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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SOl】光と、影と

「逢魔が時」という言葉がある。
 太陽が西へと沈み、しかしまだかすかに明るい。
 それ故に何も見えないわけではないが、はっきりと見えるかというと、そうではない。
 その薄暗闇に紛れて、この世ならざるものがふらりと現れる、そんな時間のことである。
 もっとも、様々な人工の灯にあふれている現代の日本において、その本当の風情を味わうことのできる場所などそうそう残ってはいないのだが。

 ともあれ、深沢美香(ふかざわ・みか)が「彼女」に出会ったのは、まさにそんな時刻のことだった。
 彼女は仕事柄どうしても夜型の生活リズムになってしまっているので、たまの休日に少し部屋を片づけて、少し買い物に行って……といったことをしていると、あっという間にこんな時間になってしまうのだ。

 ひとまず今日の用事は済ませたし、家に帰ろう。
 そう思いながら、多少寂れてはいるもののまだそれなりに明るい商店街を離れ、薄闇に包まれた生活道路へと入った、次の曲がり角。

 突然、横から強い衝撃が襲い、美香は弾き飛ばされるようにその場に倒れた。

 最初は、スクーターか何かにでもはねられたのかと思った。
 次に、よほど堂々たる体格の大男とでもぶつかったのかと思った。

 けれども、その真相はどちらでもなく。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
 泣きそうな顔でそう尋ねてきたのは、美香とそう変わらない歳の金髪の女性だった。
「すみません、ちょっと考え事してて! お怪我はありませんか!?」
 慌てた様子で話しかけてくるところを見ると、ぶつかったのは彼女なのだろうか?
 しかし――美香が実際に感じた衝撃の大きさと、目の前のそう大柄にも見えない女性とはどうにも一致しない。
「え、ええ……」
 ともあれ、まずはひとまず起き上がろう。
 彼女の手を取って立ち上がろうとした時、足首辺りに鈍い痛みが走った。
「だ、大丈夫ですか!? とりあえず手当てしないと……」
 おろおろしている彼女を見ていると、何だかこちらが悪いことをしているような気にさえなってくる。
 そもそも、美香も多少注意を怠っていた部分もあるし、お互い徒歩なのだから、お互い様と言えばお互い様なのだ。
「大丈夫です、ちょっとひねっただけですから……」
「わかりました! あたしの肩に掴まってください」
「え? あ、はい……」
 まだ頭の中がうまく整理できていないこともあり、相手の勢いに飲まれてしまう。
 結局、頭の中を「?」マークでいっぱいにしながら、彼女に支えられて向かった先は――先ほどの商店街の片隅にある、一軒の「元食堂」だった。

 一階が店舗、二階が住居の店舗兼住宅。
 そう珍しくない構造の建物で、そう珍しくない小規模な個人経営の食堂が営まれていたが、不況のあおりを受けてか、一年ほど前に店主は店を畳み、どこかへ越していった。そう珍しくない話である。
 その後、閉じたままのシャッターに「貸店舗」の貼り紙が貼られたままの状態がしばらく続いていたのだが、数ヶ月前にその貼り紙がはがされ――けれども、そのシャッターが再び開く気配は全くなかった。
 もし注意深く観察している人がいれば、二階で誰かが生活を始めた気配に気づけただろう。
 だが、もちろん美香にはそこまでこの建物に注目する理由もなく、今日ここに連れてこられて初めて、二階に灯がついていることに気がついていた。
「あの、ここって……?」
「あたしの同僚の家です。ちょっと変わってるけどいい子ですよ」
 そう言いながら女性が何度か二階の呼び鈴を鳴らすと、やがてドアが開き、中から小柄な少女が顔を出した。
「……MINA、と、お友達? 珍しい」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……これでよし。あとはしっかり冷やして」
 慣れた手つきで美香の足首にテーピングを施すと、少女はかすかに笑った。
「すみません、ありがとうございます」
「気にしないで。ドジな同僚のやらかしの後始末はいつものこと」
 その少女の言葉を聞きとがめて、MINAと呼ばれた先ほどの女性が少しむっとしたように言い返す。
「味方に被害を出してるのは亜里砂さんの方がひどいじゃないですか」
「あれは私の安眠を妨害する方が悪い」
 MINAの反論をバッサリ切り捨てつつ、亜里砂と呼ばれた少女はこう続けた。
「帰り、送らせるから。それまでお茶でも飲んで待ってて」
「いえ、そこまでしてもらうわけには」
「まだ動かさないに越したことはないから。近くまででも送らせて」
 美香が辞退しようとするのをあっさりと受け流し、誰かに電話をかけ始める亜里砂。
 この様子だと、これ以上美香が何を言っても無駄だろう。
(まあ、悪い人たちではなさそうですし……)
 変わっているといえば変わっているが、「人外」の知り合いも多い美香にとっては驚くほどの相手でもない。
 そんなことを考えていると、やがてMINAが三人分の紅茶を入れてきた。

