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<東京怪談・PCゲームノベル>


――懺悔に教会――



 その白い教会の中には、沢山の、あらゆる人の記憶が保管されている。
 何処にどのようにして保管されているか、また、何故そのような物が保管されているのか、その辺りの事は、知る人しか知らないし、だいたいそんな事を言い出したら、保管されているということは、誰かがいつか利用するためなのではないか、とか、何かのためなのではないか、とか、だったらそれは何のためなのだ、とか、どんどん気になり始めたりして、話が前に進まないので、詮索しない方がいい。
 とりあえず今日、管理人は、その中にある記憶の一つを、作為的に、あるいは無作為に取り出した。
 何故なのか、であるとか、取り出してどうするのか、とか、むしろ管理人って誰なのだ、とか、そう言う事は、やっぱり今は、詮索しない方がいい。
 語られるべきは。
 管理人によって取り出された、雪森・雛太という青年の、こんなある夜の話。



××ある夜の話××



 漠然と、酷く怖い、夢を見た。
 それは、幽霊が怖い、であるとか、得体の知れないモンスターが出て怖い、であるとか、そういう事ではなく、淋しさや切なさに寄り添うような怖い、で、夢の内容こそ覚えていなかったけれど、雛太は、その苦しさから逃れたい一心で、目を、開いた。
 辺りは真っ暗だった。
 次第に闇に目が慣れてくると、見知った友人の部屋であることが、分かった。
 寝息が聞こえる。自分のものではない、他人の息の存在に、こんなに安堵するのか、と、暗い天井をじーっと見つめながら、実感する。
 横を向いた。
 だらしのない顔で、友人が眠っている。
 久坂洋輔。
 その油断し切った顔を見ていたら、何だか、今しがたまで胸のあたりに漂っていた、切なさのような苦しさのような、淋しさのような、恐怖のような、そんな感情が一気に消えて、代わりに馬鹿馬鹿しさがこみあげて来て、気恥しくなって、次第に洋輔のその顔が、何だか許してはならない罪のように思えて来た。
「おい」
 とか何か言いながら、至近距離にあった鼻を摘む。んーとか何か、鬱陶しそうな声を上げた彼は、そのまままた、寝返りを打ち、起きるかと思いきや安らかな息を。
 立て始めるその無神経さというか、図太さが、何か、全然納得できない。
 鼻とか摘まれて、横で思いっきり人が起きているのに、それに全然気づかないで、眠っていられる神経が、全然分からない。
 なので、そこは徹底的に戦ってやることにした。
 むしろもしかしたら、気付いてるけど、まーいいかー眠いし、くらいに流して眠っている可能性もないではないわけで、こうなってくるともーこいつは、敵だ。
 敵には、絶対、容赦しなくていー。
 バシン、とまず、頭を叩いた。
 ん、とか何か、短い息が、敵の口から、漏れる。そこですかさず、おい、ともう一回、叩いた。
 ここで手を止めてはいけない。肩肘をつくような格好だったけれど、起き上がり、尻を蹴った。
「おい、起きろよ」
「んー!」
 とか何か、敵が苛立ったような声を上げた。「ちょ、ちょ、え、なに、何なの」
 寝ぼけたような声がもそもそ、言う。
「いや、起きろって」
「は?」
 洋輔が、目をこすりながら、溜息のような息を吐く。「ちょ、お前なにが」
「だって何か、起きちゃったんだもん。お前も起きろよ」
「いや全然意味分かんない」
「っていうか、お前こそ全然意味分かんない。何で、横で俺が起きてんのに、全然気にせず安眠できんだよ。その図太さ、何なの」
「いやもう全然意味分かんない」
