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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェンリルナイト〜核心〜
 目が覚めれば、そこは、自分の見慣れた部屋。あぁ、良かった、あんなゲームの世界に取り込まれたなんて非科学的なこと、起こるわけもない。
 という展開を期待していたのだが、
「みなも、起きるのじゃ。騒ぎが起きる前に出立するぞ!」
「……」
 いきなり叩き起こされたこともそうだが、これを夢だと思いたかったみなもにとって、杖でぽんぽんと布団を叩く、幼い魔女の姿は、寝起きに見るにはとても気分の良いものとは思えなかった。
「起きます、から、それ、やめてください」
 何とか寝起きの悪さを誤魔化して言うみなもに、魔女は何を感じとったのか。
 ともあれ、素直に杖はどけてくれ、みなもは、魔女の言葉に従うように準備を始めた。
 思えば、この世界に来てから、初めての“睡眠”だった。
――でも、やはり、疲労感は取れていますね。
 ゲームの設定をあてはめるなら、だが、睡眠は、すなわち体力、魔力の全回復となる。それを、こうして肌で感じるとなると、非常に違和感があるが。
「用意は出来たか? 行くぞ」
「え…?」
 ようやく着替えを終えて、身支度を整えたみなもに、唐突に言い放つと、魔女は早々に部屋を出てしまう。
 その後を追い、全能の魔女の導くままに外に出てみるが、まだ、夜明けとも言い難いほどの闇に包まれていた。
 正直、足元も怪しい程の暗さ。だが、そんなものは関係ないと言いたげに歩き出した幼い少女の姿は、一瞬で霧に紛れて見えなくなった。
「ちょ…っ!」
 思わず声を上げるが、すっと足を踏み出した途端、まるで羽のように軽くなった体は、驚くべき身体能力を発揮し、すぐに、歩幅の短い彼女に追いつくことができた。
「どうかしたかの?」
「いえ…」
 そうだ、何も、おかしいことではない。
 すり減っていた体力は、恐らく、マックスまで回復されている。そして、キャラクター“みなも”としてのステータスも、かなり上がっているはずだ。いわゆる、レベルアップというもので。
「お前さんは…」
 不意に、少し先を行く全能の魔女が口を開く。朝起こされた時は、まるでからかわれているのではないかと思うくらい軽い調子だったが、今度は、やけに重く、響いた。
「本当に、この世界を救う気があるのか?」
「ッ…!」
 唐突に投げかけられた問いに、みなもは、思わず言葉を詰まらせた。
 主人公“みなも”としては、ここは、すぐに頷くべき問いだろう。実際、そういう主人公でなければ、ゲーム自体進行しない。
 ただ、今ここにいるのは、一介の中学生。世界を救う、などという重圧は、正直なところ、重い。
 だが、
「……」
 ふとよぎる、アルフヘイムで過ごしていた頃の記憶。
 確かに、ハーフエルフとして、蔑まれていた。自分の能力を恐れ、敬遠する者も、決して少なくはなかった。
「とても、綺麗な世界なんです…」
 気付けば、みなもは、そんなことを口にしていた。
 つらい思い出も、この“みなも”の中には存在している。というより、むしろ、つらい思い出の方が多い。迫害され続けた心の痛みは、そう簡単には消えてくれそうにないのだから。
「家の近くの、丘から見える、夕陽とビフレストは、とても綺麗でした。街がオレンジに染まって、川がキラキラ輝いて。そして、森の動物達も、とても可愛くて…」
 それは、実際にみなもが目にしたはずのない光景ではあるが、素直に、頭に浮かんだ光景が綺麗だと思った。それは“みなも”にとって、アルフヘイムで過ごしてきた中で、大切にしたい思い出の一つなのだろう。
「特に一緒に過ごしたのは、白銀の狼でしょうか。たくさんの動物達がいましたが、その子だけは、まるで、魔力を帯びているように、側にいて、心地良かったのを覚えています」
 正確には、覚えている、という表現は確かではないのかもしれないが。
 それでも、今頭にある光景は、確かに、幸せだったと感じるもので。
「…もし、ビフレストが消滅したら……」
「ヴァナヘイム以外、ビフレストで繋がり合っていた世界は崩壊する」
 ある程度、予想はしていた事実だったが、あえて彼女が明言しなかったのは、みなもを混乱させないためか、これ以上の負荷を一気に与えたくなかったからか、それとも、別の意図があるのか…。
 その真意は、正直、測りかねるところはある。
 だが、今のみなもにも、一つ、言えることがある。
「アルフヘイムの自然は、本当に綺麗なんです。それが失われるのは、嫌、です」
 それは、魔女の意図する答えとは違っているのかもしれない。
 だが、世界を救う、ということは、この、ビフレストで繋がれたそれぞれの世界の住人を助け、消滅の危機となる原因を探り、取り除く。そして、いわゆるラスボスというものに勝利し、平和な世界を手に入れる。
 おそらくは、それが本当の『フェンリルナイト』の意味なのかもしれない。
「私は、アルフヘイムの世界を、自分の目で、ちゃんと見てみたい」
 それは、みなもの口から出た本心だった。
 記憶の中にあるかのように浮かんでくる世界。それは、とても美しく、清々しい気持ちになれた。世界を救う、という問い対しては、小さすぎる答えなのかもしれないが。
 そこまで考えていると、不意に、前も良く見えないはずなのに、全能の魔女が笑ったような気がした。
「さぁ、着いたぞ」
 魔女の言葉に顔を上げてみれば、そこには、文字通り、虹の架け橋があった。そして、それは、本物の虹のように薄く、とても歩いて渡る、という感覚ではない。
「まぁ、ここで、わしの出番という訳じゃな」
 おもむろに言い放つと、全能の魔女は杖を軽く一振りする。すると、目の前が虹色に包まれて。
「きゃっ…!」
 あっという間に、そのシャボン玉のようなものが二人を包み、輝き始める。
 あまりの眩しさに、思わず目をつぶっていると、
「着いたぞ、みなも」
「え…?」
 目を閉じていたのはほんの一瞬だったはずなのに、これは、確かに先程頭に浮かんだ、アルフヘイムの景色だった。
 見渡す限りの広大な土地。緑に包まれて、清浄な水が流れているのが、大運河もよく見える。
 そして、
「待っていました、みなも」
 不意に、どこかから聞こえた、清廉な声。少なくとも、ここにいる二人ではない。
 となると、
「まさか…」
 そう思って後ろを振り返ってみれば、そこには、あの思い出の中にいた白銀の狼が立っていた。