「そういえば、自己紹介がまだでしたよね」
 手短に電話を終えた亜里砂が戻ってくるのを待って、MINAが口を開いた。
「あたしはMINA。こっちは同僚の苗村亜里砂ちゃんです」
「よろしく」
 ぺこりと小さく頭を下げる亜里砂につられるように、美香も軽く頭を下げる。
「深沢美香です。こちらこそよろしくお願いします」

 それにしても、この二人はいったい何者なのだろう?
「同僚」と言ってはいるが、亜里砂の方は高校生か、ヘタをすると中学生程度にしか見えない。
 自分も仕事のことはあまり触れたい話題ではないので、面と向かって聞く気にはなれなかったが、それでも気になるものは気になる。
 その時、ふとMINAの胸元のバッジが目に入った。
「それは……『SOl』の?」

「SOl」。
 IO2の下部組織の一つで、ヒーロー的な活躍で小〜中規模な事件を解決することを目的とした異色の組織。
 その噂は美香も「知り合い」から多少聞いていたが、実際にそのメンバーに会うのはこれが初めてだった。

「あ、はい。私たちは『SOl』の所属エージェントなんです」
 美香が気づいたことに少し驚きつつも、嬉しそうに笑うMINA。
「すごいですね」
 恐らく、彼女はヒーロー――いや、女性だからヒロインと呼ぶべきか?
 ともあれ、そんな風にして華々しく活躍をしているのだろう。
「夜の世界」に身を置く美香には、それがとても眩しく感じられた。

 と。
「……美香さん」
 いつの間にか、亜里砂が一組のトランプを持ってきていた。
 そして、無言のまま、自分を含めた三人にカードを五枚ずつ配る。
 五枚ということは、ポーカーだろうか?
 戸惑う美香に、亜里砂はカードを見るように促しながらこう言った。
「ポーカーと一緒。最初の手札は選べない」
 なるほど、確かにそうだ。
 手元に来たのはハートの2、ダイヤの6、スペードの7、ダイヤの10にクラブのJ。
「どうする?」
 手札はスーツも含めてバラバラで、そのまま役を狙える感じではない。
 少し考えて、ダイヤの10とクラブのJだけを残し、他の三枚をチェンジする。
「『どう変わるか』も選べない。
 選べるのは、『どう変えようとするか』だけ」
 その言葉とともに渡されたカードを手札に加える。
 スペードの5、ハートの10に、スペードのJ――ツーペアだ。
 今回はたまたま狙った通りにことが運んだが、いつもそうとは限らない。
 全く関係ないカードばかり引いて、結局役なしで終わることもあるだろう。
 そうして、少なくとも途中までは「望んだのとは別の結果」が積み重なった結果が、今の自分だ。
「ツーペアです」
 全員が手札の交換を終えたのを見て、カードをオープンする。
「むー……役なしです」
 最初からずっと露骨に渋い顔をしていたMINAが悔しそうに言う。
 どうやら、彼女はポーカーフェースとは無縁らしい。

 そして、亜里砂は。
「……フルハウス」
 淡々と開いた手札には、3が三枚に8が二枚。
「亜里砂さんの勝ちですね」
 美香がそう言うと、亜里砂は一度頷いた。
「ポーカーなら、役の強弱は決まってるから、この内容なら私の勝ち。
 でも、人生がポーカーと一番違うのは、カードの意味を自分で決められること」

 最初のカードは、選べない。
 代えるカードは選べても、代わりに何が来るかは選べない。
 それでも、例え手元に何が来ても、その意味を自分で決められるなら?

