コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『Wasteland’s mission』


 薄暗い部屋の中に響く音。
 それは不規則に、けれど確実に打ち込まれてゆくキーボードの音。仄かな明かりの元に映し出された文字の羅列、そして映像。
 それらを見詰めながら、鍵屋・智子は「ふむ」と眉を潜め、手を止めた。
「――敵の正体が判ったわ」
 零された声に、三島・玲奈の目が向かう。
「敵?」
 鍵屋は、以前月から玲奈が持ち帰った巨大ミミズの標本の解析を行っていた。
 打ち込まれるデータと、それによって導き出された答え。それは鍵屋にとって喜ばしくも、誇らしくもない物となっていた。
 彼女は画面から目を外して頷くと、眼鏡を取って長々と息を吐いた。
「つか、敵なんていない。寧ろ、敵は聖戦士よ」
「聖戦士?」
――聖戦士。
 それは存在しない敵と必死に戦う論客を揶揄する言葉。今回鍵屋は『敵』を、在しないモノと闘う戦士として揶揄した。
「簡単に説明するなら、人類の恐怖心が仮想敵を実体化させたモノ。それが今回の『敵』と言う訳」
 わかるかしら?
 そう目で問いかける鍵屋に、玲奈の目が落ちる。
 感覚としては理解できるが、それを確かな物として理解するのは些か難しい。そもそも存在しないと言うのであれば、倒す事も難しいのではないのだろうか。
「……それをこれから実証するわよ」
「え?」
「付いて来なさい」
 眼鏡を掛けた鍵屋は玲奈の返事を聞く事なく歩き出す。その姿に玲奈は慌てた様に彼女の後を追った。

 * * *

 荒れ果てた土地に並ぶ円形状のコンクリート群。それらを視界に、鍵屋の手が通信機を手にした。
「あの……ここで何を」
「黙って見てなさい。貴女にはこの後充分に働いて貰うわ――では、作戦開始。速やかに動きなさい」
 玲奈の言葉に口角を上げた鍵屋。
 彼女は視線の先に在る無数のトーチカを見据え、何処かへ命令を下す。
 すると、変化は直ぐに起きた。
 荒れ果て、静まり返った空間に、突如として現れた旧某国の陸軍車両。
 その数は次々と増え、今では両手に納まりきらない程の数が陸地に降り立っている。
「ここは、旧某国の影響から独立する為に、独裁者が過剰な軍備を敷いた場所。故に、さぞ屈辱的でしょうね」
 鍵屋の言い方から察するに、彼女が言う旧某国と、目に映っている陸軍車両の所有国は同じだろう。
 となれば、領地を荒らされた独裁者は怒り心頭。もしこの場に独裁者が存在すれば、間違いなく――
「自らの領地を攻撃にしに来た『敵』を、追い返しに出て来るでしょうね」
 この玲奈の言葉通り、独裁者は――否、独裁者の亡霊は動いた。
 トーチカから姿を現した無数の兵。見るからに不気味な容姿をした兵達は、己が武器を構え、領地を荒らす敵を撃ち払おうと動いている。
「亡霊参上って所ね。さて、行くわよ」
「行くって――」
「私の用は雑魚なんかなじゃないわ。わかったら、さっさと動く」
 鍵屋は戸惑う玲奈に指示を飛ばすと、中指で眼鏡の位置を整え、外へと歩いて行った。

 * * *

 飛び交う銃弾。その中で響く爆音を耳に、玲奈は迫る敵に銃口を向けていた。
「そこを退きなさい!」
 撃ち込まれる弾に、こちらを攻撃に掛かった敵が崩れ落ちる。そうしてこの場を駆けて行こうとしたのだが、玲奈の後に続く鍵屋の足が止まった。
「ちょ……こんな場所で立ち止まったら――」
「質問に答えなさい」
 崩れ落ちた亡霊の頭を掴んで引き起こした鍵屋は、苦しげにもがく亡霊の顔を覗き込んだ。
 冷たく、底冷えするような目に、亡霊の目が見開かれる。
「総大将の居場所を吐くのよ。わかるかしら?」
 引っ張り上げた頭に、呻き声が響く。
 しかし亡霊は口を割らない――と、突如亡霊の頭が吹き飛んだ。
 何が起きたのか。そう考えるよりも早く、玲奈と鍵屋の思考が答えを導き出す。
「三島准将、突破口を開きなさい」
「了解。他の部隊の間を縫って、最短距離で向かうよう動きます。しっかり着いて来て下さい」
「誰に物を言ってるの。遠慮は必要ないわ」
 フッと口角を上げた鍵屋に、苦笑を浮かべる玲奈。
 ほぼ丸腰であるにも拘わらず強気な鍵屋に、玲奈は感嘆の思いさえ抱く。そうして前を向くと、彼女の足が動いた。
 カモシカの様に長い足が想像以上の速さで荒野を駆け抜ける。その軌道上には未だ倒し切れていない亡霊兵士の姿が。
「障害は全て立ち退いてもらうわよ」
 眇めた瞳。次いで繰り出された銃弾と、至近距離での蹴り。それに加えて与えられる打撃に、敵は次々と崩れ落ちてゆく。
「流石は三島准将。無駄のない動きね」
 鍵屋はそう言葉を零すと、悠然とした足取りで玲奈の後を追った。

