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<東京怪談ノベル(シングル)>


 White roaring

≪緊急速報です≫
≪この程、復興支援に従事し〇〇県××市へ向かった旅客機が△△山中にて墜落≫
≪又この便で一時的な帰郷を予定していた復興ボランティアの青年団が搭乗間際、謎の失踪を遂げました≫
≪繰り返しお伝えします≫

 ――……事の始まりは、数時間前へ遡る。

「これで、更新完了……っと!」

 とあるインターネットカフェの一角。
 ファミリールームを陣取り軽快なタイピング音を響かせていた雫は座椅子に背を預けると、先程から情報番組へ見入った儘、微動だにしない玲奈へ胡乱な視線を移した。

「玲奈ちゃん、玲奈ちゃん。テレビに夢中になるのは良いけど瞬き位……って。これ、何かの街頭アンケート?」
「うん。女の子が貰って困る、ホワイトデーの贈り物と言えば? だって」

 啜ったラテを嚥下しつつ、齎される情報は逃すまいと講ずる。
 玲奈の飽く無き好奇心へ雫は小さく噴出するも、彼女の姿勢に倣って自身もテレビへ向き合った。

『酷い時なんて、当日にコンビニで売ってる駄菓子を渡されたりしたんです!』
「でも、安物の駄菓子なら良い方じゃないかなぁ? 肌着とか自作の歌とか……正直、リアクションに困っちゃうもん」

 液晶を相手に会話染みた感想を張り上げる雫とは一転、玲奈は遠い眼差しで在らぬ方向を見詰めている。

「貰えるだけマシよ。私なんか人外だし……見向きもされない」
「も、もっと夢は大きく持とうっ!?」

 世知辛くも朗らかに流れるこの瞬間は件の速報に因って急転し、二人は半ば着の身着の儘の態で現在へと至る道を選択した。

「この人の事、知らないっ? 今、行方不明になってる復興ボランティアのメンバーで、あたしの友達なの」

 アンケートから切り替わる映像を何気無く追っていた雫が、流れるテロップの中に親友の名前を認めてしまえばその後の選択肢など最早、無用の長物と成り下がる。
 先の事故を踏まえて、陸路から可能な限り最短のルートを用いた雫は雪の降り頻る村落へ到着して間も無く、同伴を望んだ玲奈と共に此度の情報を尋ね回った。

「団体さん方を捜そうにも視界は悪ぃし、足場も見えねぇ。どう言う訳か男衆は寝込んでしもうた儘、一向に起きゃあせん。村の者もほとほと困り果てておるんよ」
「こんな大雪の日に、おんなじお山で雪崩に巻き込まれちまった若もんが居ったが……何の因果かねぇ」

 斯くして村中を巡り尽くした二人は、適当な軒下で降り注ぐ牡丹雪を凌ぎながら、これまでに集めた情報を纏め始めた。

「玲奈ちゃん、今の話……偶然じゃないと思う?」
「うん。この村に悪質な何か≠ェ蔓延している事は確かだもの」

 会話の合間に雫がワンセグを起動させると、各地の空港で失踪者の生還を願う恋人や家族と思しき集まりは疎か、他県から派遣される筈の救助隊が焦燥した面持ちで立ち往生を強いられている。

「村の皆だって、今は身動きが取れない状態なのに……困ったなぁ」
「じゃあ、私達で助けに行こうよ? ちょっと、飛行機でも調達してくるね」

 現状に悲観する様子も無く、軒下から足を踏み出した玲奈にその意図を呑み込めぬ儘、後を追った雫はやがて渦中の山と村落の境へ広がる平地に辿り着いた。

≪宇宙船での超生産能力を解放、人命救助に適する飛行機の製造を開始≫
≪同時に製造に関わる可能性を因数分解≠オ、現時点において機体を使用する事の出来る現実を増幅≠キる≫

 やがて宇宙船のサポートと玲奈の念動力に依って村落へ導かれた飛行機を目視し、村人達がどよめきを生みながら集まり始めた。

「ねぇ、何で他人の親友の為に頑張れるの? 若しかして、横取りしたいから?」
「違うよ。強いて言うなら……純粋な善意かな」

 簡潔且つ明確な答えに明け透けな揶揄から浮かべた笑みを和らげ、事の次第を村人へ伝えた雫は霊障と思しき害を免れた数少ない男衆を有志に搭乗を先導する。
 間も無く飛び立った飛行機は玲奈の発する耐霊障フィールドの影響下にありながらも、雪嵐の直撃を受けてその機体を軋ませた。
 視界の悪さは勿論の事、広大な山脈を眼前にして膨らむ不安が眼差しに乗って玲奈へと注がれる。