「俺なんかは繊細だから、もうその神経が全然理解できないもん。横でごそごされたら起きるでしょ、普通。物音がしてるな、って絶対、気付いてるでしょ」
「セックスの後の女かよもー。しんどいんだから、寝かせてよ」
「やだ。起きろ」
「ちがお前さ」
 ああそうかよ、切れました、みたいにガバっとか急に起き出した洋輔が、じろ、と雛太を睨んだ。
「おお何だよ」
「ちが、逆だったら、どうする。すっごい切れてるでしょ。確実俺、殺されてるでしょ」
「うん」
「いや、うんじゃなくてさ」
「じゃあ、はい?」
「いや、はいでもないから」
「でももう、起きたじゃん」
「デスヨネー」
「え、なに、怒ってんの」
「いや、ここで怒ってなかったら、そいつは絶対、だいぶお前のこと、抱きたい奴だよ」
 とか言った洋輔の顔を、何かちょっと、じっと見つめた。
「え。そうなの」
「いや、俺は違うよ。だいぶ怒ってるよ」
 とか言った洋輔の顔を、あーそーですかーみたいに眺めた雛太は、「でさ」とか何か、言った。
「いや、でさって何よでさって。なにさっさと話変えようとしてんだよ」
 すかさず、洋輔が指摘してくる。
「え、だって何かもう、このくだり飽きたし」
「うわー腹立つ。何か腹立つから、とりあえず一回、押し倒しといていい?」
「って言われて、今ここで、俺が、うんいいよ、って言ったら、お前責任取れんのかよ」
「すいません。はしゃぎすぎました、ごめんなさい」
「とりあえず何か、目が覚めちゃったからさー。お前何か、話でも、しろよ」
 雛太は言って、ごろん、と布団と絨毯の間辺りに、横になる。
「は?」
 とか言った洋輔が、信じられない物を見た、みたいな表情を浮かべた。実際、「信じられない」とも、口に出した。
「何が」
「いや何この人、可愛い顔して信じられない。意味不明過ぎる。どうしよう。偉そうなのは分かってたけど、度を越してる。え、とうとう、何か、壊れましたか、雛太さん」
「とうとうって何だよ。別に最初から、少しも壊れてないから」
「だいたい、目が覚めたってなに。何でなの」
「知らない」
「あ。怖い夢とか見たんじゃないの。えー。雛ちゃん。怖い夢みたんでちゅかー。おねしょはしてないでちゅかー?」
「いやバカじゃん」
「お前に言われたくないし」
「ほんで何か、話しろって早く。暇なんだから」
「全然分かんない。何の話するの。ねえ。そんなん急に言われて何の話をすればいいの俺は。昔話とかすればいいの。おじいさんとおばあさんが、とか」
「お。それだ」
「え、真面目におじいさんとおばあさん出てくる昔話するんすか」
「いや、昔の話。お前、昔、何してたん」
 とか言うと、洋輔が、えー何だこの人ーみたいに、じーとか見て来た。
「いや、そんな見られたくらいでは折れないよ、俺は」
「いやそんな、折れないって言われたくらいじゃ、折れないよ、俺は」
 ってそのくだりはもーいーので聞かなかった事にして、雛太は、「だってあれでしょ。草間で働きだしたん、最近でしょ、お前。その前、何やってたんだっけ」とか早速もー話を変える。
「そうねー。昔ねー」
 洋輔も別にそのくだりはそれ以上広げるつもりもなかったのか、というか、そもそもそれ以上に別に広がる話でもなかったはずなので、さっさと話に乗って来た。また、ごろん、と雛太の隣に、横になる。
「昔って言われてもなー。別に、なんもしてなかったんだよな。ぼーっとして。そん時楽しけりゃいーって、ただそんな事しか思ってなかった」
「それはお前、今もそうじゃん」
「それは今もそうだけど」
 図星をさされました、とばかりに、若干気恥しげに苦笑した洋輔が、「もっとだよ、もっと」と、最終的に丸めてポイ! みたいに、乱暴に纏めた。
「ふうん。例えば?」