「勝ち負けも点数も自分で決めるもの。
 他人が何か言ってもそれは変えられない。そういうもの」
 それだけ言うと、亜里砂は空になったカップを下げに行った。

 強いな、と思った。
 まだ子供のような見た目なのに、この落ち着きはどこから来るのだろう。

 そんなことを考えていると、不意にMINAが口を開いた。
「最初にぶつかった時のこと、覚えてます?」
「え? あ、はい」
「きっと、一体何にぶつかったのかと思いましたよね」
 そう言って、MINAは少し寂しげな顔をした。
 確かに、あの時の衝撃はどう考えても女性にぶつかった時のものではなかった。
 とはいえ、それを正直に言うのもどうにも気が引ける。
 美香が答えに詰まっていると、MINAはそれを肯定と受けとって話を続けた。
「あたし、実はIO2時代に三回死にかけてるんですよ。全部、普通なら再起不能の大ケガでした」
 驚いてMINAを見返すが、とてもそんな風には見えない。
 その謎は、すぐに、彼女自身の口から明かされた。
「でも、あたし、負けたくなかったですから。
 だから、今のこの身体は、半分以上が機械なんです」

 とっさには信じがたい話だが、それが事実なら全てのつじつまが合う。
 彼女とぶつかった時の異様な衝撃は、彼女の体重が見た目よりもはるかに重かったから。
 そして彼女が些細な捻挫を大げさに心配したのは、生身の身体の壊れやすさと尊さを身にしみて知っているから。

 それは、笑って話すにはあまりに辛すぎるだろう過去。
 それなのに、どうして彼女は笑っていられるのか?

「それでも、あたし、後悔はしてないんです」
 信じられないことに、MINAは真顔でそう言ってのけた。
「そのおかげで『SOl』に入れたようなものですし。
 それに、あたし、『まだ負けてない』ですから」

 そこへ、電話を片手に亜里砂が戻ってくる。
「もうすぐ車が来るから、それで家の近くまで送ってもらって」
「亜里砂さん? ひょっとして、その車って……」
 訝しげな顔をするMINAに、表情一つ変えずに続ける亜里砂。
「副長。確か今日非番だし、流行の軽買ったとか自慢してたんだから使ってあげないと」
「でも、副長に女の人を任せるわけには」
「MINAも寮まで送ってもらえばいい。もちろん美香さんの後で」
 そんなやりとりをする二人の様子には、先ほどMINAが語ったような深刻な過去をうかがわせるものは何一つなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 美香がいる世界は、一見華やかに見えて、その裏には様々な「事情」が渦巻いている、いわば表と裏の、そして光と影のある世界だ。
 同じように、例えば芸能界などもそれに近いものがある、という話は聞いたことがある。
 だが、「ヒーロー」という世界にだけは、そんな「裏」などないと思い込んでいた。

 だが、今日出会った彼女は、「それは違う」と笑ってそれを否定した。
 表があれば裏がある。それは世の必然であり、表だけの世界など存在しない。
 MINAも、そしておそらくは亜里砂も、彼女たちなりの「事情」を抱えているのだろう。

 それでも、彼女は確かに輝いて見えた。
 それはきっと、彼女のいる世界のおかげではなく、彼女自身がどこまでも前向きだからなのだろう。

「非番の日とか、あんまりやることなくて暇なんです。今度一緒に遊びに行きませんか?」
 別れ際に、そう言いながらアドレスを教えてくれたMINA。
 その笑顔を思い出しつつ、美香はふとこんなことを考えた。

 いつか、全ての過去を笑って受け入れられるようになるのだろうか。
 いつか、今いる場所が自分の居場所だと誇れる日が来るのだろうか。

 今は、それはまだわからないけれど。

「いつかは、そういうこともあっていいんだ」
 そう思えたことが、なんだか少し嬉しかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
 もともとはMINAをご指名でしたが、流れでもう一人出してしまいました。

 MINAも過去にいろいろとあったのですが、本人が前向きかつ物事を深く考えないタイプなので、周りが驚くくらいあっさり受け入れてしまっていたりします。

 それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。