお店のものかしら?」
 首を傾げつつも紙片を折らないように気をつけつつ古書店の扉をあける。
「こんにちはー……?」
 みなもが目にしたものは本棚の隙間を覗き込む仁科・雪久の姿。
「やあ、みなもさんこんにちは」
 しゃがみこんだままの姿勢で彼はみなもの方へと視線だけ向ける。が、みなもが手にしたモノに彼は興味を持ったらしい。
「あれ? それは……?」
「あ、お店の前で拾ったんですが……仁科さんのじゃないんですか?」
 みなもは先ほどの紙片を雪久に差し出しつつ、彼の奇行の理由を問う。
「ところで仁科さんは何をしているんですか?」
 かくりと首を傾げたみなもに彼は苦笑を浮かべつつ本棚の隙間を指す。
「ほら、ここにこんなものが居着いて……ね」
 雪久からあらましを聞いてみなももそっと覗き込む。
 本棚の隙間に居着いた黒い澱み。その真ん中から無気味な単眼がじっとこちらを見つめている。
 なんだろ、とみなもは単眼を見つめ返すも、その目に表情は見て取れない。
「……これは、まさか……?」
 突如雪久が声をあげる。手には先ほどみなもが渡した紙片。視線はその紙片の落とされてはいるものの、極めて険しい。みなもが彼に会ってから、いままでこれほど険しい顔を見たことがない程だ。
「仁科さん、何か――」
 不安に問いかけようとした瞬間、それは起こった。
 紙片の玉虫色の文字が、泡立った。ごぼごぼと音を立てそれが床にこぼれ落ちる。
 テケリ・リ、テケリ・リと鳴き声のようなモノをあげ、ソレは次第に量を増やしていく。
「みなもさん、外へ!」
 厳しい声で雪久が指示を出す。だが彼女が外に出るより前に、紙片より現れた粘液質なソレはみなもを捕らえていた。
「これくらいなら……っ!」
 それでもみなもは抗おうとする。人の姿であってもただの人間よりは多少は強い力を持っている。ただのスライム状生物の存在ならば、余裕で振り切る事が出来るはずだ。
 懸命に腕を振るい盛んにテケリ・リ、と鳴き続けるソイツを振り切ろうとした。だが……。
「……えっ……!?」
 ぐい、と引き戻されるような感覚があった。気づけば彼女は虹色の液体に囚われそのまま呑まれかけていた。
「仁科さん! 仁科さ……!」
 あまりの異常事態にさしものみなもも混乱する。ひたすらに助けを求めるも、視界すら虹色に覆われ耳に入るものは自分の声と、そして虹色の存在からきこえるテケリ・リというおぞましい声のみ。
「みなもさんっ……!! この紙片……やはりあの魔道書の紙片か!」
 雪久は険しい顔で手元の紙を睨め付け、更に書棚の隙間に居た単眼へと視線を投げる。
 単眼いまも感情を感じさせず、ただ無気味にその場に佇むのみ。だが、その周囲に存在していた黒い澱みが次第に勢力を増している。まるで雪久たちを嘲笑するかのように。
「まさか……最極の虚空に繋がっていると……?」
 あらゆる時間と空間に接することが出来ると言われる、最極の虚空。世に存在する魔術師や研究者、特に無限の知識を求める者達は接触を望むという。
 そこに至るのは困難を極める。
 窮極の門と呼ばれるモノを通らねばならないのだが、まずそこに至る事自体がほぼ不可能だ。
 にもかかわらず、この場は恐らく「そこ」へと繋がった。みなもの持ってきた魔道書の断片と、あの単眼によって。
 なんとかしてこの場を切り抜けみなもを救う為には「そちら側の存在達」を還してやらねばならない。
「魔術は私の専門外なのだけれどね……ッ」
 苦々しく思いつつも雪久は紙片を繰る。
 彼の想像では、この魔道書は幻の、そして伝説の魔道書。術士ならば誰もが手にしてみたいと望むモノ、だ。
 だがこの本は手にする者すらも選ぶ。力無き者ならば触れただけでも本に喰われるという話すらある。恐らく普段ならいくら雪久とはいえ触れる事を躊躇うくらいのモノだ。
 内容を理解しその術式を使おうとするなら自身の正気をすり減らす覚悟も必要。ヘタをすれば狂気に陥る事もありえるだろう。更に言えば、雪久は術士ではない。そんな彼が付け焼き刃で術を行使するのは生命の危険――否、魂の危険すら伴う。
 それでも彼が術式を読み解き使おうと試みるのは――みなもを救おうとする為に他ならない。
 彼女がいくらこういった事態に慣れているとはいえ、それでも、13歳の少女なのだから。
 足元では虹色の液体が泡立ちながら増えていく。もはやみなもの姿は見えない。雪久の膝下も呑まれかけている状況だ。単眼の回りに存在していた黒い靄もどんどんその範囲を広めている。
 額から汗が流れ落ち、背筋は恐ろしく冷たい。
 逃げ出す事が可能ならば、今すぐにでも逃げ出したい。そんな思いを雪久は懸命に押し殺す。
「ここで大人が頑張らなくてどうするんだ!」
 叫び、彼は術式を編もうとするも、虹色の液体が彼を取り込む。テケリ・リと鳴きながら。
(「せめて、みなもさんだけでも……」)
 想いつつも、彼もまた虹色の液体の中に。