「えー例えばー?」
「それはここで、全然考えてなかったエピソードとか、出るんだよね」
「えー全然考えてなかったエピソードってかー。いやー」
「いやーって言ったらお前、話終わるじゃん。終わったら、もう一回最初からやり直しじゃん。いや俺は別にそれでもいいんだけど」
「ねえその、破壊的な我が儘、どうにかしたら」
「どうにもしないから、大丈夫だよ」
「んー。雛太ー。愛してるから、許してー」
「それは、無理」
「あ、そうだ。愛してるって言えばさ。あれいつくらいかなあ。高校ン時くらいかなあ。そういえば俺、めちゃくちゃ惚れてた女居たよな、何か」
「ふうん」
 返事をしながら雛太は、自分の高校生の時を思い出している。
 あまり、楽しい思い出はない。めちゃくちゃ惚れてた女、とかいうのも居ないし、それより何より、極端に、人と繋がる事を避けていた。
 学業優秀で、スポーツ万能の優等生をやっていた頃。
 ちょうど、心の支えにしていた祖父が、亡くなった頃でもある。
 異性を愛することなど想像する事も出来なかった。そんな時に、この友人には、めちゃくちゃ惚れた女が居たのだという。
 対象的だな、と思った。
 同時に、チリリとした、小さな痛みのようなものを、胸に、感じた。
 もしかしたらそれは、置いてけぼりにされたような、淋しさだったのかも知れないけれど、気付かなかったことにした。
「元気にしてるんかなー。もー何か、ちゃんと名前も思い出せないんだけど」
「いやいやいや、めちゃくちゃ惚れてたくせに、名前も思い出せないのかよ」
「顔は漠然と浮かぶんだけどな」
「漠然とかほんっと最低だよね」
「知ってる」
「結局それって、全然愛してなかったって事じゃん」
「今にして思えばそうなんだけどさ。その時は、それしかない! みたいに思ってるんだよな、実際。その女のために、何か、全部捨てて一緒に逃げようとか思ってたもん。俺は学校とか辞めて、どっかで働いたりして」
「逃げるって何。何のメロドラマ」
「年上の女で、旦那が居たんだよね。何か」
「いやもー何か、どっちに転んでもどう転んでも、とりあえず最低だわ何かもう」
「でも意外と前向きだったんだよ、俺は。めちゃくちゃ幸せで、楽しかったし。その時はその時で真剣だったし、後ろめたさとか、全くなかったし」
「えー、不倫しといてー?」
「あー俺は、こいつと一緒に歳とって、子供とか作って、幸せに暮らしてんだろーなーって、そん時は思ってた」
「しかも、そんなけの事しといて、今、相手の名前すら覚えてないってお前がもう、全然信じられない」
「いろんな人に怒られたよね、それは」
「いやそれは怒られるよね、むしろ、怒られろって感じ」
「一回、俺の親の弟、叔父さんね。それに、すごい電話で怒られたのは、覚えてんなー。でも俺、凄い、いい加減な返事とかして。悪い事したよね」
「ふうん」
「俺の事考えていろいろ言ってくれてたんだよなあ、とか、今は思うんだけどさ。そん時は、つーか今も若い気だけど、とりあえずそん時はさ、いやもうどうにでもなるから、絶対大丈夫だから! って、凄い簡単に、今より簡単に、思ってたんだよな。そんな簡単な事なんて、そうそうないのに」
「まー確かに」
「あれは、知らないからだよな。そんな事言われても、こっちは全然そんなの知らないから、想像もつきません、みたいな。え、本当にそんなことあるの? みたいなさ。だから、そっちではそうだったかも知れないけど、こっちではそんなこと、多分ないよ、とか思っちゃってんだよね」
「まー確かに」
「そんでお前は、多分今、全然、俺の話聞いてないよね」
「まー確かに」
「いやもう、人が喋ってんのに聞いてないってどういうことなのか、全然分からないよね本当」
