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必要なもの
「もうだいぶ慣れたんじゃない?」
「いえいえ、リリィさんが来てくれるのであたしはただ寝るだけですけど、毎回ちゃんと夢の中へこれるかどうかドキドキです」
二人を包む漆黒の闇。暗闇の中に放り込まれて感じる押しつぶされそうな圧迫感はない。暗闇の中で二人の周りだけがほんのりと明るかった。初めは互いを認識できるくらいの明るさだったが、リリィが小さく指を鳴らすとそれが白熱灯が照らす明るさにまで変わる。照らし出されたみなもの格好は、以前依頼を受けた時と同様のふさふさの獣耳と尻尾が付いており、黒ビキニにスーパーロングブーツというものだった。明かりの中でみなもの髪が揺れる。一瞬、青い髪が光を浴びて鮮やかな色を放った。
「あれ? 今日ももしかして管狐のみこちゃん憑けてる?」
「あ、はい。前回はみこちゃんを憑けて夢の中でどの程度の力が発揮できるのかも分からなかったので、それも一緒に検証したいなって思ったので」
「そういうことね。確かにそうだよねー」
頷きながらリリィはみなもの周りをくるりと一周した。
今回のみなものリリィへの相談は夢の中という非現実世界での能力の限界についてだった。みなもの元へ寄せられる依頼は現実世界で解決できるものだけではない。来たるべき時に自分の能力をしっかり把握しておかなければ、悩んでいる間に期を逃してしまう。それでは意味がないのだ。みなもは責任感が強く、探求心も旺盛だ。今できる事は今やっておきたいタイプだった。
「よーし、それじゃあまず……おさらいね。キミの場合、人魚の末裔ってことで能力の大半が水を扱うものってことでいい?」
「ええ、そうですね。水や血液などの液体であれば制御可能だと思います」
「うん、そこまでは良し。ただしここは夢の中。血流も感じられないし、水の存在も同じ。制御したくても出来ないの。基本、現実世界にあるものはないと考えてね」
そこまで聞いたみなもはがっかりした様子で肩を落とす。
「それじゃあ、あたしの力はほぼ使えないと思った方が良さそうですね」
「うーん、そうかも。基本夢は幻だから。まあそんな中で必要になるのは精神力の強さ」
たとえば、とリリィが指を鳴らすとみなもの服が一瞬にして変わる。獣耳と尻尾はそのままに、短い白のプリーツスカートに白のスーパーロングブーツ、リブホルターの短めのキャミソールへと変貌を遂げた。白を基調としたコーディネイトのそれは、みなもの髪色に映え爽やかなイメージをもたらす。大きく目を見開いたみなもは自分の姿を眺め声を上げた。
「わっ、これ……」
「そうだよ。私のイメージ。夢の中は精神力の強い者が有利なの。強ければ強いほどこうやって相手に働きかける事も可能。相手を支配する事も可能。リリィの場合はここが遊び場だから自由に操れて当たり前なんだけど、一般的には難しいかも」
「そうですよね。……でも逆に精神力をあげるようなアイテムを使えば私にも出来るかもしれないってことですよね」
「うん、そうだよ。でもアイテムの持ち込みって……ああ、キミは出来るんだったね。だって管狐連れてきてるもん。多分、憑依してるからだと思うの。相当力がなければ、形のあるものは夢の世界へは持ってこれないはずだから」
ゆらりと揺れるみなもの尻尾を撫でながらリリィが笑う。通常であれば持って来る事が出来ないアイテムも、みなもが同化、憑依などの形態を取れば夢の世界でも力を発揮できるようだった。管狐は無意識に選択したのだとしても良い選択だった。ただし、レア度も低いため本来の力より能力は狭められ、精神力の補助程度になっているようだ。
リリィが他に憑依系のアイテムはないかとみなもに尋ねると、いくつかのアイテムが上がる。名前的には憑依系変身系アイテムだと思えないラベンダーの栞やウゴドラクの牙も、眠る前に獣化してしまえばその力を持ったまま夢の世界へ来る事が可能だろう。
