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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのろく。



 誰かが言った。
「チェックメイト」
 誰かが言った。
「まだ早い」
 誰かが言った。
「では」
 誰かが言った。
「まだ続ける?」
 チャンスを。
「与える?」

***

 周囲すべては敵。
 鍵は見つからない。

 エミリアはあの巨大な門の前に立っていた。辺りはすべて白い。
 真っ白だ。
 荘厳な門だけがそびえ立つこの世界は、入口ではないのか?
 だれも、いない。
 エミリアは視線を落とす。
(本当に、ややこしいことに関わっちゃったわね……)
「もしかして、最初からやり直しってこと?」
 やれやれと思いながら門を見上げていると声が響いた。
<ゲートを開けます>
 やはりウテナの声にしか聞こえない。少女なのか、少年なのかわからない独特の声。
 重い音をたてて開いた門の向こうには、まだ見たことのない世界が広がっている。おかしい、とエミリアが思う。
 エミリアは脱落したはずだ。次のステージへの鍵は手に入らなかった。では、あそこはなんだ?
 意を決して足を踏み出す。門の向こうに踏み入れた瞬間、匂いや雰囲気ががらりと変わってしまう。
 背後を振り返るとウテナが立っているだけで、門はない。
「ウテナ」
「はい」
 無表情のままで突っ立っている彼女は瞳を少し伏せただけで、すぐにこちらに視線を戻す。
 本当に人間のように動く。だから惑わされる。
 向き合うべきなのだろう。けれども彼女はヒトではない。
 エミリア・ジェンドリンが逡巡をしたのはほんの瞬きの間。
 だって決めていたのだ。とことんまで、付き合ってやろうと。その決意を覆すことはできない。
 理解だ。理解していかなければならない。
「ウテナ」
 風が吹く。
 田園風景が続くこののどかな世界に似つかわしくない、緊張を孕んだ声。
「聞きたいことがあるの」
「はい」
 エミリアは無事に現実世界で目覚めた。あの時は本当にひやりとしたものだ。だが違和感もあった。
 敵として現れたあのプレイヤーの少女は、脱落しろと言っていたのに。
「残りの使用回数は?」
「…………」
 ウテナは口を開きかけ、それから首を傾げるようなしぐさをした。それから小さく「エラー」と口にする。
「エラー? どういうこと? どうして答えられないの?」
「……エラー。あなたの質問は拒否されました」
「!?」
 それはないだろう!
 憤然とするエミリアだったが、元々このゲームはおかしいのだ。いちいち腹を立てていては前に進まないだろう。
 こういう意識の切り替えがエミリアの潔いところだ。
「ウテナの使い方があまりわからないの。教えてもらえるかしら」
「能力カードの使用方法に関するデータ……承認されました。
 能力カードは、所持カードに左右されます。攻撃ターンがまわってきた場合、使うことが許される方法です」
「攻撃ターン、ね。それはこちらが先制をとれる方法があるのかしら?」
「敵をこちらが先に見つければ可能です。先制攻撃をとれた場合、エミリアの先制ターンであることが宣言されます」
「…………」
 それはいくらなんでも不利だ。こちらには相手の姿が見えないのだから、敵を見つけようがない。
 エミリアは額に手を遣って嘆息した。つくづく、面倒なものに関わってしまった。
「じゃあ次ね。
 絆があがると性別が変わるの?」
「……質問は承認されました。
 絆の上昇により、カードの性別が変わります。能力カードは初期設定では無性別。性別を得ることにより、パートナーの対となって動き、それにより飛躍的にパラメーターがあがります」
「えっ? 攻撃能力があがるってこと?」
「簡単に言えばそうなります。カード使用回数もあがります。
 性別が変化する、というのは『その性別のカードへ』生まれ変わると、この世界では意味しています」
 と、いうことは。
(強力なカードに『進化』するってことか……)
 いまだ初期状態に近い今のウテナでは、先月のあのカードに勝てるわけがなかったのだ。
 エミリアは腕を組む。
「あ、そうだ」
「…………」
「どうしてエリアゲートの鍵、だっけ? あれがないのに私はここに入れたの? 最初のステージと違うわ」
「……エラー。あなたの質問は拒否されました」
「エラーって……そればっかりじゃないの」
「エラー」
 ぼんやりとそう告げるウテナは空を見上げた。
 つられてエミリアも見上げる。
「エミリアは」
「待った!」
 このパターンはすでにわかっている。攻撃だ。自分は攻撃を受けている。
 こんなのどかで、平和な場所で。でもわからないことばかりだ。案内のないゲームなんて……!
「敗者復活をしたのです」
「え?」
 あれ?
 身構えたエミリアは、警戒を解く。なんだか初めて、ウテナが違うことを言った。
 彼女に『意志』というものがあるならば、意を汲んであげようとは思ってはいた。けれど、なんだろう。
 彼女は本当に意志があるのだろうか? カノジョは作られた存在で、そこにココロがあるとは思えない。
 期待すれば、裏切られてオシマイ。前にみた、あの少年のように。
 姿が過ぎったのは一瞬だった。エミリアは瞬きをして、ウテナを凝視する。
「鍵を2本手に入れました。ボーナスとして、脱落せずに次のステージに進めました」
「そ、そうなの?」