「ちが。それは本当ごめん。今ちょっと、考えことしてたから」
「いや人が喋ってんのに、考え事してるとか、どうなのよねえ」
「っていうかさ。お前、もかしてその頃、何か、ライオンみたいな頭してなかった?」
「は?」
「いや何かその頃。ライオンみたいに広がった金髪で、ヘアバンド、みたいな頭してなかった?」
「え、何で」
「いや、もしかしたら俺、何か知ってるかもしんない。その頃、お前の事、ちらっと見かけたかも」
「えー真面目ですか」
「はい、真面目です」
「いや何で俺って分かるの」
「何かね。携帯ですっごいどーでもいー話してる男いたわーって今何か、漠然と思い出した。何かね。叔父さんと喋ってたんだよね、そいつ」
「えー」
「しかも何か、怒られてるみたいで」
「えー」
「ちが何かそいつにね、俺、何か、弁当屋だったんだけど、横入りとかされて。だからちょっと覚えてんだよね」
「えー本気ですか」
「本気です」
「でも、ライオンみたいに広がった金髪で、ヘアバンドの奴なんて、いっぱい居たと思うけど、あの頃」
「ま、そうね」
「その中で、叔父さんに怒られてる奴、とかいうのも、わりと居たかも」
「それも、そうね」
 と、言った雛太は、何となーく洋輔を見やり。
 そしたら洋輔も、何となーく雛太を見ていた。
 そして暫く、何か、見つめ合い。
「わー気持ち悪ー」
 二人して、覇気のない笑みを浮かべ、顔を背けた。
 暗闇に包まれた部屋の中に、野太い掠れた笑い声が、響く。
「なーこのシリーズ面白かったから、またちょっとやろうよ」
「雛太さん。何を言われてるか、全然分かりません」
「洋輔の今に至るまでの過去の話。こう順を追って整理していきましょう、みたいな」
「いや、続けないから。何言ってんの」
「お前の家は何だか寝心地が悪いから、絶対また、俺は夜中に起きるんだよ。だから、このシリーズは続くんだよ」
「いやいやいや。だったらそもそも、泊まらなきゃ、いいじゃないか」
「却下」
「いや、なに却下。なに却下したの今。意味が全然分かんない」
「もしかしたらそれ以外にも、どっかで何か、意外に遭遇してるかも」
「そうなってくるとこれはもう、間違いなく俺達は、運命だけどね」
「俺達が運命って、それ日本語おかしいよね」
「あ! そうだ。分かった。じゃあさじゃあさ」
「いやだ」
「いや、まだ何も言ってないから」
「それは絶対、面白くない気がする」
「いや、まだ何も言ってないから」
「分かるんだよ、何せ、運命だし」
「だから、あれよ。二人の年表にしよ。そしたらこう、分かりやすいじゃない。雛太、16歳の夏。同じく洋輔、16歳の夏。みたいな」
「やだ。絶対やだ」
「何でよ。言い出したの、お前でしょ」
「だって絶対面白くないもん。俺別に、何もなかったし」
「何もないってね。何もないわけないんだよ。勝手に自分の人生、簡単に纏めるんじゃねえよ」
「俺の人生なんだから、何しようが、俺の勝手」
「じゃあ、14か15くらいから始めてみる?」
「いや何始めんのか知らないけど、やるなら一人で勝手にどうぞ」
 そう言って雛太は、寝返りを打った。「俺はもう、寝ます」
「いやー、自分勝手よねー。ほんと、酷いわ」
 背中で友人の、嘆く声が、聞こえる。
「なに、知らなかったの。俺が自分勝手とか、今更でしょ」
 素っ気なく言い返しながら布団を被り、目を、閉じた。
 あの怖い夢の残骸は、すっかり消え失せていた。








    END








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 2254/ 雪森・雛太 (ゆきもり・ひなた) / 男性 / 23歳 / 職業:大学生】