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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ xeno−結− +



   ―― 殺 し に き た よ ――


 ひた。
 ひたひた。
 ひたひたひた。


 静かに忍び寄る影。
 交差する互いの目。


 正気と狂気。
 本体と虚像。


 やってきた『ソレ』は僕の半身だとこの世界は教えてくれた。


 僕と『彼』。
 同じ能力を保持するホムンクルスとして誕生するはずだった二人。未来は未知数で、かつ平行性を持つ。二人が一緒に産まれられれば良かった。二人が傍にいればあの研究所でもなんらかの救いがあったかもしれない。
 しかし運命は残酷だ。
 片方を≪不完全≫と決め付け、≪完全体≫に殺させた。
 ≪不完全≫と決め付けられた『彼』はナンバーでしか名を呼ばれず、けれど共に目覚めるはずだった『弟』……僕を想い続けてくれたけど。
 その想いは同時に抹消された他の不完全体達の力を補って、生存する事が可能となっても存在し続けた。そして最初こそその愛は純粋なるものだったのだろう。しかし『彼』が――いや、『兄』が取り込んだ不完全体達は僕に対して憎しみしか抱かなかった。
 だからこそ相反する感情が目の前の人物には存在している。


「……そうだったのか」


 周囲の空気の変化を敏感に感じ取った僕は己の周りに「霧無消散」を展開する。
 彼が自分に対して最初から殺意を抱いて接してきていた事は知っていた。だから当然殺しあうかもしれないという展開は予想していたが、まさか彼の正体が双子と呼ばれても可笑しくない『自分と魂を分けた存在』だったとは思わなかった。
 攻撃をなんとか防御壁で防ぎ、僕は彼からの攻撃を防ぐ。


 彼は混乱していた。
 僕の言葉に困惑していた。
 自分の目を限界まで見開き、己の顔をあいているもう一方の手で押さえながらも喉を引き攣らせ「くひっ、ひひひひっ!」などと狂人のような言葉を唇から零し笑っている。それは自嘲か、他者への嘲笑かなど僕には分からない。
 ぐるぐる渦巻く僕への感情。
 愛している『弟』への夢や希望。
 しかし失敗作と、不完全体だと決め付けられて、結果的に姿を人の形以外のものに変化させられ僕とは全く違う姿のまま、『愛する弟』に己の存在を気付いてもらう事も出来ず死んでいった哀れな魂。
 それも複数形の……憎しみと悲しみの塊。


 僕は背後に控えているミラーさんとフィギュアさんへと一度軽く振り返る。
 ミラーさんが手を横に滑らせ、空間を歪ませている姿が見えた。『兄』と初めて出逢った時にも使っていた能力で、それは恐らく防御の力なのだろう。


「……なら。すでに決着はついている。きみに僕は殺せない。例えどんなに酷い目に合わされても、きみは愛する者を手にかけることはできないんだろう」


 攻撃と防御。
 僕は攻撃へとは転じない。
 ただ顔を歪ませ、嗤い続けている彼へと視線を向け言葉を掛け続けた。その間も攻撃の手は緩められず、むしろ力は増していく。僕だって力が無尽蔵にあるわけではないのだから、圧迫が増せば苦痛に歯を強く噛み締めるしかない。


 だけどこの声は届きますか。
 ねえ、聞こえますか。
 きみを『兄』だと自覚し、二人繋がっている僕の声――きみには聞こえていますか。


「……過去は変えられない」


 僕は存在を知らされていなかった。
 当然研究員達も僕に同時期に産まれた存在など教えやしなかったし、そのデータ自体ももしかしたら破棄されているかもしれない。でも逆を考えれば万が一僕が彼らの意思によって不完全体だと決め付けられた時用に彼のデータは一部だけでも残ってはいるかもしれない。
 『兄』だと気付けなかった僕。
 だけどそれは罪でもなんでもない。


「ひ、ひひっ。無知は最大の罪に値するのだよ。知っているかい? お前の兄もお前もただただ無知だった。だが我々が違った」


 『ソレ』は誰の言葉か。
 指の隙間から僕と同じ青の瞳を見せながら、狂気に身を浸けてしまった『ソレ』は言ったのだ。『兄』の姿を借りて、『僕』の声で、『兄でも僕でもない意思』が告げる犠牲者達からの言葉だった。
 僕はあくまで冷静になれるよう意思を奮い立たせながら場に立つ。立ち続ける。言霊が存在しているならばどうか、伝わってくれ。


