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<東京怪談・PCゲームノベル>


Have a good LIFE.

 深沢美香(ふかざわ・みか)の生活は、夜型である。
 とはいえ、だからといって朝起きていることがない、というわけではない。
 彼女にも、ときどき普段より早く目が覚めるときはある。
 そしてそんな日は、彼女は早めに家を出て、少しのんびりしてから仕事に向かうことにしていた。

 日増しに春らしさを増していく空気。
 まだまだ三寒四温の続く時期ではあるが、幸いにも今日は暖かいようだ。
 ひょっとしたら、こんな日は何かいいことが起きるかもしれない。
 そんなほのかな予感を抱いて、美香が街を歩いていたときだった。

 美香の視界の隅に、見覚えのある、特徴的な人影が映った。
 仕立てのよさそうな服にステッキ、そして右目の片眼鏡。
 こんな服装の人物は美香の知る限り一人しかいないし、その一人以外にそうはいないだろう。

「こんにちは、『旅人』さん」
 美香がそう声をかけると、その人物は少し驚いたような顔をした。
「こんにちは、お嬢さん。しかし、どうして気づいたのかね?」
 この反応を見る限り、やはり彼には以前の記憶はないのだろう。
「気づきますよ。私は、前にも一度あなたと会っていますから」
 その答えに、「旅人」は楽しそうに笑う。
「なるほど、それなら気づくのも道理だ。
 君と再会できた幸運に、そして私を覚えていてくれた君に感謝しよう」

 一月か、あるいはもうしばらく前になるだろうか。
 美香は、一度この「旅人」と会っており、彼が消える直前に「またいつか」と挨拶して別れたのだった。
 それは、再会を前提とした挨拶。
 そして実際、再会できる可能性がゼロではないことを、少なくとも美香は知っていた。
 彼女の聞いたことのある「旅人」の噂の中には、全く同じ「旅人」が何度か現れていると考えられるものもいくつかあったのだから。
 けれどもまさか本当に、それもこんなにも早く再会できるとは、さすがに思ってもみなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その後、美香は「旅人」を伴って近くのカフェに向かった。
 どことなく19世紀の香りを漂わせる「旅人」の姿は、現代の街中ではかなり浮いて見える。
 しかし、少しアンティークな雰囲気のあるカフェの中では、その違和感も大幅に緩和されて見え――むしろ、これはこれで絵になっていた。

「なるほど。私はこの世界と縁があるのかもしれないな」
 美香の話を聞いて、「旅人」が興味深げに何度か頷く。
「少なくともその時と今日の二度、私はこの世界にいる。
 そして、ひょっとしたらその間にも、この世界のどこかにいたのかもしれない」
 言われてみれば確かにその通りで、彼があの時から今日までの間どこにいたのかは、彼自身さえも知らない。
 だとすれば、彼がその間に何度かこの世界に現れていたとしても不思議ではないだろう。

「せっかくの再会だというのに、前回出会ってからのことを何一つ話せないというのは残念だ」
 そう言いながら「旅人」は軽く苦笑して、それからこう続けた。
「だが、その分まで君の話が聞けると思えば、それも悪くはないのかもしれん」
 確かに、あまり「話すこと」を持たない彼らはむしろ聞き役に向くのかもしれない。
 そんな彼の言葉に誘われるように、美香はいろいろなことを話した。
 最近あったいいことや、驚いたことに、多少困ったこと、そして出会った人々など。
 もちろん話せる範囲の話だけではあったが、その全てを、彼は興味を持って聞いてくれた。