 ――気づくと、真っ白な世界に居た。
 正面に存在するのは巨大な門。おそらく、銀の鍵で開けることが適うと言われているモノ。恐らくその銀の鍵と言われるモノも、文字通りの物体ではないのだろうが。
「あ、仁科さん!」
 先に来ていたらしきみなもが彼の姿をみかけぱたぱたと駆けてくる。
「ここって、どこか解りますか?」
「窮極の門……」
 答える雪久の顔色は極めて悪い。そんな様子にみなもは彼の顔を覗き込むようにして問いかけた。
「真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
「ああ、私は大丈夫。ところでみなもさん、ここに来てから私以外には何にも遭遇していないよね?」
「大丈夫です……けど……」
 不安そうな様子のみなもをそっと抱えるようにして、雪久は彼女の目を隠す。
「仁科さんっ!?」
「少しだけ目を閉じていてくれるかな……見てはいけない」
 慌てるみなもに雪久は言い聞かせた。
 ――そして、門が開く。その向こうには――。

 目をあけるとそこは見慣れた埃っぽい古書店だった。
 ぎっしりと詰め込まれた古書。そして古本の臭い。いつも通りの古書肆淡雪。
 雪久は飛び起きると周囲を見回す。同じく倒れたままのみなもの姿を見つけ抱き起こす。
「みなもさん!」
「……う……ん。仁科、さん……?」
 無事らしいと知り、雪久は安堵の吐息を漏らした。周囲を見回すがあの虹色の液体も、そして玉虫色の文字が書かれた本の断片も、存在していなかった。
 まるでそんなものは最初から無かったかのように。
 全てはただの夢だったんだ、と雪久は心の中で結論づける。寧ろ、夢だったと思い込みたかったのかも知れない。
「仁科さん、あたし何か変な夢を見た気がするんです」
 みなもの言葉に雪久は笑みを浮かべる。
「ああ、私も少し悪い夢を見たような気がする」
 もし怖い内容なら、全て喋ってしまった方が良いよ。きっとただの夢だって納得するだろうから、と雪久に促され、みなもはおそるおそる語る。
「……本棚の隙間に単眼が居て、それを包んでいた黒い澱みと、虹色をした泡がこのお店を呑み込んじゃう、っていうものだったんですけれど……」
 みなもの告げる内容は先ほど雪久が体験したモノと限りなく似ていた。
「大丈夫、それは夢だ。現実じゃない……それより寝起きで喉が渇いてないかな? お茶を注ごう」
 そう雪久がみなもを安堵させようと立ち上がろうとした所で。
「……仁科さん」
 怯えたようにみなもが口を開く。一体何に怯えているのだろう、と訝りつつも雪久は問いかける。
「どうしたんだい?」
「あの本棚の隙間に夢に出てきたのとそっくりな単眼があるんです……」
 みなもの指さす先には、黒い澱みに包まれた無気味な単眼が――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも) / 女性 / 13歳 / 女学生

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■         ライター通信          ■
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 いつもお世話になっております。小倉です。
 今回は雪久が頑張るお話を希望されたような気がするので、雪久にがんばって貰いました。
 ……が、普通の古書店のおっさんには少々荷が勝ちすぎたようです。
 果たして、ただの夢だったのか? それとも全て現実の出来事で『あちら側』に連れて行かれてしまったのか……?
 さておき、またご縁がございましたら宜しくお願いいたします。