「きみはすでに命無き存在」


 きみは僕が殺した存在。


「僕に対して強い憎しみを抱くことで存在しているけれど、その想いゆえに歪んだ。歪み憎み続け、存在し続けることはきっと辛い」


 僕の『兄』に取り込まれた失敗作の執念は『兄』の想いを利用している。
 そして推測だけど、僕の兄はそれに抵抗しているのではないだろうか。だって彼はずっと僕の前に現れる度に問い続けていた。


     ―― 殺してもいいですか? ――


 自分の意思があるからこそ問いかけて、確認をした。
 それが決して傀儡にならぬようにと口にした言葉であるのならば納得出来る。だって繋がってしまっている僕達――ほら、こんなにも胸が痛い。


 そして、ふっと『ソレ』はわらった。
 それはとても穏やかな笑顔だった。決意を示した表情だった。
 僕も時を同じくして同じ様な笑みを浮かべていた――それはまさに双子のシンクロ。


「「ねえ、もう、終わりにしよう?」」


 僕も同じく声にしよう。
 さあ、抵抗しないから殺してみせてよ。
 憎しみと歪みを手離すまで、捕らわれた想いから解放されるまで、僕を焼くといい。


 防御壁を解き、相手の強酸霧雨(アシッドレイン)を受け入れる。
 ぴりっとした強酸特有の香りが一気に鼻腔を刺激し、僕は夢の世界なのに肉体を焼かれていく。なるほど、これが今まで僕が殺してきた者達が最後に味わった痛みなのか。己の力を自分に使うことなど知らなかったからこそ、無性に可笑しかった。
 互いの首には互いの手が絡みついたままだ。
 強酸霧雨(アシッドレイン)は僕だけを狙っている。後ろの二人には届かない。否、彼にはその意思すら存在していないんだろう。


 服が溶ける。
 肌が溶ける。
 骨が溶ける。
 髪が抜け落ちていく。


 僕が今まで目にしてきた光景を今度は自ら味わう苦痛。
 何故だろう。僕は無意識の内にまだ残っている喉で「くひっ」っと笑っていた。それはまるで僕が相手を模したかのような笑い方のように思えた。
 さあ、殺すといい。
 僕がきみを殺したように、『僕』を殺すといい。
 そうすることできみは消えてゆくだろう。それが最終目的だったのならば――。


「――けて」


 彼が呟く。
 妬かれる痛みの中、僕はまだ残されていた聴覚でそれを聞く。
 彼は叫んだ。その目に大粒の涙を浮かべ、それを頬へと滴らせながら、僕を見て――そして後方へと声を高く飛ばした。


「助けてっ! ――『弟』を、助けて!」


 そして消えいく最後の瞬間、僕は見た。
 ミラーさんが僕らを強く引き剥がし、僕はもはや己の力では立っていられずその場に倒れこむ。ぐしゃりと生々しい肉と血が潰れ散る音を聞きながら僕は残っていた片目を懸命に開き続けた。
 ミラーさんが右手を大きく振り、衝撃波を叩き込む。転移してきた敵に対し、『ソレ』はそれを避けるだけの余裕が無かったらしく直撃のダメージを受け、その唇から血反吐を吐いていた。
 それと時を同じくして後ろからフィギュアさんであろう女性の声が聞こえた。


「貴方の望みと案内先を見つけたわ。さあ、あたしの目を見なさい。そして――」


 ……その続きは何?
 僕の意識はそこで途切れてしまった。



■■■■■



「起きなさい。迷い子(まよいご)」


 そして覚醒の時。
 僕はミラーさんが身体を揺すられ目を覚ました。激痛は既になく、むしろ溶けていたはずの身体は復元されていた事に驚いた。しかしそれを表情に出す事はしない。心に穴が空いているかのよう。ぽっかりとした感覚は空虚と言っても過言ではない。