 それらの話が一段落したところで、美香はふとこう尋ねてみた。
「そういえば、今日はこの後どうする予定ですか?」
「これまで」のことは記憶になくても、「これから」のことなら、また話せることもあるだろう。
 その問いかけに、「旅人」はこう答えた。
「一日という時間は、多くのものやことを見るにはあまりにも短い。 
 だから、おそらく他の『旅人』もそうだろうが、私は最も興味のあるものを見るようにしている」
 なるほど、確かに持てる時間がごくわずかであれば、やはり自分が一番好きなことを優先するのが普通だろう。
「それは……なんですか?」
「一言で言うなら、『文化』だ」
 彼の性格を考えれば、あり得ない答えではない。
 しかし、では「文化を見る」とはどういうことだろう?
 戸惑う美香に、彼は楽しそうな笑みを浮かべた。
「しかし、特定の形のない『文化』を直接見ることは難しい。だとすれば、私が見るべきものは――」

 そこまで言って、言葉を切ってしまう。
 すでに二度目なので、彼がこういうやり取りを好むことは美香も十分わかっている。

「……人?」
 美香がそう口にすると、「旅人」は満足げに頷いた。
「その通り。文化は人によって作られ、その文化が人を作る」
「つまり……『文化は人である』と?」
「極論すればそういうことになる。
 もちろんそれで全てが見えるとは思わないが、限られた時間を活かすには極めて有効な方法だと考えているよ」
「旅人」が、一度窓の外に視線を走らせる。
 行き交う人々を見下ろす太陽は、まだまだ高い。
「そうですね。もうお昼過ぎとはいえ、まだあと半日ほどはありますし」
「ああ。まだまだいろいろなものが見られそうだ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そうして、どれくらい話しただろうか。
「では、私はそろそろ仕事の準備がありますから」
 少し名残惜しくはあるが、この一日だけを生きるのではない美香には、帰っていかなければならない「日常」がある。
「そうか。今日は君と話ができて楽しかったよ」
 前回別れたときとは違い、今はまだ日も高い。
 それだけに、別れの時であっても、この前ほどの寂寥感はない。
「それでは、『またいつか』」
 今回は美香の方から右手を差し出し、「旅人」がそれに応じる。
「ああ。『またいつか』」
 二度あったことなら、きっと三度あってもおかしくはない。
 前よりも少しだけ強い期待を込めて、二人は前と同じ挨拶を交わした。

 そして、二人はカフェを出た。
 特に話し合ったわけでもないが、自然とカフェを出たところで別々の方向へ足を向け――そこで一度立ち止まり、振り返る。
「よい滞在を」
 そう言ってから、美香はふと「旅人」が前に言ったことを思い出して、こう言い直した。
「いえ。よい『人生』を」
 あの時美香に話したことを、きっと当の「旅人」は覚えていなかっただろう。
 だが、それでも、彼はすぐに美香の意図したことを理解したらしく、楽しげに応えた。
「ああ。君も、『よい人生を』」
 予期せぬ返しに驚く美香に、「旅人」はもう一度、しかしそれまでよりかすかに優しげに微笑むと、そのままくるりと背を向ける。

 美香が彼の言葉の意味に気づいたのは、ちょうどその時だった。

 確かに、彼の「人生」は、まだ半分ほど残っているだろう。
 では、自分の「人生」は、どれくらい残っているだろう?
 それこそ、半分どころではないだろう。
「旅人」の短い人生でも、半分残っていればいろいろなことができる。
 だが、そう言うなら、彼らよりはるかに長い一生をもち、しかもその大半をまだ残している自分は?

 ――君こそ、まだまだ何でもできるのではないのかね?

 それをストレートに言わないのが、彼という人物であり。
 最後に微笑んだ理由は、きっと美香がすぐに彼の真意に思い至るという確信があったからだろう。

 気がつくと、彼の背中は行き交う人々の向こうに消えていた。

 彼の言う通り、まだまだ何でもできるだけの時間は残されているかもしれない。
 けれども、そのためにも、まずは目の前のことからやっていかないと。

 そんなことを考えながら、美香は歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、前回の「旅人」との再会ということでしたので、こんな感じになりました。
 相変わらず「相手に考えさせる」のが好きなタイプなので、今回もそういった感じのやり取りがメインとなっております。

 それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。