「ただね、力をむしり取られるのは早いと思うよ。負担は現実世界で使用してる力の倍って考えるのが一番良いかな。ほら、本来夢って無意識に見るもので意識的に見るものではないから、そこに意志を持って存在しているだけで力が奪われていくの。この間は長時間居なかったから気付かなかったかもしれないけど、結構疲れてきてない?」
言われてみれば、とみなもは胸に手を当てる。血の流れはないのに動く心臓は通常よりも早くなっており、体も来た当初より重くなっている事に気がついた。
「力が制御できない程に消耗した場合は、強制的に現実世界に飛ばされるの。ただし、運が良ければ。ここでの消耗はそのまま現実世界の自分へ還るの。だから気をつけてね。ここでの消滅は、現実世界での消滅を意味するから」
ごくり、と生唾を飲み込みながらみなもは小さく頷く。軽い気持ちでやってきていた夢の世界だが、詳細を聞けば聞くほど恐ろしい場所に思えた。
「もう来たくなくなったでしょ?」
寂しそうな表情でリリィが問うが、みなもは首を左右に振り否定した。
「いいえ。一人は恐怖を感じるでしょうけど、リリィさんがいれば平気です。今までと変わりません」
きっぱりと言い切る姿にリリィは笑顔を取り戻す。それに釣られてみまもも微笑んだ。
「もう可愛い!」
リリィは力の限りみなもに抱きつき、肩口にあった尻尾に頬ずりする。そして顔を上げると笑顔で告げた。
「よしっ! キミがリリィになにか攻撃してみてよ。リリィ、多少の事は平気だから」
「あの、それはどうかと……」
「いいの、いいの! だって試してみたいでしょ。でも、んー、攻撃したくないっていうなら自分にやってみてもいいけど。ほら、手っ取り早いのがリリィがやってみせた衣装の変更とか」
リリィからの提案に、それならば、とみなもは頷いて意識を集中する。しかしすでに精神力を消耗しているからか、もしくは管狐を憑依させている副作用からか気持ちが落ちつかず集中する事が難しい。
「まずはイメージしてみて。どんな自分がここに存在してるのか」
リリィはみなもの目に手を当て視界を閉ざす。視界を失いその他の感覚がほんの少し上がる。
みなもはイメージした。狐の姿の自分を。中途半端な格好ではなく、狐そのものの姿を。夢の中ならばきっと望む姿になれると信じて。
管狐の力も借り、自分の精神を保ちながら変わっていく自分を想像する。
「きゃあっ、かっわいい!」
抱きしめられる感覚と共に耳元で響く声。成功しました?、とみなもは声を上げようとしたが人間の言葉が出てこない。出てきたのは獣の声だった。
「あらら? もしかして精神力不足? 言葉が話せないの?」
頷くみなもにリリィは途端に妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふっ、そうなの。どうしよう、リリィ楽しくなってきちゃった」
ぺろり、と唇を舐めたリリィ。無防備なみなもの姿を見て、夢魔としての本性をくすぐられたのだろう。優しくみなもの本来の髪よりも薄く銀に近い青の毛並みを撫でながら言う。
「このまま夢の世界で飼ってみたくなっちゃう可愛さ。でも、お話しできないのは寂しいなあ」
潤んだ瞳でリリィを見上げたみなもに、リリィはたたみ掛けるように告げた。
「人魚ご自慢の声も出せなくて、今のキミはただの狐。ダメだよ、夢の世界でのこんな失態は。だって元に戻る精神力無いんでしょ?」
リリィの言うとおりだった。みなもは先ほどから何度か元に戻ろうと試していたが、元に戻る気配すらなかった。
「そんな目で見てもだぁめ。……でも今日の所は一緒に連れて帰ってあげるね。ふっさふさで可愛いから」
その言葉にみなもは身を震わせる。他のものに変わっていたらどうなっていたのだろうと。
みなもはこれから多少なりともこれからは精神力鍛錬をすることを心に誓う。それは夢の世界でなくても様々な場面で役に立つに違いない。そして夢の中では精神力が一番の力だと心に刻み込む。
夢から覚めたい、と心の底から願いながら、みなもはコロコロと笑うリリィの腕に抱かれていた。
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