 長い黒髪を持つ少女が座っている。
 その手には何かふわふわとした光が浮いていた。僕はミラーさんの手を借りて上半身を起こす。脱力感は強く身体に残っていた。


「これが貴方の『半身』よ」


 足を動かせない少女は――フィギュアさんはそう言って僕の方へと両手を差し出してきた。


「フィギュアが透眼(とうがん)という対象の精神を乗っ取る力を使って他の不完全体達と分離させたんだ。これは君達の世界の言葉で言うならば魂にあたるものだよ」
「『彼』は叫んだ。『弟を助けて』と。最後の最後まで君を愛していた心だけで叫んだ。肉体はミラーに対して攻撃的だったけれど、今回あたし達が導くべき迷い子は二人だけ」
「一人は<青霧 カナエ>」
「そしてもう一人は『彼』だったの」


 僕は思うところが多すぎて無表情になってしまう。
 言葉数は元々多いほうではないがより一層少なく、いや始終無言になってしまった。僕がしたことと言えばただ彼らの説明に一度頷き、反応を返しただけ。彼らには僕の心中が伝わってしまっているだろうから、これで充分だろう。


「もう肉体はミラーが消滅させてしまったから言葉は話せないけれど、貴方達は通じ合えるはず」


 フィギュアさんの手の平で仄かに光る球体を僕は見やる。
 これが『兄』。
 これが『魂』。
 僕はそっとその球体を受け取るべくゆっくり両手を伸ばし、そして手の平で掬った。


―― ……優しい命は生き残れないんだ。
    僕はきみのぶんまで残酷になって生きてみせる。


 そう心で思えば、球体は応えた。


―― 僕は、『名前』が欲しかった。
    番号ではなく、きみのように名前が欲しかった。
    そしてきみと話して、ただ遊びたかった。


 それは意外な返答だった。
 表情も分からない球体から発せられる、頭の中だけの会話。無言の対話。だけど『兄』とやっと本当の意味で通じ合えたのだとその瞬間、僕の心は満ちていた。


―― 愛しい僕の『片割れ』。僕は先を行くよ。
    次にきみの傍に行けたなら、今度は遊んでね。


 そう彼が告げた瞬間、ふわりと魂は浮き上がりそして闇へと溶け込んでいく。
 ミラーさんがフィギュアさんを抱き上げ、そして額に額を当てる。記憶を保持出来ないフィギュアさんにそうして記憶を渡す……今、その行為を行っているという事は僕達の事をきちんと見届けてくれるという彼なりの好意なのだろうと僕は解した。


 彼は望んだ。
 『名前』が欲しいと。
 望んだ全てはまるで子供のように無邪気で、そこには僕への殺意は一切含まれていなかった。
 さよなら、兄さん。
 不完全であろうと関係無く、きみは僕の兄さんだよ。


「……忘れない」


 忘れる事など僕は絶対にしない。



■■■■■



 朝、目が覚めた。
 そこは僕の部屋で、いつもと変わりの無い光景だった。


 しかし響き渡る内線の音。
 寝覚めたばかりの僕は慌ててベッド傍の受話器に手をかける。動いた身体は火傷を負った後の引き攣る皮膚に似た感覚を得ていて、あれが『ただの夢』ではない事を教えてくれた。
 繋がった内線で伝えられた事は要約すると「お前に逢わせたい人物がいる」だ。
 一体誰と逢わせられるのだろうか。
 もしかしてまた処分の手伝いだろうか。それとも本当に出会いなのだろうか。研究所ゆえに疑念だけは消えず、しかしてきぱきと身支度を整え僕は部屋を出た。


 指定された部屋へと訪問すれば見知った人物が僕を手招く。
 そこはホムンクルス達が生まれる場所。僕が誕生した部屋の一角。ガラス越しに彼は『ソレ』を指差した。


―― 次にきみの傍に行けたなら。


「これの保持する能力に少し不安を覚えていてな。そこでお前、これの養育係になる気はないか? 当然不愉快だと言うなら断ってくれても構わないぞ」


 こぽ、こぽこぽこぽ。
 水分に浸された人間の形をしたホムンクルス一体。姿形は――。


―― 忘れない。


 これは『半身』に悩まされた『僕』の物語。
 僕は少しだけ、唇に笑みを乗せた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男 / 16歳 / 無職】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。
 この度は連作の最終話である「xeno−結−」に参加有難う御座いました。
 今回は夢の世界にて結末を迎えて頂き、そしてその後もほんのりと加えてみましたがいかがでしょうか?

 ラストの展開が青霧様にとって変化になるのか、ならないのかはもちろん自由です。
 起承転結。本当にお付き合い有難うございました!
 また何らかの形で遊びに来てやってくださいませ。