「大丈夫。想いを辿るの……彼等が最愛の人を求める、望郷の念を」
「!! 玲奈ちゃん、あそこっ!」

 白く塗り潰された世界の中、常人でも目を凝らせば認める事の出来る存在。
 ある者は雪洞から顔を出し、又ある者は手持ちの荷を振り上げ、再会を渇望した面々が玲奈達へ向かって必死に合図を送ろうとしていた。

「お前等も早く出て来い! 助かる……オレ達、助かるぞ!!」
「まだ、あいつに俺の気持ちを伝えてねぇんだ!! こんな所で死んで堪るかよ!」

 暴風の隙間を縫って届く青年団の歓声に一同が安堵の表情を浮かべたのも束の間、何処からとも無く響いた嗄れ声と共に、漆黒の濃霧が機体を覆う。

『フザケルナ……俺ガ失ッタ青春ヲ、ムザムザ他ノ男共ニ味ワワセハシナイ!!』

 途端に激しさを増し風雪に因り煽られる機体を立て直しながらも、玲奈達は脳味噌へと直に叩き込まれる言葉の真意を聞き漏らしはしなかった。

「今、青春って言わなかった?」
「あたしも……そう聞こえた」
『善クゾ聞イテクレタナ!! ナラバ教エテヤル、コノ俺ノ果敢無ク惨メナ生涯ノ全貌ヲ!』

 その場に居た誰もが制止する暇無く、悪霊と思しき声は熱弁を開始する。
 自身がその昔、この山中で命を落とした村民である事。
 年若くして命を落としてしまった為に、結婚どころか真っ当な恋愛すら経験出来なかった事。
 故に、バレンタインのお返し等と言う俗事に浮足立つ者達へ、遂に粛正を行った事。

「そんなの、ただの八つ当たりじゃないっ!」
『喧シイ!! 所詮ハ生者、貴様等ゴトキニ俺ノ無念ハ理解出来マイ!』

 暫くの間、雫と悪霊に因る不毛なサイクルを傍観していた玲奈であったが、好い加減に機体のバランスを維持する気力も惜しまれて。

≪今回の旅路を因数分解≠オ、道中でチョコレートを購入する可能性を増幅≠キる≫

「はい。遅くなったけど……義理チョコだよ」
『義理ダト? オ情ケナド要ラヌ、愚弄スルナ!!』

 玲奈が鞄の中から取り出したチョコレートを掲げて見せると、悪霊の戦慄きを表す様に機体が細かく震え始めた。

「でも、生前はその情けすら得られなかったんでしょ? 私ので良かったら、受け取って」
『グヌヌ……ッ』

 物怖じせず不明瞭な存在へ対峙する玲奈を一同が固唾を呑んで見守る中、返す言葉を失った悪霊の声が何時しか苦しげな嗚咽へと変化して行く。

「悪霊さん、泣いてるの?」
『嫉妬ニ駆ラレ、悪行ヲ重ネ続ケタ俺ニ……コンナ!!』

 尚も勢いを増す泣き声は、被害者である青年団をも閉口させる程に豪快で。
 やがて濃霧の一端に包まれ消失したチョコレートを認めると、玲奈は満足げな笑顔を浮かべて雫と顔を見合わせた。

「これだけ感激して貰えるなら、たまの義理チョコも悪くないかな? なんちて」
「あ、はは……玲奈ちゃんってば、逞し過ぎだよ」

 悪霊が霧散すると同時に忽ち天候は回復へ向かい出す。
 衰弱した青年団を保護し、村落へ帰還した飛行機には霊障から解放され集まった関係者達が駆け付け各々に温かく、優しい愛の言葉を掛け合っていた。

「貴女も行っておいでよ。邪魔はしないから」

 玲奈は徐に雫の腕を突いて促すも、湛えた微笑みの裏側を汲み取ってか唇を尖らせ拗ねる彼女の一瞥を受け取って。
 程無くして搬送される親友へと駆け寄った雫の後ろ姿を、玲奈は陽光の覗き輝く銀世界の中で見送った。

 了