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<東京怪談ノベル(シングル)>


エンゲディ、ジ・エンプティ


「こりゃひでぇな」

 IO2エージェント、鬼鮫は低く唸り声を上げた。 明らかに堅気の風体ではないが、そんな人間はIO2には腐るほどいる。なによりこの場にはよく馴染んでいた。

 都心、地価は高く、治安も交通の便も良い住宅街。その高級マンション、さる会社社長が所有する一室。趣味人の家具の重みにも耐えるはずの床は無惨にへこみ、室内には獣の匂いが残る。花器が倒れたか部屋中に散らばる淡黄緑のカーネーションの青臭さとあいまって、一種異様な空気である。
 しかも先程よりは死体が散乱していないだけマシ、という惨状だ。大小のパーツはすでに拾い集められ、原形をとどめていたものもいないものも鑑識へと運ばれている。とはいえ飛び散った血を拭き取るまでには至っておらず、凝固した血液の奥にはまだ微細な肉片もあるだろう。
「一体何がどうすりゃこうなるんだ?」

「……象が踏んだら、ですかねえ」

「あぁん?」
 ほとんど独り言だった問いに答えが返り、鬼鮫は寄ってきたIO2の部下を見やる。厳つい顔に睨まれる形になった部下は動じずに、マンションの出入り口を指す。

「監視カメラチェック終わりました。マンションエントランス、ホール、エレベータ、非常階段その他異常なし。部屋の出入り口も右に同じ。システムログ・映像共に解錠の気配なし、完全な密室状態が確認されました。但し、このリビングにだけ監視カメラ端から象が登場、そのままガイシャを念入りに踏みつぶしてからカメラアウト。と、いうわけで凶器は象、完全に IO2のシマですねこれ」
「念入り、なぁ。……象、いや、動物を使う超常能力者ってとこか」
「まあそんな線ですかねぇ」

「いいえ、そうとは限らないわ」

 突然の声に鬼鮫はニューナンブに手を伸ばし、振り返ったIO2捜査官は目を見開く。

 そこには美少女が立っていた。艶感も完璧に流れる黒髪、少女らしいきめ細かい肌、左右で色の違う瞳は異様さよりは新奇の美しさを容貌に与えている。

「失礼。IO2戦略創造軍情報将校、三島・玲奈です。鑑識からヒッグス粒子が検知されたとの報告を受けて参りました。これより本件は戦略創造軍の担当となります」

 鬼鮫は身分証を提示されて警戒を解く。
「で? おまえ達の追っかけてるヤマと関係があるからって俺らにシマから出てけってことか。そいつは仁義が立たなくねえかな情報将校さんよ」
 玲奈は困ったように眉根を寄せる。

「ごめんなさい、鬼鮫さん。そういうつもりじゃなかったんです」
「可愛子ぶっても状況は変わらないだろう」
「かわ……んんっ、いえ、そうでなく。ご協力をいただけないかと思いまして」
 少し慌てた玲奈は咳払いをして取り繕うと、鬼鮫ににっこりと笑いかけた
「協力?」
「はい。もちろんヒッグス粒子を残したホシ、大虚構艦隊については我々だけで対処したいのはやまやまなのですが」
 玲奈は肩をすくめた。
「いかんせん荒事には人手が足りないかな、と。戦略創造軍で今動ける実働力は私のほかに数名ってところなんです。鬼鮫さん方に手伝っていただければ心強いかと」


「ほんとにこいつはひどいぞ」
 赤道直下の乾いた風。アフリカの東、ケニアはマリンディの奥深い密林で、鬼鮫は笑いとも呻きともつかない声をあげた。

「あのお嬢も ”手伝っていただければ心強い” で他人に密林の踏破をさせようとはな」
「国立公園ですしね。あんまりおおっぴらにIO2の無茶を通すのも難しいんでしょう。見ました?遺跡。下生えが丁寧に刈り込んでありましたよ」
「秘境の遺跡エンゲディが聞いて呆れるな」
「そもそも ホントにエンゲディにプレ大虚構艦隊が出現するんですかね」
「そいつぁ問題じゃねえさ。出てこなきゃ演習がロハでできるだけの話だ。せっかく戦略創造軍が経費も担当するんだ、派手に暴れるぞ!」
 鬼鮫の号令に、IO2捜査官の怒号めいた了解が返る。