「……これ以上先に進むのは危険です。き、き、危険、です。す。ど、どうし、ます、ますか?」
 壊れたもののような口調で問いかけるウテナは平然としたままだ。
 この世界には道しるべがない。
 エミリアは振り向く。延々と続く田園風景は、あまりにも、静かだ。
 能力カードが実際は道案内役も兼ねているのだろうが……。
 予想したエミリアは、ウテナを、カノジョのほうを向く。
 ――――ゲーム同様に壊れている?
 なぜ、そうは思わなかったのだろう?
 先月出会ったプレイヤーの少女は、もともとこのゲームに参加していたと考えれば納得できる。ルールなどを知っていることから、そう察するほうが自然だろう。
 いや、けれどもカード能力は発揮されている。実際に攻撃も受けたし、攻撃もした。
(一部が壊れてるのかしら……)
 一部? それはどこまで?
 なかば睨むようになっていたエミリアはハッとし、こほんと咳払いをする。
「ウテナ、他のプレイヤーや敵はいるかしら?」
「いません」
「いない?」
 このような事態は初めてではないだろうか?
 エミリアは背後の田園風景を見遣る。さわさわと風が流れていく。エミリアの髪がゆるりとなびいた。
「え、と……」
 戸惑いながら、歩き出すべきか迷ってウテナをまた見てしまう。彼女は音もなくエミリアの傍に来ると、影のようにぴったりと背後についた。……なんだかちょっとこわい。
「よ、横でいいのよ? ウテナ」
「………………」
「………………」
 なぜ、黙ったまま?
(プログラムにないことはできないのかしら……それとも、絆が低いと無理なのかしら……)
 距離感が難しい……。
 歩き出すことにしたエミリアは、爽やかではあるがどこか懐かしい香りを運ぶ風に、どうすればいいのかと悩む。
 ただ延々と歩き続けるわけにはいかない。ここがゲームの世界でも、なんらかの指針がなければ次のステージにはいけないだろう。
「鍵はどこにあるのかしらねぇ」
 独り言のように洩らすが、ウテナは反応しない。ただ足音もたてずについてくる。
「エミリア」
「ん!?」
 まさか攻撃かと周囲にざっと視線を走らせると、ウテナが続けて言う。
「他のプレイヤーがこのステージに入ったようです」
「え?」
 まさか教えてくれるとは思わなかったので、素直に驚いてしまう。けれどもウテナに変化はない。
 エミリアはこれほど心を閉ざした相手を知らない。
 彼女の意志がまったく見えないのだ。取り付く島もないとはこのことだろう。
 でも、だからって。
 放置は、できない。
「向こうにはこっちが見えてる?」
「使っているのは『ライブラ』のカードです」
「ライブラ?」
「向こうがカードを使用しました。こちらの姿を目視されています」
 ちら、とウテナがこちらを見た。
「ウテナのカードを使いますか?」
 でた。
 いつものセリフだ。
 残る回数もわからない。もしかしたら、あと、ほんの少しで。
 ステージ数もわからない。この先のことを考えれば無茶だ。
「エミリアのターンです」
 ターンがこちらに回ってきたということは、相手はこちらを攻撃する気なのだ。
 避ける? 攻撃する? どうすればいい? なんでここに武器はないの?
 エミリアは己の武器を思い浮かべた。どうしてこの世界はこんなにも。
(理不尽なの)
 刹那、世界が真っ赤に染まった。
 空も、大地も、なにもかもだ。赤いフィルム越しに世界を見ているような錯覚に陥る。
「え?」
「エミリアにペナルティが発生しました」
 ウテナの声に、振り向く。彼女は無表情のままだ。
 まだら、だ。
 赤と白のまだら模様の世界の中にウテナと、ウテナに重なるように誰かが立っている。
 ゆっくりと死刑宣告のように人差し指を向けられた。
「ウテナのカードの使用回数が残り1となりました」
 重なった影が消え去り、そして世界も元に戻った。
 エミリアはわけがわからない。ペナルティ? そんなもの、いつ!?
「どうして、なんで」
「この世界に持ち込んではいけないものを思い描きました。あなたは力があり、また、その想像したものを呼び寄せる力も持ちえている。
 ゆえに、それをガードし、ペナルティが発生しました」
「身を守るためだとしても!?」
 理不尽なこの仮想空間に対して、憤りすらあるのに。
 しかしウテナの表情は変わらない。
「あなたの生きる世界も、ここと同じです。死は平等にそして理不尽に、不幸は唐突に、境遇は相手を選ばずやってくる」
「…………」
「このゲームのプレイヤーならば、いい加減気づくべきかと」
「それは」
「『上手くいくだけの世界』など、存在しない」
 その言葉にエミリアは目を見開いた。
 ただ楽しいだけの世界ではない。そう、ここは……。
(まさか……)
 あの、マグマに落ちた少年のその後は? なぜ彼らはこの世界で「敵」を排除するのか。
「サバイバルゲーム……」
 愕然とした瞬間、再び世界は真っ白に染まり、そこには巨大な門があった。
 エミリア・ジェンドリン、リタイア。
 その文字が無情にも宙に浮かび、知らしめていた。
 そしてエミリアは呟く。
「カードを使うわ」
 指差した、そのリタイヤの文字を。
「リタイヤを、逆転させる――――!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
 いよいよ少しずつ核心へと近づいています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。