 * * *

 荒野の先に在る首都へ、玲奈と鍵屋は来ていた。
「先程の砲撃位置から割り出した場所はここで間違いないわ。後は……」
 鍵屋はそう呟き、目の前の情景に肩を竦める。
 彼女の視線の先に在るのは巨大な建物。予想するに旧政府の持ち物であろう。
 建物の前には無数の亡霊兵士が陣取っている。彼等は建物の中の何かを護っているように見えた。
「三島准将、準備はどうかしらね?」
「あと数秒で他部隊が制圧に動き出します。その間に向かえば問題ないかと」
 この声に「そう」と頷き、鍵屋の目が伏せられる。
 そして玲奈の言葉通り、僅かな間も空かずに攻防が開始された。
 銃撃戦を繰り広げる亡霊兵士。それに対するのは玲奈達IO2の部隊だ。
 次々と倒れる人や亡霊達。その姿を視界に、玲奈は鍵屋を伴い駆け出した。
 今度は鍵屋の速度に合わせて、彼女に着かず離れずの距離を保って走る。それは銃弾から彼女を護るための行為でもある。
「入り口付近の兵士を惹きつけます。その間に中へ!」
 トンッと砂を蹴った玲奈の足が、こちらに気付いた亡霊の頬を薙ぐ。
 勿論敵は1人ではない。
 彼女に気付き発砲を試みる者も居たが、玲奈はすぐさま体制を整えると、仕込んでいた銃を取出し銃弾を見舞った。
 一瞬の隙も見せない。
 そんな勢いで応戦してゆく玲奈の手伝いもあって、鍵屋は難なく建物の中へ入る事が出来た。
「ここからは私の頭脳の出番……この構造の建物は――」
 持ち前の頭脳を使って、目的の『モノ』が何処に潜むのかを探る。当然、時間など掛ける必要もない。
「鍵屋さん、独裁者の亡霊の居場所は……」
 多少擦り傷は出来たが、ほぼ無傷で合流した玲奈に、鍵屋の目が「こっちだ」と誘う。
 そうして歩き進めること数分。
 彼女達は目的の『モノ』――独裁者の亡霊を発見することに成功していた。
「ッ、有無も言わさず攻撃だなんて……流石は独裁者ね」
 発見と同時に撃ち抜かれた肩。
 そこを抑えながら呟く玲奈に、鍵屋が呆れたように息を吐き、そして独裁者を見据えた。
「哀れなものね」
 ポツリ、零した声に亡霊の腕が動く。
 しかし鍵屋は動く事なく、敵の放つ銃弾を頬に受けると、一線の掠り傷を作った。
「亡霊は所詮亡霊。ここに来るまでで大体の予測は付いたわ。貴方、良いように利用されていただけじゃない」
 鍵屋の言葉に何か言いたげにこちらを見る亡霊。その視線に玲奈が首を傾げる。
「三島准将、貴女は先日、ここのトーチカと似た物を見たのではないかしら?」
 先日……? 見た……?
 これに思い当たるモノは1つしかない。
「太陽系防御システム……まさか」
 玲奈はハッとなって鍵屋を見た。
 この視線に彼女の口角だけが上がる。
 しかし亡霊は何の事だかわからない。焦れたように発砲した存在に、玲奈は前に出ると、鍵屋を庇うように立ち塞がった。
「答えは簡単。貴方が築いたトーチカも、何者かが作った太陽系防衛システムも、本質は同じ物……つまり、貴方も道具」
 何者かが破壊した太陽系防衛システム。そして、何者かが人の恐怖心を煽って仮想敵としてあぶり出した目の独裁者の亡霊。
 そのどちらも、共通する物がある。
「戦争の為に戦争をする。その為の道具……それが、貴方」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
 そう嘯いた鍵屋に、玲奈はキッと眉を吊り上げ、そして銃口を亡霊に向けた。
「――許せない」
 怒りに震わせ玲奈の声。それに続いて響いた銃声の音を耳に、玲奈は事件の黒幕への怒りを、胸に、眉を潜めた。


……END.