 都市遺跡の郊外で、発砲音を行進曲がわりに重火器のパレードが始まった。


 そも、何故エンゲディか。
 エンゲディとは中世アフリカの都市である。五大陸との交易が確認される程の大都市であったが、いまではケニア奥地に孤立した廃都である。滅んだ理由は今に至るも不明。
 そして社長を踏みつぶした、突如出現した象。検出されたヒッグス粒子。マンションの部屋に散らばっていた淡黄緑カーネーション。その品種が「エンゲディ」と呼ばれることに気づいたのは無骨な鬼鮫ではなく、玲奈であった。
 ミスリードではないかという意見も出たが、フィクションを出自とする大虚構艦隊は観客を好む傾向がある、との玲奈の経験則により、散らばった花弁をメッセージとして認定し、IO2はエンゲディへの攻撃を承認した。


 鬼鮫の部隊の陽動がはじまると、玲奈はその超感覚を集中させる。あにはからんや、地中に蠢く気配。一拍おいて、地面を突き破り、ぬらぬらと光る柱が林立。悲鳴が上がる。それはもちろん柱ではなく、いうなれば巨大なミミズのような生物であった。

「うわーあ」
 玲奈は額を押さえて呻く。
「象なんか可愛いものなのね。IO2の誰よあんなB級映画が怖いのは!」

 過当競争により、潰される恐怖に怯えていた会社社長。あるいはいつか架空から現実へ現れるかもしれないクリーチャーを警戒するIO2。

 エンゲディ、あるいはその機構を利用した大虚構艦隊はどうやらターゲットの怯えるものを「敵」としてヒッグス粒子により質量を与え具現化する。玲奈が一人で向かわなかったのはそのためだ。一人きりで恐怖の具現に立ち向かえるものは皆無に等しいと言っていい。
 だが、自分ではない他人の恐怖ならば。人は、恐怖に捕われたものを解き放つことだとてできるのだ。

 玲奈は不敵に笑い、翼を広げ上空へ舞う。

「そこだ!」
 玲奈が精密レーザーで巨大ミミズの一点を撃ち抜く。もんどりうったミミズは本能の片隅で巣を探す。すかさずに玲奈がその瞬間の現実を因数分解、”巣”ことミミズを出現させた超常機構を特定する。
 そのまま霊障フィールドを展開すると、自身ではなく超常機構を覆う。超常の力の供給を絶たれ、フィールドの外のクリーチャーが雲散霧消。
 玲奈は鬼鮫とその部隊に向かって手を振ってみせた。

「おつかれさん」
 鬼鮫に労われ、玲奈ははにかんだように微笑した。

「これ、ほんとにこわかったら何でも起きちゃうのかしら。厄介極まりないわね」
「まるで民話か落語だな。今度はお茶が一杯こわい、ってか」
 鬼鮫は鼻を鳴らした。
 超常機構のあたりでひゅー、という落下音。ぴしゃりと液体のはねる音。
「ちくしょう、なんて茶番だ」
「おあとがよろしいようで、ですね」
 苦虫をかみつぶしたような顔の鬼鮫に、玲奈はくすくすと笑う。

「もういい、充分だろ、こんなものとっとと潰すんだな嬢ちゃん」
「アイ・サー」
 玲奈の左目の破壊光線がエンゲディと大虚構艦隊が生み出した超常の機構を焼き払う。
 餞別とばかりに鬼鮫のランチャーも打ち込まれ、エンゲディの超常機構は無と化した。



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  登場人物(この物語に登場した人物の一覧) 

【7134/三島・玲奈/女性/16歳/メイドサーバント:戦闘純文学者】
【NPCA018/鬼鮫/男/40歳/IO2エージェント ジーンキャリア】