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<東京怪談ノベル(シングル)>


Le salut

1:ソフドン洞窟
 軽く空を見上げてみれば、鬱蒼とした密林が広がっている。話には聞いていたが、実際目にすると圧巻だ。
 そんな場所に、朽ちた米軍の爆撃機が放置され、中には恐らく乗組員の娘と思しき少女の写真。映画のワンシーンのような、何とも哀愁漂う場所である。
 が、
「玲奈、何やってんだよ!」
 その声で我に還り、玲奈は、自身の武器、烈光の天狼で、目の前に迫ったゾンビを吹き飛ばした。
「先遣隊としての役目、忘れたのか? 随分余裕だな」
「そ、そんなことは…ッ!」
「ないって? 今回はIO2も関わってんだ。失敗なんてしてくれるなよ」
 言って、眼前の敵を切り倒していく萌を見ながら、玲奈も、戦闘に集中した。
 玲奈達に与えられた任務は、残留思念としてこの世に留まる霊が絡む、戦争の遺物などを迅速に破壊すること。それが彼女たちの常。
 ただし、今回は少し話が違う。依頼主は裕福な好事家、裏ではIO2の資金援助も得ているような大物、しかも、今回は、すぐ近くにある機体の回収を目的としている。
――つまり、失敗は許されない。
 今更な事柄を確認し、思わず息を飲む。
 今ですら、この敵の数だ。話によれば、件の精霊は頑固で、敵に回した場合、ゾンビを配下に置く可能性があると言う。しかも、その集団が、玲奈を狙っていると言うのだから、尚のこと厄介だ。
――さて、どうやって説得したものか……。
 応戦しながら、考えを巡らせていると、
「玲奈」
「何?」
 背中あわせになった状態で、不意に、萌が呼びかける。騒然としたこの空間の中で、凛とした彼女の声は、メイドサーバントでなくてもはっきり聞こえるほどのものだっただろう。
「私が屍鬼共をやる。あなたは、上空のゾンビ蝙蝠と娘の説得を」
「ええっ、あたしが!?」
「適当に口説いて、兵器同士よろしくやりなよ」
「ちょ…、萌さん!」
 一方的に言うだけ言って素早い身のこなしで離れて行く萌に、玲奈は、再び思案する。
 萌の腕は確かだ。その点は安心していい。実際、片付けると言った分は、きっちり片付けるだろう。問題は、どう説得するか、だが。
――精霊の怒りに触れないように、口説く…? 本当に、兵器同士なんて、簡単に言ってくれるけど…。
 口説く、と言われると、一般的には、意中の男性を落としたい時に使う言葉だ。だが、兵器として生きてきた玲奈には、まともに男性と付き合ったことはなく、口説き文句などすぐに頭に思い浮かぶはずもない。
――あぁ、一体どうすれば……!
 手は休めず、頭の中で思案していると、
「玲奈!」
 不意に、遠くから呼び声が聞こえて振り返れば、そこには、萌が作ってくれたであろう、道ができていた。それは、真っ直ぐに、目的の爆撃機に伸びている。
――さすがは萌さん、仕事が早い!
 萌の素早い陽動に、思わず感心してしまう玲奈だが、肝心の“口説き文句”の方の準備ができていない。
 だが、折角萌が開いてくれた活路を、利用しないわけにはいかない。
 胸中で覚悟を決めると、玲奈は烈光の天狼を構え直し、一気にその道を突き抜ける。
「ッ……! 邪魔!」
 断末魔の悲鳴を上げて襲いかかってくるゾンビをレーザーで一蹴し、途中、すれ違いざまに萌の周囲に群がるゾンビも排除しながら、玲奈は、ついに、爆撃機の前に辿り着いた。
 だが、
――え、女の子…?
 そこにいたのは、幼さの残る少女の霊だった。儚げな姿は美しくもあり、思わず、玲奈を戸惑わせる。
「玲奈!」
「ッ…!」
 名前を呼ばれると同時に反応した体は、飛びかかってきたゾンビを撃ち落としていた。それは、つまり、萌がいくら陽動で動いてくれていると言っても、時間がないということで。
――あぁ、どうしたら!! ここはあなたのいるべき場所じゃないから一緒に行きましょう、とか? でも、それって、口説き文句?
 自問しながら、ゾンビを撃ち落とす手だけしっかり動かし、思案する。
「玲奈!!」
 もう、何度目かになる、萌からの怒号。名前だけしか呼ばれていないが、これは、早く口説き落とせ、と言っているに違いない。
「あー、えっと…」
 言葉を間違えれば、これ以上の敵が増えることになる。そして、玲奈を狙うゾンビ共によって、アメリカに霊障を与えかねないという危機。だからと言って、このまま引き延ばし続けても、精霊の怒りに触れそうで。
「ええっと…………、結婚して下さい、なんちて?」
 口説き文句、という言葉だけが頭に残って、思わず口をついて出た台詞がそれだった。
 言ってから、少し、しまった、と思い、冗談めかしてみたものの、その場の空気が一気に凍りついたのは明らかだ。
――あう、萌さんのため息が聞こえた気が……。
 何だかもう泣きだしたい気持ちに駆られていた玲奈だったが、不意に、精霊の様子が変わったことに気付いた。
「ふふ…。何それ」
「え…?」
 不意に聞こえた笑い声は、萌の嘲笑でもなく、玲奈の目の前にいる精霊からだった。
 彼女は、本当におかしそうに笑うと、真っ直ぐ玲奈を見据えて言った。
「変だけど、カッコ良かったよ。どんどんこの子たち倒しちゃうんだもん」
「じゃあ…!」
 玲奈の言葉をみなまで聞かずに頷くと、少女の霊力で、爆撃機は飛翔態勢に入る。
「萌さん!」
「わかってる!」
 精霊がその気になってくれたのなら、あとは、活路を開くのみ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
 二人の声が重なり、玲奈が上空のゾンビ蝙蝠を打ち払い、萌が迫りくるゾンビを斬り倒す。
 無事に活路が開かれたのを見てとると、玲奈は萌を爆撃機に乗せ、下方で蠢くゾンビにとどめの一撃を放つと、その場を離れた。


2:成田空港
 件の爆撃機は、無事に回収を完了した。
「しかし、相変わらず、この空美ちゃん、ってやつは、何とも言い難いね」
 見事に女性ばかり集まった、この、飛行機マニアの集団を遠巻きに見ながら嘆息する萌に、思わず玲奈も苦笑した。
「では、この機体は、修復を加えたのち、有志の皆様で祀るということに……」
 結局、爆撃機の行く末は、今空美ちゃんのメンバーに話しているこの年長の独身資産家の女性が取り仕切る形で祀られることになりそうだ。
 これだけ飛行機を愛し、大事に思う者達の集まりだ。爆撃機自体も、そして、そこに宿った少女の精霊も、無下に扱うことはしないだろう。
「さて、これであたし達の任務は終わりですね。行きましょうか」
「あぁ、そうだね」
 まだまだメンバーの話は続きそうだが、さすがに、それをずっと見守っている訳にもいかない。
 空美ちゃんの会場に背を向けながら、玲奈と萌は、お互い、拳を突き合わせた。
「ミッション・コンプリート」